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act.47_約束

廊下に立っていたモウラは、部屋から躍り出てきた俺に面食らって、目を見開いて見守っていた。


「なにごとだ? 傷の具合が悪いのか?」


心配そうというよりも、このあとの予定をこなせるのかと懸念した様子である。俺はしゃきっと立ってみせて無事をアピールする。蹴られた大腿のあたりはものすごく違和感があるが、なーに、このぐらいはじゃれ合いの範囲だぜ。


「問題ない。……それで、このあとの予定は?」


「場所を変える。ここではいろいろと問題がある」


モウラが先立って歩き宿屋の階段を降りる。そのまますたすたと裏口を抜けて外に出る。この数日の警戒から考えれば、なんとも大胆というかあっさりとした外出だ。もう大丈夫なのか? と、訊くと、モウラは振り返りつつ「問題ない」と応える。家々から漏れるランプの明かりのなか通りを歩いていると、モウラが振り返り流し目をくれるのも、どきりとするぐらい印象的だ。

モウラの大きい目が理性的な輝きを放つブラウンで、その光が、ちらちらと俺に注がれるのは何とも心地いい。

いまなら何か教えてくれるかもしれないと思って、俺は昼間に聞けなかったことなどを質問する。


「ロシャーナ様がおっしゃっていた、不死者とはどういった存在なのですか?」


「本当に知らないのか?」


「はぁ、始めて聞きました。あるいは昔は知っていたのかしれませんが」


「そうか、記憶を一部失っているんだったな。……不死者とは、その名の通り、寿命のない存在だ。教会の掲げる、人々がカルマを果たすということを、阻害する存在だと言われている」


「その不死者たちのことを、人族やコリー族や妖精族と同じように区別して魔族と呼んでいるんですね。見たことがないと思うんですが、どこかに街を造って住んでいるんですか?」


「いや、これまでの歴史に不死者は10体いたことがわかっている」


「これまでの歴史? と、いうことはすでに絶滅したとか?」


「少なくとも7体の不死者がどこかで活動している……。どこにいるのかは教会もつかめていないのだ。だが、その存在は百傑百柱に刻まれているから、間違いなく、どこかに生存している」


教会から隠れているんだろうに、百傑百柱容赦ねぇな……。


「彼らは人型をしているが、繁殖能力はない。一説では、その、生殖のための器官もないと聞く」


「へぇ、なんともおもしろみのない」


モウラは例によってあきれた顔で俺を見る。


「貴様はほんとうに10才とは思えない。やはりウィタ騎士たちの懸念は当たっているのではないか?」


いやいや、そっちへ行かないでくれ、せっかくいろいろ教えてくれそうだったのに。それに、こいつとももう2度と会えないかもしれないんだ。憎まれ口をたたき合って最後になるのは、いやだよ。

俺はちょっと考えて方向修正を図る。


「ユーリンデ様とは長いのですか?」


「うん? ……うむ。ジュリー様が6歳の頃からともに過ごしてきたから、この年でもう、8年になる。思えば、私の人生は常にお嬢様とともにあったな。いずれは、いずれはお嬢様もどこかの家へと入られて、私もお役御免になるのだろうが。……実は、いまからそのときが怖いような気がするのだ。貴様にはそんな気持ちがわかるか」


「ああ、わかる。だけど、モウラなら、どんな場所でもみなに認められるさ。君にはそういう輝きというか魅力があるよ。あ、実力も、な」


「ふ、私まで籠絡しようというのか。邪悪なガキめ」


そう言いながらもモウラは楽しそうだ。そうそう、そういう自然な笑い方をしているとき、モウラはとても綺麗だ。そうやっていつも笑っていたらいいのにな。お役目上そうもいかないのか。だとすると……


「ジュリー様がどこかに嫁いで、モウラがいまの役目を終えたとしたら、君はますます魅力的な人になれるさ。僕はにはそれがわかる。僕の言うことを信じるといいよ」


「なんという慢心だ。貴様の言葉は軽すぎるよ、私のことなどなにも知らないくせに……。だが、そうだな、貴様の脳天気な心を思うと、ほんのすこしだけ、元気になるかもしれない」


ふふふ、そうだろ? 大切なことなんだぜ?


