act.59_砦の遺跡
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俺は盗賊たちの去った砦跡に座っている。
さきほど、鎧竜たちを護っていた、飼育係の2人、雑役たち、ソーナにハスドルバルがやってきていた。
荷を積んだ駄獣たちを窪地付近に休ませて、人間は広陵に登ってきている。
城壁あとに座っていた俺とララに気がついて、ソーナは慌てて駆け寄ってきた。目を見開いて俺たちの様子を見てから、なにもいわずに乱暴に治療を始めた。
矢に返しがないことを知っていたのは幸いだ。おかげで余計な痛みを味わわないで済んだ。ララにひと思いに抜いてもらい、もうそれだけで俺は小便を漏らしそうになる。
痛みに全身が支配されて、脳天からつま先まで電流が走る。のけぞり、歯を食いしばり、目を血走らせて、しばらく耐える。
矢を抜く前に絶対に気を失うな、といわれていた。意識がないと、負傷者側のウィタを利用することができず、回復魔術の効果が半分以下になってしまうんだという。
それからソーナの両手が傷口にあてられて、魔素を練り、ウィタの輝きがおこる。俺もまた体内の魔素を回らせて、ソーナの回復魔術によるウィタの消耗を軽減させる。
ソーナと俺のウィタが混ざり合い、患部と手のひらの合わせ面がじりじりと光り、熱を帯びる。痛みが痒みに変わり、なにやら冷たく感じ始める。そうなるとソーナの手のひらの熱がますます熱い。ソーナの息が乱れる。かなりの魔素を消費して、ウィタを働かせている。
汗を滲ませながら光りの中心を見つめていたソーナが、魔術を収束させる。体内から紡ぎ出されていたウィタの流れがだんだんと細くなり、絹糸の1本ほどまでになり途切れていく。最後の1本が俺の傷口に吸い込まれていき、光りが途切れる。
「ふぅぅぅー」
と、ソーナが大きく息をついて、座り込む。身体の力を抜いて、背を丸める。青黒い髪の一房が頬へ垂れて表情を隠す。
すぐに身を起こして、また俺の身体をあちこち調べる。
ときおり顔をしかめるが、じくじくと痛むそのあたりを指先でつつくと、「これぐらい我慢しなさい」と、ありがたい診断を下す。
「肩の傷は重症だった。放っておいたら敗血症になっていたかもね。もう、傷口は塞がったから、開かないようにしばらく安静にね」
「……ありがとう」
俺はほとんど感動してソーナに答える。一心不乱に傷口にウィタを注ぐソーナちゃん、愛でなくして何だろうか? 髪を乱し、額に汗をかいて、きまじめな表情で俺の顔色を心配したりしている。
「もう、大丈夫だよ。君のお父さんも矢で負傷している。僕よりは動けるみたいだけど、すぐに見たほうがいい」
「うん、さっき聞いたよ。……じゃあ、私、お父さんを見てくるね?」
俺とララが頷く。真っ先に治療をしてくれてうれしいが、いまは独占するわけにはいかない。
ソーナの他にも医者としての技能をいくらか持っているやつがいて、それは飼育のトゥオンのおっさんと雑役唯一の女性であるビルギッタだ、傷の深いサイネア・レオナのことそれぞれ見ている。つぎに傷が深いのは、まぁ、カトーだろうな。
ソーナは振り返り振り返り、砦の中へ進み、カトーとオッスの座っているところへいってしまう。
俺はそれを見届けてから、横たえられた盗賊たちを見る。しばらく前からそこに横たわったままの、魂を失った肉体だ。
みなそれぞれ、どこかの両親の元、生まれ育ったんだろうな。その生まれが不幸だったにせよ、周りの何者かの慈悲に縋り、ずるさを身につけ、そして世の中を恨んだり、冷血に振る舞ったりして、そして、そして盗賊として生きていた。
おそらくはまともな仕事を覚える機会はなかっただろう。まともな恋愛をすることもなかったかもしれない。俺は死体となった盗賊たちの顔を見る。栄養が偏っていたのか、落ちくぼみ黄ばんではいるが、決して不細工とかってわけじゃない。というか、ニッポン人の骨格に比べたら、だいぶ整っているといわざるを得ない。
しかし、もう、物言わぬ死体となって横たわっている。
僅かに身につけていた装飾品は奪われて、ぼろの肌着とターバン、継ぎだらけの裂になった外套。
金目のものは、雑役と何人かの傭兵が持ち去っている。
こいつらが手に入れたものは、もうここにはない。
出会った人間も、金品も、食べ物も。
