act.50_オッスとの模擬戦
翌日は朝から商館を回った。
交易品の買い付けというのは、一つの商館ではとてもじゃないがそろえられない。
商人もそれぞれ得手不得手があって、それは主にその商人のルーツ、先祖の出生地などが関わっている。ソーナが主にそろえようとしているバックラムは、工房こそアヴスにあるが、麻布もゴム状の樹液も近隣の都市から持ち込んでいる。つまり、それらの原産地に故地をもっている商人が強い。もちろん、工房の所有者との繋がりも大事だが、そいつらは基本、請負業だ。
そういうわけで、まず始めにソーナが俺たちを連れて行ったのは、バックラム専門の商人たちだ。良質のバックラムを比較的大量に在庫している商人を探すために、それだけで3人の商人を訪ねる。ある程度感触を確かめてから、最も有望な相手と本格的に商談を交わす。
モンドーと名乗ったその商人は初めこそソーナの若さにからかい半分だったが、買う気と金があるとわかると態度を豹変させる。サンプルを見せて品質を確かめさせ、金の交渉を始める前に、倉庫まで案内して、現物が確かにあることを見せつける。その品質を「ほどほどね」と評価して、ソーナは「実は急いでない」「最近はものがダブついている」と、駆け引きを始める。
俺とララは怒った顔をしたりして、腕を組んで突っ立っている係だ。だがまぁ、10才の俺と母性愛あふれるコリー族のララだから、モンドーに与える効果はいまひとつだったかもしれない。
そんなこんなで、荷車半分のバックラムを仕入れるのに半日かかった。
サンプルでもらったやつをみせてもらったが、樹脂を含浸させた帆布ってところだな。
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「本気でやるの?」
ソーナが心配そうに訊く。
ララも言葉こそ掛けないものの、同じことを思っているのを表情が物語っている。
「約束もしたし、僕の目標だからね」
俺は迷いなく答える。
何の話かって、オッスとの模擬戦だ。
昨夜、交易行の話が済んで食事をしているときに、俺は以前からのミッションについて、ソーナに助力を頼んだ。
それがオッスとの模擬戦だ。オッスには前に盗賊を追っ払った功績で、3回分の挑戦権を認めてもらっている。だから、どこに宿泊しているかわからないオッスに、声を掛けてくれと頼んだのだ。ソーナはあきれて、ララは心配して言葉を濁したが、朝になれば気を変えていると思ったのかもしれない。そのときは承知してくれた。
バックラム買い付けのあとにその話を持ち出すと、ソーナは一応、声を掛けていてくれたらしく、逃げるかもしれないと臭わせたものの、オッスの了解を得ていた。
あとは、俺が約束の場所まで行くだけだ。
ま、決闘じゃないんだから、そこまで気を負う必要はない。骨の何本か覚悟しろとオッスは言っていた。だが、俺の回避能力は高い。それはこのあいだの『レザーズ・エッジ』とのやり合いでも自信をつけた。あれは玉の取り合いだったから、南門兵士との模擬戦とは違う。まぁ、仮に折られても、いまならソーナが回復魔術でどうにかしてくれるはずだ。
そういう意味でも、俺は此処らで挑戦しておきたい。
俺がオッスから1本とれたなら、カトーもいずれはその話を聞きつけて、俺の剣術を認めるだろう。そうすると今度は糞女神に認められてテニスちゃんがやってくる。カナエ、ステキ、なんて感じでいよいよ俺と所帯をもつことになる。子供は10人ぐらい作ろう。もっと多くてもいい。
まぁ、そういう算段な訳だ。
ソーナに案内されて、俺たちは貧民街に着く。オッスの宿泊先はカトーたちと同じで平民街の商館とのことだったが、模擬戦となるとこのあたりまで来る必要があるんだとか。わざわざ出向いてくれるんだから、ありがたいことだ。
