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俺様!准教授の異世界フィールドワーク!基底文化は食人植物文化圏!?  作者: 山県としあき
ミスリルオーアロード編
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act.48_報酬と道行き

「今回はご苦労だったな。バルバステラの客人たちもおまえらの仕事にたいへん満足していた」


南門守衛府の衛門督ダキシャラは言葉通り満足げに微笑んでいる。


バルバステラの一行が去っていったあと、俺たちは南門兵士の3人とともにダキシャラの執務室へ呼ばれていた。もともとたいして広くないうえに脇に置いてあるチェストには洗ってない洗濯物とかが置いてあるから、室内の密度と芳香は最悪だ。よくこんな部屋で一日過ごせるな、と思いつつ、俺はダキシャラがさっさと書類にサインするのを待っている。


「思えば俺がまだ5歳だった頃、王都の警備と言えば、それは……」


なんていうか、俺の身長が低いから、なおさらこの部屋に停滞した臭気を吸い込んでいる気がする。そうだ、このすえた臭いは清浄な空気よりも比重が重いから、床面に溜まっているに違いない。そうでなければ、ララや南門の兵士たちが平気な顔して話を聞いていられるわけがない。

あ、よく見るとララが白目になっている。あかんか。


「シャシャシャシャッ! そのとき俺はこう言ってやったのよ。お前の前掛けの黒さは、股間の菌の色だってな! それでやつは……」


弓矢をうつための狭間みたいな狭い窓から、守衛府の外の音が聞こえている。虫の声も聞こえているな。そういえば、この地域の季節とかって、どうなっているんだろうか? アヴスに来る直前、っていうか俺が転生して初めて歩いたこの土地では、麦の穂が実っていた。ということは、チキュウの四季からいえば秋だったわけだ。この数日は汗ばむほどの暑さだったが、残暑といったところか。あ、そういえば、ララが前にそう教えてくれたな。ということはこれからどんどん寒くなる? 服とか準備しないといかんな……。


「それでお前らも気になるだろうが、俺の祖父の子供の頃の出来事が問題になるわけだ。ちょうどそのとき俺の叔父の……」


俺はだんだん殺意が湧いてきた。人を殺したいってこういうことじゃないのか?

どすん、と背後で音がして、振り返るとチェスが棒きれみたいに倒れている。おいおい、受け身とってないぞ? 大丈夫か? 俺を含めた皆が屈んで容態を見る。狭すぎて押しくらまんじゅうみたいになる。「ちょっと今日は体調が……」と、チェスは辛そうに言葉を漏らす。いまにも吐きそうな感じだ。デルトガルがおんぶして執務室から連れ出す。


「で、そいつがまた豪傑でな! 酒樽にあたまを突っ込んでごくごく飲むんだよ! そこで俺はしょんべんをしこたまその樽に……」


「おい」


「ん?」


後ろ手に組んで目をつぶったりしながら楽しそうに話していたダキシャラは、なに? ってかんじで俺を見る。


「みんな、吐きそうだ」


俺は振り返って皆の顔色を見渡す。蒼白な顔が並んでいる。白目になったままのララが泡を吹いている。


「暑かったか? ちょっと盛り上がっちまったな。チェスとデルトガルはどこへ行った? まぁ、いい。ああっと、何だった? そうそう、そこで俺は酒樽にたっぷり溜めたしょんべんを……」


「おい」


「んん?」


「はやく書類にサインしてくれ」


え? って感じではダキシャラは記憶をたぐり、手に持った印を確かめたりする。


「ああ、そうだったな。ここからおもしろくなるんだが……。なにしろそのときのしょんべんの色がちょうどその日の朝焼けに……」


「はやく、やれ」


「ったく、気が短いやつだな少年は。そんなことじゃ、俺の大叔母の口癖だった『青いメス鹿はフンも青い』っていう……」


「わかった、わかったから、その右手に持った印を早く書類に押すんだ。別のことをするな。すぐに押すんだ。それだけでいいから」


ダキシャラはしょうがねぇなぁ、って感じで気怠そうに印を押す。「こっからおもしろくなるんだぜ?」とかしつこく呟いたりする。俺たちは速攻書類を奪い取って、執務室を出る。南門兵士のエルムトも出てくる。部屋を出てすぐ脇の壁際にかがみ込んで、ゲーゲー吐き始める。かわいそうに、かわいそうに……。


