act.6_ここで働かせて
「まさか、言葉が通じてる?」
俺は思わず身を乗り出してしまう。
メッスさんは、その動きにすばやく反応して、見ていた俺の腕を、ぱっと離して、5メートルほど離れる。あまりにも滑らかかつ俊敏すぎて、好奇心満々で動きを追ってしまう。
ひょえ~猫みたいだぜ。犬だけど。
なにがすごいって、チキュウの日本人が同じことをやったら、身体をぶつけたり、バランス崩したりして、物音もすごいだろう、それがメッスさんはほとんど無音。
飛び退いた先でも、枯れ枝を踏み抜いたりしない
メッスさんの顔は警戒というよりも、問いたげな関心が現れている。腰から下げたハチェットはそのままだし、戦闘態勢でもない。
俺が何か話すのを待っている感じだ。
「あなたは美しい」
俺が気取っていうと、「は? よく聞こえない」という表情を浮かべる。いや、聞こえてるんじゃない? 声が小さい? いや、イントネーションや発音に難があるようだ。
とはいえ、ある程度通じてる?
日本語がわかる……、んじゃなくて、昨夜テニスちゃんにお願いしたことが、早速かなえられたのだろうか。
だとしたら……、有能だな!
「俺が、話していること、わかりますかね?」
「少し」
メッスさんが頷いた。
おお~!! なんてこった!
これは、あれだな! ソーナちゃん、テニスちゃんに続き、メッスさん攻略ルートが開けた感じだ。クラ、フラグが立った!
こりゃあ、早速自己紹介だな。
それから~、家族の話、将来の夢、子供好きかどうか、仕事の魅力、カラオケで歌う曲。好きな体位。
いや~、言葉が通じるとたのしいね!
「俺、名前、カナエ」
「私の名前はララ」
「ララ、美しい名前ですね」
俺はソーナちゃんの時と同じ手順を繰り返す。ララはソーナよりもいくらか年上で、勘もいいらしい。わりとスムーズに返事を返してくる。前にもこういう、片言会話をしたことがあるのかもしれない。俺のジェスチャーにも、正しい反応を返してくるのだ。
「カナエは*****わかるのね」
「あ~、完全、あ~、ぜんぶ、では、ない」
ララは再び頷く。
通じてる!通じてる! なんだか、南無阿弥陀が出てくるね。ちがった、涙が出てくるね。
「カナエは、親が、死んでしまった、の?」
うむ……、まぁ、これはそういうことにしておいた方が無難だろうな。
「はい。村が、焼かれて、ひなん……、逃げる、ときに、ひとりぼっちになった」
「……そう。なんてかわいそうなの。ひとりぼっちになってしまったのね」
ララは哀れみの表情を浮かべる。近づいてきて、俺をそっとハグする。あ、お日様の匂い、と、女性の匂いが混じってる。正直ちょっと混乱するな。わんわんおの匂いと女性の匂いが混ざっているのは。これは今後よく考えないといけない。
どこまでがノーマルで、どこからが非常識なのか。
それにしてもこの質感、ララは幻ではない。ここに犬族として存在している。
俺は確かにこの世界に生きてるんだなぁ。いまさらながら実感してしまう。
俺はいま、コリー犬の顔した人型の女性とハグしてるんだなぁ……。
「たいへんだったわね……。ケガはないの? みせてご覧なさい」
「あ、いや。ケガはないけど、頭をぶつけた衝撃で、記憶が、あいまいで……」
きゅるりんこ。俺はしらじらしく適当な身の上を話す。
それにしてもあれだな、語学力が急速に向上している。会話をしながら、どんどん理解が深まっているし、自然と言葉が出てくる。いや~すばらしい!
「両親の顔も、思い出せない。たしかに、こんなふうに抱きしめてくれたのに……」
「なんて、かわいそうなの。だいじょうぶよ、この隊商はカナエにひどいことはしない。もう安全だから、心配しないで」
「この隊商は、俺を、奴隷にしない?」
「それは……、わからない。もし、カトーが、この隊商のリーダーがそんなふうに考えていたとしても、私がそれをさせない」
「そう……。ありがとう」
「でも、もしも、奴隷になったとしても、この隊商で働くなら、そのほうがあなたにとっては良いかもしれない。すくなくとも、外の世界のように、むごい労働をさせられたりしないから……」
あ、やっぱそういうのあるのね。
まぁこの世界の文明レベルなら、予想できることだ。
それにしても、こんないい人をメッスさんだなんて呼んでいたとは。俺は反省しないといけないな。そして、この人からはいろいろと情報を仕入れないといけない。
それにしても初めに出会った集団にこういう人がいてよかった。
そうだ、お日様の匂いに折り合いがついたら、あわよくば夫か息子になってしまおう。うん、いい考えだ。
俺は自由だし、たぶん!
