act.45_教会からの使者
昼までの時間に、俺はソーナとララに話したのと同じ内容をジュリー様に報告した。
ジュリー様は昨夜の俺の態度を気にしてか、もう一歩踏み込むようなことは聞いてこない。
仕方がないこととはいえ、寂しい。モウラはこれで良かったと思っているんだろうか。
俺は2人の顔を交互に見る。
何か問いたげに辛そうにしているジュリー様。装った無表情で口を尖らせているモウラ。
「大義でした」
話し終わるとジュリー様がねぎらいの言葉を掛けてくる。
「もったいないお言葉」
俺は顔を下に向けたまま後ろへ引き下がる。跪いた姿勢からそのまま立ち上がって、ドアの脇まで下がる。
侯爵令嬢と傭兵の奴隷。
これがあるべき姿だな。俺は部屋を出て静かにドアを閉める。
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夕方になった。
待ちに待った教会からの使者がやってきた。
3人の使者は白い鳥トカゲに引かれた馬車で宿屋の正面に乗り付けた。
俺はそれを2階から見ていた。
装飾馬車というんだろうかね。派手なメッキこそ施されてはいないが、漆で全体が塗装されていて、サスペンションやランプがついている。動力がエンジンだったら、そのまま自動車になりそうだ。
まぁ、木製だし、ボックス型ではなく開放型のキャリッジで、皮のシートが2列前後に並んでいる。
そこに座っている人物を見て、俺は飲んでいた薬湯を盛大に吹き出した。
前のシートには金髪オールバックのハリウッド女優、範士のロシャーナ・ウィンディアが座っている。鉄芯のロシャーナだ。
両腕をシートに伸ばして王様みたいに寛いでいる。てか、まっすぐに俺を見つめていて、とうに存在がばれている。
にこにことうれしそうにしている。口がでかいから、髭の入れ墨もよく栄える。俊敏で、優雅で、野蛮な笑顔。
おそろしいが、なんとも美しいヒトだ。
なにかを口にしている。いや、周りが反応していないから、口を動かしているだけかもしれない。俺にわかるようになのかもう一度同じことを言って、口を動かす。
なんだろう?
3度目。あ、なんとなくわかった。俺は同じセリフを口にして、それが正解だとわかる。『そこで待ってろ』と、そう言っている。
で、後ろのシートにはなつかしの2人組、教士メリィラと錬士ザキチュナが座っている。お行儀がいいな。後ろの2人も金髪だから、3人を見ているとウィタ騎士というのはコーカソイドのお金持ちだけが所属できるみたいに見える。まぁこの異世界でそれはないはずだが。
あ、メリィラとザキチュナは金髪といっても、ロシャーナほど鮮やかな金色ではない。
メリィラのそれはグレーにくすんでいて、これはひょとしたら加齢のせいだ。ザキチュナは金色は金色だが、オレンジ色が濃い。こいつは年齢相当なのかもしれないが、並んで座っているとちょっと子供に見える。いや、実際は20半ば位なんだと思うが……。
後ろの2人は呼び出された高校生男児みたいにおとなしく座っている。3人の上下関係は一目瞭然だ。
馬車が完全に停まると、キャリッジからはロシャーナとメリィラが降りてくる。ザキチュナは少し遅れて降りるが、宿のほうへは進んでこない。馬車の番をするのか、あたりの警戒をするのか、ともかく交渉には不参加らしい。
俺は外の様子から目を離して、使者の到着を屋内に告げる。階下からは南門兵士たちの声で、同じく使者の到着を伝えている。
どんな話しをするんだろうな。是非とも聞いてみたい。俺には聞く権利があるんじゃないかな? 両家の仲を取り持ったわけだしな。
そう思って、廊下へ顔を出す。室内には俺しかいない……と、思ったが、ララが廊下を進んでこちらへ来る。俺がドアを開けて招き入れると、すまして膝を曲げてから入室する。
「教会の使者を見た?」
「ええ。前に見たウィタ騎士ね。3人とも見たことがある。別々の場所でね」
「うん。あの2人、ララは見ていないけど、奴隷市場で騒ぎが起きたとき、武器を持った奴隷を容赦なく切り捨てたんだ」