「すごい臭いだったな……」


俺も吐く寸前だったが、外の空気を吸っているうちにどうにか吐き気を抑えることに成功する。ソーナもそうとう参っていたが、できるだけ空気を吸わないようにしてやり過ごしたらしい。息を長時間止める特技があるのだという。

ララは外の空気を吸っているうちに徐々に正気が戻り、目の色が黒くなる。広い川が見えたとか、切れ切れに言葉を漏らす。


今回の任務でいちばんやばい瞬間だった。


南門兵士の3人とはちゃんと挨拶をしておきたかったが、3人とも医務室かどこかへ消えていた。まぁしかたがない。すべてダキシャラのせいだ。


気を取り直して、俺たちは王都第12冒険者ギルドへ向かった。

悪夢の執務室を出てからは、だんだんと任務を達成した充実感と、バルバステラの2人と別れた寂寥感が交互にやってきた。それから、これは俺だけのはずだが、初めて人を殺したというなんともいえない落ち着きのなさ。

必要なことだったと思うんだが、どうしても、あのおっさんにも落とし胤とか、家族がいたのかもしれんとか、子供の頃どうやって育ったのかだとか、いろいろと余計なことを考えてしまう。『レザーズ・エッジ』のメンバーで迷宮を探索して手に入れたとかいうエストック、あれをみつけたときも皆で大喜びしたんだろうな、とか。


そんなおっさんの記憶はこの異世界の空に霧散した。アケネーに帰った。

俺はそのことをよく考えないといけない気がしている。


またいつもの癖で、利き手のひらをグーパーさせている。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



冒険者ギルドについた。

一週間もたってないわけだが、ここもまたずいぶんと久しぶりな気がする。図らずも熟練冒険者による嫌がらせイベントもこなしてしまったな。俺たちは一息ついてから中へ入る。


受付には例によって子供を負ぶったおばちゃんと、アンナ・マリアが待ち構えている。今日は負ぶわれた赤ん坊の機嫌が悪いらしくてぎゃんぎゃん鳴き声を上げている。おばちゃん、ときおり肩を揺するくらいで、ふつうに受付業務をしている。冒険者の方も慣れているのか、聞きづらいのを耳を寄せたりして、気にしている様子はない。


俺たちはアンナ・マリアの列に並ぶ。

2人ほど先達が過ぎて、俺たちの番になる。俺はアンナ・マリアの顔を覗き込んで、お褒めの言葉をいただこうとアッピールする。だが俺の顔を見てもアンナ・マリアは怪訝な顔をするだけで、話し出すのを待っている。


「あんたなんだい、そんなとこつっ立って、見せもんじゃないんだよ」


「え、ああ、あの、冒険者のカナエです」


「はぁーん、その冒険者さんがどうしたのさ。なにしに来たか、言わないとわからないよ! あんたの秘書じゃないんだよ!」


「あ、はい。すいません。えーっと、護衛任務が終わったんで参上しました、はい」


「じゃあ、さっさと書類をだしな。急がしいんだよ、こっちは」


「はい、すいません」


俺はあきらめてダキシャラから受け取った契約書を渡す。大判の判子がしっかりと押されている。どやで、見まごう事なき完了印だ。「はーい」って感じでアンナ・マリアは書類に目を通して脇に置く。机の引き出しから自分のものとおぼしき承認印を取り出して、依頼書との間に割り印をつくる。完成した書類をもって、奥の部屋へと立ち去る。


……


……


待ってればいいのか? 俺は心配になって、後ろで待っているララに視線を送る。ララはうんうん頷いてからぺろんと舌を出す。ソーナを見る。あ、こっちを見ていない。ギルドのホールでいちゃついてる2人の冒険者を見ている。なんか手とか握りあって、耳元でなにか囁いてはクスクスと笑い合ってる。


