act.5_伝令係のテニス
「あんたはひょっとして、伝令係か?」
俺は直感を信じて言葉を口に出す。女の目に少しだけ力がこもる。
「そう。あなたが使徒ですね。やっとみつけました……」
「行き違ったみたいだな。おかげで俺はこの隊商につかまって、奴隷みたいになるわ、言葉は通じないわで、さんざん苦労させられたぞ。これはもう、体で償ってもらうしかないな」
「それはできません。無理です。不可能」
「お、おう」
そんなにいわなくてもいいじゃん……。
伝令さんはゆっくりと俺に近づいてくる。俺は縛られたまま、男らしく胸を張って仁王立ちになる。縛られたプロメテウス、みたいな。いや、プロメテウスが縛られたことあるのかどうか知らないが、まぁイメージだ。
初めの印象が大事だからな!
「縛られているのに、たいへん勇ましいですね」
「まぁな」
「それで……、これはどういう状況なんですか?」
「どうもこうもない。突然森の中に放り出されて、誰もいないから仕方なく、平地まで歩いて、んで、街道に出たと思ったら、犬顔のおっさんにつかまって、奴隷みたいにここまで歩いてきた。
なんのことかさっぱりわからんし、言葉も通じないわで、やさぐれていたところだ。これ、だれの落ち度なんですかねぇ。責任者と話がしたい」
「たぶん、自分の責任ですね。それか、あなたの運命でしかない」
女は皮肉っぽく口角を上げる。俺は背筋がぞくぞくする。
「はぁ、そうですか。とはいえ、このままじゃ話しにくい。え~っと、あんた、名前なんていうの?」
「テニス。前はそう呼ばれていた」
「テニスというと、あの、ラケットを振り回してボールをやりとりするやつ?」
「遙か……、別の世界ではそのように呼ばれるスポーツが存在していたようですね」
「ふむ。知ってるかもしれないが俺の名前は、大良木鼎。この世界でもカナエ・オオラギで通そうと思ってる。じゃあテニスちゃんさ、早速なんだけど、この縄を解いてくれないかな?」
「なぜ?」
「え?」
俺はどういう意味かとしばらく沈黙して、短い余裕で結ばれた、腕と腰、腰とリヤカーとをテニスに見せる。これじゃ、あなた方のいう仕事を果たすことができないでしょ?
「な?」
テニスは笑顔で首をかしげる。
笑うと、抱きしめたくなるかわいさだな。こいつがあの糞女神の仲間じゃなかったら、アタックしまくるんだが……。いや、どっちにしろ放っては置かないけど。
それはともかく。
「あのさぁ、縛られてたら、女神様の指令がきても、果たせないだろ? わかる?」
「あなたは勘違いしています」
と、テニスは風も吹いていないのに、マントをゆっくりたなびかせながら答える。
どういう仕組みだかわからないが、優雅なもんだな。天上の世界の流行かな。
「上の世界の方々からの指示を、あなたが果たせるかどうかは、運命でしかありません。
あなたが、このまま、あの隊商の人たちに、奴隷として酷使されて、なにも成さないまま病を得て死んでいくとしても、それはあの方たちの計画から外れたことにはなりません」
「だが、それっておかしくないか? 俺はわざわざ、遠くチキュウからこの世界に召喚されて、新しい体を与えられて、神様たちの指令を実行せよと、いわれてるんだぞ?」
「その通りですね」
「だろ。それが、何一つ実行できなくても、連中の計画から外れたことにならないわけ?」
「それもまた、間違いないことです」
「ふーむ。だから、テニスちゃんは、俺を助けない、ってことか?」
「はい」
「おれはさ」
と、俺はテニスの反応をうかがいながら、疑問に思っていることをぶつけてみる。
「俺が神様の指示を実行することで、この世界がより発展するとか、戦争を回避できるとか、そういう意味があるんだと思っていた。
そういうことなら、指令を実行する俺自身にとってもそれなりに意味がある。感情的にな。
ところがだ、テニスちゃんは、俺が指令を実行するかどうかなんて、神様の計画にとって、たいして意味がないという。と、なってくると、俺が指令に従う意味ってなんなんだろうな?」
「答えはすでに決まっていると言うことです。意味はむしろ、あなたにとってしか、ない」
「なるほどな。じゃあ俺が使徒を止めて、自由気ままに生きると宣言しても、問題ないわけだ」
「でも、あなたは転生を受け入れたんでしょう?」
「そりゃあ、そうだが」
「転生は受け入れたけど、指令は果たさないということでしょうか?」
「例えば、な」
「なるほど」
テニスはおもしろそうに、何か考えている。そして、丸っこく、目尻の尖った眼をぱちりと閉じて、すぐに開く。
「もちろん、それはそれであなたの運命ですが、そのような使徒は、討伐されます」
