act.58_盗賊砦攻略戦 其の3
サイネアと俺は横に並んで瓦礫からでる。身をさらすと夜風が肌に感じられ、剣戟の鋭い響きもそれに混じる。
素肌の上に防具を重ねているサイネアから身体の熱気が伝わってくる。ちょっと臭いが、なかなか頼りになりそうだ。
流れた火箭が視界に映る。見る間に近づいて、躱す猶予がなくなる。俺はシャーリーを構えて……、それを払う。お、わりとできるもんだな。まぁ、いまのは余裕もあった。だが、これなら油断しなければ……。
サイネアが早足になる。どこを攻めるか見定めたのだ。
俺はそれに続くが、基本的に、護りたいのはララのことだけだ。
「俺は3人のサポートをするぞ?」
サイネアに声をかけると僅かに頷く。そして、俺を手で制しながら、弓を撃つ盗賊たちの陣へ回り込んでいく。たちまち、3人に集中していた矢がサイネアのほうへ向けられる。無茶しやがる……。
だがこれはチャンスだ。矢を受けたらしいカトーが状況の変化を感じたのか辺りを見回す。オッスがサポートに入って、さらに飛んでくる火箭を払う。ララは健在だ。俺を見つけると、少し焦った表情になる。
「ララ、大丈夫か? いま助ける!」
俺は3人の前に出る。
サイネアと俺、2人の加勢でも劇的に状況が変化する。盗賊たちには指揮をしている人間がいない。どこを真っ先に潰すべきか、迷いが生じてしまう。
はやくも弓を捨てて、かがり火の前で俺を待ち受けるやつがでてくる。早すぎる反応だ。待たずに矢を放ち続けられたら、俺も近寄ることができないかもしれないが……。
「おうっ?!」
左後方から声が上がる。サイネアの声だ。矢を受けたのかもしれないが、どうすることもできない。
俺は全速力で盗賊の陣へ駆け込む。盗賊は……、ざっと15人。5人ほどがこちらを見ている。先頭のやつが地面に突き刺していた槍を抜く。後ろもまたそれに続き……、1人が矢を俺に向けている!
放たれるのを待たずに、横へ飛び退く。トッ、と、さっきまでいた場所に、深々と矢が突き立つ。このやろうっ!
さっきまでの迷いがたちまち消えていく。
槍を持った男は獲物を大きく振って脚を払ってくる。膝から飛び上がって、それを躱す。男は武器を1回転させ、小脇に突きの構えをとる。わずかな時間に俺は男の懐に飛び込み、膝頭にシャーリーをたたき込む。さっきのやり方と同じだが、慣れた攻めは身体を流れるように動かす。
バキョ、と、手応えを感じ、そのまま駆け抜ける。
鬼の形相で後ろの男が槍を振るう。頭上から斜めに振り下ろされる穂先を、手元に潜り込むようにして避ける。おっ! あぶねぇ! 男はむりやり膝を突き上げて、俺を蹴り上げようとするが、どうにか躱す。がら空きのふくらはぎにシャーリーを振るうと、ボキッっと、骨の砕ける感触が伝わってくる。シャーリーが脛の武具に食い込んで、やや引っ張られながら何とか振り抜く。
「ぐぅぎやぁぁぁぁ! おおおお!」
脚を砕かれた盗賊が身の毛のよだつ悲鳴を上げる。獣のうなりのような恐ろしい叫びだ。
思わず振り向いてしまう。絶望、そんな景色が目に映る。目を限界まで剥いて男が転げ回っている。身体をよじらせるたびにさらなる傷みが全身を走り、エビのように跳ね上がる。こ、これは俺がやったことなんだ……。
ドッ!
俺は肩に衝撃を感じて、慌ててその場を駆け出す。衝撃を受けた肩に、なにか、棒がひっついてる。
な、なんだこれ? 余計なもんくっつけんな……。引っこ抜こうと掴むと、左半身に電撃が走る。
う! ぐぉぉ……
これは矢だっ! くそ! 矢を食らってる! しかし、痛くない……ほんとに矢か?