モウラは貴族街を抜けて、内城郭を通り抜ける。守衛は事前に話をしてあったのか顔パスである。俺のことをちらっと確かめはしたが、なんの質問もない。お貴族の力なんですかね。

それで俺たちは平民街の中へ入る。うら寂しいところへなどは行かずに、どんどんと賑やかな街区、ひとのたくさんで歩いている場所へ進む。


ふと、モウラが立ち止まって、街のシンボルとなっているらしい広場の噴水へ腕を伸ばす。指先を伸ばして、俺にそっちへ行くように促している。

円形の噴水は直径で5メートルぐらいだろうか、なかなか立派な建築物で、白色の煉瓦を組み合わせてつくられている。噴水の中心にあるオブジェは太陽神フアナってやつだろう。光輪を背負っていて、やわらかく嫋やかな印象を受ける。傍らにもった壺から水を噴き出させている。あふれ出た水が四方に散って、湛えられた水面を静かにうっている。波紋が絶えず散っていく縁のほうへ目を移すと、彫像と見まがうくらいにやわらかくケープを靡かせている人がいる。

俺はその人に近づいていく。


「賑やかな夜ですね」


「ええ、耳を澄ませているだけで楽しい気分になってしまいます」


ジュリー様が振り向いてにっこりと笑う。


「ごめんなさい。今夜はどうしても君と話してみたくて」


「かまいませんよ。どうせしがない冒険者です。世の中を変える仕事はそうそうありません」


「ふふふ、君ならいつかそんな仕事をしていそうだよ。……ソーナには悪いけど、モウラにも図ってもらい今日は君を借りることにしました」


振り返ると、もうモウラの姿はない。


「迷惑……でしょうか?」


顔を戻すと噴水の縁に立つジュリー様がよく見える。白いケープが透けて、褐色の顔と赤く燃える瞳が見える。顔を染めて恥じらっていながら、決然と俺のことを見ている。背後に街明かりがきらきらと輝いていて、彼女を照らす宝石のようだ。


「今宵はどちらへご案内しましょうか?」


俺はにっこり笑ってジュリー様の手をとる。ジュリー様の細い手に力が入り、俺の掌をぎゅっとにぎる。ああ、たしかにここにこの人がいるんだな、と、俺は実感する。たぶん、ジュリー様も同じこと考えている。

俺たちは連れだって夜の繁華街を歩く。


その夜は先代エルイリカ8世の誕生した日だった。

なにかがジュリー様を祝福していて、街の空気のあらゆることが俺たちを勇気づけ、楽しませ、心を弾まさせた。俺は僅かな手持ちしかなかったが、出店の謎めいた食べ物はそれでも十分に楽しめた。もちろんこの日だけは俺がジュリー様に奢るのだ。ジュリー様は初めは断ったが、街の恋人たちの嗜みです、というと、最高の笑顔でそれを受け取った。それで俺たちはたこ焼きみたいな粉ものが3つ串刺さった食べ物を手に、いろいろなところへ行く。


繁華街のストリートシンボル、それは噴水から、3代武王の石像、建国を記念してつくられた白亜のミナレット、はるか浮遊大陸との対話のためにつくられたという破壊された石群などを順に見学した。


そのあいだ、俺たちはずっと手を繋いでいた。


次第に夜が更けて、人波は消え去り、酔いと喧噪とが街の奥深くに沈んでいった。それらは通りから見えなくなって、いまや3つの月が人気のなくなった街路を静かに照らしている。


「君はいまの境遇から抜け出して、なにをしたいの?」


と、ジュリー様が唐突に訊く。

俺は考えていたことを答える。前にこうしたいと思っていたことが、最近はもっと具体的に、勢いを得て答えることができる。


「この世界の隅々まで見分して、すべての土地の風土記を書きたいのです」


「風土記?」


「その土地で育った文化、風習、生活、伝説などをまとめて、それら全体から人間の過去と未来を見据える書物ですよ」


そう言うとジュリー様は目を瞠って思惟に沈む。


「この世界はおもしろい。魔術にウィタ、魔素、魔族に不死者、オオグチなんていう魔獣までいる。それらと隣り合って生きている人間が、どんな世界を築いているのか、築いてきたのか、僕はそれが知りたいんです」


