act.67_グレートカッティング
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さらに10日が過ぎた。
キャラバンの連中にヨアンナはもう完全に馴染んでいて、客人としては、ナスィールよりも遙かに親しんでいる。特に仲が良いのはララとレオナとビルギッタだ。まぁ、3人とも女性だからかもしれないな。男たちはヨアンナが美貌だから話しかけづらく思っている節がある。
ディナクのやつなんて、ヨアンナと挨拶するときに顔を真っ赤にしていたくらいだ。気持ちはわかるが、勘違いするなよ。ヨアンナがお前に親しく話しかけるのは、ただの善意だからな。
ヨアンナに対して1番反応が薄いのは竜族のリュリュだろう。まぁ、こいつはだれに対しても反応が薄い。言葉も片言で、あるいは周りに対する反応の薄さというのは、種族的な特徴なのかもしれない。
ヨアンナにそれを訊いてみると、「たしかに竜族にはそうした傾向があるが、人によっては流ちょうに言葉を話すし、建築や道具の設計などもする。あまり偏見を持たぬことでおじゃるな」と、やんわりとおしかりを受けた。
そうそう、俺はララに剣術を、ヨアンナに魔術の稽古をつけてもらっている。剣術については以前の再開だ。
ララの指導は相変わらずの型と体力作り。交替でキャラバンの警護をしながら、それとはべつに荷車の整備とか飼育の手伝いをして筋肉を酷使している。俺は一応戦闘用の奴隷であるからして、これは雑役としての仕事ではなく、あくまで訓練なんだぜ。その証拠に、どこで手伝いをするかは、筋肉の使いどころをララが勘案してから決める。仕事で人手が足りないかどうかではなくて、俺がどこの筋肉を使うかどうかが優先されているわけだ。
意外かもしれないがそんな雑用の仕事の中で、1番疲れるのは鎧竜の身体を洗うことだ。洗うっていっても、近くに小川でもない限り、ブラシで洗うことを指している。まぁ、水があれば汲んできて洗車みたいにぶっかけるわけだが。
この仕事は両腕の筋肉、膝腰を酷使する上に、見上げて作業することも多くて、かなり疲れる。なにせキリンみたいな背のやつが20頭もいるからな。
トゥオンとヴーイももちろんこの作業をやる。飼育員だからな。
訊けば鎧竜はかなり清潔好きで、定期的に身体を洗ってやらないと、ストレスで鬱になるそうだ。仰々しい鱗と、荒れた毛並みでいかにも無骨な印象を受ける生き物だが、よく見ると目は小さくつぶらだ。この体格の獣に繊細な心が宿っているとしたら、なんとも神の采配とはわからないものだ。
ともかく、そんな体力作りの後に、剣の型を教えてもらう。
「まえからいおうと思っていたんだけど、カナエは小剣の才能があると思うの」
俺が木刀を振るっているのをみながら、ララがいう。あたりは暗くなり始めていて、もう寝床についた隊員もいるだろう。薪をついかしたたき火の前には、腕を組んで立つララと、倒木に座り顎に両手を当てているヨアンナがいる。
「長剣を振るったときには、筋肉が追いついていないという以上に、身体に戸惑ったような隙が生まれている。あなたの体つきが、もともと小剣にあったように生まれついているのね。そんな印象を受けるわ」
「そう、なのかな」
俺は木刀を正中に構え、切り下げる。……切り返し、身体を回転させる。
振られている、かな?
「わずかに間があるようじゃの」
ヨアンナがララのいうことに同意する。
そう、なのかな?
正中、切り下げ……、切り返し、回転。
「かつてナレの背後に微かに漂っているものを幻視したことがあったでおじゃるな?」
ああ、先祖の、サムライの姿だったな。よくもまぁ、そんなものを幻視できるものだ。実際、魔術というのは底なしに理不尽なところがある。
「小兵でござったな。おそらくは先祖の姿でおじゃるが、その方も小剣を扱ったのでおじゃろう。ナレはその方から力を受け継いでおる。よって、ナレの体格もその方の最も得意とした武器を扱えるように生まれついたということじゃろう」
「そんなことが、ありますかね」
ふんっ、ふんっ、って感じで、俺は木刀を振り、切り返し、回転する。
ふとララが近づいてきて、俺の腕が下がっているのを修正する。
貸して? と、木刀を受け取り、俺の横でそれを構える。
息を止め、身体に力をみなぎらせる。
ダダダンッ
ララは3刀ほど剣戟をいれて、飛びはね、構え、残心する。
あ、れ……、俺のイメージする型とだいぶ違うな。もっとこう、素早く、力強い。そして、何より滑らかだ。
武器がララの懐から出たり入ったりする感じで、身体の一部になったみたいだ。
ふーむ……。
「型をやってご覧なさい。隙が見えるところで、剣をいれるから」
こ、こともなげにいいおるわい……。
よーし、俺だって11才のダンシィだ。その挑戦、うけてたつぜ。
「よーし、かかってきなっ!」
俺は超感覚をオンにする。脚を踏ん張らせて、木刀を握る手に力を入れる。獲物がいくらか扱いやすくなった、気がする。
シュッ
切り下げて……、切り返し、回転。
ララが構える。くるか?
