act.69_勇気と覚悟について
「ナレの可能性をみせてもらうでおじゃる!」
鋭い声が背後から上がり、俺はめちゃめちゃびっくりする。
いつのまにか近づいていたヨアンナが、全身を輝かせてウィタを練っている。てか、いきなり後ろで大きい声ださないでくださいっ。
しかし、ヨアンナの得意は炎の魔術、鉄の羽を持つカネヤリにどこまで通じるだろうか。俺も慌てて魔素を集めて回路に廻らせるが、ヨアンナの影響もあって、集まりは悪い。これじゃダメだ。邪魔をしているだけになってしまう。
俺は集めた魔素を霧散させて、ヨアンナの術を待ち構えながら、シャーリーを握る。
ここは信じるしかない。お師匠なら、きっとこいつをたたき落としてくれるはず……。
カネヤリが体勢を整えて、金床じみた爪のついた両足を前に荷車へと加速し始める!
ガッ!
と、誰かが、いや、レオナの投げたナイフがカネヤリに当たる。ナイフは鉄の羽を3枚ほど散らせるが、大きな影響もなく弾かれる。カネヤリは微動だにせず、加速を続ける。
異変を感じて荷車の幌が上がる、眠たげなソーナが顔を出す。こ、こんなときにでてきて……!
俺は全身の血液が凍るのを感じる。
「……命を刈り取るものに滅殺の揺らめきを」
お、おおおおお? カネヤリの……
ドブォォンン!
「「うおう!」」「「ああ」」
あたりから一斉にうめき声が上る。
す、すげぇ! 火煙で見えなくなる一瞬、カネヤリの胸元で何かが弾けた。
高熱の、炎だったんじゃないか? それが直後には膨張して、ってか、周りの空気を膨張させて、カネヤリを吹っ飛ばした。
ヨアンナは、まだ別の魔術を練っている。ひょっとして、いまみたいな攻撃が何回もできるのか?
厳しい顔をして、火煙の中を凝視しているヨアンナに油断は見えない。
よし、そうだ、俺が行かなくちゃな。俺は正気づいて、衝撃の余韻でこわばった脚をどうにか前に出す。1歩、2歩、……よし。いける、いけるぞ。
ギョォォォアアアァァァ!
ギョギョギョォォォアア!
2羽のカネヤリがなにか叫び声を交わす。1羽はわりと近くでもんどり打ちながらわめいてる。もう1羽はずっと上空だ。おそらく、つがいか何かのもう1羽が煙で見えないから、動揺しているんだろう。
この隙に地面に落ちた1羽を仕留めたいところだな。
まだちりちりと肌を焼く暑さが残る周囲に、感覚を張り巡らせて気配を探る。声を発している位置はめまぐるしく変わる。規則なんてないが、叫びの発せられるむき、羽のバタつきの強弱で、どうにかカネヤリの位置を掴む。
少し煙が晴れたのか、注意深くみると羽先や新たに舞い上がる土埃、砂礫などが見えるようになる。礫のはね飛ばされる早さでその勢いが推測できる。あれの一粒に当たるだけで、ざっくりと肉まで切れるだろう。
あれに……近づく?
いや、行くしかない。そうでなけりゃ、体勢を整えるのを待つっていうのか? ありえない。
心を静めてさらに踏み込む。感覚をさらに張って、出会い頭に体当たりなんか喰わないように……うぉっ!
ドド! ドドガガッ!
あ、あぶねえ! いってる側からぶつかりそうになる。
だが、これで捕捉できたぞ!
俺はシャーリーを構えながら距離を詰める。羽や脚が伸ばされた瞬間にシャーリーを振ったなら、ぎりぎりあてられるくらいの距離だ。他の傭兵がどこに行ったのかさっぱりわからないが、ここは俺がやるしかない。
これだけ近づいたんだから、カネヤリに捕捉されたら、ただでは逃げられないはずだ。
ビュ!