「ほうほう」
討伐ときたか。
これはどうやら、悪魔と取引したと言っても過言ではないな、と俺は理解する。糞女神が、この世界をよくしようとしているのか、破壊しようとしているのか、俺には判断がつかない。そして、俺がそれを疑問におもって、指令を無視したら、討伐されるのだという。
まぁ、なんだ、これはよく覚えておかないとな。いまは、従うしかなさそうだとしても。
「了解! わかった。俺は指示に従うことにする」
「それはよかったです」
「でも、助けてくれないわけね。じゃあ、テニスちゃんは、なにしに出てきたの? お披露目か?」
「そうですね。ご挨拶と、初めの指令をお伝えに」
「初めの指令か。なるほど。よし、聞こうじゃないか。縛られた小学生の状態でなにができるのかわからんが、せいぜい、やってみよう」
「ちなみにあなたは10才ですよ。最初の指令ですが……」
「まてまて、テニスちゃんは俺の個人情報、知ってるのか?」
「多少は」
「なるほど。じゃあ、俺の体は、元の持ち主とか、いるわけ? 血のつながった両親とか」
「いません」
俺は意外に思って、正直、ちょっとぎょっとした。
「いないのか……、じゃあ試験管ベイビーみたいな感じか?」
「あの方たちの創造物だと思ってください」
「ふむ……、じゃあ、この世界に突然生まれた10才の少年ってことか」
「はい。そうなります」
なんだか微妙だな。
それって転生したって言えるのか? いや、言えない気がする。まぁ、細かいことは良いか。臍もあるわけだし……、いや、臍、ない。ないじゃん。
人間じゃないわ。
ワロス、ワロス……。
「いいですか? 最初の指令ですが、この隊商の隊長である、カトーに、剣術の腕を認められること、です」
「ほーう。隊長っていうと、あの赤マントの女の子の、父ちゃんか? さっきお話ししていたら、邪魔しに来たんだよな」
「そうです。もう、コンタクトをとりましたか?」
「いや……」
どちらかっていと、警戒されているだけだな。あのマスターオブファイターみたいな父ちゃんから、剣の腕を認められる10才の少年、か。
話としてはおもしろいが、現実的じゃなくね?
「期限は?」
「期限はありません、が、早ければ早いほど、あの方たちは喜ばれるでしょう」
「そのカトーさんは確かに剣術使いか? メイスでも使いそうな体格してたけど」
「カトーが剣術を使うかどうかは問題ではありません。あなたの剣術が、カトーに認められるかどうかが指令です」
「そうか。わかった。やってみよう」
「素直でよろしいですね。使徒とはそういうものですよ」
「ひとつだけ、どうにかして欲しいことがある」
「なんでしょうか?」
「現地語を覚えさせてくれ。それくらいはできるだろ?」
「そうですね……、では、初めに、あなたを見失ってしまったお詫びとして、あの方たちにお願いしてあげます」
「頼むよ」
テニスはこれで用は終わりとばかりに、二歩三歩と後退する。
「おいおい、これでもう、どこかいっちゃうわけ? そんなに忙しいの? せっかく会えたんだし、一緒にリヤカー牽いてもいいんじゃない?」
テニスはうっすらと笑う。
「私はこの世界ではそれなりに知られた存在です。こんな場所であなたと話しているのを、見られない方がいいんです」
ほ、ほう~。テニスちゃんはこの世界で市民権があるのか。とても興味深い情報だよな。ということは俺にしか姿を見せないとかじゃないんだな。
そうなってくると、糞女神って、どういう位置づけなんだろうね。テニスのような伝令係は、糞女神についてこの地上で語ったりするのだろうか。もっといえば、崇拝されていたりするのかしらん。
「へぇ……。じゃあ次に会うのは?」
「たぶん、あなたが最初の使命を達成されたときですね」
「そりゃさびしい、いつまでかかるかわからないからな。どこかに行けばテニスちゃんと会えるのか?」
「あなたは10才だということを、もう少し自覚した方がいいですよ。でも、そうですね、あなたはこれまでの使徒とは少し違うみたいです。……私に会いたければ、百傑石柱のどれかに、名前を載せてください。そうしたら、使命とは別に、会いに来ますよ」
「百傑石柱ねぇ。まぁ、なんとなく、どういうものかわかるよ。よし、じゃあ、それに、ばんばん名前を載せて、テニスちゃんが俺の部屋から出られなくなるようにするぜ」
「そうですか。がんばってください」
「へいへい、どうやって帰るの? 歩いて帰るの?」
テニスは体の中心から静かに沸き起こるようにうっすら笑う。
はぁ~、きめ細やかな肌を一晩中観察したい。
「まさか」
