act.62_分かれ道
「ちょっと、あんた、それどうしちゃったんだよ……」
俺は思わず慌てて詰め寄ってしまう。目が落ちくぼみ、頬がこけている。美しさは相変わらずだが、どうみても病んでいる。身体が病気に冒されているのが、もう、見た目に色濃く表れてしまっている。これだけ痩せているとなると、このままでは……
俺はヨアンナの手を取り、それがすごく冷たいことに気がついて、さすってやる。すこしでも暖かくなれば、元気が取り戻せるかのように。
「聖職者の手をさするとは、あいかわらず邪な子供でおじゃるのう、ナレは」
「なにいってるんですか。手がこんなに冷たい、顔色もよくありません。なにか体調を崩されているじゃないですか。どうして、このような寒い堂内ですごしておられるんですか」
「聖職者が聖堂内にいてなにが悪いというのか……」
いいながらヨアンナは笑顔になる。笑うと、顔の生気のなさがことさら強調されて、乾いた皮膚が引きつるのがわかる。唇だけが赤く艶やかで、それがいっそう病を感じさせる。
俺はヨアンナの手を引いて、彼女の個室へ連れて行く。身体が軽すぎて、11才の俺に抱きかかえて運べるくらいだ。この異世界で、これほど身体を壊した人を、回復させられるんだろうか……。俺は心配になって、焦りを感じる。
「あれ、あれ、尼僧を個室に連れ込むとはのう、なんとも希な邪さでおじゃるが……」
軽口を言っているが、これだけの移動でヨアンナは苦しそうだ。酸素が足りない?
肺だな。いや、気管か? 咳をしていないが、伝染性の疫病とかじゃないだろうな。いや、村人の様子におかしなところはなかった。とすると、なんだ? わからない、ちくしょう、家庭医学くらいの勉強はしておくんだったな……。
「すぐにソーナを呼んでくる。あなたはそのベッドに寝ていなよ!」
「わかった、わかった。そうあせるでない。これはわかっていたことでおじゃるから、いまさらなのじゃ……」
俺はなにやら悟ったようなことを言うヨアンナを残して教会を飛び出る。汚れた道を駆け抜け、キャラバンが繋がれているぬかるみに出る。荷馬車に駆け寄って幌をめくるが、中には誰もいない。
「おーい誰かいないか?!」
と、大声を上げると、飼育係のヴーイが鎧竜の脚の間から顔を覗かせて返事をする。なんだ、どうしたと云いながら近づいてきて、ぞうきんで手を拭く。
「ソーナを見なかったか? 急ぎで用事があるんだ」
「ソーナ? ああ、たしか、村長の娘の家に宿泊するだとかで、そこへ行っている」
「村長の娘の家……、場所はどこだ?」
ヴーイは首を振る。そりゃそうか。
「集会所の周辺だろうな。この村の中心部にあるのは間違いない。5軒ぐらいあるからそのうちのどこかだろう。どうかしたのか?」
「病人を診て欲しいんだよ、村の聖職者だ……」
ヴーイはわかったようなわからないような顔をするが、俺はそれに取り合っている暇はない。
礼を言って素早く駆け出す。
いましがた通った道を引き返して、村の中心へ出る。教会とそのはす向かいの集会所、あたりには5軒の大きな家がある。どれも煉瓦造りだが、いちばん立派なのは村長の家だろう。とすると……
2番目は村長の息子じゃないか? 村長の家の家族構成は知らないが、息子はいるだろ、たぶん。そして3番目に立派なのは、って、なかなか立派さに甲乙つけがたいが、たぶんこれ、と、俺は煉瓦造り板葺きの家を指して、それを村長の娘が嫁いだ先の実家だろと推察する。あと2軒のうちのどちらかだ。
俺は近い方の一方の家のドアを叩く。
入ってすぐのLDKでみながテーブルを囲っている。カトー、村長の娘らしきおばさん、その夫らしき壮年の男、それから夫婦の子供たちと……、いた! ソーナ発見!
