act.57_盗賊砦攻略戦 其の2
遠くから蹄の音が聞こえる。その音がだんだんと強くなってくる。
腹這いになっている地面に振動が伝わり、指先に触れている草が揺れ始める。
何騎の鳥トカゲが近づいているのか、俺は見たくて仕方がない。相手の正確な戦力と勢い、雰囲気がわからないのは戦意に微妙な影響がある。
だが、いま瓦礫の上から顔を出すわけにはいかない。顔を覗かせたらたちまち相手に異変を察知されてしまうだろう。横たわらせた死体にどのくらい相手を惑わせる効果があるかはわからないが、すくなくとも俺たちの姿が見えないことで、盗賊の戦闘態勢は整っていない。
俺は指先に触れた草を強く握りしめる。
ドドドドドッという低い音が辺りを支配して、盗賊に対する敵意や、身を伏せて待ち受ける緊張、仲間たちへの気がかり、それらが全てが音の中へ 溶け込んでいく。
ララが再び俺の背に手を当てる。どこを見ているだろう、どうやってこの緊張を耐えているだろうと見るが、先ほどの窪地から伸びた古い針葉樹の梢に視線を向けている。ふと樹木の姿に気がついたかのような、口をつぐみつぶらになったコリーの目をしている。そうやって緊張を紛らわせながら腰のハチェットに手を当てて、カトーの合図を待っている。
だれだって緊張するんだと、俺は当たり前のことを理解する。
砦のごく手前で不意にその音が緩やかになり、鳥トカゲの一騎が足を止めたのがわかる。
立ち止まった? なぜだ? なにか異変を感じ取ったか? 誰かの身体が見えちまってる?
おかしい、慎重すぎる。騎手は砦の中に異変を感じ取ったのにちがいない。失敗か? 包囲されて、じわじわこられたら……。
不意打ちが失敗するんじゃないかと俺の心に焦りが生まれる。
カトーとオッスの背を見るが、二人に慌てた様子はない。見破られて策もない? いや、まだだ。まだ見破られていない。ぎりぎりのところで、最後のチャンスを狙っている……。
監視塔のレオナを見ると、ナイフを投げる構えを見せたまま、身動きひとつせずに事態が動くのを待っている。また一騎、鳥トカゲの歩みが止まる。3頭4頭と続けて勢いを止めて、どうやら砦の周囲をゆっくりと回り始める。
ばれてないのか? それとも、俺たちの姿を見つけて、笑ってやがるのか……?
とにかくまずい、まずいな。例え発見されていなくても、このままだと ガレキの後ろに隠れた傭兵たちが、囲いをかけてくる相手の投射武器の射程に入ってしまう。この状態で座った姿勢のまま動かない盗賊の体が、もうすでに命を失っているものと気がつかれてしまったら、俺たちはまるで包囲されるのをじっと待ってるみたいだ。
このまま座ってる盗賊たちの肩に触れるまで気がつかないなんてことがあるか? いくら酒でも飲んで眠り込んでいるといっても、鳥トカゲに乗った30騎で囲んでも微動だにしないというのは、ありえないだろう。地響きでもう、起きるはずなのだ。こいつらは繊細な感覚で盗賊として生き延びてきたはずなのだ。
だから、遊撃に出た盗賊たちのすべてを戦闘の場に捉えきれてないとしても、チャンスは今しかないと思われる。
そう思って再び前の二人を見ると、腹ばいになっていた体を起こして、足の裏を地面に食い込ませ、勢いよく飛び出す準備をしている。よし、俺と同じ考えのようだ。
俺はそれにならって敵の只中へ飛び込む覚悟をする。そうだ、いましかないんだ。
飛び込んでいく先の荒れた斜面を一瞬、覗き込む。
う! お……? バイソンみたいな……。
いやいや、ちがうっ! あれはぜんぶ鳥トカゲだ! あれが騎兵なんだ……!
やべぇ! やべぇ! 30騎の盗賊って、とんでもない戦力だ!
