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act.46_貴族、平民、奴隷

「あのぉ、すいません。未熟者故、魔族とか不死者というものがどういった存在なのかわかりません。教えていただけませんか?」


俺は正直に訊くことにする。いつだって直球なのが研究者としてのあるべき姿勢なんだぜ。


「……ボクが、魔族の疑いを掛けられているナレに、魔族のことを教えるであるか? それはなんとも珍妙な状況であるな。教士メリィラ、ナレはどう思う?」


「はぁ、本当に知らないようです」


と、メリィラは戸惑ったように言う。てか戸惑っている。俺に何らかの反応があると待ち構えていたんだろう。だけど、ほんとになにも知らないからな。俺が魔族? 魔族ってなに? 食べられるの? そのくらいの唐突さだ。ま、あれだ、不死者という存在にはなんとなく思い浮かべるものがある。あってるかどうかはわからないけどね。


「ナレの観察で見抜けぬとなると、本当に知らないということであるか。自分が魔族であることを知らない魔族などいるのであるかな? ボクはちょっと気持ちがすっきりしなくなってきたである」


「私もなにやら煙に巻かれた気分です」


メリィラもロシャーナに同意して、さきほどの張り詰めた空気が霧散していく。

驚いて経緯を見守っていたジュリー様とモウラも、乗り出した身体の勢いを下ろして、平静な表情に戻る。


「となると、呪いの魔術をつかう人族ということであるか。これまでそんな人族はいなかったであるな」


「未確認です」


「ナレは、なんなのである?」


ロシャーナは興味深そうに俺を見る。ありがとうございます。完全に珍獣扱いです。


「と、おっしゃいましても、私は隊商の傭兵で、身分は奴隷、記憶を喪失している10才か11才の人族です、としか……」


それを聞いてロシャーナは片手を伸ばし、反対の手でそれを撫でながら背筋を伸ばして息を吸う。首を1回転させて凝った肩をほぐし、ぼんやりと口を開ける。ふむ、と、悩ましげにあいまいな返事をする。


「あ、とりあえず、ナレは11才ということにするである。毎回面倒くさいであるからな。それで、今回、バルバステラ侯爵家が代理人、ユーリンデ・バルバステラに教会の意向を伝えるという任務とは別に、ボクが任されていたことがある」


だいたい見当はつくが、なんでしょう、とばかりに顔色をうかがって見上げる。


「もちろんそれは、冒険者カナエ・オオラギにたいする処置についてである。範士会議では排除せよとの声がおおかったが……」


「そのようなことは受け入れられません!」


ジュリー様が鋭く声を上げる。モウラは難しそうに顔をしかめているが、とめようとはしていない。

ロシャーナの鋭い視線がジュリー様に向けられる。ジュリー様も怯むことなくそれを受け止めて、真剣なまなざしを向ける。


「カナエは今回の件で、我々バルバステラの危機を救いました。当家としましては、その恩に報いるべく、全力でこの者の困難を助けるでしょう」


「そうはいっても、ここでボクが排除すると決めたら、あなた方に止められるであるか?」


「……止められはしないでしょう。それでも、当家はカナエの名誉と、教会の横暴を世に知らしめるべく、全力でそのことに対応いたします。この場でカナエを処断されるおつもりなら、教会としてもお覚悟を願います」


「ほぉ、それは怖いであるな……。せっかく、両家の仲裁に我々が手を貸そうというのに、障害となっている奴隷を護って、それを台無しにしてもよい覚悟であるか」


「はい。それがカルマの導きでありますゆえ」


ジュリー様は一歩も引かない。カルマを持ち出してロシャーナに再考を促す。

こいつらライフストリーム教会は、人々がカルマ、それぞれが運命的に定められた業を果たすこと、を、ヒトの本来的な生き方だと定めている。俺はそれに疑問を持っているが、こういう場で持ち出されたら、さぞかし心苦しいだろう。