「ソーナ! 食事中にすまない! 病人がいて、けっこう重篤なんだ、見てくれないか!」
ソーナが目を丸くして俺を見ている。
その表情がふと、冷静な計算高い顔になり、さっと立ち上がる。
「わかった。すぐにいく」
「ソーナ!」
カトーが厳しい声で制止するが、ソーナはもう席を立っている。ホストの一家が興味深げに見守る中、俺はソーナの手をとって家をとびだす。あ、なにか、重要な話し合いが行われていた気がするが……、いや、いまはそれよりも、とにかくはやくヨアンナを見てもらわないといけない。
俺たちは小型の獣のように、道を突っ走る。ソーナは始めのうちは俺の慌てようにびっくりしていたが、何か問うでもなく歩調を合わせて走ってくれる。教会に飛び込み、礼拝堂を抜け、ヨアンナの個室の前に立つ。そこで一息入れると、ソーナがお腹をさすりながら訊いてくる。
「病気の人って、まさかヨアンナが?」
「そうなんだ。普通にしているんだけど、近くで見るとひどくやつれている。肺か気管支が炎症起こしている感じなんだ」
「気管支?」
あ、そこからか。まぁ仕方ないか。
「肺と喉とを繋いでるあたりだよ。咳は出てないみたいだけど、顔色が悪くて息苦しそうなんだ」
「……」
ソーナは何か考えを巡らせている。
俺はドアをノックして室内に入る。部屋の中では、でていったときと同じようにヨアンナがベッドに横たわっている。頭を少しだけ傾けて俺たちを見る。窓からの光りが、ヨアンナの痩せた表情に陰影をつける。はっとするほど、骨格を浮かび上がらせている。俺の手を握るソーナの指にぐっと力が入る。
たしかに、いま、死を感じさせたな。俺も、それを感じたよ……。
俺たちはトアの死に様を見ていらい、死の敏感になっているのかもしれない。ヨアンナはただ体調を崩して、一時的に衰弱しているだけかもしれない。いや、きっとそうだ。俺は決然と踏みだし、ちょっと怒ったように見えるはずの顔で、尼僧に話しかける。
「そんなに身体が弱るまで放っておくから、こうして回復魔術師の手を煩わせることになってんですよ。反省してくださいね」
「それはまことに申し訳ないことでおじゃるなぁ」
と、ヨアンナは弱々しく笑う。天井をむき、ソーナの両手を受け入れる。
ソーナはヨアンナの肌に触れると、はっと、一瞬だけ身をこわばらすが、すぐに抑えたりさすったりを始めて容態を確認する。
「病気のことはよくわからないけど、回復の魔術は体内の傷にもある程度良い影響を与えられます。術を施しますので、ヨアンナはウィタを練って協力して」
ソーナは言いながら、ヨアンナの胸元を開く。
が、そこでヨアンナがそっと、ソーナの腕を払う。
「ワレはこれをカルマだと思っている」
は? なに言ってるんだこの人は?
