act.53_夜襲
その日は遅くまで歩き、小川近くの礫地で野宿することになった。
街を遅く出たから、食事の配給はとくにないらしい。川の水を飲んで、適当に持ってきたものを食べろ、ってことだ。俺はソーナの買い付けを手伝っていたときに、食事の配給されないときがあることを聞いていた。そこでララと一緒に保存食を見繕ったのだが、乾燥した山羊の肉と、堅パン、塩の固まりなどを最終的に購入した。
この代金はララが払ってくれたので、購入したっていうよりララから配給されたようなもんだけどな。
比較的日持ちしない堅パンを口に入れて、やわらかくまでずっと噛んでいると、トアが俺に近づいてくる。
「なにか食べるものかってきたかい?」
と、俺が口にしているものを訊いてくる。俺は手に持っていた堅パンをみせて、まぁこんなもんだと、教えてやる。トアのやつはうんうん頷いてそれを見てから、懐からぱりぱりに乾いた干し魚をだした。
「昼間は悪かったな。君に恥をかかせるつもりはなかったんだよ。これはそのお詫びだ、一緒に食べよう」
そういって、小さな干し魚を半分に割って、頭の方を俺に差し出す。頭の方が栄養は多かろうから、これはトアなりの謝罪だ。俺は礼を言ってそれを受け取る。「水にふやかして食べるとうまいんだぜ?」と、言いながら脇の小川でコップに水を汲んでくる。まねをして木のコップに水を汲んで、干し物を沈める。じゃあ、ってかんじで俺のとトアのと両方に塩をひとつまみ入れてやる。
トアも礼を言って、塩味のスープを少しすすった。
「カナエはカトーに拾われる前はなにをしていたの? このキャラバンの誰かが親って訳じゃないんだろ?」
「戦争孤児らしくてね、前回の交易行のときに拾われたのさ。それ以前の記憶はないんだ」
トアは軽くショックを受けた様子で決まり悪そうに背を丸める。
「そいつは……悪かったね。カナエも苦労してるんだな……。それで拾われてから、記憶もなくずっと奴隷な訳か。俺も家を追い出されたようなもんで、悲惨な部類になるかと思っていたんだけど、君も相当だ」
結局またマウンティングかよ、とおもいつつ話を聞いているが、実はトアのやつはこういう野宿の経験がなくて、怖がっているのかもしれない。格好もなんとも軽装だしな。
トアは身長は俺と同じ130くらいだけど、たぶん1,2才は年上だ。顔の焼け具合とか彫りの深さで何となくそう感じられる。ヘンリーネックのごわついたシャツと、丈の短いマント、下はバギーパンツをはいている。草木染めかなんかだから、暗いとこではぱっと見、全裸に見えないこともない。あ、腰に帯を巻いていて、それが浅黄色だから、全裸というのは語弊があるか。ふんどし姿に見える、うむ。
武器は親父からもらったのだろう、刃の短い短剣だ。皮の鞘に入っているから造りの程度はわからないが、何の装飾もないから実用的なものだろう。トアくらいの子供に刃物を渡して旅に生かせるのは、露店の親父には大盤振る舞いだ。その刃物、鉄器は失ったも同然だからな。
前払いで雇い賃を受け取ったと話していたが、それって売られたに等しいんじゃないだろうか。
生きて帰ることをどのくらい想定しているんだろう。あらためてトアを見るが、売られたというような悲壮感は感じられない。干物のスープをすすりながら、火の消えかけたたき火を見ている。
「俺は将来、親父を越えるような商人になりたいんだよな。カトーさんの交易について学べば、それも可能だと思ってる。カトーさんはすごいからな。もと貴族だと聞いたけど、商売を始めたときは無一文に近かったんだ。それを10年もしないうちに、これだけ大勢の人と物資を運んで交易するキャラバンの隊長になってる。そりゃあ、全部が全部カトーさんの持ち物じゃないだろうけど、それでも、すげーよ。まじでかっこいい」
「無一文だったのか」
「そうだぞ? 妖精族と結婚して家を追い出されたんだからな。勘当だよ。だれが餞別をくれるっていうんだ」
まえにソーナがそんなことをいってたな。そのせいで母親はすぐに死んでしまい、かなり苦労したとか。まぁ、そうやって息子を追い出したほうの家も、すぐに没落したとか何とか。
「商売の才能があるんだね。まぁ、つい今朝ぶん殴られた俺としては、もうちょっと人を大切にしろっていいたいけど……」
