act.7_猟犬
突然話しかけてきた俺にソーナは固まっている。たぶん。
嫌われているとかじゃないはずだ。うん、驚いて停止してるんだよね?
しかし、こんなときはなおさら気になるのだが、自分自身がどんな容姿をしているのか知らないって言うのはおかしな感覚だ。きもい容姿の奴隷がつきまとっているとか思われたくないもんな。
俺はソーナと見つめ合いながら、そしてララとオッスに見守られながら、ぺたぺたと自分の顔を触る。
うーん、なんていうか、子供の頃の顔かたちそのものじゃね? もしそうだとしたら、俺の顔はあまりに日本人的だ。それって、この異世界基準でどうなんだろうな。
この世界の標準かどうかはわからないが、人族であるカトーとソーナ、そのほかの名もない商人、傭兵もいわゆるコーカソイド顔だ。コーカソイド顔+悪魔っていうのかな。
そう言う種族があるかどうか知らんが、ソーナちゃんの顔なんて、眉毛がほとんどないし、目つきも鋭くて、一重に近い。
髪の毛に青みがあるって言うのも、チキュウのニンゲンから、ちょっと離れたイメージがある。その集団の中に、茶色がかった髪で、顔が平たい日本人顔だったら、さぞかし目立つだろう。
まぁ、しかたない。鏡とかみかけないし、あるいはこの集団は所持していないのかもしれない。
確かめようがない。
俺は自信満々の笑みで、またね! と、ソーナちゃんに手を振る。ララが微笑ましがりながら見守っている。
結局、ひと言も話してくれなかったソーナちゃんと別れて、俺とララは別のテントにやってきた。カトーのテントに比べると、遙かに簡素でサイズも小さい。こころなしか幕の素材もごわごわとしていて、質が悪い。いや、これあきらかに安物だわ。
「ここが私の使っているテントよ。この中に人族の女性と合わせて四人が寝ているの」
「四人……」
たぶん、身体を横たえて寝たなら、テントの中は隙間などあまりないだろう。幕際に袋に入れた荷物などをいくつか置いたなら、それで一杯のはずだ。
俺、この中でララに抱かれて寝るのかな!?
んで、俺はちょっとの間待たされて、シャーリーと再会した。ララが人に頼んで俺の荷物を回収してくれたのだ。俺は礼を言ってそれを受け取る。といっても、棍棒とローブだけなんだけどね。
なんとなく感触を確かめたくて、棍棒の柄を握る。手首のスナップでぐるりと1回転させて、使っていたやつと同じかどうか調べるが、大丈夫、俺のシャーリーだ。
なんだか久しぶりな気がするな、この棍棒。
俺はさらに感覚を確かめながら、シャーリーを何度か素振りする。
その様子をじっと見ていたララが、なにやら思案げに話しかけてくる。
「なにか武術をやっていたのかしら? なかなか様になっているわ」
「え? そうなの?」
俺は調子に乗って、SF映画の主人公のようにして、しゃがみこみ、静止から素早く一閃させてみせる。
シュッ!
なかなかいい音がする。やはりシャーリーはよく馴染むな。
振り向くと、ララは難しい顔をしてこっちを見ている。
俺はますます調子に乗って、でんぐり返ししたりしながら、シャーリーを振り回す。
どう?どう? 俺? チート無双できかな!?
ララは今度は笑顔になって、隣りに立って頭を撫でてきた。
「やっぱり、正式な訓練は受けてないみたいね」
あ、そう。
だが、俺はこの棒きれで練習して、カトーに剣術の腕を認めさせなければならない。その先に何があるのかはともかく、まずはそれが目標だ。
シャーリーを逆手にもって腕を降ろす。
「あとで、その棍棒を腰に下げるためのホルダーをつくってあげるわね」
と、ララは親切に言ってくれた。
隊商は昼前にテントを片付けて、再び移動を開始した。俺は片付けの手順を脇で見学しながら、軽い荷運びなどを手伝った。
んで、当然荷車には乗せてもらえず、えっちらおっちらと舗装された平坦な道を歩きながら、王都アヴスとやらを目指した。ララは俺の横を歩きながら、隊商を警護している。
例の馬代わりの動物は、そのまま鳥トカゲと言うらしい。ララが教えてくれた。ほんとうは何かそれらしい名前があるのかもしれない。ここではみんなそう呼ぶわよ、と、含みのある言い方をしたからだ。
でもこの隊商では鳥トカゲは鳥トカゲ。まぁ覚えやすくてイイネ!