俺たちがつくと、しばらくしてオッスが鳥トカゲに乗って現れる。あ、ちょっとかっこいいね……。
昨日から天候は冴えない。
雲が多く流れ、ぬるくしめった風が吹いている。オッスはその風に毛を靡かせながら、ちょっとハスキー犬入ってるだろ、っていう四白眼で俺を見ている。
相変わらずのもみあげビーズだ。ちょっとビーズの数が増えたんじゃないか? 白地にグレーの荒れた毛並みで、細長い頭部。首から下は筋肉質な人間の身体をしているが、手足の関節はやはり微妙に人と違う。筋ばっていて、常に余裕をもった曲げ方をする。脚をまっすぐにする瞬間がないのかもしれない。鳥トカゲに騎乗しているいまでも、心持ち曲げて、いつでも飛び出せそうに力を溜めている。
オッスは長剣とハチェットの両方を使う。
初めて会ったとき、オッスはハチェットをもって斥候役をしていた。その後に盗賊に襲われたときは長剣で相手を攻撃していた。斥候のときはツタでも払い落としながら戦うから持っていたのかとも思うが、そんなジャングルじゃないしな。たぶん、ハチェットならいざとなったら投げられるからだろう。
そんなわけで、腰に二つの武器を下げて、鳥トカゲから降りてくる。
なにも言わずに俺たちの近くまで近づいてきて、武器を下げたベルトを外す。なかなか重量感のある音を立てて装備が地面に落ちる。
身軽になると首を振って、少し屈伸したりする。
もちろん鎧のたぐいはつけていない。肌着の上にはベージュのロングワンピース、いわゆるカンドゥーラをきていて、かなり楽そうな格好だ。あれ、俺も欲しいな。
俺はシャーリーを手に持って前に出る。
「来てくれてありがとう。忘れちゃったかと思ったけど、覚えていてくれたんですね」
オッスは首をコキコキやってつまらなさそうに俺を見ている。さっさとこい、って感じだ。
俺もまぁ、長話するつもりはない。この最近で経験した対人戦の感覚を思い出して、一歩前進してやろうってだけだ。シャーリーを手首のスナップで1回転させて、感覚を確かめる。
「じゃあ、始めるよ?」
てな感じでゆっくりと距離を詰める。
オッスの全身の神経が気配を変える。目に力が宿って、俺の筋肉の微妙な動きをじっくりと観察している。あ、なにかこれまでとは違うな。動きをすべて把握されちまっている感じがする。
オッスは百傑に入るかどうかぎりぎりの実力だと前に聞いた。『レザーズ・エッジ』のガイと比べて、かなり上なんだろうか?
いや、いまは雑念は不要だ。
俺はシャーリーをもう1回転させる。ぐっと、腰を下げて、攻撃されにくい姿勢をとる。オッスは武器を使わないつもりだ。あ、これって、負けフラグじゃね? 俺になにかやられるんじゃないかなんて、微塵も考えてない。く、くそ……。
俺は前傾姿勢でオッスの脇を駆け抜けるような姿勢をとる。相手のバランスが少しでも崩れたらいいが。
オッスは俺をつかめようとするかのように、腕を伸ばし、手を広げる。歯を食いしばり、僅かにうなり声がする。
ブォッ! っと、オッスの手が俺に伸ばされる。
俺はサイドステップで躱しながら、シャーリーをたたき込む隙を探すが、オッスはすれ違いざまに跳ねていて、目では捉えられているが攻撃のチャンスはない。
振り返り、うぉっ!
大砲みたいな掌底打ちが背後から、って! うおお!
下から丸太みたいな蹴りが、っ! うごえぇ……。く、くらっちまっ、うお!
げぇ……。
景色がめまぐるしく変わり、空と地面とがローリングする。蹴り上げられ、思い切り吹き飛ばされた……。
……
……
……
体中砂まみれになる。まだ、いけるか? 関節の具合を確かめながら、何とか立ち上がり、オッスを……
ぐぼえぇ……
俺は腹にやくざ蹴りを食らって、くの字になって倒れる。
お、うぇぇ!