と、羽先が腕をかすめて、マントが引っ張られる。瞬間的に踏ん張ってそれに耐えるが、鋭い羽から解放されたマントにはざっくりと切れ込みが入っている。
あぶ……、いや、これでいい。
俺は最近の訓練を思い出して、余計なことを考えるのを止める。
やつを捉え、連続で攻撃をかける。
それだけだ、それだけを考えろ……
ビュッ!
ぎりぎりで頬をかすめる。
ギュボッ!
すぐ脇の地面が、金床の爪でえぐられる。遙か後方へ土砂が跳ね上がっていく。
ボボボッ!ガッ!
爪が岩石を掴み、粉砕する。ばらばらと俺の身体に礫が降り注ぐ……。
一瞬、カネヤリの硬質な羽の並んだ翼が見える。
俺はなにも考えずに跳躍し、その上に体重を預ける!
沈みかけた身体がすさまじい反発力を受けて、潰されそうな加速力を受ける。膝を曲げ、腰を曲げて、針山じみた翼の上を駆ける。
巨大な質量をもった固まりが、何かを察知して横殴りに飛び込んでくる! 嘴だ!
俺は風圧で全身を引き延ばされそうになりながらそれを躱し……、隙のできた頭部にシャーリーをたたき込む!
ドグッ!
確かな手応えと、岩を殴ったような衝撃が全身を貫く。
反動で打ち上がったシャーリーを、その勢いのまま身体ごと1回転させて……
ゴシャッ!
よし! いいのが入った!
俺の姿勢はいよいよ制御ができなくなり、回転しながら地面に落ちる。ガツン、と、骨と地面とが激しくぶつかる。
首が撓って、吐きそうになるが、必死で立ち上がる。
ギョ、ギョォォォォ、ギョ、ォォォォ
そいつは羽ばたく姿勢のまま静止して、のど元からつぶれた声を漏らす。火煙と土煙とがまざった、カオスな視界の背後で、頭部の変形したシルエットが映っている。
シルエットの脚が痙攣し、必死で姿勢を保とうとする、が、ついに耐えきれず、勢いよく倒れ込む。地面に飛び込んだみたいな倒れ方だ。
ギョア! ギョギョア! ギョアア!
上空から叫びが聞こえるが、それはもう1匹が近づいてきていないヒントになる。
倒れたやつは弱々しく翼を上げ、崩れ落ちる。
……よし。
安心したとたんに、俺は頭から血が流れ落ちているのに気がつく。あ、いや、頬も斬られてるし、体中、バキバキだな……。
誰かが地面に倒れたカネヤリに近づいて、ドスドスと頭部にハチェットを打ち込む。その度にカネヤリの身体がばたつくが、やがて、素の動きがなくなる。
風が吹き、煙が晴れていく。
俺の前には頭部から謎な液体を噴出させているカネヤリと、とどめを打ち込んだリュリュとがいる。リュリュは足下を見ながら、なおも慎重に後ずさる。暴れても届かない距離まで下がると、俺の横に並んで怪我の具合を調べる。
だが、大丈夫だ。今回はそれほどの怪我を負っていない。
「とどめ、ありがとう」
俺が言うと、リュリュは手をパーにして、きにするな、と合図する。
もう1匹のカネヤリはしばらく上空を旋回してから消え去った。
……
……
脅威が消え去ると、周囲の茂みに一端退いていた傭兵たちと、荷車の影に隠れていたソーナたちが集まってきた。カネヤリに近づいて得物を突き刺すのが傭兵たちで、俺に近づいて手当てをしようとするのが、雑役たちだ。
ソーナは素早く俺のローブを脱がせてくる。血のついた布に引っ張られて身体がふらつくと、すぐに周りからそれを支えようと手が伸びてくる。
がっしりと腰を掴んでくれたのはララの手だ。
「煙の合間から見えていたわよ。いい動きだった。よくやったわね」
と、ララが褒めてくれる。
「なに、これぐらいの武勇はナレにとっては何事もなかろう。むしろ怪我をしすぎでおじゃる」
と、ヨアンナ先生からはたいへん優しい言葉がかかる。
「ええ、ええですとも……」
俺は失血でちょっと意識がくらくらしている。てか、頭の怪我はやっぱ血が出るね……。
