act.56_盗賊砦攻略戦 其の1
俺とナスィールは水と油かもしれんな。
なんかさっき分銅投げつけてきたし、あいつは教授で、俺は准教授。異世界とチキュウという世界の違いはあるが、基本的には相容れない存在だ。
よし、ここは遠慮なくいこう、と決めて俺は霧とナスィールの間に立ってみる。
霧に感心した態でなにげなく歩き出して、やつの視界が塞がる程度に背を伸ばす。他のメンバーはなにも気がついてない。
どうだ、ってかんじでナスィールを見ると、眉間にしわを寄せて難しい顔をして俺を見ている。俺はやつに手を振ってみる。他の傭兵には励ましているか、霧の魔術に感心しているように見えるはずだ。
うまくいってるぞ、とばかりに手を振ると、ナスィールは顎を振ってどくように指示する。魔術に集中しながらぎりぎりのところで身振りをしている感じだ。
ふむ。ナスィールの魔術が、霧を視認できていることに要点を置いていることがわかり、俺は素直にどく。それがわかれば十分だ。
魔術そのものは成功して欲しいからな。あいつもちょっとは反省しただろう。
広陵の縁を見やると、濃密な蒸気の固まりがぞくぞくと這い上っていく。じっと目をこらすとどことなく黄みがかっているようだ。見ているだけで肌がかゆくなる。
俺たちはみなで前進して、風化した崖の裂け目から広陵の上面まで登る。
そこから砦の石垣を視認する。距離にして20メートルくらいだ。かつて堅固な城壁だったものはすっかり破壊されて、崩れた残骸を晒している。かなりの量の石材が持ち出されていて、残ったのは腰ほどの高さまでだ。それらも風化の試練を受けていて、角は丸くなり名前も知らない草木に覆われている。城壁の地際は長い年月の間に塵埃が堆積して、遠目にはそれ自体が丘陵に見えている。
ただ、トゥオンの話通り、砦の4隅に据えられていたらしい監視塔のうち、1基だけは健在だ。たびたび補修が加えられたのだろう。石材の色はまだらで、真新しいランプがつり下げられている。監視塔の上面は簡易的な露天の小屋が設けられていて、材質はおそらくは泥を塗ってグレーに染められている木材だ。
霧はもう城壁あとの際にまで到達している。
襲撃するまでわずかな時間しかない。
監視塔の上に見張りの影が見える。
俺たちと3つの月を結ぶ直線上に櫓があるから、見張りの姿は一目瞭然だ。この位置取りを考えたのはカトーかオッスだろう。なにも考えないで移動しているようで、ちゃんと計画してるんだな。俺は感心して2人の後ろ姿を見る。
その2人の間からレオナが進み出る。おお、かっこいいな。何の躊躇も無しに早足で進み、距離を詰める。15メートル、10メートル、さらにつめて5メートルほどで立ち止まる。監視塔の高さは6メートルほどだ。
レオナがクナイを構える。
監視の盗賊は背後を見ていたが、そこに何の兆候も見つからなかったからか、俺たちのほうへ振り返る。小屋の縁へ歩み寄り、地平線へ視線を向けている。
心臓の鼓動が邪魔に思えるくらいになっている。レオナはクナイを構えたまま身動きをしない。後ろから見守っている俺たちも、息を殺してじっとしている。
いま監視の男が下を見たら、暗い夜とはいえレオナの姿を視認できるはずだ。
監視はさらに1歩縁へ近づき、なにかに目をこらす。と、身体から緊張が抜けて、僅かに弛緩する。まずい、これではレオナは攻撃できない。
俺は傭兵のメンバーを見る。有効ななにかをできるやつはいないようだ。しゃがみ込んで石でも投げようかとあたりを探るが、風化が激しく砂のような粒しか触れない。
なにか、なにかないか?
俺はローブのポケットを探る。ぽつ、っと指先に固いものが触れる。探り当てて取り出して、目のまえに寄せてみる。あ、これ、オオグチの牙だ。そうだ、1本だけとっておいたんだっけ。これはなんていうか、ちょうどいいね。
俺はその牙を手に握り、再びレオナと監視員のほうへ視線を投げる。監視員はいまにもそこ場から立ち去りそうだ。まぁまちなよ、なにか足下にいるみたいだぜ?
俺は振りかぶって牙を投げる。白い固まりが傭兵たちの頭上を越えて……、レオナから1メートルほど離れた場所へ落ちる。
コツッ…コ……コ……
牙が岩肌を転げ落ち……、監視員が身を乗り出す。
その瞬間だった。
レオナが動いたかと思うと、もう投擲を終えている。
早え! 俺はすばやく監視員を見る。監視員は、……あ、監視員は喉を押さえて仰向けに仰け反り、小屋の中へ消えていく。
命中、いい腕だ!
