act.60_いにしえの帝国
雑役とオッスに夜番を頼んで俺たちはその日の夜を過ごした。
朝。
俺が起きると、すでに砦内の物色が始まっている。
物色というか、まぁ略奪なんだが……。盗賊たちは軒並み殺されたから、もう必要ないものには違いない。
食べ物はあまり見当たらず、なんぼかの金品がでてくる。蹴り壊したタープの下に隠されたピットがあって、板を継いだ沈み蓋を見つけると、オッスとタービィとがゆっくりとそれを持ち上げた。
1立方メートルくらいの空間が現れて、中には金の杯や、金貨銀貨のたぐい、装飾の施された武具が収められている。周りからは歓声が沸くが、俺は別におもしろくない。もらっても価値がわからないし、武具のたぐいも、俺の体格には合いそうもない。
勝手に分ければよかろうと、俺は昨夜掘り返した場所へ行く。
遠目にそこにだれか立っていることに気がつく。あ、ナスィールじゃないか。鬱陶しいやつだが、ひょっとして、何か知っているかもしれんな。この辺りの歴史について。
「おはよう、ナスィール。あなたもここが気になったの?」
俺が挨拶すると、ナスィールは眉をひそめて不快そうにする。こ、こいつめ……。せっかく下手に出てやったのに。挨拶も返さないなんて社会人失格だな。これだから有名大学の教授は……。
「じつは昨夜そこをほじくり返したら、人骨が出てきたんだ。この砦は、かつて巨大な樹だった切り株の化石の上に建てられているんだね。本当に、おどろいたよ」
ナスィールはちょっと警戒した目で俺を見る。相変わらず返事をしない。もう、いいよ、ったく。
「僕の推測では、この切り株はとても古いもので、8千年はたっているはずだと思う。だいたいの切り株の大きさ、年輪の幅と直径とで計算するとそうなるんだ」
ふふん、ってかんじでナスィールが鼻を鳴らす。浅はかなやつめ、って感じだ。
「1万2千年前の遺跡だ。そのころの記録など、我々短命の種族には知る術はないのです」
ほ、ほう。1万年以上前か……。
「ここは墓地だったんでしょうか? 遺骨は一つではなかった。そのすぐ隣りにも半ば樹に埋もれたかたちで骨が残されてた。もちろん、あまりにも時間が経ちすぎて、石になっていましたが……」
「死者の寝床を暴いたのですか?」
「いえ、頭骨の場所を探っただけです。地面が固く締まっていて、とてもじゃないけど掘り返せません」
そう言って、俺は爪のすり減った指先を見せる。礫で汚れてしらっちゃけている。まぁ、本当は金貨を1枚預かったんだけどね。それよりも、どうだ? ここは墓地だったのかな?
「……ブルラーイの図書館で、かつて読んだことがあります。このあたり、ブトゥーリン王国の領土を含めた、大陸北部は、かつて巨大な帝国を形成していたと。魔術で栄え、魔術で滅んだ、愚か者たちの帝国です。その時代の人々の振る舞いによって、この世界は緩やかに滅びつつあると、その書物には書かれていました。君が見つけたのは、そんな時代の名残かもしれませんね」
「この世界は滅びつつあるのですか?」
王都の賑わいに触れたいじょうはそうは思えないが……。
「世界の見え方は一様ではありません。ある者にはそう見えるし、またある者には、いよいよ栄えているように見えるでしょう。君には人類がますます盛んになっていると見えるみたいですね。じつに浅薄なことです。まさに蛮族の了見です。ある意味それらしいというか、いかにもな気がしますが。それにしても、あまりにも思慮に浅く、無学であること底なしで……」
この野郎ぉ……。
「む、少し言い過ぎでしたか。妙ですね、あなたを見ていると不思議と嘲りの言葉が湧いてきてしまう。いや、実に不思議だ。なぜでしょうね? 見た目がいかにもだからかな?」
何のフォローにもなってねぇだろうが……。
だがまぁ、落ち着け、俺。こいつと張り合ってもなにもいいことはない。これからかなり長い期間一緒に旅をする知識人だ。
俺が待ち望んでこれまで得られなかった、この世界で貴重な、知識人だ。こんなアホでもな!
「その帝国は人間の創ったものだったのでしょうか? 名前はあったのですか?」
「人間にそんな偉大なものが創れるはずもありません、思い上がりも甚だしいですね。ありえない。非常識です。その発想は間違ってます。基礎ができていない。却下です。あなた方蛮族のあいだでは、その国は不死人の国であったと伝えられています。名前はどこにも残されていない。記録も、文物も、すべて消え去りました。僅かに残っているのが、こうした遺跡なのです」
「不死人の国……。いまは7人しか残されていないとか。では、かつではこの世界に不死人が栄えていたのですね」
「憶測です。反論はいくらでもあります。そもそも不死人は生殖をしません。その彼らがどうやって国を築いたというのですか? だれにもわかりません。1万2千年というのは、あらゆる創造物が塵になってしまう年月です。あなたには想像できないのでしょうがありませんが」
「不死人が自ら繁殖できないのであれば、それを創った何者かがいるのでは?」
「その発想は禁忌です。彼らは邪悪な者であって、遙か過去の帝国は我々の父祖が創ったものです。父祖が不死人を創ったなどと口にすることは、邪念に等しい。思いつくこと自体が、知識に触れる根本的な資格を持たない証左です。耳が汚れる話でした。では、これで」
ナスィールは、話は終わり、とばかりに歩き出す。立ち去ってどこへ行くのか知らないが、砦の中心のほうへ行くらしい。
横切り去って行く姿を見つめていると、少し離れたところでこちらを振り返り、俺がまだ見ていることに気がつくと、慌てて歩を進める。どこいくんだろうな?
