act.51_旅の道連れ
というわけで、オッスとの模擬戦はさんざんな結果に終わった。何の修行もしてないし、仕方がないと言えば仕方がない。
俺は痛む身体に鞭を打って、ソーナの買い付けに付き合った。たとえぼこぼこに痛めつけられていようと、仕事は仕事だ。放棄してしまってはキャラバン隊の一員として認めてもらえなくなる。ときにララに肩を貸してもらったり、いつものごとくシャーリーに体重を預けたりしながら、這々の体でついて回った。まぁ、護衛としては見栄えしないかもな。
ソーナが任されていた物品は以下の通りだ。
1,バックラム
これは一緒に大店を回ったので、子細についてよくわかった。樹液を含浸させた麻布。用途はいろいろ。
アブスの工房を見学することはできなかったが、樹脂を溶かすときの温度管理や、均質に含浸させるために加圧するのがコツらしい。その技術が王都にはあるってことだな。
2,緞子
どんす、織物だ。ニッポンでは和服の帯などに使われた。ここでは家具の布地に、南方ではやはり帯にされるらしい。わりと高級品だが、材料や製法が極まっていて、購入の際は目利きが必要と言うほどではない。高く売れるかどうかは、デザインで決まる感じらしい。そういうのはソーナが任されている。
3,砂糖
まぁ、ピンキリではあるが、見た目で品質がよくわかる。ちなみに、トウキビからとっているので、茶色い。内陸のいくつかの村では嗜好品として人気がある。
4,天水塩
内陸じゃそこそこ重要な交易品だという。まぁ、そうだな。生きていくのに必要だが、どこでもとれるというわけではない。
5,香油
椿のような照葉樹の実から絞った油だ。食用ではなく、髪のつや出しや、香水、アロマに使う。キャリアオイルってやつ。指先につけて臭いを嗅いでみたが、無臭だ。臭いがないと言うことがかえって貴重なのかもしれない。
6,紙
いわゆる洋紙だ。粉砕した樹木を酸で溶かして繊維を取り出す。漉いてつくるのは原理は和紙と同じだが、酸性なので劣化する。
俺様お待ちかねの”紙”だ。王都や北方の列強国では市民でも普通に手に入る。もちろん無駄遣いしていいものじゃないが。値段を聞くと80センチ四方の白紙1枚が問屋価格で500シルトとのことだ。ってことは……1万円くらいか! やっぱ高いじゃん!
まえにソーナに聞いた話では、主に使われる紙は南方の属国から送られてくるとのことだった。これは和紙の製法でつくられていて品質が高い。そういう意味では、王都から洋紙を売りに出すならば、ブトゥーリン王国内でないと商売が成り立たない。
ちなみに、俺は商人からこれを2枚ゆずってもらった。1000シルトの出費だ。
7,鉛筆
これにはちょっと驚かされた。たいへんよくできていたからだ、芯の断面こそ四角形だが、見た目はチキュウの現代で使われていたものにちかい。試しに線を引いてみることを許されて、俺は商人の目の前で漢字を書いてみせた。『大良木 鼎』 書き味はやや引っかかりがあってよくない。紙が切れそうになる。しかし、これは正真正銘、鉛筆だ。
俺はこれを3本購入した。1本1000シルトだった。つまり……2万円x3本で6万円だ! 納得いかないが仕方ないな……。
「そんな無駄遣いしてたら、ジュリー様からもらった特別報酬もすぐになくなるわよ」
と、ソーナからありがたい忠告をもらう。でもこれは俺にとってはとても重要なものだ。筆記用具と紙を持っていないだけで、すごいストレスを感じるんだから。
そして、これさえあれば、俺はミスリルオーアロードの文化を余すことなく記述できる。旅の楽しさが何倍にもなる。
それを説明したのだが、ソーナもララもいまひとつわかってくれない。
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10日後、俺たちは旅の準備を整えて、カトーたちの待つ商館の前に集まった。
秋晴れだった。着慣れたマントで身体を覆っていると、ちょうどいい気温だ。空気は乾燥していて、風がすがすがしい。
少し伸びた黒髪を靡かせながら、俺はララと二人で広場へでる。
傭兵や奴隷は遅れるわけにはいかない、ということで、俺たちは駄獣の飼育員の次に到着した。軒先にソーナもしゃがんで待っていたが、それどころじゃない。
広場に出た途端、おびただしい頭数の獣のうごめいている景色が飛び込んできた。あ、今回は鳥トカゲにキャリッジを運ばせるわけじゃないんだな、と、ここへ来て知ることになる。
まぁ、精製した鉱物を運ぶのに鳥トカゲではいかにも頼りない。それはわかるが……、この獣、なんだ?
