act.66_ウィタの消失
「百傑百柱とはな、ナレが想像しているような、一抱えほどの石柱とは違う。そうじゃのう、だいたい、ムンド村の教会くらいの太さはあろうか。いわゆる円錐の形をしておる。外面が完全に無欠で、平滑じゃ。内部に入る入り口もないから、それを観察するには周りに足場を組む必要があるな。まぁ、各国は百傑百柱の情報を王家の資産のように考えているから、いまでは、見つかっている柱はすべて建物で覆われている」
「なるほど、それで、どこかの広場に柱が立っていて、町民がそれを毎朝のぞき見る、なんて景色にはならないんだな」
「うむ。たとえば、個人の武で上位におるものが、ある朝名前が消えておったとしよう。それはつまり、そのものが死亡したか、四肢を欠損するような怪我をしたという可能性が高い。これはわかるな?」
「わかります。昨日まで強者として載っていたものが次の日はそうでなくなる。死んだと考えるのが自然ですね」
「そういうことじゃ。で、あるからして、そのものが国の防衛の要であったとしたら、その情報の重要さはナレにもわかるでおじゃろう」
「なるほど……、それで各国は、百傑百柱の情報を簡単には外に出さない」
俺はうんうん頷いて、また一つ謎が解明したすっきり感に浸る。
キャラバンがムンド村を出て4日経っている。つぎのカレ村まではまだ15日ほどかかるはずだ。
今日の朝になって、ようやく農地がまばらになってきている。ここまでは端から端まで隙間なく麦畑だったのだ。需要が大きいというのはわかるが、旅の景色としてはいささか単調だった。
農地がまばらになる傾向はヘッジローが途絶えたことに始まった。ヘッジロー(生け垣)が途絶えるということは、農地の境界について、それほどエネルギーを注ぐ必要がないと言うことだ。もちろん境界の目印が完全になくなったわけではない。ヘッジローが灌木林から、ただの生け垣になり、それがしだいにあぜ道のような簡易的なものになり、最後は無辺の荒れ地に吸い込まれるだけになる。そんなようにして、あたりは農地と荒れ地とがまばらに混ざった状態になった。
おそらくは農地として利用されている土地は、土壌が豊で生産性が高い。それに比して、荒れ地として放置されているのは、土が貧しく、かりに耕したとしても労働力に見合った収穫が見込めないのだろう。
どの村からも距離がある土地で、収穫量のあまり見込めない場所を耕すようなマンパワーの余力はない、っていったところだな。
で、そんな景色の中、俺たちのキャラバンが石畳の途絶えた街道をマイペースで進んでいく。
いまでは皆が鎧竜に乗るようになった。僅かに残っていた、乗り心地に抵抗のあった連中も、ついには最後の一人まで駄獣の背に乗っている。まぁ、その方が圧倒的に楽だから当然だな。
人間が歩くよりも鎧竜がゆっくり歩く方が、歩幅の分かなり早い。だから歩いて追従するには小走りにならなきゃいけない。そりゃあ、この世界の傭兵なんかは化け物みたいな体力のようだが、それが1年続くかっていうとそうもいかない。
まぁ見た目の乗り心地はなかなか激しいものがあるが、何日も乗っているとかなり慣れてくる。景色が上下にめまぐるしく変わるのも、慣れれば船に乗っているようなものだ。あ、わりと荒れた海を航海する船だけどな。
体力が回復してくると、ヨアンナも鎧竜に乗りたがった。
乗り物の揺れに対する耐性が高いらしくて、ヨアンナはその痩せた身体からは想像できないほど身軽に乗りこなす。いまも俺の横で、楽しげに身体を上下させて、みごとに鎧竜を御している。どうやって訓練したのか知らないが、背を上下させる高低差を押さえ込んで、俺の乗る鎧竜に比べて、ヨアンナのやつは振幅が小さい。まるで鎧竜が背に乗る人間に気を遣って歩いているみたいだ。
才能ってあるもんだな。
「魔術というものは、ある程度の体系をもっておる。それらは細かく枝分かれしておって、すべてを身につけるなどということはできぬのじゃ。それに、魔術には適正というものがあるのでおじゃる。ナレは爆発の魔術を身につけたといったな?」
「ええ。ウィタを身体に廻らせて、ヨアンナと同じように火を熾そうと練習したんですが、僕が身につけたのは接触面で爆発する魔術でした。便利は便利だけど……、できれば自分自身が怪我をしない術を身につけたい……」
