act.63_裏切り者
「義務、でおじゃるか」
そうそう、義務だよな。
「……使徒がどのような存在か、ナレは知っておるのか?」
「あー、いや、ロシャーナ様がどのような意図でそのように呼ばれたのか、僕にはわかりかねます」
「あいまいな言い方をするのう。ナレは使徒について何か知っておるか?」
んむ……、食い下がるな。正直言って、この世界で『使徒』って言葉がどのような意味を持っているのかはよくわからない。
だって、女神とテニスは俺を使徒と呼んでいたが、転生してから『使徒』って言葉をつかったのはロシャーナ様とこのヨアンナだけだ。ロシャーナ様は俺を使徒だと思っているかもしれないが、その場で殺すことはなかった。だからこうして生きているんだしな。
ってことはライフストリーム教会にとって、不死者は天敵だが使徒はそうでもない? だが、ここまでの経験から言って、テニスちゃんは不死者のような気がする。テニスちゃんが不死者だとしたら、使徒は不死者の手先みたいな立ち位置だが、それでも教会の討伐対象じゃないのか?
それはちょっとおかしいよな。
とはいえ、ヨアンナに嘘をついて、それで彼女が生きることに積極的になるだろうか?
ここは正直に言うか? いや、まてよ……。
「なにを知っているかについて、いまはいえません」
どや! この気になる物言い。これでヨアンナは長生きして見届けないといけないな。
「そうか。言えぬでおじゃるか。残念じゃのう。まぁ、あの世で見させてもらうしかあるまい」
うーぬ。
「それはともかく、ロシャーナ様が使徒だという私にたいして、魔術を教えてくださったことに責任が……」
「あるんじゃろうの。だが、ワレにはそれを見届けることはできぬ。ワレはその罪を抱えて命の流れの中に消えていくしかあるまい。なに、ライフストリームは膨大な生命の流れでおじゃる。ワレ一人の罪が加わったとしても、濁ることもあるまい」
まぁ、そうだな。死んだらアケネーに戻るだけだと知っている俺であるし、業罪を抱えて死んでいったとしてどうなるわけでもない。それを知っているから、なおさら、彼女の信じる死後のイメージに難癖をつけるのが難しい。
俺は言葉につまってしばし沈黙してしまう。
「ナレとは久しぶりに会って、王都の話などいろいろと訊きたいところではおじゃるが……。すまぬが少しつかれた。手を離して、休ませてはくれぬか?」
「そう、ですか……。ソーナに残ってもらって、身の回りの世話などは……?」
後ろに立つソーナに目配せを送ると、もちろん、とばかりに頷いて返事する。
「いや、しばし、眠ることにする。心配するでない。そのまま命の大河に帰るわけではないでな。また夕方にでもくるがよいぞ」
うむー……。
ヨアンナは申し訳なさそうに口元を緩めた後に、「とこしえの命の流れに祝福を」と、祈りの言葉を唱えて目を閉じる。
わずかな時間の会話だったが、顔色がますます青ざめて、追っ払うと言うよりも、事実かなりしんどそうだ。
俺はどくどくと流れこんでいたウィタの流れを、慎重にコントロールして途切れさせる。なんか、玉の緒みたいでブチッと切りたくないからな。そして、ヨアンナの身体に、流れ込んでいったウィタのゆがみを何となく感じている。だんだんと馴染むように染み渡っていくのが見える。意味はわからんけどな!