俺は衝撃を受けた左肩をみる。矢羽根のついた棒が……、刺さってやがる。く、くそ、食らってる。冷や汗がはしり、力が抜けるのがわかる。全身の筋肉と神経が、矢の傷を見て一斉に怯んだみたいだ。俺のいまの顔、情けない顔をしているかもな……。
まだだ……まだ、ララも俺も危機を脱していない。ここで挫けるわけには……
長剣が閃き、俺は反射的に地面を転がって避ける。膝をつき、シャーリーを構えると、そこに刃物が打ち付けられる。ガッっと、重い衝撃が走り、シャーリーが斜めに押される。一気に押されそうになったのをどうにか堪えて勢いを殺す。
もう一度とばかりに髭の男が長剣を振りかぶる。
俺はその隙に全身に魔素を回らせて魔術、ウィタの力を手に込める。全身の回路を魔素が駆け巡り、俺の意思によってはたらくウィタとなる。
もっと、もっとたくさんだ。周りのすべての魔素よ、俺に集まれ!
どんどんと力がこもっていくのを俺は感じる。長剣を振りかぶった髭面に怪訝な色がうかぶ。慌てて腕に力を込めて、振りかぶる途中の武器を振り下ろす!
パキーン……ン……ン……
長剣がシャーリーに当たって砕ける。シャーリーが鈍く輝いている。白色の微かな光だ。俺は両手に僅かな振動を感じる。まるでシャーリーがウィタを吸い取って、歓喜で震えているようだ。
ぎょっと身震いをして、男は小剣にスイッチする。
「させるかよっ!」
俺はその懐に素早く手を伸ばし、防具に触れる。
「爆ぜろぉぉ!!」
あてた右手を左手で支えて、ウィタを放出させる!
ドウッ!
掌に殴られた衝撃を感じて、俺は万歳しながらうしろに飛ばされる。砂埃に包まれ、目も口も砂だらけだ……。
手が、もげたんじゃないかってくらい感覚がない。
めくれ上がって頭に絡まったマントの裾を振り落とし、すぐに立ち上がる。なにか重いものが肩に当たっている気がして、それが突き立った矢だと気がつく。矢を食らうと、だんだん重くなるんだな……。
俺の前には砲弾でも食らったみたいに身をよじらせ、黒ずんだ男が横たわっている。どこがどうなっているとも言いがたいが、不自然な格好でぴくりとも動かない。死んだかどうかはわからないが、もう動けないだろう。これで、3人戦闘不能にしたはずだが、俺もだいぶ……。
新たに2人の盗賊が俺の前に進み出る。まじかよ……。どれだけ俺のほうに来てるんだ?
あたりを手で探るがなにも触れるものがない。シャーリーもどこかへ飛ばされている。
「カナエ!」
ララの声がして、背中に何かが当たる。これは、ララの防具だ。背中合わせにして、俺の背後にララが張り付いている。ようやく死地を離脱できたらしい。
「……ララ、無事でよかった。怪我はない?」
「私は大丈夫よ。それより、あなた……」
ララは振り返らずに俺の脇に手を添える。ああ……、傷の痛みが引いて行くみたいだ……。腹の底から力が湧いてくる気がする。焦点を合わせようとする気力がもどり、ぼやけた視界がクリアーになっていく。
「状況はどうなってるの?」
「半分は倒した。もう、監視塔からも皆が降りてきて、そこら中で戦ってる」
たしかに、たしかに争いの声がそこかしこから聞こえている。すっと、ララが俺を遮り、火箭を打ち払う。
払われた火矢がそこら中で残り火となっている。
「誰かやられた人は……?」
「だいじょうぶ。だれも死んでいない。状況は少しずつ、私たちのほうに有利になっている」
「だれも死んでない? は、は、は……。しぶとい奴らだよ」
俺は意外な驚きで笑ってしまう。
「そうね。あなたも死んではだめよ」
ララがにっこりと笑う。
俺は足下に落ちていた小剣をひろう。最後に倒した盗賊が持っていたやつだ。とても業物とは言えない粗雑な武器だ。刃こぼれしていて、錆も浮いている。少し振るってみるが、振り回されるようなバランスの悪さを感じる。だが、奇妙な爽快感もともなっている。シャーリーのバランスのいいしっくり感ともちがう、心が満たされる、爽快感だ。
その感覚を俺は前に感じたことがある。あれは、そうだ、ジュリー様の小剣を使ったときに感じだものだ。
もういちど、俺は操られた感覚を覚えながら小剣を振るう。腰を入れ、足を使い、素早く空を切る。
心が静まり、全身に感じていた疲労が軽くなっていく。
膝をついたまま小剣で空を凪ぐ。身が踊り、ドッと着地する。自然と身体が動く。
防具にあてればたちどころに毀れる小剣だ。だが……なんだ、このしっくり感は?