「気の毒だけど、王都の治安を護ろうとしたんじゃない?」
「そうだ。だけど僕は彼らのいう、ヒトがカルマを果たすことこそホシが望んでいることだという話については、いろいろと納得がいかないんだ。あの不幸な剣奴を、殺さないことだって、あいつらのカルマだったかもしれないんだからな」
「……為すべき事だと思わなかったということね」
「だろうね。だが僕はヒトは不安定な存在だと考えている。同じ状況、同じ思想を持ったヒトでも、そのときどきで違う選択をするものさ。それがヒトというものだよ」
「その考え方じゃ、カルマなんて果たせそうもないわね。その人にとっての正しい答えというものが、いつもぎりぎりまで不確定なんですもの」
ララの声はくぐもったり遠くなったりしている。
たぶん、防具を解いて肌着を替えているんだな。
「そうだ。だから、彼らが躊躇なく剣奴を斬ったことが、俺には逃げにしかみえない。考えることを、迷うことを放棄しているんだ。それはヒトらしくない思想だよ。すぐにでも行き詰まるんじゃないか」
「カナエは偉いわ、そんなことまでよく考えているのね。感心したわ」
と、ララは服を着替えて俺の側まで近づいてくる。
右斜め後ろから俺と同じように室外の様子に耳をすませる。ふんわりとお日様の匂い。大好きだよ、ララ。何度も言うけど。
階下から話し声が聞こえてくる。
2人の使者はとりあえずホールで待たされている感じかな? チェスが階段を上がってきて、廊下に姿を現す。俺たちに気がついて、大きく頷く。使者が、きたよ、ってことだ。
そのまま通り過ぎて、突き当たりのジュリー様の部屋をノックする。モウラの返事があり、チェスは室内に入る。何か話しているのが聞こえるが、これはそのまま使者到着の報告だろう。南門兵士の3人が余計なことを話しているのを聞いたことがないからな。
しばらくしてチェスが部屋を出る。もう一度俺たちに向かって頷き……、俺の肩にそっと手を添える。気の毒に、なのか、がんばったわね、なのか、今夜きて、なのかわからない。だが、まぁ親愛のタッチだろう。パーンと後ろから尻を叩いてあげたいが、俺のリーチじゃ届かないし、いまは謎のプレートを下げているから、チェスの尻を直接触ることができない。
アイコンタクトでもあるんじゃないかとじっと見つめて見送るが、なにごともなくチェスの姿が階下に消える。
なんとなくララと目を合わす。ララも俺を見る。なにもわかっていなくて、なに? って感じで俺を見つめる。
いや、なんでもない。
なんでもない。
すぐに別の人物が階段を上がってくる。
チェスのときのようにプレートメイルの騒々しい音がしない。これはお使者様だと、俺たちはドアを閉めて部屋の中へ引っ込む。
カーペットの上を硬質の履き物が通り過ぎる音が聞こえ、ふたたびジュリー様を呼ぶチェスの声。ジュリー様の部屋のドアが軋んで開く。
物音が入室していき、なにも聞こえなくなる……、が、たぶん、集中すれば聞こえる気がする。
どうしようかと思っているうちにソーナが部屋に戻ってきた。
音を立てないようにか慎重に歩を進めてきたらしく、背を丸めて両手で空気を抑えるようにして入ってくる。
どこ行ってたんだろう、あ、言及しちゃいけないところかな。
「教会からの使者がきたのね?」
と、ソーナは内緒話みたいな声で訊く。
「うん。いまジュリー様の部屋に入ったところだよ」
「そう。……長かったけど、これでひとまず依頼は完了ってことかしら」
「城門から送り出すまでが護衛期間だよ。一日延びちゃったけどね」
ソーナはちょっと考えてから、思い出したらしく何度か頷く。
「はやくいつもの宿屋に帰りたいな。商隊からの連絡が来ているかもしれないし、何か用事が発生してるかも」
そりゃあ、ソーナちゃんはそっちのことがそろそろ気になるよな。宿を留守にすることは、たぶん誰かしらに報告しているんだろうけど、それにしても四日間ももどってないんだ。なにかトラブルでも起きていてもおかしくはない、のか?