数えてみると駄獣とおぼしきそいつは20頭いた。
鎧竜またはタラルルスと呼ばれている、と、ララが教えてくれる。体長は2,5メートルくらいで、立派なしっぽのあるヤク、なんだけど、足が長く身体の幅がでかい。でかい頭、1メートルほどのしっぽ。背中は鱗だがあとはまばらな毛で覆われている。分厚い骨のある襟飾りに羽状の毛が生えている。この辺はトリケラトプスみたいだ。だがほ乳類だな。腹の下に並んだ乳がある。
水は一週間、食料は3週間ほどの飢えに耐えられる、と、飼育員が教えてくれる。親子の飼育員で、今回の交易行に雇われたんだという。父親の方はトゥオン、息子はヴーイと名乗った。
「見るのは初めてか?」
トゥオンが訊いてくる。
当然俺は初めてだ。ソーナも乗ったことがなく、ララは経験があるんだとさ。
で、俺とソーナは余興で鎧竜に乗ってみることになる。トゥオンとヴーイが皮革製の鞍を渡して、足掛けを垂らす。背の位置が高いから、鎧竜が腹ばいになっていても、足掛けが必要だ。ハシゴになったそこにしがみついて、背に跨がる。たちまち世界が高くなる。
鞍は平滑でグリップが効いているが、長く乗っていたら尻の皮がめくれるだろうな。鎧竜の背中は鱗が密集していて、縁はノコギリのようにぎざぎざしている。鞍がなければとても座れない。
鎧竜が立ち上がる。あ、これはちょっと怖い。
高すぎるんだ。足下が見えない。
少し歩かせてみようかというので、それも頼んでみる。
……、まぁ、なんだな。あえて乗るもんじゃない。歩幅が広いから、揺れる揺れる。とてもじゃないが長くは乗っていられない。
二人で悲鳴を上げて、すぐに下ろしてもらった。
こいつ1頭で大人4人分の重さの荷物を運べるという。250㎏くらいか? すごい力だな。
鎧竜は東方のいわゆる疎林帯に住んでいて、群で移動して暮らす。雑食で、その辺に生えている草、昆虫や肉でも何でも食べる。そして飢えに強い。足が長く、高低差もいける。いざとなったら乳も飲める。まさに駄獣の中の駄獣。荷物を運ぶために生まれてきたような生き物だ。
今回の交易ではこの鎧竜を20頭、鳥トカゲを8頭連れて行く。
鳥トカゲ8頭のうち、荷車2台を運ぶのに6頭、残り2頭はカトーとオースンが斥候、殿の役目に使う。ってことは……。
「あんたは奴隷だろ? 歩くか、こいつに乗るかだな」
トゥオンがおもしろそうに言う。俺が酔ってのたうつのを見たくて仕方ないらしい。「すぐ慣れるから大丈夫だ」とヴーイが言うが、どうだろうな……。あ、ちなみに、トゥオンは50半ば、ヴーイは26才だというから、俺のお兄ちゃんって感じじゃない。
商人から届けられた荷物を駄獣に積み込むのは俺とこの2人、雑役の5人の役割だ。
前回は炊事にマグノラさんが加わっていたが、今回はあまりに長期にわたる交易なので、不参加だという。代わりに雇われたのが2人の奴隷を含む雑役で、ま、自己紹介はともかく、そのメンツで荷物を積んでいく。
雑役の中にはディナクのアホがいた。それともう1人、俺と同じくらいの年齢の少年がいる。武器を下げている俺に興味津々で、組んで鞍を取り付けているときに話しかけてきた。トアという名前で、家族の生活費をかせぐために、前払いで雇われたんだという。