「ねぇ、ララ」と、俺は道々質問をしてララを困らせる。
「カトーのテントの前にいたのはなんていう名前なの? ララの家族?」
「オースンのことね。同じ村の出身だけど、家族ではないのよ」
「そうなんだ。オースンもララもこの隊商のメンバーとして各地を回ってるの?」
「それはどういう意味?」
ララはものすごい純粋でつぶらな瞳で俺の顔をうかがう。オースン、っていうかもうオッスでいいか。オッスも話していればこんな純粋な表情を向けてくるんだろうか。そうなったら笑っちゃいそうだな……。
「武器を持って警護しているのがコリー族ばっかりだから、ララたちはカトーに雇われているのかな、って」
「なるほど、カナエは賢いのね。周りのことをよく見ている。お腹減った?」
「いや、空いてないよ」
「コリー族は国をもっていないの。政治に向いてないって言われているわ。そのかわり、武器を使って戦うような仕事は得意だから、こうして隊商のメンバーとして、一緒に旅をするの。初めは期間を決めてカトーに雇われていたんだけど、いまは専属で、お給料をもらってる。だから、この隊商の人たちは家族みたいなものね」
「ふーむ。なるほど。コリー族みたいな人たち、つまり人族以外の種族って、他にもいっぱいいるのかな?」
ララは一瞬気の毒そうな顔をする。
「そんなことまで忘れてしまったのね……。いいわ、わたしがちゃんと教えてあげて、一人でも生きていけるように育ててあげるからね」
「ありがとう……。それで」
「コリー族以外にももちろんいるわよ。洞窟族、妖精族、小人族、巨人族……ほかにも、人数は少ないけど、いろいろな人たちがいる。なかには、ほかの種族と関わるのを嫌って、山奥に離れ住んでいる種族もいるのよ」
まじかよ。どんな世界だよ……。それぞれ独自に人型に進化したとでも言うのか。そんなカオスな世界で、それぞれの種族が命を繋いで、文明を発展させているとか……。これはとんでもない世界だな。
なんというか、人為的なものが影響している気がする。あの糞女神が、何か操作して発展した世界とか、そんな感じなんだろうか。
しかし、生命とは生きる道を探して繁栄していく力を持っている。それぞれの種族は、どんな文化を築いているんだろうかね? うん、めちゃめちゃおもしろそうだな!!
おらわくわくするぞ!
あ~カメラとかビデオがあったら、朝から晩まで記録するんだが……。
しかし、考えてみれば、元の世界に帰れる可能性はなさそうだし、発表の場がない。こんどテニスちゃんに会ったときに、その辺りのことを訊いてみようか。
とりあえず、記録するための紙と筆記用具が欲しい。
え? 剣術? まぁそのうちだな……。
考えているとき、不意に隊商の後ろのほうでどよめきが上がった。
ウラァ!って感じで注意を促す声が上がり、鳥トカゲに乗ったオッスが列を離れて、道の周囲を覆っている森へ近づいていく。
なにかいるらしい。
ララが俺の前を遮る形で前進し、ハチェットの柄をつかんだ。
っていうか、遮らないでくれ! うれしいけど!
俺はララの腕の下から、オッスの様子を観察する。
オッスは灌木の茂る辺りで鳥トカゲを止めて、左右へ目を配る。長剣を抜いていて、右手に握っている。左手は手綱をもって、器用に鳥トカゲを操っている。
あんな目立つところに姿を現していて、不意打ちを食らわないんだろうか? 盗賊とかじゃ、ないんかな?