倒れたところを、もう一度腹に蹴りを食らう。
おわぁぁ……
首根っこと腰を掴まれて、投げられる。バキバキとなにかを破壊しながら落下して、固い砂地に打ち付けられる。
衝撃のショックで、全身がしびれたように動かない。
喉に液体が絡まって咳をすると、真っ赤な血が噴き出した。
は、は、は、まいった。指先ぐらいしか動かねーよ……。
シャーリー、シャーリー、どこいった……。
「あと2回だな」
離れたところでオッスが無感情に言うのが聞こえる。
「だからいったのにっ……」
ソーナの慌てた声が、近づいてくる足音とともに聞こえる。
「オースン、やりすぎよ!」
がれきをかき分けて、ララの声が近づいてくる。俺のからだの上に乗っていた木材をどけて、楽な姿勢に変えてくれる。
顔を覗き込んで、焦点を確かめようとしてくれるが、なんとも難しい。し、視線が逸れて、ララをしっかりと見られない。
「ソーナ! 回復魔術を早くお願い!」
ララが慌ててソーナを呼ぶ。腹のあたりが輝いて暖かくなったのを感じながら、俺の視界は暗くなっていく……
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俺を蹴飛ばして笑ってるオッスが見えた気がした。
「あのやろうぅ!」
う、いててて……。俺は飛び起きるが、これは、あれだ、木賃宿のベッド。とんでもないところに寝かしてくれたな。
「まだやる気なの? 意味あるの?」
ララのベッドからソーナが言う。例によって付き添っていてくれたみたいだ。ララは枕元に座って、俺をさすっていてくれたらしい。窓側でごく近いところに顔があった。
「思っていたよりも軽傷だったのよ。でも、危険な挑戦だったわね……。オースンも子供相手にあれほどやるなんて、ちょっとどうかしているわ」
「い、いや、あれでいいんだ。オースンはちゃんとやってくれた。あれでいい」
「あんたもしかして、殴られたりするのが好きなの?」
「なわけないでしょ……」
「じゃあ、今度からは無謀なことはやめてよね。毎回回復させて疲労するのはこっちなんだから。あーつかれた。誰かさんのせいで、買い入れも遅れちゃいそうだし、迷惑よねぇ」
ソーナはあきれた感じで外を見たりする。そういいながらもしっかり回復魔術を掛けてくれたらしい。打ち身や疲労は激しいが、手足に出血のあとは残っていない。あ、てか脇腹の傷跡は残ってるけどね。
「軽傷だったのは、カナエがうまいこと避けたからよ。思い切り蹴られたり殴られたりしているように見えたけど、ぎりぎりのところで身体をひねってたのね。そうでなければ、何日か動けないくらいに負傷してたはずよ」
そう、なのかな……。俺はダメージのショックと、まったく刃が立たなかったショックで、強がりを言う気力が湧かない。
ぼこぼこにやられたな。まだ衝撃の残っている手を見ながら、俺はうつむく。まじかっこ悪いわ。蹴り上げられて、空を舞っちまった。そんなに実力に差があっただあろうか。
冷静になってみると、ガイとオッスとの違いが見えてくる。
ガイは結局のところは、合わない武器を使ってたんだろう。攻撃が単発的だった。そりゃあ、バリアーみたいな剣舞をしていたが、あれだって別に連続攻撃じゃあない。1発攻撃が当たったら、また同じようにエストックを振り回す、って感じだった。
それに比べてオッスのは、いくつもの技を連続的に組み合わせてくる、流れ技だ。初めの攻撃を避けても、それは次の攻撃への予備動作でしかない。だから、初撃の避け方をまちがえると、2撃目は不利な体勢で躱さなきゃいけなくなる。3撃目、4撃目と悪化して、いずれ捕まってしまう。どれくらい連続して攻撃できるのかわからないが、根本的に避け方を変えなきゃいけない。
そう、そうだ。地力で圧倒的に負けているわけじゃない。
「俺は、負けたわけじゃない」
ララとソーナが怪訝な顔をして俺を見る。「頭でも打ったの?」と、ちょっと心配そうにソーナが言う。
「また記憶が飛んだのかしら……」
ララが涙を浮かべて俺の背をさする。
ソーナはともかく、ララもか! winMEじゃねーんだぞ!
to be continued !! ★★ →