俺の動きを見て、眼前の盗賊2人が警戒して距離をとる。長柄の武器を持っているくせに、たいした警戒心だな。
「カナエ、あなた小剣を使っていたの?」
ララが驚いて俺に訊く。
「いや、まったく覚えがないけど……」
「初めて扱ったようにはみえないわね」
うん。自分でもそう思う。でも、いまは、それでいい。
俺は力を得て、前を見る。2人の盗賊がにじり寄ってくる。一方がハルバードをひらめかせ、ララのハチェットがそれを受ける。長柄の扱いやすさでそれを振り払おうとし、ララが素早く引く。もう一方がその瞬間に短槍を投擲するのが見え、俺は身を滑り込ませて軌道を逸らす。
ほとんど目のまえで突き入れられる穂先に俺は動揺していない。なぜだか知らないが、小剣を握った俺は無敵さに磨きがかかったようだ。いや、これだけぼろぼろで無敵もなにもないけどな。
俺は短槍の柄に小剣を滑らせて、一気に距離を詰める。槍が通り抜け、投げ込んだやつの顔が迫ってくる。そこへハルバードの男が文字通りの横やりを入れる。L字の穂先をもったその武器をふたたび小剣の刃で受ける。欠けた刃には嫌な振動が走る。こいつはもういくらも保たないな。
がくっ、っと男の姿勢が崩れる。何かを投擲したララが、ハチェットを握り直し、俺の脇から勢いよく跳躍する。がむしゃらに避けようとして、ハルバードの男は武器を取り落とす。俺は姿勢を崩したその男の背に、脇から小剣を突き通す。
「フヴッ……グ!」
男は痙攣して崩れ落ちる。素早く抜き取った小剣の柄に血がべっとりと垂れている。
もうひとり、は、ララがたったいま、脳天にハチェットを打ち込んだ。即死だな。
俺たちは背中合わせに一周して、周りを確かめる。すぐ近くに盗賊は構えていない。カトーとオッスは……、たったいま、囲っていた盗賊の最後の1人を切り伏せた。
逃げたやつが見える。なにか、投げられるものは……、と、見てる間にそいつの乗った鳥トカゲが悲鳴を上げて崩れ落ち、落馬する。レオナが短剣を構えて近づき、とどめを刺す。
俺たちを見守るように囲っていた外周の盗賊たち、火箭をつがえ、どうするか迷っている。前衛はほぼほぼ倒したからな……!
と、そいつらが突然動揺して声を上げる。奴らの背後から黒い影が躍り出て、1人の射手を切り伏せる。忍者みたいな身のこなしで、もう1人に近づき、弓を振るって防御したのをものともせずに打ち倒す。かがみこみ、のど元にとどめを刺す。
ありゃあ、リュリュだな。盗賊たちの背後に回り込んでたんだ。
独断か指示を受け手かはわからないが、これは……、勝負を決したみたいだ。
俺は背を伸ばして辺りをうかがう。
残った盗賊はわれ先にと鳥トカゲに跨がり逃げ出している。リュリュが拾ったらしい弓矢を射かける。さすがにそれは外れて、逃げていく奴らの背後に突き立つ。
ぽつんと刺さったその矢が、この夜の象徴みたいに見えている。
数えると、逃げ出した盗賊の背は全部で6騎だ。
ってことは、24騎は倒したんだな。
勝算があったんだろうけど、なんともしんどい戦いだった……。俺は熱を感じて左肩に右手を添える。じくじくと血が流れ、肌着がべったりと身体に張り付いている。
固い矢柄に指が触れると、左腕全体に痛みが走った。
同じく腕に矢を受けたカトーが離れたところに姿を見せる。その横にオッス、息は荒いが返り血で汚れているだけで無傷だ。サイネア、どこか切られたかしたらしい、腕を垂らして辛そうに立っている。
タービィ、オッシアン、ラウノ、レオナ、みなどこか怪我をしている。レオナは額を斬られて、凄みのある顔になっている。はやくソーナに治療してもらうんだな。
離れたところにカンドゥーラをはためかせるナスィールが立っている。いたのかおまえ……
ともかく、俺はもう一度、背を丸め逃げ出す盗賊を見る。
すべてを捨てて、ひたすら逃げていく。仲間と財産、拠点を失い、この先どうするのか知らないが、ここで死にたくはないらしい。逃げたって、たいして運命は変わらないだろう。やつらは終わりだ。
そう思うと再び肩の痛みが激しくなる。額から冷や汗が垂れてくる。
……トア、仇は討ったぞ。俺はその痛みを誇らしく感じた。
to be continued !! ★★ →