変化は急におこる。
森の枝葉が揺れたかと思うと、黒い固まりが飛び出してくる! 何とも奇妙な獣で、俺は動きを止めてまじまじと観察してしまう。とりあえずなんだ、脚が6本あるんだけど?
なんだありゃ。超気持ち悪い。
「オオグチだわ!ここにいなさい!」
ララは相手の姿を確認すると、俺に注意を与えてから、オッスへ駆け寄っていく。その姿が恐ろしく俊敏で、美しい。
オオグチは、なんていうか、でかいがま口に、濃い紫の剛毛とカマドウマみたいな6本の脚。
あの脚、弱点なんじゃないの……。
しかし、近寄りたいとは決して思わない。目に見えない早さで脚を動かして、オッスに噛みつこうと胴体、ってか口を前後に揺する。恐ろしく素早い。あんなGみたいな脚をしていて、どうして骨折しないんだろうか。
それにあの口、よだれを垂らしながら、バクバクとまぁ、悪夢のような動きだ。
噛まれたら一瞬で死ねるだろう。
そして……、オオグチがまた身体をおおきく揺すり、カエルみたいに飛びつく!
オッスは素早く手綱を引き、鳥トカゲを後退させる。
邪魔に思ったのか、尻の辺りをはたいて隊商のほうへ走らせる。自分は飛び降りてオオグチと向かい合う。
長剣を上段に構えて、近づいたら即切り伏せようというのか、じっと動かない。オオグチは一瞬も身体を静止させないで、いつ飛びかかるかもわからない動きを見せる。
両者が対峙する。
一瞬で勝負がつく気配だ。やばくね? オッスは愛想がないが、死ぬところは見たくないね。
ララはまだ走り寄っている途中だ。素早いが、あと数秒は……
五十メートルくらい離れていても、オッスとオオグチの緊張に、手に汗を握っていた。
と、オオグチが、体勢を変え、飛びかかるタメをつくる!
ジャンプした!速い!
オッスは……、
もう、剣を振り下ろして、オオグチの背後に駆け抜けていた。
み、見えなかった……。
どうなった?
わらわらと脚を動かしていたオオグチは、さらにジャンプしてオッスのほうへ向きなお、、、れない。脚を2本切り落とされ、青い血をしたたらせながら、胴体をもち上げることができない。
オッスが向き直り、剣を構えながら近づく。オオグチに武器が届くところまで近づくと、刺突の構えをとり、急所に狙いを定める。
キシャシャシャシャ、と、オオグチは威嚇音を上げるが、その声は弱々しい。
よく見ると、横っ腹からも青い血がだらだらと流れている。
オッスが飛びかかり、剣を深々と胴体に差し込んで、得物を残したまま飛び退る。
オオグチの動きが、止まる。
見ると、ララはもう走っていない。勝負はついたのだ。
オッス、やるな。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
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オッスとララがオオグチが死んでいることを確かめた。そのあとに、もう危険がないことがわかると、隊商のメンバーがおそるおそる近づいて、指さしながらあれやこれや話し合っている。
俺もその輪に加わって、オオグチの生態的特徴を調べてやろうと見学した。
大きさは、そうだな、小型自動車くらいか。2メートルx1メートルx高さ80センチくらいだ。よくわからん筋肉質の胴体に、遠くからも見えた紫色の剛毛、触ったらごわごわしているだろう。
そしてでかい口、サメみたいなノコギリ歯だ。まちがいなく肉食だろう。
虫に見えた6本の脚は、近づいてみると、岩場に生息するカモシカみたいに、筋肉質の棒みたいな外観だ。脳みその伝達物質がまだ生きているらしく、ぴくぴくと痙攣している。鋭い爪が生えている。
そしてなによりこいつの特徴は、臭いことだ。たまらない臭さだ。囲んでいる隊商の人たちも、それぞれ布を口元に当てて、顔をしかめている。まぁなんだろうな。小動物の死骸の臭いだ。いわゆる腐敗臭。