……世の憐れを感じないではいられない。
俺は自分で手を下した、というより致命傷を与えた奴らを探そうとする。
脚を攻撃した2人についてはすぐにわかった。棍棒を使っていたのは俺だけだからだ。で、そいつらの、死の表情を目に焼き付ける。力なく、光りなく、希望も絶望もなく、そしてウィタの喪失した顔だ。
死んだトアと同じ顔をしている。いや、トアは涙を流していた。死の前に自分を哀れむ時間があった。
こいつらにはそれがなかったんだな。
俺は不思議なくらい納得する。
それがこいつらの罪に対する罰だったのかもしれない。死の前に自分を哀れんで泣くこと。それがトアの善良さに対する、世界の情けだったんじゃないか。
風が吹き、月明かりがときおり陰る。いつのまにか虫の音が甦り、闇の中で鳥が低い鳴き声を上げる。仲間の傭兵が痛みで声を上げたり、雑役、飼育員が心配して声をかけたりしている。だれか飯を食っていて、俺もひもじさをふと感じる。腹、減ったな。うん、腹減った。
「ねぇ、ララ?」
うん? とララが首を傾げる。
「お腹すいたよ。なにか食べよう?」
「そうね。そういえば私もお腹すいたわ。何かもってくるから、ここで待ってなさいね」
そういってララは立ち上がり、広陵の下へ歩いて行く。俺はその好意に素直に甘えることにする。ララが風化した亀裂にはいり、姿が隠れる。荷車から何か探してきてくれるみたいだ。
ララの消えていった亀裂を俺はしばらく見つめる。それから、砦跡、俺の座っている崩れた城壁を見る。もろくなった泥の煉瓦を指先でこすり、砂の感触を確かめる。わずかに植物の繊維が混じっているようだ。例の窪地は、かつては沼だったのかもしれないな。
遙か昔には、この辺りに砦を築けるだけの権力があったのだ。それが王都を築いた連中に滅ぼされたのか、それとも同じ先祖なのかはわからない。しかし、この砦は役目を終えて、崩れゆくままに任されることになった。それから果たしてどれくらいの月日がたったんだろうか? ブトゥーリン王国の歴史書にそれが載っていればいいが。そうしたら、いつか、この地に生まれ死んでいった人たちの歴史を知ることができる。
そして、いまこの地で生きている人間に、それらを伝えて、いまを生きる人間がこの先をどう生きていけばいいのか、助けになるはずだ。そうすれば……、今夜のような無駄な殺し合いはなくなるのかもしれない。トアのようなやつがやりたい商売に人生をかけ、その結果を生きる生涯をおくれるのかもしれない。
俺は指先でつまんでいた礫を握り、遠くへ投げる。トッ、コツ、コ、と、襲撃前に投げたオオグチの牙と同じ音が響く。
なんかリズミカルで心地よい音だな、と、もう一度投げられそうな礫を探す。
座っているところには砂ばかりで、足下に目をこらす。
あれ? と、俺はおかしなことに気がつく。
俺の座っているところ、そこだけ土砂が積もっていなくて、城壁の基礎のあたりが見えている。なぜここだけ積もっていないのか? みまわすと、そこが風の通り道になっていて、現に足下のふくらはぎあたりに、ぼうぼうと風が抜けている。ああ、それで地際が見えているんだな、と納得して、そのあたりを調べる。
すぐに気がついたことがある。砦の煉瓦はなにかコンクリート状の均質な土台に載っている。そこに杭か何かで固定されて、砦の城壁を堅持していたらしい。
コンクリート、なのか? 古代ローマにもコンクリートはあったから、あながちあり得ない話ではない。王都のウァセルフ大聖堂だって、ロストテクノロジーの技術で建てられていたからな。
と、いうことはこの砦の基礎も、そういった技術が施されているのか……。俺は靴のつま先で足下の砂をかき分ける。
すぐに緻密で硬質な基礎が見えてくる。かがみ込んでそれがどこまで広がっているのか調べてみる。
基礎は城壁の下へずっと続いていて、そこから砦の外へ……1メートルほど伸びている。なんとも豪華な基礎造りだな。
こんどは基礎の側面を調べようと、俺は縁のあたりを掘り下げてみる。
暗くてよくわからないところもあるが、側面はざらざらと荒い表面をしていて、小石でも混ざっているのか凹凸が激しい。それになんていうか、うーむ……。
そうだ、これは砦の四角い外面に沿っていないんだ。基礎の外形はもっと丸みを帯びている。っていうかこれは……円形だ!