言葉も通じるし、少しはセカンドライフを楽しもうぜ!
「ララ、この隊商はいまどこへ向かってるの?」
「そうね、あなたは突然連れてこられてなにもわからないわね。この隊商は南にある砂*くの町ムンから、オドゥルディア大陸**く部の、*う都アヴスに向かっているところ。あとだいたい十日でつくわ」
「王都アヴスね。何か交易品を運んでいるの?」
「もちろん。ムーン砂漠でとれる****っていう名前の香料よ。***の****でできていて、火であぶるととってもいい香りがするの。
王都アヴスでは貴**の人たちがたくさん買ってくれる」
「そう。僕は、どうしたらいいんでしょう?」
「そうね。これからのことは私と一緒に考えていきましょう。でも、いまは心配しないで、まずは、この隊商の生活に慣れなさい。そして少しでも手伝えることがあれば、自分から、仕事をなさい。それが、あなたの助けになるから。みたところ、の*業をしていた体つきではないけど……。ご両親がどんな仕事をなさっていたのか、思い出せない?」
はい、両親は公務員でした。まぁ小学校の教師だから、学校の先生、ということだが。果たしてこの世界に学校があるかしらん。正直微妙だな。教育機関なんて、チキュウでもそうそう整備できなかったみたいだしな。
しかし、あまり嘘ばかりついていたら、話に整合性がなくなってくるから、素直に教師にしておくか。
「両親は……、二人とも、こどもに何かを教える仕事だった、ように思います」
「教える? 何を教えていらっしゃったの?」
難しい質問だな。どんな答えがありそうに聞こえるか……。
「え~っと、計算? ですかね。なにかこう、黒板に数字をたくさん書いてたような……、ゲフンっゲフンっ」
「まぁ!数学ね! 生徒さんをもって、数学を教えるなんて、平民じゃなかなかないわね。ご両親**族のご出身だったのかしら」
「いや、そう言うわけではないですが」
「でも、貴族でもないのにだれかに物事を教えること自体、聞いたことがないわね……」
「まぁ、なにしろ記憶が曖昧で、数字を書いていたのは覚えていますが、それが本当に数学だったかどうか、正直、自信がありません」
「そう……、あまり質問攻めにしないほうが良さそうね。いまは、ゆっくり身体を**やして、元気になるところからね」
そうそう、あまり詮索しないでよ、ララ。
それよりも俺には訊きたいことがある。この世界のあらましと、昨夜テニスちゃんに言われた指令について、決めていかなきゃならない。
ララは知識層じゃなさそうだが、隊商を組んで各地を回っているくらいなら、それなりに情報をもっているだろう。俺に親切にしてくれるし、ここは素直に頼ってしまうか。美コリーだしな!
それにはまず、この待遇を改善してもらわないといけない。縄で縛られてリヤカーに繋がれてたんじゃ、なにもできない。
「ねぇ、ララ」
「なぁに? お腹空いた?」
「いや、そうじゃなくて、この縄なんだけどさ……」
と、俺は言葉巧みに、逃げないから縛らないでくれと頼み込む。
ララは思案げに彼方を見つめて、顎の辺りに指を添える。あ、手の形は人間と同じだけど、爪の付き方は犬に近いのね。そして指の背はフサフサだ。
「わかったわ。あなたは逃げ出して悪さをするような子じゃなさそうだし、これからカトーのところへ一緒に行って、頼んでみましょう?」
よし!やったぜ!
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俺はララに連れられて、いちばん大きなテントまで歩いた。獣の皮でできているらしい布を縫って、大きな一枚の幕になっている。
たぶん、これだけでかなりの財産なんだろう。
その点との入り口前には、オッスが木箱に座り、防具を手入れしている。もちろん帯剣していて、重そうな剣を、エプロンみたいな前掛けにのせて首から下げている。
てか邪魔じゃねーの? それ? 腕とか切らない?
