act.52_トールゲートの警告
荷物の点検をかねてカトーとオッスが一同に声を掛ける。
顔見知りの相手には言葉少なに、「今回も頼む」ぐらいで相手も小さく頷く。初めての傭兵には「おう、来てくれたか」と、事前に話を通しているんだから来て当然のはずだが、特別なことのように喜んでみせる。酒場やギルドでいい返事をも立っていても、長期の交易行となると集合場所にやってこないやつがいるのかもしれない。
俺のところにはカトーがやってくる。俺としてもこの旅を楽しみにしているから、「おう、まかせとけ」ぐらいいってやろうと構えていたが、俺を見ると怪訝な顔する。
「だれの奴隷だこいつは?」
と、俺を観察しつつ声を上げる。
え、なに言ってんのお前、って感じで俺が説明しようとすると、途中で気がついたのか、待て、と片手をあげて誰かがやってくるのを制する。
「思い出した。前回の旅の最後に拾ったやつだな。たしか、ちょっと目端の利く、戦闘奴隷にしていたはずだ」
「……おう。今回も任せておいてくれ」
十分メンツがつぶれたことを意識しながら俺が強がってみせると、とりあわずに睨みつけてくる。なめた口をきくと容赦しない、と目が語っている。
俺はちょっと腹が立ってきて、なにかいってやろうと息を吸うが、その途端に後ろからララがやってきて、髪の毛をぐしゃぐしゃにされる。
「この子は私が面倒を見るわ。傭兵としてなかなか才能があるから、すぐに役に立つようになる。……王都に滞在中も、ギルドの仕事をいくつかこなしたのよ」
「ふむ……」
カトーはララと俺を交互に見て値踏みする視線を向ける。
「ソーナとも年が近いからいろいろと命令しやすいみたい。お嬢さんの側使いにしたらいいんじゃない?」
「ソーナの?」
てか、お義父さん、何にも知らないのかよ……。俺とソーナはもう、いつ一線を越えてもおかしくない間柄なんだけど……。娘の心、親知らずだな。
「娘には同性の側使いをつける。今後はなるべく近づくな。武芸ができるというなら、弾よけくらいにはなるだろう。いざというときに恐怖で動けないようなことがないように、ララがしっかり教育してくれ」
おいおい、なんだそれ、と、言おうとした俺の胸をカトーが素早くねじり上げて、殴られる。衝撃で俺は二三歩後ろによろめいてしまう。いっ、てぇ……。なにこれ?
「2度と俺になめた口をきくな」
言い捨ててカトーは後尾にいってしまう。ララが腕をとって起こしてくれるが、俺の心は晴れない。あたりまえだ。なんだよ、人を奴隷みたいに……。
あ、奴隷か。そうか、これが奴隷の扱いか……。
「気にしなくていいのよ。厳しい言い方をする人だけど、奴隷のことも人間扱いする主人だから、手柄をあげればちゃんと相手してくれる。いまは、我慢ね」
ララは俺の服についた埃を払ってくれる。
どこかで見ていたトアが近づいてくる。痛そうにしている俺を心配そうに見るが、その表情には好奇心も含まれている。ちぇ、つまらないところを見られたな。ますますマウンティングしてくるじゃねぇか。
「ぜんぜん頼りにされてないじゃん? まるっきり奴隷扱いだったね。まぁ仕方ないと言えば仕方ないけど」
くそ、早速か。むかつくがなにも言い返せない。
離れたところからカトーとディナクが冗談を言い合う声がする。く……。トアはなおも俺の顔色を観察している。あっちでディナクがカトーと親しくしてるけど、君とは扱いが違うね? って感じでちょっと楽しそうに俺を見る。
奴隷に関する小話なんかを俺は思い出している。
鉱山で鎖に繋がれて働かされる奴隷には、夢も希望もない。しかし、そんな状況にあっても、同じ立場の奴隷同士には自然と上下関係が生まれるそうだ。いわく、自分の繋がれている鎖は、より頑丈で磨きもかかっている、お前のよりも立派な鎖だ、といったかんじに。