正中。
シュッ
切り下げ……あ、
ボッ!
う、うおおおお! 目のまえにララの木剣が突かれている!
とっさに軌道から顔を背けたが、驚いてて2歩下がってしまう。
「び、びっくりした。本当に隙があったのか……」
たしかに切り返しまでの瞬間に剣を突き入れられた。自分じゃわからないものだな……。ララのような達人にはみてすぐにわかるというのか。あ、ヨアンナも間があるといっているから、だれの目から見ても明らかなのか。てへ。
……
……
つぎに日の夜は魔術の手ほどきを受ける。
俺の練る回路にはまだまだ非効率なところがあって、魔素を集め出すと身体が熱くなる。つまり、エネルギーが余計な変換をされていて、魔術の威力を落とすと同時に身体の疲労も高い。よりスムーズに廻らせるには繰り返し回路に負荷をかけていくしかない。それも、ただ魔素を集めるのではなく、熱の発生している場所を意識して、その回路を焼き切って超回復させるのだという。
まぁ、いっていることはわからないでもないが……。
倒木や古い切り株、風化した岩やそれこそ砂上に座り込んで、俺は体内の回路を活性化させる。しばらく続けると、全身が熱くなってはたしてどこが1番非効率なのかわからなくなってしまう。熱でなくて光りになってくれればわかりやすいのにな。
いままでそういうことがなかったのだが、誰かが魔術を行使しようと魔素を集め始めると、周囲の魔素は結果として一時的に希薄になる。これは簡単な足し算でしかないが、かりに2人の術者が同時に魔素を集めたときはどうなるか。
「当然、より強い力で集めているものに魔素は寄っていく。そしてその術が行使されたならば、あたりからは一次の間、魔素が失われることになるでおじゃる」
ためしに、と、ヨアンナは回路を練る俺の前で、おなじく魔素を集め始める。妖精族の強力な資質の前に、俺は急激に魔素を集めるのが困難になったのを感じる。ともすると、体内の回路で発生している熱が冷めていってしまうほど、効率が悪くなる。
「この辺りの土地はわりあいウィタの貧しいところじゃ。よって、このように対抗する術者がいると、吸引力の弱いナレには、魔素を集めるのが難しくなる。わかるでおじゃるな?」
「……わかります。回路を維持するのすら難しくなる……」
俺は必死で体内の流れを維持しながら、どうにか答える。正直言って、余計な口をきいていると、たちまち流れが途切れてしまうほどだ。ヨアンナは平静に話しているんだけどな。これも訓練でどうにかなるのかどうか……。
「魔素を吸引する強さとは、すなわちそれを純粋に求める願いの強さでおじゃる。戦いの中で、瞬間的に、そのように気持ちを切り替えられるかどうか。そこが難しいところじゃ。とくに、ナレのように武器と術とを同時に使おうとしているものには」
むむむ……。
『レザーズエッジ』や盗賊のやつらと戦っているときは、わりとそのへんはうまくできた気もするが、そう言われると気になるな。いまさら戦い方を変えるのは難しそうだし……。繰り返し練るしかないのか?
