act.65_随身の人
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安らかに眠り始めたヨアンナに、俺たちはできる限りの診断を施した。
結論から言えば、ヨアンナの病気は快癒した。寛解、つまりはそれ以上悪化しない平衡状態を獲得したっていうんじゃない。文字通り、そこに病原があったと思わせない、まったくの回復だ。
否定したところで、目のまえのできごとをなかったことにはできない。ソーナは動揺し、慌てた様子で何かの糸口を掴もうとしていた。
俺はそれを横目に、自分の力というものに、またひとつよくわからんことがあるな、と思っている。
俺がウィタをヨアンナのカラダに注いだことで、ソーナの回復魔術が強化されたと見てまちがいないだろう。なぜか、その増幅術? は、ソーナにもヨアンナにも見えなかったらしい。わずかに普段と異なるウィタの流れをソーナは感じたみたいだが……。
自分でそれがなんなのか説明できない以上、二人に知らせることはできない。
「こんなはずはないんだけど……、治ってる。病気が、完全に消えている」
「……そのようだね」
俺は先ほどまでとはまるで違うヨアンナの息づかい、顔色を前に同意する。
ソーナは俺の顔を見るが、心ここにあらずで、何かを見つけ出そうとして考え続けている。
うむ……、ちょっと申し訳ないけど、例によってあれだな、よくわからないことを説明するわけにはいかない。
「あんたがなにかやったんじゃない?」
「ん? いや……。回復魔術についてはなにも知らないからなぁ……」
「そういうのとは違う、なにかこう……、ウィタの働きがぐっと強くなる、別の力に手助けされているような……」
「たしかに、急に術の威力が強まったように見えた。でも、僕には見当がつかないよ」
再び自分の両手を疑わしそうに見るソーナ。悪いな、そこにはなんの異常もない。
でもこれはあれだな、いつまでも黙っているのはあまりにも心苦しい。早いうちに機会を見つけて話し合わないといけないな。
とりあえず、いろいろと疑問もあるがっていう態で、俺たちは病人、だったひとを静かに寝かせることにする。
あ、結局、ヨアンナにここで寝かせてくれって頼むの忘れてたな。
送っていくとの提案を断って、ソーナは宿泊先へ戻っていった。心の引っかかりを抱えたまま、どこか上の空で夜の通りへ消えていく。まぁ、この村の僅かな距離だ。何事もなかろう。
俺はソーナを扉口から見送って、聖堂内に戻る。
どんな仕組みかはわからないが、聖堂内のランプは油を足すこともなく燃え続けている。
ヨアンナの私室は静まりかえっていて、おそらくは疲れた身体を癒やすべく、熟睡していることだろう。
風のない夜で、まえに魔術を教えてもらったときのような、木枠のがたつきだとか、ウィタのざわめきだとかいった不穏な空気はない。静かで、荘厳な彫刻が佇んでいて、関わりのある一人の人を助けた充溢感がある。
俺は夕刻にヨアンナと村はずれで話したことなどを思い返す。あの会話を女神はどこかで聞いているんだろうか? それとも闇に溶け込むように姿を消したテニスちゃんも、どこかで耳をすましているのだろうか?