この隊商で子供の戦闘奴隷である俺はカスに近い存在だ。雑役夫のディナクやトアも、年少だから大人ほどの働きはできない。つまりはそれほど価値のある存在じゃないわけだが、そんな中でも、だれがいちばん認められているか、だれがいちばん大人に声を掛けてもらえるか、っていうてんで上下関係を意識する傾向が強い。
見習い、雑役、奴隷、と、そんな立場に納得などしていないが、そんな自分を少しでも認めてくれる雰囲気に、喜んで飛び込んでいってしまう。ディナクなんてそこが主戦場だとばかりに、より大人にかまってもらえるように努力する。
あいつはあいつで、ララに親切にしてもらっている俺のことが憎いんだろうな。どうしょうもないけど、狭苦しいことだ。
俺はトアの頭を小突いて真顔で睨みつける。
「な、なんだよ? 俺は平民なんだぞ?」
とかいいつつ、平民と奴隷の力関係なんてトアはわかっちゃいない。こいつの家だって、零細の出店で、一家総出で親父の手伝いをして家計が成り立ってる有様だからな。
無視して睨みつけていると、トアはどんどん挙動不審になっていく。
「ま、まぁ、ちょっと悪かったよ。仲良くしような!」
なんていいながら後ずさってどこかへ消えていく。わかればいいんだよ、と、俺は後ろ姿に笑顔を送ってやる。ララが微笑ましそうに見ている。
昼を過ぎて隊商は、というか今回は完全にキャラバンだな。商人は3人、というかカトーとハスドルバルしかいなんだし、隊長のカトーの指示は絶対だ。商人同士の契約の元で商いをする形態とは違っている。ここはキャラバン隊と言い換えよう。
で、キャラバン隊は昼過ぎに移動を開始する。俺は城内を歩いている間だけは鎧竜にのることにして、荷物の少ない1匹の背に跨がる。またが限界まで広げられて、痛いような、爽快のような……。
オッスが号令を掛けて、皆が腰を上げる。鳥トカゲと鎧竜ものっそりと立ち上がる。
見守っていた市民たちも何となく歓声を上げたり拍手をしたりする。盛大って訳じゃないが、人をそんな気持ちにさせる華やかさがある。
まだ顎がひりひりしているが、俺もようやく気分を取り戻して手を振り替えしたりする。あー、町娘との短いアヴァンチュールはできなかったな。王都に現地妻をつくるのは、2年後か。そう思うとなんだか出発するのが惜しくなる。だがまぁ、奴隷という状況はどうであれ、ソーナちゃんと一緒に2年間を過ごせるんだと思えば、そう悪くない。うん、悪くない。
俺は再び笑顔になって見守る人々に手を振る。こっちを見ていない町娘にも手を振る。なにか買い物している町娘にも必死で手を振る。「おーい、俺、このキャラバンに参加してカイアクマリまで行くんだぞ! つぎ会うのは2年後だぞぉ!」とか威勢よく声を掛ける。笑ってこっちを見るお姉さんとかがいる。うん、悪くないな!
二週間ぶりくらいに南門へやってくる。
俺たちは鎧竜が隊列を乱さないように側に就いているから、ダキシャラのいる守衛府には近づかない。カトーとオッスが建屋の中に入っていき、手続きをするのを待っている。城内に入るときとは違い、出ていくときの手続きは簡単だという。そりゃまぁそうか。
城門の監視塔のうえで手を振っているやつがいる。後ろを見てみるがだれも振り替えしていない、どうやら俺に手を振ってくれている。必殺の超感覚でそいつを確かめると、エルムトのおっさんだった。
おおーい、と、手を振り返す。おっさんは俺が気づいたことがわかり、振っていた手を口元へあてる。なにか言いたそうに口を動かしているが、かなり距離があるのでにわかには何のことかわからない。耳をすます仕草をすると、セリフを一つずつ丁寧に分解して、口を動かしてみせる。なになに……
「コー、ト、ど、こ、やっ、た?」
コート?
なんのことだ? あ、あれ? なにか記憶の彼方で瞬いたが、はて。
「元気でなぁ!」
俺は大声で手を振り返す。
「…ート……ど……たぁ?!」
なんか言ってるがよく聞こえないな!