「よって、治療は無用でおじゃる。治るも、そうならぬのもまた、運命というものじゃ。ワレはいっさい不満などない。そなたらの気持ちはうれしいが、放っておいてくれぬか」
「なにをいってるんだ! それをいうんなら、こうして俺たちが村に来たのもカルマじゃないか! その論理はわかるはずだろ」
「ワレはウィタ騎士もなれぬ小物でな。ワレの理解の及ぶ範囲は狭い。それがワレのカルマでおじゃる。ナレのいうような大いなる運命の輪はわれには見えぬのじゃ」
馬鹿な。絶対わかってるはずだ。
「ソーナ、言っても無駄だから、勝手に治療できないか? 納得してもらうのは後でいい」
俺が言うとソーナはゆっくりと首を振る。
「……それはできない。ただでさえ、体内の病に回復魔術は効きにくいの。患者がウィタを練って協力してくれなければ、とてもじゃないけど効果は期待できない」
くそ。この世界の医術はぜんぜん期待できないし、回復魔術が効かないんじゃ……。説得するしかないか。
俺は目に力を入れて、全力でヨアンナに話しかける。どうにかして、この人の心に響く言葉を……。宗教の間違った考えに染められた理性を、開くことは出来ないか……。
「僕はヨアンナに教えられて、魔術を覚えたよ」
「ほう、それは重畳でおじゃるな。やはりナレにはたぐいまれなカルマが宿っている」
「それは爆発の魔術で、相手に接しているところに、発動するんだ。そいつをつかうと、当たり前だけど、僕自身も吹っ飛ばされるのさ。笑えるでしょう?」
「ふむ。人に課せられたカルマは、人に推し量ることができるものではない。ナレはその術をただ大事に、玉のように磨くことを考えればよいのじゃ。必ずいつか、ナレの身を救うでおじゃろう」
そうだ。そうだな、もうなんどか救われているのさ。あなたが教えてくれた魔術でね。だからこんどは俺の番だ。
「もう何度も救われましたよ。王都で兵士や冒険者たちと戦ったときも、先日、盗賊と戦ったときも。あなたの教えてくれた魔術がなければ、生き残れていたかどうかわからない」
ふふふ、と、ヨアンナは苦しげに笑い声を漏らす。ますます相がわるくなり、汗をかいている。俺はヨアンナの手を取って、いよいよ身を乗り出して話しかける。いまこの手を離してはいけない。
「その僕が、あなたを助けることがカルマなんだといま強く感じています。必ずあなたを助けなければいけない。例えあなたが病に対してなにもする気がなくても、僕は全力で、あなたの身体に宿ったものと戦いますよ。それは、あなたの捉えている範囲であって、僕を導こうとしてくれたあなたが放っておいていい戦いでしょうか?」
「ふむ……。それは何ともなんとも難解でおじゃるなぁ」
「それに、僕のカルマは、自分でも何だけど、まだまだ、よくわからないことが多いようです。きっとそれはヨアンナでなければ見極めることができない。そんな気がしますよ?」
ほう、と、ヨアンナが顔を上げる。何かが琴線に触れたのだろうか。
がんばれ、とばかりにソーナが俺のマントの裾を握るのがわかる。俺はソーナの腕に手を添える。
「王都で僕は、多くのウィタ騎士に会いましたが、彼らは皆、僕のウィタに胸騒ぎを感じるといいました。世の中を見なす存在なんじゃないかと、排除しようと言った騎士もいました」
「強い運命は、その流れる先を見通すことが、難しいものでおじゃるからな……」
そういいながらも、ヨアンナはなにか気がかりを感じているようだ。よし、この線で……。
「ある騎士は、僕を使徒だと言いました」
「使徒!」
あ、れ……、思わず口が滑ったが……
ヨアンナは目を見開いて俺を見ている。力がこもり、俺の魂を見通そうとしている。
「だれがそう言った?」
「範士ロシャーナ・ウィンディア様です。彼女もまた、僕を排除するべきか迷う、と」
「ばっ……、あんた、範士様にそんなことを言われたの? 余計なことばっかり首を突っ込むから……」
ソーナが少し身を引いて俺を非難する。
だがいまはそれどころじゃない。俺は期せずして、本気でヨアンナに見定められている。未来を見通す力があるという、妖精族の神職に。
俺はそこで始めて気がつく。ヨアンナをを握る手が熱を帯び、無色のゆがみに包まれている。ま、まさか、ヨアンナからウィタを吸収しちまっている?
いや、ちがう。俺の魔素回路は働いているが、むしろ集めた魔素をヨアンナに送り込んでいる。ヨアンナはそれを……、気がついていない。そんなことがあるのか?
「我が師ロシャーナ・ウィンディアがそう申したでおじゃるか。だとすれば、ワレは教会に徒なす者を教え導いたことになるな」
黒縁の眼孔が俺を見つめている。顔の筋肉から力が抜けて呆けたような表情だが、目の力強さだけは変わっていない。深いブラウンの澄んだ虹彩だ。最後に俺を道連れにする、そのくらいのことを言い出しそうな、強い目。その力を、身体を治すことに使って欲しいのに……。
俺はそんな尼僧の目をじっと見返す。
「あなたにはその選択を見届ける義務がある」
to be continued !! ★★ →




