act.54_客人の提案
すぐにカトーがやってきた。
自然と人垣が道を空けて、命を失ったトアの姿を彼に見せる。カトーの後ろからはハスドルバルのおっさんがついてきている。
カトーはトアの顔もとにすわりこみ、傷口を確かめる。そっと顔を表に向けて、息がないか耳を寄せる。なにか生きている兆候を感じ取ったんじゃないかと期待してしまうのは俺の弱さのせいだろうか。
再びトアの顔を楽にさせてやり、カトーは手を離す。じっと彼を眺めてから、目をつぶり大きく息をつく。
黙祷をしている。
やはり、トアの命の火は、もう消えている。
皆が目をつぶり、何人かは胸に手を当てている。俺はその様子をどうしても観察してしまう。トアの魂がどこへ行く着くようにと、皆は思っているんだろうか。太陽神フアナだろうか。それともホシのライフストリームに帰るようにだろうか。
俺はしばらくしてから目をつぶり、トアがアケネーの縁で悲しまないように祈る。トアのエーテル体は個性を失うが、存在が消滅するわけじゃない。いつか再び、べつの命と身体を持って、どこかに生まれるのだ。
俺はその一生が幸いなものになるように祈る。
カトーが立ち上がり、今度はハスドルバルがしゃがみ込む。
「トアよ、お前の親父になんと言ってやったらいいのか……。私の責任だ……」
と、ハスドルバルは頭を抱える。トアがこのキャラバンに加わるに当たって、審査だか許可だかを担当したのはハスドルバルなんだな。生い立ちや家族のこともある程度しっているらしい。
ハスドルバルは小太りの身体を小さく折り曲げて、眉間に手を当てる。苦しそうに皺を寄せて、何度か顔を振る。
カトーは怒った顔で俺たちの方を向く。だれを責めるでもなく、この状況に怒っている、そんな感じだ。乱暴な足取りで輪を離れる。オッスのところへ行って、報復について相談するのかもしれない。
俺はしゃがみ込んでいるハスドルバルのほうへ行く。となりにしゃがみ、トアの顔をもう一度見る。両目から涙が出ている。いまわの際に我が身の不運を悲しんだんだろうか。俺は手をあてて目を閉じてやる。添えた手に涙が触れる。夜風が当たり、そこだけ冷気を感じている。
「お前の商売に誘ってくれて、ありがとうな」
短い付き合いだったけど、と、俺は心の中で思う。本当に、トアのことについて、ほとんどぜんぜん知らないままの別れになっちまったな。ここを生き延びていれば、それこそ生涯にわたっての付き合いになっていたかもしれないのに。
ため息を一つつく。
ララがやってきて、慎重に矢を抜く。それから仰向けにして手を組ませてやる。黙祷し、身体をやつのマントで覆う。
この報復はどうするんだろうか。どこかの砦にいるという盗賊たちを全滅させる? それはキャラバンの目的からずいぶん離れているが、カトーは果たしてそこに必要を見いだすだろうか? それとも不運だったと、早々に立ち去る? 俺はどうしたい?
うん、そうだな。たぶん、復讐したい。
トアを殺したやつを見つけ出して、残忍なやり方で殺してやりたい。それはキャラバンの仕事とも女神の仕事とも違う。わかってはいるが、俺の感情が収まらない。
この世界ではこんなこと日常的に起こっているはずなのに、不思議だな。なぁ、トア。この世界に所属しているようで所属していない俺が、現地人のお前のために復讐を望むなんて。
テニスちゃんはあきれるだろうか……。
皆は三々五々寝床に散っていく。トアの埋葬は明日にするらしい。
年の近い俺とソーナ、ディナクが最後まで残る。ソーナは泣いている。
ディナクは大きく息を吸って、ため息をつく。「人は死ぬんだな。俺たちもそのうちに……」そう言い残して去って行く。
「この子、朝はあんなにわくわくしてたのに……」
嗚咽を漏らしながらソーナが言う。そうだなぁ、トアのやつ、かわいそうだなぁ。
29才の俺が自然と手を伸ばして、ソーナをしっかりと抱き寄せる。細い肩が胸の中でしゃっくりをあげている。
虫の音が止むぐらいまで、2人でそうしていた。
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やはり報復に出るらしい、と聞いたのは次の日の朝だ。
ララが言うには理由は3つある。
一つは単純に死者が出たことへの報復。二つ目は、このまま逃げ去ったら、追い打ちをかけられる可能性があると言うこと。仕返しをしないで立ち去ると言うことは、対抗する力がないと相手に知らせるに等しい。
三つ目は噂を封じ込めるため。仮に盗賊たちが追ってこなかったとしても、カトーのキャラバンが攻撃を受けて逃げ去ったという噂が立つかもしれない。これは今後の道程に悪い影響を及ぼす。
よし、俺も賛成だ。やつらには思い知らせてやりたい。
キャラバンの他のメンバーも、報復自体には反対しない。これはなかなか心強い。トアは隊の中ではたいした仕事を負っていなかったが、それでも皆が、感情的にはやつのために報復に賛成しているんだから。あるいはカトーはそうした他のメンバーの心理のためにも、報復を決めたのかもしれないな。
問題になるのは奴らがどのくらいの人数で、どこに潜んでいるかだ。