「キャラバンの秩序を維持するためには仕方ないんだよ。上下関係を無視するやつには暴力をつかってでもわからせてやらないと、あ、カナエのことを悪くいいたいわけじゃない。君はなんていうか、不運だったんだろうけど。ともかく、そうしないとみんなが好き勝手なことを始めちゃうからな」
「まぁな」
だが、カトーの鉄拳には、俺に対してソーナに近づくなというメッセージも含まれていた。俺はそれが気に入らない。だって、止めよーがないじゃん? 結局さぁ。きらきら輝いているソーナに対して、飛んで火に入る虫みたいじゃん? 俺って。そうすると、これから毎回毎回殴られちゃうじゃんよ。
「で、朝も君に訊きかけたけど、将来はどうするつもりなの? まさか一生傭兵やって過ごすわけじゃないんだろ?」
トアは遠慮なく聞いてくる。夜の沈黙が怖いんだろうか。
さっきから小声で話しているが、この夜のとばりが落ちてきた世界では、小声でも周り一帯に音が響いている。なにを話しているのかまではわからないかもしれないけど、ここで2人の人間が会話をしているのは遙か遠くからでもわかる。無邪気、というか、旅の経験がぜんぜんないんだな。
俺はちょっと先が思いやられる。
「将来は学者になるよ。ナスィールだっけ? 客人がいるだろ。彼は大学の教授だっていっていたけど、そのうち話を聞いてみるつもりだ」
俺があんまり小声で言うものだから、トアは耳を口元にまで近づけて聞く。
「学者か。すげーな、学者、か」
ぜんぜん感心してない様子でトアは何度か繰り返す。信じてない感じだな。学者ってのがとんでもない雲の上の存在だと思っている様子だ。まぁ、ある意味そのとおりだ。この世界で大学があるのは魔法都市ブルラーイだけかもしれないし、そこで学生に教えているなんて身分の人間は、国の王族よりもずっと少ないだろう。
「どこかで学術を身につけたのかい? たしかに農家の息子って感じじゃないけど」
「その記憶があれば、もうすこしいろいろとやっているよ。つてでも何でも利用して、ブルラーイ行きの馬車に乗っている頃だろ。だが、実際には、自分を買い受けて、なにか金を稼ぐ術を身につけて、それから十分な資金を貯めないとどうにもならない。わかるだろ?」
「そうだ、そうだよな……。金を稼ぐのはたいへんだ」
ようやく話がかみ合った、ってかんじでトアは頷く。
「もし気が乗ったら、カナエが学者として身が立てられるまでのあいだ、俺が傭兵として雇ってやるよ。いつまでもここで雑に扱われているよりも、年の近い俺に雇われている方が、カナエとしても安心できるだろう? どうかな?」
トアはいかにもいいことを思いついたという態で提案する。たぶん親父か母親に、仲間を見つけてこいといわれたんだろうな。
だがなぁ、トアよ、こうやってまがいなりにも大勢の人間を雇って働かす力量のあるカトーと比べて、駆け出し以下のお前に就いていくやつが果たしているだろうか? まだ、これからどんな人間になるか、だれに対しても証明できていないお前に。
そうはいってもこれは好意だよな、と俺は思い直して、「考えておくよ」と、返事する。トアはそれを積極的な答えだと思ったらしく、満足げに頷く。それから俺のすぐ横にマントを敷いて寝支度を始める。ここで寝るのかよ……。
ララと名前の知らない傭兵がその日の歩哨に立った。俺ははるか前方で警戒するララの背を眺めながら、久しぶりの浅い眠りに沈んでいく。
覚醒と睡眠の半ばで、冒険者ガイの最後の顔を見たような気がする。
……
……
……
「……き襲! 夜襲だ!」
俺は警告の声に素早く身を起こす。ララのほうへ素早く視線を送り、彼女のものと交差する。どうやら、後方で歩哨に就いていた傭兵が警告を告げている。
敵は後方か。
トールゲートで警告された盗賊か、それとも魔獣のたぐいか。王都では感じることのなかった緊張に、思わずマントを握り首をすくめる。
トスットスッ
小石が当たったような音を立てて矢が地面に突き刺さる。こんな音も1度聞くと覚えるもんだな。俺はそれが矢であることを一瞬で理解する。隣でトアのやつがごそごそと腹ばいになって逃げていく。悪くない判断だが、どこへ逃げる? 倒木のたぐいでも見つけておけばよかったな。
俺はトアとはちがい傭兵だから、事態に対処しなければいけない。