だとしたら、俺が彼女らに従うだけではないという意思表示を、もう知られている。
どこかで耳を澄ませているという気配はなかったけど、そういう心づもりも必要かもしれない。
いや、でも、女神の仕事を一つも達成する前に、従うのを辞めるつもりなんてないんだぜ。ただ、盲目的に従うことはしない、ってことだ。
それに、状況によってはヨアンナの助言を聞こう。そうすることで、俺の行動も、現地の人たちにとって悪いことばかりでなくなる、といった補正が効くだろう。助言してくれるのがヨアンナだったら、なおさらそういうことが期待できる。
俺は目をつぶって、今日一日の疲労に浸る。
そうしているうちに、いつしか身廊の長いすの上で眠りについている。
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なにやら人のざわめきで目が覚めた。
身を起こすと扉口のほうに村人たちがやってきている。どうやら朝の礼拝の時間らしかった。
村人たちは例によって老若男女、目覚めて身繕いをした後にさっそく教会へやってくる。狭い村だから、どの家の人間も、ライフストリーム教会に帰依している者であれば、すべての人間がこの教会へ来る。
内陣の彫刻前には、すでに身支度を調えたヨアンナがまっすぐに立っている。
俺が視線を向けると、村人に見えないように気をつけながら、すばやくウィンクを送ってくる。
あ、すげぇかわいい……。
年上の尼僧なのに……。
俺はその健康な姿に見ほれてしまう。
ヨアンナの立ち居振る舞いは昨日とは雲泥の差だ。一挙手一投足に命の力強さがあふれている。挙措の一つ一つに、力強さと素早さ、しとやかさが籠もっている。
村人たちが一人ずつ礼拝をすましていく間、俺はずっとヨアンナのことを見てしまった。
なんか、あれだな、この異世界にきて、初めて自分のやったことに満足感を得た気がする。ジュリー様を助けたとき以上に、一人の人間を宿業から解放したことが、俺を心の底から満足させている。
神様? を前にしていくらかだらしないが、俺は頬杖をついて、にこにことずっと見てた。
最後の一人の村人が仕事に出ていった。聖堂ないには俺とヨアンナしか残っていない。朝早いから、ソーナもいないし、ララもどこにいるのか、見かけないね。
ヨアンナが「とこしえの命の流れに祝福を」と、祈りの言葉を捧げて像の前に傅く。しばらくそうしてから、立ち上がって俺のほうへ近づいてくる。その歩みのどこにも、身体をむしばむ病魔の姿はない。まぁ、闘病で体力を削がれたのか、ちょっと痩せすぎだけどな。
「ナレどものおかげで、ワレの宿業は癒やされた」
「そのようですね。なによりです」
ふふん、と、ヨアンナは鼻を鳴らす。
「ナレどもは約束を果たしたのだから、ワレもまた契約を果たさなければならぬでおじゃるな」
「そのようになりますね」
「……命の流れに問うて、ワレはワレの行く先を占った」
「そうですか。なにか答えは返ってきましたか?」
「うむ。たいへんおもしろい答えでおじゃる。ききたいかのう?」
「それはもう、すぐにでも」
俺は眉を上げて、興味津々だと伝える。
「で、あれば伝えようかの。ワレは決めた。ワレもまた、ナレどもの交易に随身して、ナレの選択を見届けよう。それがワレのカルマであると、いまは感じるからして」
俺は満足して頷く。上々だ。これ以上ない。
「わかった。僕は奴隷の身だけど、たぶん、カトー立ち、キャラバンの隊長だけど、彼らを説得できる気がする。だって、いろいろな村々を通過するに当たって、ライフストリーム教会の尼僧がついてきてくれていたら、いろいろとスムーズになるだろうからね。ただ……」
「ただ?」
「ここのことは大丈夫なの?」
俺は両手で教会の周囲を指し示す。
村人たちは出ていったが、村の周囲からは人々の活動の音が響いている。奥の窓が開けられているのか、緩やかな、少し肌寒い風が置くから流れてきて、大きく開いた扉口へ抜けていく。側廊に下げられた荘厳な旗などが緩やかに靡いている。
「大丈夫じゃ。後幾日もしないうちに、ここには後任の僧侶がやってくる」
「それは手回しが良いというか……、いや……」
手際を褒めようとした途中で、ヨアンナの意図に思い当たって口ごもってしまう。
「うむ。もはや幾ばくもないと感じておったでおじゃやるからな。当然、教会にはその旨を伝えて、後事を託す手はずが整っておった。どのようなものがやってくるかまでは聞いておらぬが、こうしてワレがぴんぴんとしておったなら、さぞかし不審に思うことであろうな。いっそ、もう隠れてしまったことにでもしたほうがよかろうか? ナレはどう思う?」
「いやぁ、それは、さすがに……」