文字通り音もなく1人目が始末される。
たったいまやられたやつにも人生があったんだろうな、俺は無理やりその想像を押さえ込み、砦の攻略に集中する。留守を守る盗賊は、あと10人いるはずだ。
カトーが手を伸ばし合図する。誰かが息をのむ。
腕が停まり、下ろされる。
傭兵たちはいっせいに立ち上がり砦の城壁に滑り込んでいく。
崩壊した割れ目から、カトーが中を覗く。内部には建物の廃墟がいくつか残っていて、方々にたき火が燃えている。廃材のたぐいが散らばっていて、ターブが3つ張られている。
いる。ターブの下には男たちが思い思いに屯している。座っている男、寝転がっている男、なにか手元で作業している男。若かったり、髭面だったり、まだ少年の名残がある者……。
突入する隙をつくるのは、ナスィールの霧だ。
もはや監視の目はない。霧は、どこまで近づいた? 見ると城壁を乗り越えて、草花の間を河のように流れ込んでいく。やっぱりちょっと黄色いな。霧に触れていない俺までが、なんだかむず痒い。
霧の波が周期をもってなだれ込んでいく。どくどくと流れ込んでいく様はまるで舞台のドライアイスだ。このまま砦内のすべてを飲み込んで、霧に中に消滅してしまう、そんな空想すら湧いてくるが……
「……なんだこ、りゃ、ファ、ファ、ファクショイ! う、おお……、痒い、痒い、おかしいぞこりゃ!」
男の間抜けた声が夜の静寂を引き裂く。なんだ、なんだ、どうしたぁ? と、そこかしこから間延びした声が上がる。たぶん、傭兵の皆はそれらの声がどのあたりから響いているか、あたまの中で記憶しているはずだ。素人の俺でもそれが重要な情報だとすぐさま気がつく。
ぎゃっはっはっ! と、痒がる男を笑う声。「なんか変な霧だぞ」と、疑問も聞こえる。砦の中にいた盗賊は、周囲への警戒を完全に止めている。
いまだな。俺がそう感じた瞬間にカトーが立ち上がる。すぐに傭兵の全員がそれに続く。
俺は夢中で飛び出して、砦の内部に躍り出る。
物音にこちらを向いた盗賊の目が、みるみる驚愕に染まり、息を吸う。
「しゅうっ!、ぐ、げ……」
俺の視界の先で一人の男が喉に致命傷を負う。レオナのクナイが突き立っている。その男が血を吹き出しながら暴れて、皆が一斉に俺たちに気がつく。
俺はもう、ターゲットを決めている。そいつは二人目の犠牲者となった仲間から目を離し、足下の長剣を握っている。俺たちのほうへ向き直り、鞘を投げ捨てる。
俺はシャーリーの柄を握る。掌に汗をかいていたが、シャーリーの肌が余計な水分をあっという間に吸い取り密着するのがわかる。狙った男は長剣を構え直し、両手で握る、が、足場が悪いね、不運なことだ。
わずかに回り込む誘いをかけると、男は足場をずらし……、岩に躓いて膝を曲げる。
いまだっ!
俺は思い切り地面を蹴り跳躍する。男は長剣を振ろうとするが、体勢を崩していて明らかに間に合わない。慌てて剣を投げ捨てるそぶりをする。その前に俺はシャーリーを振るっている。
ボジュッ!
腕に嫌な手応えが伝わってくる。これは……、いや、いまは考えない!
まずは一人目だ!
しぶきを上げながら仰け反る男をそのままに、俺はそいつの脇を駆け抜ける。
この感覚、ガイと戦ったときと同じぐらい冴えているな。
つぎの男を見定める。そいつは木箱の脇から立ち上がって、俺の後ろを見ている。たぶん、血を噴いて倒れ込む仲間のことを、だ。
そして、驚愕の目で俺を見る。そいつの顔。一瞬で俺の記憶に焼き付いてしまう。まだ20を越えてない……。だが、こいつらはテオを、多くの商人を殺している。
年少の男はとっさに手に持ったらしい弓を捨て、小剣を抜く。俺はもうやつの足下にいる。膝頭にシャーリーを打ち込むと、電気に打たれたかのように身を屈ませる。盗賊の後頭部が俺の目のまえに晒される。
一瞬だけ、一瞬だけ俺は躊躇した。
だが、トアの最後の姿がそいつに重なり、俺はシャーリーを振り下ろす。
パグッ!
ああ……、いや、考えるな……。いまはだめだ。
つぎの相手を、と俺は盗賊の姿を探す。その視線は仲間の傭兵たちと交差し、また隣へ移るが、それもまた傭兵たちの姿しか捉えられない。
「何人だ?」
カトーが低い声で尋ねる。
「2」「1」「1」「1」……
「2」と、俺も最後に倒した数をいう。足すと合計11になっている。つまり、留守役は全滅した。
俺は大きく息をつく。リュリュとタービィが隣を過ぎて、周囲を調べる。監視塔へはリオナが調べに行く。
「まだ油断しないで」
ララが俺の横に立つ。視線は砦の周囲へ向けている。
そうだ、遊撃にでているやつらが近くにいるんだったな。俺は気を引き締め直す。シャーリーから地面へ血が滴っているのに気がつき強く振るうと、血糊が岩の表面に飛び散る。
油断したら俺がこうなる。ララがこうなるんだ。
そんなことは到底受け入れられない。俺の精神は素早く鎮まっていく。
カトーが低く鋭い声で皆に指示を出していく。
監視塔の上からレオナが手で合図を返す。遊撃の連中が近づいているのだ。
オッスとサイネアは塔の元へ滑り込んでいき、砦の外をうかがう。
いつの間にか霧が晴れていて、ナスィールが監視塔へ入っていくのが見える。
俺とララはタープの一つを崩して、砦の外へ向けて盗賊の死体を座らせる。じゃっかん脱力して見えるかもしれないが、細かいことは仕方がない。座らせた死体の後ろ、遮蔽となった瓦礫に身を潜める。
それを見たからか、残りのタープが手早く崩される音がする。死体を使うことをまねるらしい。乱暴に引きずる音が響き、武器が足下に投げられる。瓦礫の背後に飛び込む音。瞬く間に周囲から人の動く気配がなくなる。
傭兵は皆が所定の位置に隠れたらしい。
ララと身を寄せ合って敵の気配を探る。
俺はさっきからずっと全身が強く脈打っていることにいまさら気がつく。
ここからが本番だ。
to be continued !! ★★ →