それに気がついたのか、ソーナが素早く両手のひらをあてて、回復の魔術を行使する。俺もそれに合わせてウィタを廻らせるが、ちょっとあまり集中できていない。
「ごめんね、荷車から顔を出したりして、あなたの邪魔をしてしまった……」
ウィタを練りながら、ソーナが早口で謝ってくる。自分を責めている様子がありありとしている。
「いや、ソーナがいるのがわかったから、覚悟を決めて戦えたようなもんだよ。無事でよかった」
ソーナは一瞬手を止めて、まじまじと俺を見る。照れて見せたりとかそういう少女っぽい仕草を見せずに、なんだか、俺のことをまじめに眺めたように思う。
うん、ちゃんと護れて、よかったな。
先生はなかなか厳しいお方だが、傭兵たちはカネヤリの死を確かめ、俺のほうをみてはしきりに言葉を交わしている。見た感じ割と好意的だな。オッスのおっさんも、カネヤリのつぶれた頭部を確かめた後に、俺のほうをみてちょっと意外そうにする。
このあいだはぼこぼこにされたが、あれからちょっとは成長したと認めてくれそうかね……。
そのなかの代表、なのか、サイネアが近づいてくる。
俺の有様をみて眉をしかめるが、傭兵の経験からか、それが回復可能な傷でしかないことを認めて、いくらか気軽になる。
「あの化けもん、カナエが1人で倒したのか?」
「あ、いや、ヨアンナが炎で吹き飛ばしてくれてね。それで、なんとか一撃をいれるチャンスがあったんだ」
「ふーむ。まぁ、2発で致命傷を与えている感じだがな。……そうか、カナエがそれをやったのか。俺は見逃したが、みたという傭兵もいる。確かなんだろう。いや、信じられない話だが、あるんだな、こういうことが」
「ラッキー、だったんですかね」
サイネアは首を振って、否定する。
「そういうんじゃないよ。どんな経緯であれ、カナエが倒したんだという事実は変わらない。俺が驚いているのは、君という少年が、ああいう怪物を怖れるでもなく攻撃して、そして倒してしまうっていうことが、さ。戦うことが俺たちの仕事だから、これほどすごいことを見せられると、考えちまうんだな」
「はぁ」
と、俺はわかってないような返事をするが、けっこう、自尊心に響いたぜ。ありがとう、サイネア。
それから、俺はララに肩を借りて荷車へ連れて行かれる。しばらく休めということらしい。
ともかくそんな感じで、この荒涼とした土地での最初の戦闘が終わった。
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カレ村はブトゥーリン王国の辺境伯領だ。
一般に、ここからキャラバンは3つのルートに別れて交易する。
そのうちの一つである、俺たちが進んでいるミスリル交易路は廃れて久しいから、実質は2ルートだ。東の果てのない山路を行くアスファ聖王国への道、はるか西の魔法都市ブルラーイへと続く道。
2つの交易路は北オドゥルディア大陸の主要な交易ルートになっている。分岐点のカレ村には多くのキャラバンが集まる。もちろん、商人のグループが率いる隊商もたくさんいる。
ひと晩荷車で寝てすっかり気分がよくなった俺は、翌々日にその壮観を鎧竜の背から一望できた。
なんていうか、この世界にもこんなに乱雑で、力強く、野蛮な土地があるんだな!
強い感動を味わいながら、俺は無数のキャラバンが滞留しタープの森になっている荒野を眺める。
砂漠って訳じゃないけど、農業にはあまり向いていない土地だ。れいによって、いったいどうやってこれだけの人たちが生活してるんだろうな!
俺はわくわくしながら、ゆっくりと近づいてくるカレ村とその周辺をずっと観察していた。
to be continued !! ★★ →