興味深いな。
こんな臭いをさせていたら、風下の動物は一目散に逃げるだろう。
ララが近づいてきた。
教えて!ララ先生! とばかりに俺は質問攻めにする。
「ねぇララ?」
「なぁに?」
「このオオグチという動物は、この森の中にいっぱいいるの?」
「そうね、あまり見ないかな。オオグチは過去の魔法文明が作り出した生き物だから、繁殖をしない。だから少しずつ数が減っているはずよ」
ま、まほう・ぶんめい……
マジかよ……
そうじゃあないかって気はしていたが、魔法があるんだな……
聞いておいてよかった。
魔法ねぇ……
「それじゃあ、その魔法文明の生き残りが、このあたりの森に住んでいて、獲物を狙ってうろうろしているわけか。近くに古代の遺跡とかがあるのかな」
「そうかもしれないわね。でも危険だから森の中に入っちゃだめよ」
ララは言いながら俺が悪いことを考えていないか感じ取ろうと、俺の肩に手を添える。
「入らないよ。僕には勝てそうもないからね……。オオグチを倒したオッスはすごかったけど、
コリー族の傭兵って、みんなあのぐらい強いの?」
「オッス? ああ、オースンのことね。オースンはもう一息で百傑百柱にも届く、凄腕の傭兵よ。ちょっと差別的な意味もあるんだけど、『猟犬』オースンっていう二つ名で呼ばれている有名な戦士なの」
二つ名ね。
猟犬と良犬を掛けてるんだろう。オッスがますますラッシー化してきてしまったが、笑えない強さなんだろう。
じっさいのところ、あの鉄の塊みたいな剣を軽々と振り回して跳躍したりするんだから、人間離れしてる。犬離れもしているか……。
そして、また口端に登った百傑百柱。これについても訊いておこうか。
「百傑百柱って、聞いたような気がするんだけど、思い出せないや」
「百傑百柱は、この世界に百個つくられたという、それぞれの分野で傑出した百人の名前が記録される、石柱のことよ。王都アヴスには12柱もあるの」
「それはだれがどうやって選出しているの?」
「選出? あら、ちがうのよ。魔法の力で、自動的に更新されるの。誰かが死んでしまったり、力が衰えたりしたら、自動的にその名前が消えたり、順位が落ちたりして、また新しいランクが刻まれる……。遙か古代につくられた、不思議な石柱。あなたも記憶を失う前に貴族だったのなら、どこかで見たかもしれないわね」
「う~ん……」
なるほど。そりゃ、とんでもないオーバーテクナラジだな!
動力はなんなんだろう?
「石柱はこの世界そのものから力を得て動いていると、教会は言っている。私にはそういうことはわからないけどね」
そう言ってララは健やかに笑う。
いや、それよりも教会って何よ。そういう、知識階級があるんだろうけど……。
俺がそれを訊こうと身を乗り出したとき、ララはオオグチにたかる隊商の人に呼ばれて、離れてしまった。
まぁ、いい。いずれ質問攻めにしよう。
ララを呼んだ隊商の人は、オオグチの部位で、売り物になる部分はないのかと質問している。ノコギリ状の歯が売れるけど、と、ララは臭いに顔をしかめながら答える。コリー族にはことさらきつい臭いなんだろう。
俺はその会話を盗み聞きしながら、オオグチの死体をもう一度眺める。
何とも不気味な生き物だ。喰って、糞をするためだけに存在しているみたいだ。いや、あるいは遙か過去にこいつを創造したというやつらは、敵対する勢力を文字通り食い尽くさせるために、これをつくったのかもしれない。それがバイテクなのか、魔法テクナラジーなのか、俺にはわからない。
しかし、創ったやつは邪悪な精神をもっていたに違いない。こんな醜悪で、哀れな生き物を創ったのだから。
チキュウにはそんな部族、文化圏は存在しない。
俺は吐き気を感じてきて、その場を離れた。
to be continued !! ★★ →