キャラバン隊がふたたび歩き出す。
門の前にはデルトガルが立っている。俺に気がついて、がんばれよ、とばかりに深く頷いてくれる。うれしくなって手を振るが、たちまち砂埃の彼方に見えなくなる。チェスの姿は見えなかったが、まぁしかたない。
そうして俺たちは南門を通過した。
門前町からトールゲートまでは人混みの中をどうにかこうにか進んだ。なにかっていうと掏摸のような手が伸びてきて、傭兵も雑役も木の棒などをてにしてそれらを追っ払う。多少いじくられても荷物がとれないように縛っているから、滅多なことはないが、好きにやらせるわけにも行かない。
鎧竜よりも後方の荷車の方が町中を進むのはたいへんそうだ。殿のカトーはなんども警告の声を上げて、ときには鳥トカゲで駆け寄って、よからぬ輩を押しのけたりする。これなら街の外を歩いている方が、神経が安まるかもしれない。
ようやくトールゲートにいきつく。
街に入るときは多額の税金を取られたらしいが、出るときはどうだろうか、見守っていると、ハスドルバルが荷車から降りて、大事そうに書類を提出する。トールゲートの兵士がそれを受け取り、目を通す。
察するに、キャラバンに出資している貴族か商人が、その旨を記載したものじゃなかろうか。そういった書類を見せることで、このような集団が城の外でなにをするのかある程度把握できる。
その予想は当たっていたらしく、兵士は二三の質問のあとに印を押して書類を返す。それから、いかにも余談といった感じでハスドルバルに話しかける。手で空を指し示してなにかを説明する。物憂げに聞いていたハスドルバルが、ふと顔を上げて兵士の顔をまじまじと見る。兵士は話し終えたのか、ハスドルバルの背をばしばしと叩いて、励ますようにしながら守衛所に戻っていく。
ハスドルバルは手を上げて、出発を合図しながら荷車に近づくが、乗り込み用のステップに手を掛けたままカトーに話しかける。
ないにやら秘密の相談じみた打ち合わせをして、再び歩みが始まる。
何の説明をしてたんだろう。
王都周辺の治安の状況じゃないかな。西がどうとか、東がどうとか、そんな口の動きだったように思う。
キャラバンは運河に駆けられた石橋を抜けて、いよいよ街の外、農園を横目に進んでいく。改めてみても延々と続く立派な穀倉地帯だ。麦に野菜類、家畜に木材、あらゆる物資がこの辺り一帯から城内に運び込まれる。運ぶための荷馬車や鳥トカゲもそこかしこに見える。
よく昔の戦史で、敵国兵士による略奪についての記載があったが、これを見ればそうした事態になるのは当然のことだ。むしろ、略奪して物資を補給することなしに攻城戦などを挑むのはあり得ない。食べ物や燃料がすぐそこにあるし、放っておけば敵の手に渡るし、あるいは農民が蜂起するかもしれない。どんな無能な将軍だって、城を囲おうと思えばまずはこの農地を略奪するだろう。俺だってそうする。それは将軍や軍隊の残虐性で語られるべきことではない気がする。
そんなことを考えながら刈り入れの終わった農地を進んでいく。
いいかげん鎧竜の乗り心地に嫌になっているから、そろそろ降りようかとしていると、隣を歩いていたララが俺に顔を寄せる。
「前に盗賊に襲われたでしょう?」
「ん? ああ、王都に来たときね。鳥トカゲに乗った騎兵と、弓兵。どこかに砦があるんだってね」
「彼らがまた勢力を伸ばしていて、私たちの前に出発した商隊が、いつくか襲われたみたいなの」
「へぇ……」
俺は何となく辺りを見回す。なだらかな丘に延々と裸になった麦畑、ヘッジロー(生け垣)の影や脇に古い農家が立っていたり、厩舎があったりする。鳥トカゲの鳴き声が聞こえるが、その丘の影から盗賊の姿が立ち現れたりするのだろうか。
のどかすぎてにわかには信じられない。とはいえ、前回もわりと突然に襲われたから油断できないな。
鎧竜に乗って痛くなった尻をさすりながら、俺は遠くを眺めてみる。夕日に染められて、収穫の終わった畑が赤黒く広がっている。
to be continued !! ★★ →