ヨアンナが死んだことになってしまうのは、果たしてどうなんだろうな。それはライフストリームの信徒としての立場も消滅することになるだろう。本人が信心を失っていなければそれで良いのかもしれないが……。うん、いや、そこまで外連味を出す必要も特にない。
「療養に出る、ということでどうでしょうか? 一時的に体調が良いから、世の中を見て回るとか?」
「ふむ、それはいいのう。さすが世事に長けておるなナレは!」
ヨアンナはしきりに感心して何度も頷く。
……
……
しばらくして、ソーナの姿が扉口に現れた。俺とヨアンナが立ち話をしているのを見つけると、走り寄ってきてまじまじと確かめる。そりゃあそうだろう。昨日まではベッドに横たわって、余命幾ばくもない様子だった人が、今日になるとすらりと立ち上がって、子供とのんきに話してるんだからな。
だけど、この顔色と笑顔を見たなら、もう、心配するような状況は去ったのだと彼女にもわかるだろう。
「もう、大丈夫なんですか?」
と、ソーナは上気して幾分潤んだ目でヨアンナに訊く。
「うむ。ナレとカナエに助けられたようじゃな」
「ヨアンナ……。よかった……」
ソーナはカソックに抱きついて、顔を布地に沈める。
ヨアンナは始めこそ驚いた表情を浮かべたが、すぐに、すがりつく少女の頭をゆっくりとさすってやっている。
気持ちが落ち着いた頃に、俺たちは今後のことを話し合った。ヨアンナが俺たちに、っていうか俺に随身すること、教会の後事のこと。
キャラバンにライフストリーム教会の人間が同行することに、ソーナとしても賛成だという。道々の村にとっても、そこが街道であるとは家、キャラバンの存在は異物であるし、そこに教会の尼僧がついていたならば、信頼こそされなにか障害になることはないだろう、という。
まぁそうだろうな。俺は微笑ましい気分でそれらを訊いている。
「ただ、その……」
と、ソーナが言葉を濁らせる。
「ん? なにか気になることでも?」
俺が訊くとソーナはいいずらそうに二人を交互に見る。
「このさい、気になることは全部いっておいた方がいいよ? これから長い間、ヨアンナにはお世話になるんだし」
俺に促されて、ソーナは意を決したように口を開く。
「じゃあ、その、言いづらいんだけども……。あの、ヨアンナはお金は持ってますか?」
「ふむ?」
「キャラバンにはいま、客分として一人の学者が同行しています。そのひとは魔術で協力して盗賊を追い払うようなこともしていますが、そうはいっても、キャラバンからして見れば、本来いてもらわなくてもいい存在です。食べ物や水を提供するから、そのぶん、その、お金をもらっています。だから、その、ヨアンナも、立場的にはおなじ客分としての扱いになると思うから……」
「そんなの僕のお金を使えば良いよ」
と、俺は提案するが、ソーナは首を振る。
「あんたが思っている以上に日々の補給にお金がかかってるのよ。それは奴隷のあんたが王都でちょっと稼いだくらいの金額じゃない。一年間の交易行を考えれば、そうね、だいたい10万シルトくらいは……」
「10万シルト……」
およそ200万円か。まぁだけど、そのぐらいはするかもしれないな。宿代がないとはいえ、水と食料ぜんぶだもんな。俺の手持ちは、約5千シルト。
いかんともしがたい開きがあるな。
「そのぐらいであれば蓄えがある」
おお、さすが大人の女性、いざというときのための備えがありやがる。11才のダンシィとはちがうな……。
「そのお金、使ってしまって大丈夫なの?」
「問題ない。もともと、ワレの神事にたいして対価としてもらったものでおじゃる。聖堂の補修にでも使ってもらおうと思っていたでおじゃるが、技術を持った職人がなかなか村を訪れんでな。いつのまにかかなりの金額が貯まってしまった。なに、これも導きというものでおじゃろう」
「それなら心配ないわね。よし、じゃあ、お父さんの説得は私に任せてね!」
ソーナが胸を張っていう。
「うむ。ナレに任せる。ワレは出発の日をただ心待ちにしていよう」
そういってヨアンナは笑った。
その笑顔、プライスレスだぜ……。
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5日後。
俺たちはムンド村の堀を再び越える。
こんどは村の中から外に向けて出発する。
俺の後ろには荷車があって、その中にはソーナに加えて、ヨアンナが座っていることだろう。
鎧竜の上で俺はハスドルバルやララ、傭兵の皆の背を見ながら、だれも見ていないのをいいことにずっとにこにこしてしまっている。
交易行の出だしは厳しいものだった。それに比べて、二度目のムンド村はとても収穫があったな。
俺は前方の晴れやかな空を見ながら、充実した気分で行く先を眺めた。
to be continued !! ★★ →