「……私も一緒にその仕事をしたい」


ユーリンデ・バルバステラはそう言って、俺に訴えかけてくる。このまま、連れ出して欲しいんだろうな。閉鎖的な貴族の巣から。でも、それはできない。侯爵令嬢が奴隷と駆け落ちなんて、俺たちがよくても、この世界の理が許さないだろう。ジュリー様の肩には侯爵家の皆の期待、モウラの期待、さまざまなものが乗っている。

それでなくても、名を変えて生きることが、野や森から生きるために必要なものを取り出して暮らすことが、俺たちにできるだろうか? できない。数日と保たずに野垂れ死ぬ。それは無謀というものだ。


「僕が奴隷の身分で戦っているように、ジュリー様にはジュリー様の戦場があります」


「では、その戦場で生き抜いたら、カナエのいる世界が見えてくるかな」


「そうですね、希望を持って戦って、苦しいところを乗り越え続けたら、いつか、僕もきっと、ジュリー様にもう一度あえるんだと思います。そのときは結婚を申し込むかもしれない。覚悟していてくださいね」


「ふふふ、では私もがんばらないといけませんね……」


ジュリー様が褐色の手を伸ばす。俺は荒れた働き者の手を両頬に感じ取る。そっと顔を近づけて、身を屈め、唇をつける。顔を離すとジュリー様の両頬には涙の流れた跡がある。


俺たちはしばらく見つめ合い、それから帰途についた。

その夜の美しさ、楽しさを俺は一生忘れられないかもしれない。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



翌朝。

俺たち傭兵と南門兵士は、バルバステラ家から正式に謝礼を受けた。ギルドで契約した金額とは別に、成功報酬というかたちで受け取ったそれは、契約金額とほぼ同額である。並んで座る俺たちに対して、ジュリー様手ずから順に謝礼が渡されたが、ハグしてほっぺにキスするくらいの空気はもはやない。ジュリー様は侯爵令嬢であり、俺は奴隷の冒険者だ。


すぐに出立の準備が整えられた。


きたときと同じように侯爵家の2人が乗馬し、他は徒歩だ。

天気はあいにくの曇り空だが、俺たちの心には任務を果たした充実感が確かにある。南門までの道のりはあっという間だった。


南門前では連絡を受けていた侯爵家の他の使用人たちが揃っている。ジュリー様とモウラを見つけると声を上げて駆け寄ってくる。2人は歓声を上げる人たちに囲まれて、うれしそうに笑っている。ジュリー様もモウラも何の屈託もないように見える。いい人たちに囲まれているんじゃないか、と、俺は少し安心する。


衛門督のダキシャラがやってきて、シャシャシャシャッと、聞き覚えのある笑い方をする。なんだか久しぶりだな、別に聞きたかったわけじゃないが。

ダキシャラとバルバステラの執事が契約について文書を交わす。その間、俺たちは手持ちぶさたで待っていた。ときおり、まだ歓声の上がっている人群れの中から、ジュリー様の戸惑った視線が俺に向けられた。その度に俺は深く頷いてみせる。3度目に、とうとう我慢できなくなったのか、ジュリー様は顔を伏せて、指先で目元をぬぐう。それから、彼女の姿は馬車のキャリッジに消える。


モウラが近づいてきた。

いつも通りの仏頂面だが、すっと距離を詰めて、俺の前に手を差し出す。


「世話になったな」


握ると気恥ずかしそうに声を掛けてくる。


「モウラもがんばれよ。ジュリー様をよく助けてくれよ」


「言われるまでもない……。カナエも、はやく平民になって、やりたいことができるようになるといいな」


そういうと、モウラは大きな目をウィンクさせて手を振り、立ち去る。ぷりっぷりっと、お尻が揺れている。ああ、惜しい、なんとも惜しい。へへ、そんなことでも考えていないと、俺まで悲しくなってしまうからな。


しばらくしてバルバステラの一行が南門を抜けていくのを、俺たちは最後まで見送った。



          to be continued !! ★★ →

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