などと雑念が生じてくると、俺のウィタ回路はたちまち消失してしまう。汗だくの身体と、疲労した精神だけがあとにのこる。
ヨアンナが近づいてきて、俺の肩に杖をあてる。強烈なウィタ回路が彼女の体内で渦巻いているのがわかる。微かに水色の光を放っていて、身体の輪郭から陽炎のように滲んでいる。
どこかでみたな、と考えて、それが王都でみたウィタ騎士たちと同じだと気がつく。じゃあ、あいつらは、町中を巡回しながら、ずっと魔素を集めてウィタ回路を練っていたというのか。
俺はおそるおそる、って感じでヨアンナの杖に手を伸ばす。
そうだ、俺には相手の集めた魔素を、あるいは魔素を変換したウィタそのものを自分の力に吸収する能力がある、かもしれない。
……途中で手を伸ばすのを止めて、うなだれて、もういちど体内の回路に集中する。
物事には順序がある。
俺を信じて同行してくれているヨアンナに隠すつもりはない。つもりはないが、いまではない気がする。
いまは、師匠の教えをよく考えて、魔術の技を素直に磨くときだ。
そうおもって、魔素が希薄になった場所で、俺は必死に回路を廻らそうとがんばる……。
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ムンド村を出発して18日目、キャラバンは鋭角にきりたった峡谷にたどり着く。
遠目に見えていたそれは、近づいてみても圧倒的な光景だ。千メートルはあろうという台地の裾が、上から下まで切り取ったかのように割れている。これがV字にえぐれていたら、俺はそれを自然現象と捉えたかもしれない。地殻変動による亀裂にも見えていただろう。
だが、この峡谷は垂直に切り立っている。地際こそ風化した土砂がつもって狭まっているが、あれらを取り除けば、果たしてどこまで垂直になっているか想像もつかない。
台地がそのようにひび割れることもあるだろうというかもしれないが、この峡谷は、山の向こう側まで、つまり山体をまっすぐに引き裂いている。だから、峡谷の入り口に立つと、はるか先に出口の空が見えている。
いや、どう見てもこれ、人為的に削り取ってるよな……。
「グレートカッティングと呼ばれているのよ」
驚いている俺に、ララが教えてくれる。グレートカッティング。つまり、偉大な切り通し、か。
「この道ができたことで、抜けた先にあるカレ村もブトゥーリン王国に編入されることになった。軍隊も、隊商も通えるようになったからね」
「じゃあ、ブトゥーリン王国がこの工事? をしたってこと?」
「まさか。こんなことができる国はどこにもないわ。人の力で造営するにしても、魔術の力でどうこうするにしても。だれがこんなことをしたのかは永遠に謎ね」
俺は峡谷の壁面に近づいてみる。間近でみると、目眩がするほど垂直に切り立っている。なんていうか、これは正直、みていて気持ちが悪くなってくる。見た感じが異様すぎて、脳が拒否するというかなんというか。
どんな力がこれを為したかはともかく、山が切断されてからずいぶんと時間が経っているのだろう。切断面は溶断されているようだが、焼け解けてセラミックになった断面は風化してまだらになっている。多少の草木も生えているから、黒く焼けて結晶になっている部分は、よくみないと見落としてしまうほどだ。
俺は指先で溶けた結晶を撫でてみる。
ガラス、だな。不純物が多すぎてもろもろしているが、明らかに高熱で生成したものだ。
やはり、というか。レーザーで切った感じだな。
はるか太古の文明に、そんな魔術があったのかもしれないが……。
俺はもう一度峡谷を見上げる。高さ千メートル、幅は5メートル弱だ。目眩がして眼を逸らす。
峡谷に入り口にはフォリー(装飾用の楼閣)のような小さい建物があって、わずかな兵士が駐在している。そこで若干の手続きを経て、キャラバンは峡谷へ入っていく。足を踏み入れると、その異様さは肌で感じられるほどだ。両手の壁が真っ直ぐすぎ、高すぎで、道を歩いているというより、異空間へ吸い込まれているような気分になる。
なんていうか、視覚的に正視できない何かがある。
「このような遺物を研究することで、かつては世界に濃厚にウィタと魔素とが満ちていたと、人はいうのでおじゃる」
「たしかに。こんなものをみてしまうと、そりゃあ、人間はそれこそウィタそのものでできていて、地上の空気はすべて魔素だったんじゃないかって思えてしまう……」
「ちょうどそのように主張する学派もあるぞよ?」
眼を行く先に固定しながらヨアンナがいう。
隊の皆がどことなく神妙になりながら、峡谷を通り抜けていく。ここでは鎧竜ですら道を急いで歩いて行く。駄獣の眼にも、なにか太古の景色が映っているのかもしれない。
2時間ほどで、キャラバンはグレートカッティングを抜けた。
to be continued !! ★★ →