「それは可能じゃが、結局のところ、ナレが1番に習熟するのは爆発の魔術となる。それがその人間のカルマであり、運命でもあるのじゃ。ワレのいう適正とはそのことであるが、もっと広い視点でみれば、それはライフストリームの導きとも言える。すくなくとも教会ではそのように考えておる」
「つまりそれは、人が適正をもって生まれてくるのは、その適正を使って何かを成し遂げるようにと、ライフストリームから送り出された、ということでしょうか?」
「そのとおりじゃ。で、あるから、ナレがソーナの使う術を修めようとしても、同じようにうまく使うことはできない。逆に、ソーナがナレの爆発の魔術を身につけようとしても、それは困難じゃ」
「なるほど……、ちなみに、教えていただけるのでしたら知りたいのですが、ヨアンナはどんな魔術を得意とするのでしょうか?」
「ワレは火を熾す魔術でおじゃる。術としては平凡じゃな。とはいえ、1度はウィタ騎士を目指した身、そこいらの戦士よりはうまく扱えると自負しておる」
「まえにキャラバンのメンバーの人が、たき火の火を熾しているのを見ました。ひょっとすると、彼も火を熾す魔術の適正があるのかな」
ふむ、と、ヨアンナは一行の誰彼を見回すような視線を送り、再び俺のほうへ帰ってくる。
「火を熾す魔術は、適正の問題はもちろんあるのじゃが、それがつかえないと私生活にいろいろと手間が増える。であるから、たいていの皆は、簡単な火付けくらいのものは練習して身につけるのじゃよ。ナレがみたのはそんな術でおじゃるな。ちなみにそれはコリー族の、ララとかいう女性のことでおじゃるか?」
「いや、ララじゃなくて、知ってるかな? 傭兵の隊長をやっているオースンのことだよ」
「うむ、そやつもコリー族であったな。……魔術には、個々人が持って生まれた適正があるわけじゃが、それは種族によってもかなりの差がある。コリー族は身体能力は高いが、その代わり、という言い方が良いかはわからぬが、ウィタの薄い種族でおじゃる。あまり魔素を集められぬのじゃ。であるからして、魔術についてはそれこそ火熾こしくらいしかできぬやもしれんな」
「なるほど……」
これはこんどまたオッスに挑むとき、ちょっとしたアドバンテージになる情報だ。オッスはたぶん、戦闘に魔術を盛り込めない。
ふむ……。
……
……
昼食。
前の隊商と同じように携行する食料は保存食が中心だ。麦の『ふすま』と、発酵食に乾物。何よりも重要なのは塩と水だ。この二つがないとたちまち旅は行き詰まるだろう。
塩と水さえあれば、そこらで跳ねている小動物を口にすることだってできる。俺の腕じゃあとてもじゃないが狩れないが、レオナなんて百発百中だ。草むらに潜んで、ナイフを投げて獲物を狩るんだから、相当な腕だな。この人ならキャラバンからはぐれても、一人で王都まで帰れるんじゃないかな。
それと猟師の出自をもっているのか、雑役のドゥシャンとヤルミルも上手だ。こいつらは弓で狩る。3人で競っているわけではないが、狩人としての技能を比べるならば、1番はレオナ、2番はドゥシャンだな。
まぁ、だれがうまいとか関係なく、俺たちは獲物のおこぼれをもらうので、3人とも人気者だ。
「ヨアンナはどこの出身なんですか? ソーナのお母さんと同じ村の生まれと聞きましたが?」
俺たちは飯盒のような容器で煮られている『ふすま』を見守りながら、雑談を交わしたりする。みなでたき火を囲っていると、自然と故郷自慢のような雰囲気になる。あ、俺はいちおう、記憶を失っているわけだから、話せないんだけど。
「妖精族の村でおじゃる。王都の北、マウナス山のさらに先じゃ。海と山とに挟まれた狭い土地じゃ。そこもかなり昔にブトゥーリン王国に併合されておるから、僻地といっても王国の一部じゃがのう」
「ご自分で王都まで来られたのですか?」
「ふむ。いや、若気の至りといったところでおじゃろうか。自らの力を過信したのじゃな。人に比べても魔術の腕が上なのではないかと考え、ウィタ騎士になるべく王都へ登ったのよ。宿業のことを知っていた周りのものは、それは強行に引き留めた」
ヨアンナは微笑んで遠い景色を見る。
果たしていまではいい思い出なのかどうか、俺にはわからない。それでも尼僧となったヨアンナにはそれはもう過去のことらしい。すくなくとも、微笑んで話せるくらいには。
「宿業と呼ばれる病は妖精族に多いと聞きましたが、理由があるのですか?」