「「どこ見てんだよ」」


と、俺のセリフにアンナ・マリアのセリフがかぶる。


「「あ、ちょっとね」」


俺とソーナが同時に振り向いて言い訳する。ソーナはすぐに気を取り直して、俺に注意されたことに反発してむきになる。


「「前見てなよ!」」


ソーナとアンナ・マリアが同時に俺を責める。俺は前にも後ろにも、すまんすまんと謝る。なにか納得がいかないが……。


「報酬を払うよ。数えな」


そう言ってアンナ・マリアは盆に入ったシルト硬貨を寄越す。けっこうな量だ。受け取るとずしりと重さを感じる。


「報酬は8千シルトだ。1割5分の経費を引くから、あんたの取り分は6800シルトだね」


うむ、間違いない。この3分の1が俺の取り分、ってことだな。渡された金をソーナに渡して、俺は完了の書類に拇印を押す。


「金額に間違いないね? じゃあこれでこの依頼は完了だ。ま、がんばったね。よくやった」


あ、アンナ・マリア……、覚えていてくれたんですね。俺はうるっとした目で彼女を見るが、照れ屋さんなのか、もう書類に目を落としている。


「つぎ! カナエはさっさとどく!」


うつむいたまま厳しい声を上げる。

だが俺はわかってる。アンナ・マリアが初めて俺の名前を呼んでくれたことを……。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



報酬を手にして俺たちは久しぶりに木賃宿へ帰った。


冒険者ギルド内で早速分配したので、俺の手に残った金はだいたい2千2百シルトだ。だいぶ軽くなったが、効率は、悪くはない。この前の監視任務で1700シルト、ジュリー様から受け取った特別報酬がなんと6千シルト。合わせると、だいたい1万シルトだな。


1万シルトをこの一週間くらいで稼いだわけだから、単純に考えればひと月もあれば自分を買い受けることができる、つまりソーナがだいたいこのくらい、と教えてくれた、カトーが俺に俺自身を売却してくれる金額になる。

まぁ、特別報酬を数に入れなければ、半年くらいはかかるのかもしれないが……


荷物を木賃宿において、俺たちは任務完了の打ち上げでもしようと、そこそこの料理屋へ繰り出した。ソーナは宿泊先が違うから途中で別れたが、荷物を置いてから来ると約束している。

俺とララは前に利用していた隅のテーブルに座ってソーナを待つことにする。


腹を空かして料理を待っていると、向かいの席でララが俺のことをじっと見つめている。いつものにこにこ笑顔で見られていて、俺はなんだか気恥ずかしくなる。


「どうしたの? なにかついてる?」


「ううん、男の子って、あっという間に成長しちゃうんだなって」


「え? ま、まぁね……」


てか、おっさんだという化けの皮が剥がれつつあるのかな? ララを騙すようなまねはしたくないが、気をつけないといかんな……。


「今回は僕のやりたいことに付き合ってくれてありがとう。ララが付き合ってくれなければ、こうはうまくいかなかったよ。ソーナだって、ダキシャラだって、バルバステラの人たちだって、ララがいたから俺のことをまじめに取り合ってくれたんだ。僕一人だったらこうはならなかったはずだよ」


俺は心から感謝してララに頭を下げる。ララは両手で俺の手を取って、頭を上げさせる。


「私はカナエがやりたいことができるように、ほんの少し橋渡しをしただけ。皆の気持ちを繋いだのはカナエの力よ。そのことは誤解してはいけない」


「うん……、わかった。心に刻んでおく」


「素直ないい子。あなたはきっと立派な人になるわ……、待ち人がきたようよ?」


振り返るとスウィングドアを揺らして、マントのフードを目深にかぶったソーナが店内を見渡している。手を上げて場所を教えると、軽く頷いてからこちらへ近づいてくる。いや、少し小走りになって急いでくる。そんなに俺に会いたかったのかと、愛おしさが湧いてくるが、椅子を引いて用意した隣の席には座らずに、ララの横に滑り込むように座る。


きらせた息をしばらく整えてから、素早くフードをとって前髪を耳に挟む。かなり汗をかいているところから見ると、このそこそこの料理屋まで走ってきたのかもしれない。

指先で口元をぬぐってから、覚醒した目で俺を見る。


「隊商の行き先が変わったらしいわ。今回はムーン砂漠ではなく、ミスリルオーアロードを通って、大陸南端のカイアクマリまで行く」


「カイアクマリ? ずいぶん遠いわね……。順調にいっても往復で2年はかかる」


ララが難しい顔をする。


大陸南端って、このオドゥルディア大陸のか。いろいろと見られそうだが、片道1年とは、とんでもない距離だ。今回の交易行は長くなるな……。

俺は未知への期待と不安とで胸がいっぱいになるのを感じた。



          to be continued !! ★★ →

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