「ナマステ!」
俺はオッスに友好的に話しかけた。
……。
オッスは胡散臭げに睨みつけてきて返事をしない。
なるほどね。オッスは権威主義なんだよ。俺のような部外者と軽々しく挨拶するのをよしとしない。あるよね、そういう文化。
気の毒そうに俺を覗き込みながら、ララに促される。俺の肩を押しながら、ララはテント内へ声を掛ける。低い声で「入れ」と、返事があり、俺たちは中に入る。
薄暗いテントの中にはわりと値の張りそうな家具と、箱や袋に入れられた荷物が所狭しと並んでいる。東側の幕際にはベッドがあり、畳まれたブランケットが積んである。空間の中央には執務用と思われる長机があり、それは漆か何かで防腐処理がされている。
その長机に両腕を投げ出して、カトーがなにかの書類を見ていた。
パワーファイター体型なのに、事務処理もするんだな。こいつはまちがいなく隊商の要だ。
武力と知識を兼ね備えているんだろう。
青黒い髪を朝日に輝かせながら、カトーが俺のほうを見た。
鳥肌が立つくらい鋭い目だ。
「なぜ、そいつがここにいる」
「あのね、カトー……」
ララが俺の事情について話し始める。
俺は従順を装うため、口を挟まずにそれを聞いた。
「記憶**失?」
言いながらカトーは立ち上がって……やはり、でかいな! 騎乗でみたときは185くらいかと思ったが、2メートルあるんじゃね?
2メートルの細マッチョ。こいつに剣の腕を認められるなんて、不可能なんじゃね? いたいけな10歳だし。
テニスちゃんもなかなか無理を言う、と思いながら、俺は怯まないよう虚勢を張りながら視線に耐える。
カトーは俺の周りを一周して、縄の痕が残った腕を調べたりした。
「記**失か……」
「そうなの。ご両親のこともあまり覚えてないみたい。でも、そのご両親は……、亡くなっているのかもしれないの」
「位の低い貴族が、どこかの政争に巻き込まれて平民に堕とされたとか」
「そうね。そう言う可能性はあるわね。あまり力仕事をしていた体つきじゃないもの」
「奴隷としては価値が低い」
「でも、教養があれば、あなたの手伝いができるかもしれない」
カトーは、うん? と首をひねり、ララと目を合わせる。ララがそういうつもりで連れてきたのだと知り、受け入れるかどうか迷っている。俺はララの配慮を信じて、ここはその線を推すことにする。
「俺、いや、僕は、数学ができます! 隊商の物資やお金の計算ができると思います」
「ふむ、計算ができるのか」
カトーの目つきがやや緩む。もう一押し。
「剣の使い方を覚えたいから、警備もやりますよ!」
あれ?
はぁ? って感じでカトーが呆けた顔つきになる。
片方の口角を下げて、白い歯をむき出しにする。
「ふ、ふはははは!」
ちきしょう、笑われた。
まぁしゃーないか。こいつの筋肉に比べたら、俺の身体は、豆腐みたいなもんだ。俺はさすがにやり過ぎたかとちょっと、赤面してしまう。
だが、ここは正念場、押して押して押しまくらにゃならん。
なんか楽しそうだし。
「食事の準備とかもしますよ! 料理も少しは出来ます!」
「料理? 貴族の子供のくせにか? というか、本当に記憶がないのか?」
「え? はぁ、へへ、料理は好きだったのか、何となく覚えているんです」
うーむ、余計なことを言ったか。
「この子の面倒は私が見るわ。変なことはやらせないから、私からもお願い」
ララが助け船を出してくれる。俺は感謝のまなざしでララを見つめ、手を握ったりする。
ララはかぱっと口を開けて、目を潤ませる。
ヘッヘッヘッと、息が荒い。うん、やっぱ、人間とは違うな。
「カナエ、お腹空いてない?」
「うん、空いてない」
カトーはなおもしばらく値踏みをしていたが、逃げたときはララに探させるぞ、と、念を押してから、俺の拘束を解くことを受け入れた。
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・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
テントの外に出た。
入り口では相変わらずオッスが見張っていて、今度は長剣の手入れをしている。刃渡りを日に当てて、傷を調べているんだろうか。
そしてオッスの隣りにソーナがいた。
ああ、やっぱりかわええな! 一日経ってみてみても野生パンサーちゃんとしかいいようがない! 毎晩抱きしめながら布団に入りたくなるぜ!
ソーナちゃんと一緒に青春時代を迎えたい!
「ソーナ、おはよう」
俺は二カッと歯を見せながら笑いかけた。
どう? この天使の笑み! 言葉も話せるようになったんだよ!
……。
…………。
………………。
そういや、俺ってどんな容姿してるんだ?
to be continued !! ★★ →