さて、どうでる? 俺は薄笑いを浮かべるロシャーナの真意を探ろうとする。


「どこまでカルマを読み取るかは、その人間の成熟度をあらわすものであるからな」


へぇ……。そういうことか。

つまり俺を処断すべきでないという気持ちは、処断すべきだとう理解が足りないからそう思うのだ、ってことか。やはり、最終的には恣意的なものになるね。だって、その理論で行くと、教会の判断こそが、最も深く全体をとらえて下したものだと言っているようなもんだ。そこには、市井の人々の実感から導かれた結論は残すことができない。よこからちょっかいを出して、結論を押しつけているのと同じだ。

やはり、ライフストリーム教会はいびつな組織だ。


「しかし、当事者がそのように思うのなら、範士会議が間違っておるやもしれぬであるな」


あ、れ……。

ライフストリーム教会、すごい柔軟な思想を持ってるね。なかなか健全な組織だ。うん、信用できるかもしれんな!


「……よかろうである。ユーリンデ・バルバステラの言に免じて、この場は見送ることにしよう。冒険者カナエにはなにか大きな仕事が待っておるからして、ウィタ騎士ガマィンを止めた、と。そのように範士会議では報告するである」


さすがロシャーナ・ウィンディア様! なんて思い切りのいいお方だろう!


「初めて見たときから、お慕いしてたんだよね! 俺の目に間違いはなかった!」


「「「え?」」」


うん? ロシャーナとジュリー様とモウラが俺のことを見ている。ロシャーナまでぽかんとしている。


「にゃ、にゃほほほほほっ! ナレは『僕』ではなかったのか? まったく、どういう者だか得体が知れぬであるなぁ!」


「何と無礼な物言いを……! ジュリー様、こやつを助けたのは間違いだったのでは?!」


「カナエ、ロシャーナ様は教会に12人しかいないウィタ騎士の頂点で指導されているお方、そのような物言いは無礼です。謝罪しなさい」


「あれぇ、あ、申し訳ございませぬ。なにか、傷口によからぬ菌が入ったゆえ、頭が混乱しておりもうす」


「にゃほほほほほっ! 菌が入ったか?! 難儀であるのう! どれ、ボクが口で吸い出してやろうか」


「はい! ぜひ!」


俺は服を脱いで傷口を出そうとするが、跪いたすぐ横に、ドスンと刃物が突き立つ。あ、モウラの小剣だ、これ。


「カナエ! 貴様! ロシャーナ殿もお戯れが過ぎます!」


小剣を突き立てたモウラが慌てて俺を止める。


「よいよいである。あるあるなことであるよ、まったく。たまには下界で戯れるのも楽しいであるなぁ。のう、教士どの」


ロシャーナは後ろに控えているメリィラに声を掛ける。

教士メリィラはお戯れの会話にはまったく乗ってこないで、どうやら俺の言葉の真偽を感じ取る作業に没頭している。怖いおっさんだなぁ。まぁ、なにも出てこないんだけどね! 本気でただの奴隷だからさ。


「答えが出たようですので、早速このことを持ち帰って報告いたしましょう。ゴッザムトのほうへも連絡する必要があります」


おっさん、味も素っ気もない。


「で、あるか」


ロシャーナは頷いて立ち上がる。

退出のお時間ですか。


優雅に歩を進めて、俺の肩に手を置く。屈んで耳元に口を寄せる。あ、ロシャーナ様の体温を感じる。あったかいなりぃ。


「お前、使徒だろ」


すっと、身を離してドアのほうへ去って行く。ノブを回して開き、敷居をまたぐ。

そこで一度振り返り、俺のほうを見る。


「そうそう、ガマィンがもう一度きちんと手合わせをしたいと言っていたである。すぐにとは言わんが、そのうち応えてやるであるな」


楽しそうに言い残して廊下を進んでいく。メリィラがすぐ後に続いて2人が見えなくなる。

俺はいっしゅんの恐怖で背筋に鳥肌が立っている。ばれてーら、って虚脱状態だ。

が、持って生まれた学者としての本能なのか、脳内の歯車がかみ合いだして、彼らの話した内容について考察が始まる。そうそう、魔族と不死者、使徒ってなにが違うんだよ。何にも教えてくれなかったな。あいかわらず、奴隷には何の情報もない。