襲撃者の気配を探るが、いろいろな人が慌ただしく動いていてどれが敵なのかわからない。ごく近くの窪地にでも潜んでいるのかもしれない。
トスットスットスッ
さっきよりも勢いのある矢が3本、俺の近くに突き立つ。まずいな、ここは狙われている。
俺は息を殺し、肌の露出を隠そうとする。しかし、射手にはすでに捕捉されているかもしれない。じっとしていてはじり貧だ。そう思い、さっきトアが這っていった方を見るが、その途中にも何本か矢が突き立っている。
封じ込められてるな、と感じて動きを殺す。
感覚を鋭くさせるが、敵も相当なもので、なかなか気配を探り当てられない。どくどくと脈打つ自分の心音が邪魔をする。
そうしている間にも、キャラバンの後方では刃物のぶつかり合う音が響く。おそらくは味方の歩哨のものと思われる吠え声が響く。
と、そのときに俺の横を誰かが駆け抜けていく。
あいつは、例の蜥蜴族だ。いや、竜族っていうんだった。
黒い鱗のそいつは、自分に向かって放たれた矢を鉈で打ち払いつつ、駆け足で後方へ向かっていく。スゲェな、暗闇の中、どこから飛んでくるかわからない矢を振り払いながら現場に駆けつける男。まじかっこいい。
よし、俺もこうしてはいられない。
一念発起して立ち上がる。まだ空を切る矢の音がそこかしこから聞こえてくる。しかし、ここでヘタレていては男が廃るってもんだ。俺は身を低くして、竜族の奴隷が走っていった方を追う。よし、走る速さは俺の方が上だ。やつの背が見えてくる。
そのとき、背筋に冷たいものが流れ、俺はおもわず踏ん張ってブレーキをかける。
フヒュッ
音がして眼前を矢が走り抜ける。
あ、あぶねえ、そのまま駆けていたら頭か首のあたりに当たったんじゃないの……。驚いて立ちすくんだものの、気配に振り向いた竜族と目が合うと、俺はにっこりと笑ってから「お先に」と声をかけて脇を駆け抜ける。
竜族の男が目を剥いて驚いているのが、瞬間見えた。
隊列の後部に着いたころには盗賊は四散していた。
離れたところで、退却の合図なのか笛の鋭い音が響いている。
味方の状態を確認しようと見回すが、これといって被害はなさそうだ。鎧竜の1頭が脇のあたりに矢を受けていたが、傷が浅くて簡単な手当で問題ない。
歩哨に着いていた傭兵の反応がよかったからか、盗賊は思わぬ反撃に慌てて退却したのかもしれない。
これで火矢でも射かけてきていたら大きな被害があった。まぁ、物資を奪おうと思えば、それはないわけだが。
俺は荷車に突き立った矢を力を込めて引き抜く。矢尻に返しがなく、貫通力の高いものだ。幌の中からソーナが顔を出す。カトーに頷いたあとに、俺の存在に気がついて、同じように頷いてみせる。無事だってことだな。
ソーナにつられる感じでカトーが俺のことを見たから、よけいなことを言われないうちに退散することにする。
騒動が嘘のようにたちまち鎮まり、ささやかな流水音が聞こえてくる。
カトーは1人に重傷を与えていたが、怪我をした男は仲間に支えられて逃げている。そのことを話ながらオッスと追撃の是非を検討するが、すぐに止めることになった。せめて1人くらいは捕虜が欲しいらしい。
騒ぎが収まり俺は自分の持ち場へ戻る。
寝床に決めていたたき火あとから離れたところに、何人か集まっている。やはり被害ゼロって訳にはいかなかったかと、俺は近づいて人垣をかき分ける。
輪の中心に倒れているやつがいる。
……トアじゃねーか。
這いずって逃げ出しておいて、どこか矢が当たったらしい。
「なんだおまえ、早速食らったのか?」
俺はざまーみろって感じでトアに声をかける。トアは微動だにしない。よく見ると首のあたりに深々と矢が刺さっていて、礫の地面にどんどん血が吸い込まれている。
あ、これやばい傷だ、と直感してソーナを呼ぼうとするが、隣りにいたララがそっと俺を止める。
「なんだララ、さすがにこれは治療が必要だよ。かなりやばいとこに矢が刺さって……」
「カナエ、トアはもう手遅れよ。休ませてあげなさいね……」
は? 俺はもう一度倒れ込んだトアを見る。さっきからぴくりとも動かない。
薄緑の月明かりがトアの目を照らす。
焦点を失った目がぼんやりと光っている。
「トア、おまえ、死んでるのかよ……」
to be continued !! ★★ →