あの集団に駆け抜けられたら、俺たちの死体しか残らない……。
しかし、しかしだ、カトーもオッスもこの戦力差は十分知ってるはずなんだ。知っていて戦おうとしている。ってことは勝機がある。いや、普通に勝てるんだ。そうでなきゃ、雑役一人の報復で攻め込んだりしない。
数で言えば30対10だ。不意打ちとはいえ、本来であれば制圧できるような人数差ではない。
だが、俺はあいつら二人と他の傭兵たちの強さをある程度分かっている。そうだ、俺自身のことも。あ、ナスィールはよく分からんが……。
と、余計な事に思いを馳せた瞬間、中背のカトーが前かがみになりながら瓦礫の脇へ躍り出る!
それから……不思議なことが起こる。雑念に取り憑かれていたはずの俺のからだが、自然と立ち上がり、石垣を跳び越えているのだ。
俺は奴の背の影になるように 微妙に位置を変えながら、同じく砦の外へ身を躍らす。
まいったな、身体が自然にうごいてしまう。それほど前の二人に運命を委ねていたというのだろうか?
監視塔のわずかなランプの灯り、三つの月に照らされた盗賊たちの姿が視界に飛び込んでくる。
なんて数だ! 動かしがたいなにか、ここに集落でも築いているように見えてしまう。それぞれが得意の武器を携えていて、俺たちを殺そうとしている。
あらためて見ても30騎は鳥肌が立つくらいの戦力だな! 俺、死んだかもな。
だがカトーは怯むことなく先頭の一騎へと駆け寄っていく。両手で長剣をにぎり、腰の辺りで背の方へなびかせ一気に距離を詰めていく。長剣は相当の重さのはずだが、まるで重さを感じていないかのようにまっすぐな姿勢のままだ。
地際を流れていく危険な獣。盗賊を刻む残酷な兵器、そんな感じだ。
盗賊の先頭のやつはわずかな時間差で駆け寄ってくる不審な人物に気がつく。どこか別のところを見ていた顔が、カトーの動きに気がついて振り向き、目を剥く。そして、その後ろから次々と殺到してくる、武器を持った傭兵たちの姿もすばやく見る。
「襲撃だっ!! うっグ……」
声をあげ、直後にくぐもった声を漏らしてのけぞる。肩のあたりに クナイが突き立っている。レオナのやつだ。
今度は距離もあって行動ができなくなるほどの傷ではなかったらしく、そいつはとりトカゲの上でなんとか姿勢を直す。カトーの方へ向き直るが、苦しげな顔が恐怖でひきつる頃には、肩の辺りから腰までバッサリと切り払われている。
斬撃に吸い込まれるように骨肉が捩れて変形する。カトーは絶命した盗賊の体を長剣でそのまま振り捨てて駆け抜ける。
2騎の盗賊が反応して、槍を構える。こいつらも若い、が、血錆びの浮いた穂先を燦めかせて、すさんだ目でカトーを見つめる。運命でも感じているんだろうか。躊躇の色はない。
両騎ともじっと相手を待つようなことはせずに、微速で距離を詰めてくる。俺にはそこからスローモーションのように殺し合いが見えてしまう。
より手前のターバンの男が力任せに槍を放つ。芯金の入った槍が身を躍らせながら、カトーの身体の中心へ突き刺ささ……、らない。
どうやってか、槍はカトーの走り抜けた背後に突き立つ。槍を投げた男は、もう長剣を構えている。「ウラァ!」と、声をあげて、鳥トカゲの腹を蹴る。手練れだな!
カトーは、……左手を突き出して、魔素を練っている! ウィタの濃厚な発動が俺には見える。カトーの決して多いとはいえない水色のウィタは、掌の先に色濃く濃縮され、そこからプラズマを放ちながら盗賊の懐へ飛ぶ!