「父親が屋台を経営していてさ、これまですっと手伝いをしてきたんだけど、弟が成長して手伝いができるようになったから、俺はキャラバンについていって、商売のことを勉強することにしたんだよ。カトーさんの隊商は王都でも知られているからな」
俺はトアの腕の細さがちょっと気になる。盗賊が襲ってきたときとか、こいつ、役に立つんだろうか? だがまぁ、雑役夫だし、商売の見習いと言うことなら、いいのか? 傭兵とは違うからな……。
俺が戦闘奴隷だと教えると、トアは驚いて全身を見回してくる。どうだ、強そうだろう、って感じでシャーリーを構えてみせる。
「傭兵なのに、ローブと棍棒……?」
と、トアは困惑している。
わかってねーな、これが通好みなんだよ。メンテナンスとかぜんぜんないんだぜ? 長旅にぴったりだろうがよ。だが、俺のすごさはいまいち伝わらなかったらしく、「カナエは将来のこととか考えてる?」とか何とか言って、小刻みにマウンティングしてくる。ちょっと、うざいな。
交易品が積み上がった頃に傭兵の皆さんがぞくぞくと集まってきた。
見知った顔もあるが、ほとんどは新顔だ。オッスとサイネアの姿を見たときは、不思議とうれしくなっちまった。オッスなんか、つい先日、俺のことをぼこぼこにしてくれたのにな。
サイネアに訊いてみると、カンナリスのやつは、やはり長期の旅を嫌って不参加なんだという。
傭兵の一人が戦闘用奴隷を連れていた。
そいつは俺と同じ立場というわけだが、趣はぜんぜん違う。そいつの種族は、まえに奴隷市場を通ったときに見かけた、トカゲ型の人間だ。鱗と地肌のまざった上半身、蛇のような頭部、細く長いしっぽ。
鱗が黒色で肌が赤黒いから、なんとも危険な雰囲気を漂わせている。俺は機会を見つけて、そいつにいろいろと聞いてみたい。種族の歴史とか、詳しく知っているといいが。
傭兵は、オッスとララにその奴隷、俺を含めて9人だ。戦闘力としてはここにカトーが加わることになる。駄獣20頭に荷車2台を護るにしてはやや頼りない。カトーも熟練の隊長だから、途中で追加があるのかもしれないな。傭兵の長は自然とオッスが就くことになっている。
なに、不満はないさ。俺に匹敵する強さを持っているんだから。
昼前に皆が勢揃いする。
カトー、ソーナ、ハスドルバルが交易の中心。そこに以下のメンバーと駄獣が加わる。
傭兵 9名(奴隷 2)オースン、ララ、カナエ(奴隷)、サイネア、その他
雑役 5名(奴隷 2)トア、ディナク、その他
飼育 2名 トゥオン ヴーイ
あ、あと、金を払って旅に相乗りする客人が一人いるらしい。商館の入り口に立ったカトーがそいつを紹介する。
ターバンを巻いてカンドゥーラで身をつつんだそいつは、辞書めいた本を抱えている。ナスィールという名前の教授だと名乗る。
教授……、だと? 俺の上を行くというのか?!
俺は血相を変えてそいつを見る。
色白でいかにも病弱な感じだが、ひょっとすると妖精族の血が混じっているかもしれない。厳しい目つきをしていて、目の縁がすこし暗い。やはり、妖精族か?
「魔法都市ブルラーイにある大学で教えています。今回は学長からの命令で港町ピリクカカンまで同行することになりました。よろしく頼みます」
堂々と、というより、心ここにあらずでそいつが言う。
ふむ……。
to be continued !! ★★ →