円形の基礎の上に四角い砦を立ている。そして基礎の表面は、積層させて成形したように皺が連なっている。
ふーむ……。
これはなんていうか、どう見ても……。
樹の切り株だ。
樹の切り株の上に砦を建てている。皺に見えるのは年輪で、基礎が円形に感じられるのは、それが倒された木の外周に当たるからだ。
だがそう考えてみると……、なんともとてつもない大きさの樹じゃないか?
俺は砦の反対側へ行ってみる。ララにはじっとしてろと言われたが、なかなか戻ってこないんだもん、しかたないよね!
それで、反対側まで行ってみると、樹の直径がだいたい40メートルあるとわかる。
てか40メートルって……
チキュウのいたころ、たしか、最も太い木の直径は約11メートルで、その木の樹齢は2千年くらいだといわれていたはずだ。すると、この樹の切り株は、それの4倍ある。4倍だぞ? 4倍。
毎年の幹太りが均一だったとしても8千年の樹齢を数える大木だったわけだ。いや、これはおおざっぱすぎるが、それにしても……。
それに、この均質で固い断面の緻密さ。いったいどんな樹種だったのか。化石、なんだろうな。石化していなければここまで固くはならない。つまり、この樹は成長しながら、内部は化石化していたわけだ。すごすぎる……。
俺は再び基礎の外縁、かつて樹皮があったであろうところへ戻る。風化した側面をいじって、その質感を確かめる。さっき、コンクリートの凹凸だと感じていたものは、気根か、枝のあとに違いない。そしてこの丸い……と、ほじくりだした硬質のものを手に取る。
この丸いものは人骨だ。頭蓋骨だな。なんだこれ?
ふむ……。俺はそいつをほじくり出したあたりをもう一度掘ってみる。すぐに人体の他の部分の骨が露出する。
遙か昔に、樹に寄りかかりながら死んでいった人がいる? 骨はだいぶ風化が進んでいて衣服などは見当たらない。なにか金属の破片でも残っていればいいのだが……。指が何かに当たる。ビーズ、だろうか。装飾品の一部らしい。
ここで亡くなった人がつけていたものだろうか。
俺はそれを遺骸から奪わずに、返してやる。
気になることがあって、幹の外周を何歩か移動する。掘りやすそうな場所を見つけて、もう一度あたりをほじくってみる。礫と砂が混じっていて何とも掘りにくいが、どうにか20センチほど深くまで進む。
すると、また頭蓋のまるい表面に行き当たる。また、人骨が埋まっている。こんどの骨は、なかば樹の表面に沈み込んでいる。
つまり、樹がまだ生きている時代に、寄りかけられて埋葬だかされたということだ。そして長い年月がすぎ、遺骨が樹の表面に取り込まれた。
もう少し時間がたてば、樹皮の圧力で粉砕されて、形を失っていただろう。眼孔のあたりにはメダルが押し込められている。俺はそれを手に取ってみる。
古い硬貨だな。副葬品に違いない。どのくらいの価値があるのか知らないが、これだけは持ち帰りたい。ご遺体の埋葬された年代を知る手がかりになるから。
俺は傭兵稼業で稼いだ硬貨をいくらか代わりに渡す。これであの世の河を渡ってください、と、心で念じる。
そして、見つけ出した硬貨を月明かりに晒してみる。
土の圧力でやや変形している。表面の輝きは風化で失われているが、凹凸ははっきりと残っている。人の顔が刻印されているな。これは大きな情報となる。俺はそいつをマントのポケットに入れて、もういちどご遺体に手を合わせる。
正直言えばここにとどまって発掘調査をしたいが……
「カナエ~? どこいったの~?」
俺を探すララの声が聞こえる。
to be continued !! ★★ →