トールゲートからの情報では、王都の南門を背中にして、左手の広陵地帯に石造りの砦跡があって、そこに定期的に集まっているとのことだった。ハスドルバルがそのことを皆に話す。このおっさんは復讐に燃えていて、報復の話に積極的に参加している。カトーとオッスの3人で話し合ったことについて、他の傭兵にも教えてくれた。
そしておそらくは、前に俺たちを襲撃したやつらと、同じ集団であることだ。
あのときの情報では、盗賊たちは40人ほどで、そのうち留守役が10人、遊撃が30人だ。鳥トカゲに乗った騎兵と、森に潜んでいた弓兵は、前回の襲撃のときに大量に殺してやった。だから、戦力としてはかなり低下しているはずだ、それでも襲ってくるのはそうとう困窮しているからではないか、などなど、皆で話す。
王都南門から左、つまり地図的な見方で言えば、王都の東だが、その広陵地帯の砦については、飼育係のトゥオンが知っていた。
たしかに相当劣化の進んだ砦がある。屋根や隔壁はとっくに無くなっていて、かろうじて外壁と浅い堀が残っている、環状の地形で、見張り用の塔が1基だけ体裁を保っている、周囲は耕地とヘッジローばかりだから、身を隠すのは難しいかもしれない。
「昔は近くの村の成人の儀式などで使われていたが、最近は若い奴らが集まって騒ぎを起こしたり小火を出したりで、治安わるかった。我々のような駄獣を飼っているものはあまり近づかない。酒に酔った若い奴らは、なにをするかわからないからな」
トゥオンは神妙にしていう。放置していた自分たちに責任の一端があるかのように。
雑役の人たちも、トアの死には憤っている。報復に参加すると息巻いている男もいる。武器なんて小剣くらいしか握ったことは無いだろうに……。あ、俺もほとんど棍棒しか握ったことは無いんだけどね。
だけど、俺は冒険者を殺したことがある。そこはだいぶ違うと思う。
俺たちが肩を怒らせながらあれやこれやと話していると、いつの間にか来たのか、オッスが背後から静粛を促す。隣にたつカトーが、俺たちを見渡す。
「昨夜襲撃をしかけてきた者たちに報復することを決めた。傭兵の皆はこれに参加してもらう。カナエ、お前もだ。他の皆はここで待機だ。雑役には武器を渡すから、しばらく留まって警備を頼む。トゥオンとヴーイは鳥トカゲを荷車から外して、鞍をつけてくれ」
おう、と、傭兵の全員が返事をする。雑役は不満げに文句を言い合う。正直言って、ろくに武器を扱ったことのない人らに来られても迷惑でしかないだろう。ただ、感情的には雑役の気持ちもわかる。ディナクも不満というより恥をかかされたといった様子で、カトーを睨みつけている。
お前の分も暴れてきてやると、あとで伝えてやろう。
傭兵が集められ、雑役は解散する。トゥオンとヴーイは場所の説明に残り、話し合いに参加する。俺たちは輪になって顔を寄せあう。
隊長のカトー、9人の傭兵、オッス、ララ、サイネア、リュリュ(竜族の奴隷だ)、タービィ(襲撃のときに真っ先に警告した歩哨)、オッシアン、ラウノ、レオナ、そして俺。トゥオンとヴーイ。
異世界の傭兵稼業ということもあって、それぞれ並大抵の体格ではない。そりゃ細いやつもいるが、筋肉は締まっていて、使い慣れた武器防具を身につけている。ナイフの一つでも持たせれば、さぞかし様になる使い方をするだろう。
カトーが説明する戦略はこうだ。
オースンとサイネアが斥候として先行する。敵の規模、大まかな動きを掴み、広陵近くに待機した本体に戻る。できれば相手がどこかへ襲撃に出ているタイミングを狙う。留守組を制圧し、襲撃組が帰ってきたところを不意打ちする。
うむ、悪くない。
敵が集合していた場合、状況にもよるが、襲撃組を待ち伏せすることを考える。鳥トカゲがたくさん残っていて機動力があれば、こちらを襲撃してくるかもしれないので、すぐに引き返す。
それぞれできるだけ飛び道具を持っていくこと、等々。
「遠距離攻撃ということなら、私も少しはお役に立てますよ」
輪の外から声がかかった。
皆が一斉に振り返り、客人であるナスィールの姿を認める。傭兵たちの力強い視線を一身に集めているが、ナスィールは微動だにしない。なかなか肝が据わっているらしい。
「客人、気持ちはありがたいが、学者のあなたになにができる? 武器を扱えない人間の動向は、かえって部隊の弱点になるのだが?」
と、カトーが冷静にいう。
「私はこれでも魔術を身につけていましてね。ブルラーイでは霧の魔術を教えています。たぶん、あなた方のやりたいことの助けになりますよ」
「ふむ」
カトーは顎を撫でて考え込む。
「霧って、視界をくらますとかか?」
と、オッスはその効果を尋ねる。
「それもできますが、霧というのは多様なものでしてね。人を惑わすのはもちろん、衣服にしみこみ、肌を纏わり付き、肺の中にまで入り込むものです。それも、危険なものだとは、なかなか気づかせずに」
「……」
オッスは了解したのか沈黙する。
なるほど、霧の魔術。なかなか多様で、おそろしい魔法のようだ。
「それなりに素早く動いてもらう必要があるが、身を守れるか?」
「まぁ、大丈夫でしょう」
ナスィールは細い目をさらに細める。
俺はなんだか急に肌寒さを感じる。この魔法使い、なかなかの人物らしい。
to be continued !! ★★ →