「わかりました、そういうことであれば……」
俺とソーナは後ろ髪を引かれる思いで、私室を辞去することにする。ベッドの上のヨアンナは小さく手を振ったように見えるが、どうだろうか? 俺の期待がそのように見えさせたのかもしれない。
浅く上下する毛布を見届けて、部屋を出る。
「ヨアンナの家は、肺の弱い人が生まれやすいと聞いたことがある」
礼拝堂を抜けながらソーナが教えてくれる。そういえば、ソーナの母親と同郷の人だって、前に言っていたな。
「ヨアンナもそのせいでウィタ騎士になれなかったんだって。希な才能があったのに、身体を動かすとすぐに体調を崩してしまうの」
「それは命に関わるような病気なの?」
「うん……。あまり長く生きられない人が多い。妖精族にはたまにそういう家があるの。その家の宿業ってよくいわれるけれど、授かり物だとか、罪だとか、人によって逆のこと言ったりするわね。私はそんなのぜんぜんいいことだと思わないけど」
「だよね……。生きているからこそ、楽しいことや、おいしい食べ物や、世界の先々を見ることができるんだもの。命が短くなるような授かり物なんて、だれだって欲しくないはずだよ」
「そう、そうね……」
とはいえ、遺伝的な病気か。
それはソーナの術でも治る気がしない。もちろん、説得して協力してもらう気持ちにかわりはないけどな。だが、どうやって受け入れてもらうか。
俺はため息をついて聖堂の天井を見上げる。
「あ、で、ソーナは村長の娘さんの嫁ぎ先の家にいてたんだっけ? なにをしていたの?」
「な、なにって、べつに……」
あからさまに何かを隠して顔を赤くするソーナちゃん。
……なんか、気に入らないな。これ、あきらかに何かフラグが立ってるよな。村長の娘の、嫁ぎ先の長男だっけか? 縁談、ってことかよ、くそ。
絶対に反対だ。絶対にだ。
しかし……、ソーナ自身はどう思ってるんだろうか。いうても、俺は奴隷の身。女神の奴隷だし、異世界の身分も奴隷だ。いわば二重の意味で奴隷だ。まったく俺の能力に釣り合わない境遇であるが、否定すると言っても難しい。
そんな俺と比べて、キャラバンの隊長の娘で元貴族のソーナ。
うーん、正直どうなんだろうな? 奴隷でなかったらわりと可能性あるのか? そりゃあ、本人の気持ちもあるわけだが……。
あー、いまはヨアンナのことが気になって、なかなか集中できない。
人間、悩ましい問題が2つ同時に起きると、ストレスが飛躍的に高まるっていうしな。そういう不健康な状態に身をさらして煩悶するっていうのは、賢いやり方じゃない。
一つずつ解決していかなきゃならんってことだ。
まずは、目のまえのソーナかな? ヨアンナの説得は、すぐに引き返して話すわけにも行かない。
「ねぇ、ソーナ?」
「な、なによ」
「よく考えてみれば、僕が隊商に拾われたときから、ソーナにはいろいろ世話になってきたよね。言葉を教えてくれようとしたり、オオグチの解体作業では、気持ち悪いのを我慢して手伝ってくれた。王都でだって、僕のわがままをきいてくれて、おかげで冒険者としての依頼をこなすことができた……」
「え、なんなの? 急に……。そのとおりだけど、急にいわれると、なんだか決まりが悪いじゃない……」
俺が何となく手を伸ばすと、反射的に自分の手を預けるかたちで、手を伸ばしてくる。俺は預けられた手を下からそっと支えて、いかにも大切な宝物のように扱う。いや、まぁ実際のところ、宝物なんだけどな!
「本当に、感謝してるんだ。それに、うれしかった。この世界で僕は急に記憶を失って、一人森の中をさまよっていた。生きていく方法を何一つ身につけていないままね。そんな僕を拾ってくれたカトーやオッスにも感謝しているけど、ソーナとララは奴隷扱いさえしなかった。普通は、そんなことってないと思うんだ」
「よくわかってるじゃない」
うん。まぁ……、うん。
「だから……、なにか悩みがあるんなら、いつでも話して欲しいんだ。僕はソーナに恩返しがしたいんだよ。お世話になったままじゃあ、いつまでも気持ちがすっきりしないんだ。それで、その、カトーたちと何かあったんなら、ぜひ、相談して欲しい」
「あー、うん、まぁ……」
相変わらずの直球にソーナちゃんはたじたじだ。かなりずるいが、まぁ、でも、ソーナちゃんの人生がそれで好転するならいいと思わないか? 俺はそれでいいと思うんだが……。
「じつは、その……」
「うんうん」