俺はまだ見つめる。またしばらく歩いて、ナスィールが振り向く。俺がまだ見ているのがわかると、石を拾い、投げてくる。放物線を描いて飛んでくるそれを、簡単に躱す。舌打ちが聞こえる。
まだ見る。歩く。振り返る。石を投げる。避ける。舌打ち。
とうとう広陵の縁までいってしまう。もうぜんぜんかっこよくない。むちゃくちゃださい。さっそうと去りたかったんだろうか? しぶしぶと広陵の亀裂に入り、もう一度俺を睨みつける。負けじと見つめ返す。「え? どこいくつもりだったの?」っと大声で聞いてみる。舌打ち。亀裂の中に消えてく。
よし、勝った! 圧倒的だ。
ディナクのやつに続いて、今回も完勝だな!
いや~爽快だ。2度と登ってくんなよ! 俺は追い打ちとばかりに石を投げつける。
それにしても……、そうか。不死人の国。
1万2千年前となると、さもありなん、だ。不死人か、不死人を作り出した者たちの文明で間違いないだろう。ここが墓場だったのかどうかはわからないが、遺体が横たえられて然るべき場所だったのだ。
あるいは聖地だったのかもしれない。
その知識は失われ、樹は倒れ、風雪に断面が磨かれた。
そしてなにも知らない子らが、そこにいくさのための砦を建てた。
そして、その文明もまた滅び、いまこうして風雪に晒されている。なるほどな。
俺は鎧竜の荷台に置いていた紙と鉛筆をとりだす。あさ、ここへ来るときに持ってきていたやつだ。
樹の大きさと砦の規模、基礎からわかるだいたいの構造を描く。そして遺体の埋められていた場所と、だいたいの格好、これはほとんど想像でしかないけどな。
それから、マントのポケットから、例の硬貨をとりだす。緑がかった謎の金属だ。深みがあり。銅の緑青ともあきらかに違う。念のため紙の隅に拓本をとる。ふむ、これでもしも効果が失われても、大きさとレリーフは失われない。浮き彫りされた人の顔は、表情こそ摩耗してわからないが、王冠をしているのは見てとれる。日に当てると、王冠の細部が赤く輝く。これ……、硬貨の1枚1枚に何か加工が施されているのか?!
目をこらして細部を調べる。やはり、なにか宝石が埋め込まれている。いや、埋め込むというと語弊がある。これは明らかに埋没している。宝石のもっとも経の大きい部分は、硬貨の金属に沈んでいるのだ。どうやったらこんななるんだろうな。熱い金属に宝石を沈めようものなら、たちまち燃えてしまうはずだ。
不思議だ……。オーバーテクナラジィだ。
俺はさらにしばらくあたりを観察した。
昼前に砦の中へ戻る。
傭兵の何人かが集まっていて、跪いたオッスを囲んでいる。オッスの横には盗賊の一人の遺体が横たえられている。そいつはコリー族で、喉から胸のあたりを斬られて死んでいる。
俺が近づいてもだれも振り返らない。傭兵たち、タービィとララ、オッシアン、レオナがそれを見守っている。
どうしたの? と聞くと、死んでいるのはオッスの同郷のものだったらしい。遺体を見分していて、知り合いであることに気がついたのだという。
レオナが動きを封じて、オッシアンがとどめを刺していた。
オッスは遺体の目にシルト硬貨を載せている。これは昨夜みつけた化石化した遺体と同じ、あの世のワタシ賃だろうか。
膝をつき、目を瞑る。両手は駆け足のように、腰のあたりに曲げて保ち、武器を遺体の前に横たえている。祈りの言葉は聞かれない。コリー族の埋葬儀式に違いなかった。ララとタービィも、オッスに続いて同じポーズをとり、黙祷する。
オッスがどんな人生を生きてきたかは知らないが、同郷の人間の死を悼む心は残っているんだな。これは戦士としての矜持だろうか? それともこの世界一般の礼節か? 俺はオッシアンを後ろに引っ張って聞いてみる。
「これはコリー族の伝統文化だな。同郷の人間と助け合い、できれば一緒に高みに登るというのが彼らの考え方なんだ。それで、死んでしまったときは、しばらくの時間を、そいつのために遣うのさ」
なるほど。俺は礼を言って、オッシアンを解放する。たいへんおもしろい。そのコリー族の伝統は、この遺跡の住民と似たところがあるのかもしれない。まぁ目に硬貨を置くぐらい、チキュウでも各地で見られたのだから、それは俺の付会にちかいがな。俺は何となく、このことも紙に書き入れる。レオナが興味深げに見るが、肩をすくめてみせると、少しだけ笑顔を浮かべて、その場を立ち去る。あまり興味ない、ってな。
まぁ、そうだろう、それが当然だ。傭兵は護って戦って、攻めて、生活している。レオナもオッシアンも、まだまだそういう生活を続けるだろう。それが得意だし、たぶん、そういう生き方しか知らない。
夕暮れ前に、戦利品の積み込みが終わった。
盗賊の遺体には、簡単に土を盛って、その脇に一抱えくらいの岩を置いた。銘はなにもない。これが墓だとわかるのはわずかな時間だけだろう。あとは、ここに24人の人間が眠り、彼らがどう生きたか多少とも知る人間はいなくなる。
日が暮れる前に俺たちは出発する。
戦利品は得たが、トアは死に、傭兵はオッスを除く皆が負傷した。俺とカトーとサイネアはわりと深い傷を負っていた。
敵とはいえ同郷の死に、オッスは言葉少なで不機嫌になっている。
ソーナは治療の疲れで、しばらくぐっすりと眠っていた。
交易行はこうして始まった。なんとも多難な、不吉なはじまりだった。
to be continued !! ★★ →