「それには多くの説があるのじゃ。もちろんなかには純粋に宗教的な立場から発言するものもおる。だが、本質的には、この世界からウィタが消えていっていることから、発生するのだと我は思っておる」
「世界からウィタが消えていっている……?」
「うむ。ウィタは確実に薄くなっておる。やがては魔素がこの世界に満ちていても、それを使うことのできるウィタを保った存在は亡くなるじゃろう。それがいつかはわからぬ。百年先か、千年先か。じゃが、定められたことでおじゃる。そして、ウィタの薄まっていく世界で、妖精族が生き長らえることはできぬかもしれぬ。妖精族はウィタと密接に関わっている種族じゃ。それなしでは生きていけぬ」
「薄まっただけで、身体に変調をきたすということでしょうか」
「長い年月のうちにな。その一族の古い血が、濁り、不活性になっていくのよ。そして、肉体がその濁りに耐えられず、寿命をだんだんと短いものにしていく。宿業とはそういうものじゃとワレは考えておる」
「なぜ、ウィタは薄まっているのでしょうか?」
俺は疑問を口にする。ウィタが薄まっていくのであれば、それをどうにかして防ぐ手立てを考える。それが人間のロジックというものだ。
「人間の身体からウィタが薄まっていっている理由は、だれにも知られておらんのじゃ。だから、それにこうする手立てというものも、結局はだれにも確信はない」
「確信はない、ですか」
「うむ。いろいろな理由をつけて、これこそがウィタを高める食事だとか、修行だとか、そういう与太は星の数ほどもある。あるいは、なかには効果のある者もあるやもしれぬな。だが、それを主張している本人ですら、事実として掴んではおらんじゃろうな。ウィタの喪失は世代を超えて徐々に深まっておる。であるからして、ウィタの回復もまた、一世一代では確かめられぬでおじゃる」
ふむ……。
話をするたんびにヨアンナの話に考え込んでしまうばかりだ。
おもえば、この世界にきてこの方、俺に知識を授けてくれる人は現定位的だった。ナスィールのやつなんかそれなりに知っているみたいだが、話しかけれることすら嫌がるもんな。
俺は改めて、理知的で探求的で、美しく整ったヨアンナの双眸を見つめる。
……ええのう……、ええのう……。酸素が足りなくなるまで熱い接吻をしたい!
「王都とムンド村のあいだで、キャラバンは盗賊の砦を攻略しました。仲間を一人失ったのと、街道の安全のためでした。討伐を終えた後に砦跡を調べたのですが、砦の基礎は巨大な植物の切り株というか、石化した株でした。この世界にかつてはいまよりも遙かにウィタが満ちていたのなら、そんな巨大な植物もウィタに満ちあふれた種だったのかもしれませんね」
俺が言うとヨアンナは意外そうに目を開いて、俺の言葉の意図を探ろうとする。と、いうか、俺がどの辺までそのことを知っているのか促すような態だ。
「それが1万年まえのものだと客人のナスィールから聞きました。切ったのは太古に栄えた不死人の帝国かもしれないようなことを彼はいっていました」
「あの辺りに巨大な帝国が栄えたってのは、よく訊く話だ。砦が切り株の上に建っていたっていうんなら、その樹を切ったのは帝国の偉大な魔術師に違いねぇな」
おなじく飯盒を囲んでいた飼育係のおっさん、トゥオンが口を挟む。興味を引かれるらしく、さっきから俺とヨアンナの話に耳を傾けている。っていうか、同じく座り込んでいるララと、ヴーイ、サイネア、皆が聞き入っている。
ヨアンナはその言葉にうんうんと頷くが、すぐには話を継ごうとしない。
それから、かなり躊躇いがちに、思索に耽るようにとぎれとぎれ言葉を漏らす。
「植物、これは大きなキーワードでおじゃるな。カナエはそのことをよく覚えておくといいぞよ。ワレもまた、そのような気づきを持つことが、たびたびでおじゃるからして」
んん? ってかんじで他の傭兵・雑役は顎をさする。
まぁ、そうだな。
あんな巨大な植物がそこかしこにあった時代であれば、人間の文化というのも、その樹に深い関わりを持っていたことだろう。いまこの世界にあのような巨木が残っていて、あたりに集落でも残っていれば、あるいは、当時の文化や風習の一端は受け継がれているかもしれない。
ただ、ヨアンナが思索に耽るのは、ただそれだけではなさそうだな。
ふむ……。太古の巨木、か。
to be continued !! ★★ →