「村長の娘さんの、つまりはお婿さんの家なんだけど……」
「うんうん、さっきいた家だね」
「そこの男の子と、許嫁にならないかって……」
「ほうほう、許嫁ね……」
やっぱりな。
隊商としてでもキャラバンとしてでも毎回通過しているこのムンド村だ。村長の一族と娘がくっつけば、カトーとしては良いことずくめだろう。元貴族で、複爵したいといっても、それには足がかりがいるもんな。娘を売るような形にはなるが、カトーの思惑はわかる。思惑はな。
だが、許せん。
ソーナちゃんは俺のものだ。絶対に反対だ。
「ソーナはそれでいいの?」
「だって、それは……、いやだよ……。ぜんぜん知らない子だし、この村で農業をやるのは、やりたいことじゃないもの……」
「ソーナは将来なにがやりたいの?」
はっとした顔で俺のことを見るソーナ。なにかそうやって訊かれるのを待っていたみたいだ。
黒縁の目許に迷いが浮かんでいる。垂れ目なんだけど、いつも表情に緊張が満ちている。たぶん、頭のいい人になるんだろう。意志の強さが顔に表れているんだ。
いろいろ、考えてるんだろうな。
「私は、商人として名前を挙げて、屋敷を買い戻したい……」
俺は大きく頷く。
なるほど。子供の頃住んでいた家か。だが、貴族としてでなく、商人として、か。
「お父さんは貴族に戻りたがっているけど、それはたぶん、難しい。妖精族の人と結婚して勘当されて、その後に家が潰されているんだもの。どれだけ財産を築いても、爵位ということであれば、王家は私たちを汚いものくらいにしかおもってない。それに、妖精族で女の私には、お父さんを助けることができない。だから、私は商人として、お金の力でお屋敷を取り戻したい。貴族の奴らに、お金の力で、私たちが負けていないんだってことを思い知らせてやりたい……」
……うん。
そうか。
まえに王都でなにをしたいか訊いたとき、赤い靴が欲しいとかいってたけど、結局買わなかったもんな。
無駄遣いができなかったんだろう。
俺はソーナの身なりを見る。
整ってはいるが、継ぎのある襤褸を纏っている。爵位を望むお嬢さんじゃあけっしてない。
だけど、心は高潔だな。いまはそれが、貴族に対する憎しみでゆがんでいる気もするが……。
「気持ちはよくわかるよ。それは人として当然な感情だと思う。多分僕も同じ状況だったら、そんな風に考えるだろうな。だけど……」
「だけど?」
「お金を稼いで屋敷を買えるくらいにまで大きな商家になったとき、君たちを傷つけた人たちは、もういないんじゃないかな。どんな人が関わったのかは知らないけど、敵と呼べる人たちは、そのころには寿命だなんだで、王都にはいないんじゃない? そのとき、復讐のつもりで屋敷を買っても、たぶん、むなしい」
「じゃあどうしろっていうの!」
「そうだね。部外者である僕には、君とお父さんの本当の気持ちはわからないかもしれない。だけどさ、亡くなったお母さんはそんなこと望まないんじゃないかな」
「……」
「僕は、屋敷を買い戻すっていうのはいいと思うんだ。もともと君たちオローナ家のものだったんだから。でもさ、それが貴族の連中に思い知らせるためだというのは空しいと思うんだよ。歳をとって、それを達成できたとしても、当時のことを覚えている人はいないし、その先どうなるわけでもない。若さはもうなくて、お父さんも老年になっている。お母さんはそれを望むだろうか?」
「……」
ソーナは憮然としながら俺をじっと見る。あたまの中で、いろいろなことが渦巻いているのがわかる。
ここでたちまち泣いてしまわないのが、この子の強いところだ。
「仕返しっていうのも、ときには必要だけど、僕はもう少し、生きることを楽しみながら、それをやったらいいと思うんだ」
「……楽しみながら?」
「そうだよ。そうでないと、もったいないよ。トアのやつ、あんなにこれからを楽しみにしていたのに、あっさりと死んでしまった。ただでさえ、この世界での一生は危険に満ちていて、いつ命を失うかわかったもんじゃない。だけど、そのかわりなのか、この世界は解き明かされていない、おもしろいなぞなぞみたいのにあふれていると思うんだ。
それと同じように、交易を重ねて、いずれは屋敷を買い戻すというのも、そうやって生きることを楽しんだほうがいいよ。そうでなければ人生がもったいない」
じわっと、ソーナの目に涙が浮かぶ。
素早く袖でぬぐって、むりやり憮然とした顔を取り繕う。だけど、ソーナ、頬がちょっと赤くなってるぜ?