もはや俺に何かの考えを挟む時間などない。景色は思考を拒否して、素早く展開する。
ターバンの男は放たれた光球を避けようと身をひねる、が、避けきれずに脇腹のあたりにそれが直げ……、利き手で防いでいる。防具がはじけ飛び、長剣がこぼれ落ちる。
カトーが身を躍らせて、そいつにとどめの一撃を振るう。男は鞍から小剣を抜こうとするが、鞘から抜き取る前に漸撃を受け、肩口から血を吹き出し腕を飛ばされ、落馬する。怪我をしたらしい鳥トカゲが、カトーの身体に体当たりを食らわせて、もがきながら逸れていく。
どうにか体勢を整え直したカトーに、もう1騎が殺到している。槍の鋭い突きはオッスのハチェットが打ち払う。オッスは跳ね上げられた脇に、長剣を突き入れて、素早く抜く。
盗賊は糸が切れたかのように生気を失う。騎上で血を吐き身を屈めて背後へ過ぎていく。そいつを傭兵の誰かが引きずり下ろしてとどめを刺す。ララだ。
カトーとオッスは、こんどは火箭に足止めされる。散発的に狙い撃ちされる火箭を演武の動きで打ち払う。
が、これはまずい。盗賊の後続に距離があったから、その間に後ろの奴らは準備を整えている。ある者は下乗してリカーブボウを取り出し、ある者は長柄の武器を取り出して憎々しげに俺たちを見ている。砦の城壁跡にとりついていた4騎の斥候らしき盗賊たちはみな打ち倒されているが、残りの25騎以上の奴らについては、不意打ちのタイミングを失っている。
そしていま、めいめいが得意の武器を手に俺たちを包囲するように、戦いやすい場所へ位置を変えつつある。
一気に状況が悪くなっていく、気がする。
これだけ好き放題にやられたからには、引き返すという手はないようだ。だれが指示しているわけでもなく、盗賊の全員が俺たちを殺す気でいる。
だがそれは俺たちだって同じことだ。広陵の縁のあたりにいるならばともかく、俺達と窪地をつなぐ道の途中には、大勢の盗賊達が陣取っている。倒さずに抜けることなどできない。
俺はますます嫌な予感がしてくる。このまま膠着状態に陥ったならば人数の少ないほうが狙い撃ちにされて、一人ずつ倒されてしまうのではないか。だが、カトー、オッス、ララ、皆ためらいなくやつらの投射武器の射程内に飛び込んでいく……。ちょ、ちょっと待てよ……、こんな無茶苦茶な攻め方で状況を打開できるのか?
そして瞬く間に3人に火箭が殺到する。散発的だった投射が、連続的に、計算され避けにくい軌道で放たれる。カトーは移動しながら次々と打払い、オースとララはその場でステップを踏んで、矢を見定めてから武器で振り払う。一方は家を当てることにもう一方は家を打ち払うことに集中して俺たちの中の最強戦力に近い3人は膠着状態になる。
レオナの投擲武器の範囲内であれば、それでも少しずつは相手を倒すことができる。だが、3人が釘付けになっているのは監視塔から40メートルは離れている。ここは他の誰かが飛び込んでいくしかない。
俺が行くべきなんだろうか? だがどうにも、弓矢を打ち払うだけの空間に固定されてしまう気がしてしょうがない。他のやつらはどこへ行った?
リュリュの黒い鱗は闇にまぎれてどこへ行ったのか全然分からない。
もう一人のコリー族、タービィのやつは3人の手練を引き連れて激しい攻防を繰り広げている。その3人は盗賊の中でも年長らしく まずはタービィのやつをやっつけようと狙っているらしい。そういえばいつのまにか右の側面からそいつらは攻めかかっているのだった。むしろよく押さえ込んでいるといったところだ。
オッシアン、ラウノは監視塔の基部で盗賊たちを押さえ込んでいる。あそこが落とされたら人数的な不利な俺たちに勝ち目はない。とてもじゃないが助けになど出られないだろう。
塔の上のレオナと目が合う。どうする? と、問う目つきをしている。ああ、まぁ、わかってるんだ。いくしかない。
サイネアは……、やつが俺の肩を叩く。そこにいたのか。
「いくしかないな。いまを逃したら勝つチャンスはない。覚悟を決めろ」
「ララもあそこにいるしな……。やるよ」
俺は迷いなく頷く。たしかに俺たちしかいない。
to be continued !! ★★ →