でもさぁ、俺って悪い人間じゃないんじゃないかなぁ……。


ともかく、そうして教会からの使者は帰っていった。


俺はバルバステラ家の2人から解放されて、傭兵の部屋へ戻る。あ、そのまえにちゃんと礼は言った。ジュリー様は自分に不利になるのを厭わずに俺のことをかばってくれたんだからな。ほんとにこの人は、将来侯爵家を背負って立つ人になるだろう。俺も何か協力できればいいが……。


魔族云々の話しは覗いて、俺は教会による調停が実現したことをソーナとララに教えた。

2人とも満面の笑みである。そりゃそうだよな、この数日、ただでさえ宿屋の警備でずっと緊張した状態だったし、和平プロセスに入るとしても、俺の処遇も決まってなかったんだから。

これで今回の任務はほぼほぼ完了だな、と、俺は2人の笑顔を見ていたらその実感が湧いてきた。


夕食前にモウラがやってきて、ジュリー様は明日にでもアスファ聖王国バルバステラ侯爵領に帰還し、事の次第を報告することになったという。何とも慌ただしいが、故地でも首を長くして報告を待っているはずだから、仕方がないと言えば仕方がない。

それじゃあゆっくり食事でもできるのは今夜くらいだな、と、俺はモウラを労るが、余計なお世話だとばかりに睨みつけてきやがる。


「カナエについては今夜はバルバステラ家にて借り受けるぞ」


え? それって?


「ことの詳細について、さらなる報告が必要なのだ。寝る前には返す」


「それは正式な依頼としてなの?」


ララは疑問に思ったのか訊く。


「ギルドを介した依頼の一部と考えてくれていい。いくらか追加の金子をだすことになろう」


「ジュリー様の部屋で何か訊かれる感じですか?」


「いや、どこか別の場所がよいだろう。きさまは一刻ほどあとに軽装で来い。……臭い服は着てくるなよ?」


「はぁ……」


「なんか、変な感じするわね……」


ソーナが鋭い目つきでモウラを見る。モウラはすごく嘘くさい目で外を眺めたりしている。口笛まで吹いたりしている。ソーナが歯ぎしりする。

なにが始まるんですかね。第三次世界大戦ですかねぇ。


あっという間に日が暮れていく。


俺は何となくそわそわして用意した服のほつれなんかを調べたりする。転生したときから着ていたお気に入りの肌着はすっかり臭くなってしまったので洗濯中だ。というかもう3回洗ったいるんだが、臭いがとれない。マントはもっとひどい。もう一度着られるようになるかどうか……。あ、そういえば、エルムトのサーコート、忘れたな。あとで取りに行くか。


「なんだか楽しそうじゃない? 偵察の件で詳細を報告に行くんでしょう。めかし込んじゃったりしてさ-、なにか思い違いしてるんじゃない? あいては貴族のお嬢様なんだよ?」


「ソーナだって貴族のお嬢様だろ」


「……。いまは平民よ」


「平民のお嬢様と奴隷でも釣り合わないね」


「はん、番狂わせでも狙ってるつもり? 人知れず始末されるんだからね、そういう勘違いをすると」


「勘違いなんてないよ。すぐに戻ってくる」


俺はソーナに笑ってみせる。

ソーナは勢を削がれたのか中途半端な表情で固まっている。下まぶたを器用にあげて、なにか言いかけて口が半開きだ。


「じゃ、いってくる」


そう言って俺はソーナのお胸をタッチして部屋を、ぐふぅ!


思い切り蹴り出された。



          to be continued !! ★★ →

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