俺ちゃん、ひさしぶりに本音で話したけども、ソーナに通じているかな。通じていると良いな。俺はほんきで、このことこれからも一緒に生きていきたいからね。その気持ちばかりは本気なんだぜ。
「……ちょっと考えてみる」
「うん。そっか」
ソーナはしばらくしてそう言う。すこし視線を迷わせて、聖堂の天井を見上げたり、大きく息をついたり、自分自身に問いかけることを続けてからだ。うんうん、わかるよ、わかる。自分の人生を決める重要なことだもんな。
でもまぁ、そういうことが問題だということは……
「許嫁の話は断る。お父さんにもちゃんと言うね」
「そっか。その、村長のお孫ちゃんはがっかりだね」
ぷっ、っとソーナが笑う。うむ。かわいい。
「どうかな? あんたどう思う? 私がこの話を断って、その、うれしいの?」
俺は即座に頷く。
「もちろんさ。僕はソーナが好きだから、そんな訳のワカランやつと許嫁だなんて、絶対反対だよ」
「へ、へぇ……。そうなんだー」
ソーナはもじもじする。
ういやつじゃ、って感じで俺がそれを見ていると、「なに見てんのよっ」っと、俺の肩を突き飛ばす。つぅお……、刺突みたいで、本気で痛いんだけど……。
俺は笑顔のままよろめいて傷口をさする。ははは、痛いですよ、なにするんですか、ははは。
「すぐ行ってくるね。よく話したら、わかってくれると思う」
「ああ、きっとわかってくれるさ。行っておいで」
「うん!」
ソーナは手を振りながら、扉口のほうへ身廊を早足で抜けていく。途中ではたと立ち止まり、俺に向かって言う。
「あ、ヨアンナが目を覚ましたら、すぐに呼んでね? なにもするなといわれても、側にいたいから!」
「うん、すぐに呼びに行く」
「それと、今日寝る場所を早く決めた方が良いよ? 私はお父さんと一緒だから、嫌でもあの家で寝ることになると思う」
「ああ、忘れてた。ここで寝させてもらおうと思ってたんだ」
「そう。あー、それと……、あの、ありがとうね」
「え? なに?」
「だから、その、ありがとうねって」
「ん? よく聞こえなかった。もっと大きな声で」
「っ馬鹿!」
ソーナはあっかんべーをして笑顔になる。
扉口から身を翻して、外へ駆けていく。足音が遠くなる。
ふむ。
俺は側廊に並んだ椅子に腰掛ける。聖堂内はあっという間に静まりかえって、平和な秋の午後になる。石廊の窓から柔らかい日射しがあたりを照らして、内陣に据えられたスプラッシュ状のライフストリーム像も荘厳な感じだ。
ヨアンナの信じる生き方。ソーナの信じる生き方。
ライフストリーム教会の教義。貴族と商人の人生観。そして、使徒である俺の、チキュウの価値観を抱えた人生観。
それらは女神のやつにとって、善し悪しがあるのだろう。とくに、ライフストリーム教会に対しては、攻撃的な姿勢を示してきたのかもしれない。だから、ロシャーナ様は案内人、つまり不死者たちを忌み嫌う。
俺はその手先だ。神の使いである使徒。
だから、本来ならば、俺がヨアンナを助けるいわれはない。逆に、ヨアンナにも俺を助けるいわれはない。これは、俺の立場なら明らかだけど、彼女にはそこまでの情報はない。
でも、ヨアンナは俺を助けてくれた。興味本位であったとしても、それは動かせない事実だ。
俺は女神の使徒ではあるが、どうじにチキュウのニホン人でもある。いや、あったと言うべきか。俺がニホン人であることが女神の計算のうちであるかどうか、そこまで考え出すと、俺にはもう脈絡を追うことが難しくなる。
しかしだ、どっちにしても、それもまた運命みたいなもんだ。
それは女神にとってもカルマだといえる。俺がニホン人で、やつが俺を使徒として選んだことが、だ。
よって、
よって、俺はなにをしてでもヨアンナを助ける。
よし、決めた。なにをしてでも助けるぞ。
to be continued !! ★★ →