といって、巨石のすきまに身を隠す。身を翻すときの、腰のラインに浮かぶレザーのしわが、ボンテージみたいで、それもそそりまくる。俺の超感覚がそこに熟れた女体があることを感じ取る。
ああ!だが、その感覚が薄らいで……
やがて、テニスがそこからいなくなったのを感じ取った。この身体には索敵みたいな能力があるらしい。
虫の声が聞こえてきて、隊商の野営地でたき火が弾ける。緑色の光を照り返す月が静かにあたりを照らしている。岩陰にはもう何の気配もない。
やれやれ、よくわかんねーけど、ようはこの世界で何かやりたいやつがいて、自分じゃできなくて、それを実行するのが俺ってわけだな。
で、手始めに、マスターオブファイターのカトーに、剣の腕を認められればいいのか。
いまは、そういうことにしておこうか。
俺はテニスの消えていったほうをしばらく見てから、隊商のほうへ向き直る。
訪問者のあったことは誰も気がついてない。
日本人なんか比較にならないくらい、戦いの専門家みたいなやつらだし、犬族のオッスとメッスも、やたら強そうだったのに、あれだけ悠長に話して、誰も気がつかないなんて。
考えられねーな。
テニスちゃんはなんかあるね。
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翌日、俺は地面で眠れない夜を過ごして、バキバキになった体をストレッチしている。頭もぼんやりしているが、まぁしかたがない。
これからはずっとこんな感じかもしれないから、なれなきゃいかんな。
中央アジアの隊商なんて、だいたいこんな感じで一生を送る奴らがいくらでもいただろうし、そんな人生でも、まぁ受け入れるしかない。
ようは、覚悟がいるということだ。こういう文明レベルの世界で生きるということに。
おれはストレッチをしながら、隊商の目覚めを見守る。
最後に見張りを請け負ったらしい、オッスのおっさんが丘の上の方から、キャンプの中心へ戻ってくる。一瞬だけ俺のほうを見て、そこに俺がいることを確認したら、もう目をそらす。
興味ナッシングって感じだ。
それにしても犬族のオッス、カトーお義父さんに負けず劣らず強そうだな。この世界の男って、みんなあんな感じなんだろうか。
常に危険がある街道を、ハチェットをぶらぶらさせながら、警戒して歩く。たまに盗賊をぶった切って、雄叫びを上げる。まさに世紀末救世主伝説。いや、救世主は関係ないか。
ともかく、そんなんだったら、そりゃ、あんな太い腕をしなやかに動かして、キャンプの見張りだって苦ではないだろう。
チキュウのニッポンで育った俺が、カトーお義父さんに認められる?
ナンセンスだね!
オッスはリヤカー、というか鳥トカゲの馬車だな、の、荷台に積まれた薪をいくつか抜き取って、たき火あとに近づく。
で、薪をたき火あとに投げ込んでから、座り込んで、手をかざす。
すると、たき火が復活して炎が上がる。
しかし、なにかおかしい。種火が残ってたか?
そうはおもえない。昨夜わりと早いうちに火は消えていたと思う。この時間までくすぶっていたとは思えない。何かテクニックがあるんだろうか。
オッスが火を熾すとき、そんなロジックとは別に、俺は違和感を得たのだった。その違和感は、棍棒のシャーリーをふるったときや、森の中を駆け巡ったとき、テニスの存在が薄らいでいくのを感じたときと似ていた。
つまり、俺の超感覚と、だ。
オッスの火おこしは、いずれ間近で見てやろう。そういう生活の知恵は、早い段階で身につけないといけないしな。捕縛されたまま何年も生活できるとは思えんし。
隊商のメンツはすぐにみんな起きて、朝食になる。
俺のところには、例によってメッスさんがお椀を持ってきてくれた。
そのときに、俺の縛られた腕をいったん、ほどいて、縄が食い込んでいたところを見てくれる。
ケガをしていないか心配してくれたらしい。
メッスさん優しいな。
これで顔がコリーじゃなかったら、とおもいながらメッスさんを見ていると、コリーでもぜんぜん問題ない気がしてくる。
ていうか、犬族の女性、美しいじゃん。
むしろお願いして交尾したい。
これだったら、人間と犬族のハーフとか、いると考える方が自然だろう。
俺は性欲旺盛な方だが、hentaiの極みというわけではない。
世の中には俺を越えるhentaiなどいくらでもいるだろう。
だから……。
「あなたはとても美しいですね」
と、思わず俺は言葉を漏らす。
すると、メッスさんは、はっ、と、振り向いて、俺を凝視する。
「何か***、**の?」
んん?
なんとなく、いっていることがわかる?
to be continued !! ★★ →