まぁそうでなくても次の交易行は近い。さまざまな連絡が出発までにあるんだろう。
俺が感慨に沈み始めた頃に、ジュリー様の部屋のドアが開く。
会談終了かと耳を澄ませていると、俺たち傭兵の部屋のドアが開いて、チェスが顔を覗かせる。
3人がいっせいに彼女の方を見るが、チェスはちょっととまどったように俺を見ている。
「教会からのお使者様がお前と話したいそうだ。カナエ」
ふむ。
俺はソーナとララを交互に見つめて頷いてみせる。大丈夫だ、ってサインだ。
ソーナはちょっと心配そうにしているが、ララはうんうん頷いて答え、さっさといけとばかりに手を振って促す。
「きっとご褒美よ。紛争を事前に解決したんだもの」
うん。相手の兵士を殺してな……。
俺は急に不安になるが、チェスが再び「カナエ?」と、促してきたので行くことにする。
後ろからソーナとララが見守っているのがわかるが、ここは堂々と行ってこよう。俺はこれでもかと胸を張ってジュリー様の部屋へ進む。
ドアを開けるとみなの視線が一斉に俺に刺さる。
部屋の中央でジュリー様とロシャーナ・ウィンディアがテーブルを挟んで椅子に座っている。両者に地位の差はないのかもしれない。
ジュリー様の後ろ、3歩ほど下がったところにモウラ。おなじくロシャーナの後ろにメリィラが立っている。形式とは言え、なんかおかしいな。みんなで座って話せばいいのに。
などと思いつつ俺は跪く。
ロシャーナの目がそれを促しているからだ。
「お呼びでしょうか?」
いつまでもだれも話し出さないから、俺は自分から口を開く。
「……冒険者カナエ、ナレもなかなかおかしな男であるであるな」
お、ちょっと認められている? はぁ、と俺はよくわからないという返事を返す。
「ナレが呪いを掛けようとしたウィタ騎士は危うく利き腕を喪失するところであったであるぞ」
ガマィンのことか。あいつ、余裕で俺の攻撃を受けたように見えたが、けっこう効いていたんだな。まぁ俺は自分が放ったウィタが、やつにどんな影響を及ぼすかなんてぜんぜん考えてなかったわけだが……、そうか、利き腕がもげそうになったか。
「なんのことかわかりません」
「ほほぅ、ナレはしらを切るという選択をするであるか。おもしろいである。ボクは楽しくなってきたである」
ちょっと見上げると、ロシャーナはぜんぜん楽しそうじゃない。ジュリー様も心配そうに俺を見ている。
あ、なんかまずい選択をしたかな? 言葉を足そう。
「私は状況を変えたい一心で、窓から覗いて私を誰何してきた者に、何か不都合があれば逃げられると願いましたが、それ以上のことはわかりません。たしかに、私の身体からウィタの筋が伸びて、騎士様に何らかの影響を与えたようですが、どのような影響があったのか、いまでも知りません」
「……ふーむ、である」
ロシャーナはすらっと伸びた脚を俺の目のまえで組んでみせる。てか、顔を上げてたら何か布が見えたんじゃないか? 惜しいことをした。
「ふふふ、ナレはとても見ためど通りの少年には見えぬであるな。ほんとうはいくつなんじゃ? 申してみるである。ほれ、正直に」
「10歳か11歳でございます。記憶がない故、正確なことはわかりません」
ロシャーナはますます姿勢を崩して、テーブルの上に肘をつき頬杖をする。んふふ、と喉の奥で笑い、目を細めて俺を見ている。
「嘘はついておりません」
と、メリィラがロシャーナに耳打ちする。こいつ、黙って聞いているようで、何か余計なことをしてやがるな。油断できない。まぁ、奴隷市場でであったとき、部下のザキチュナは危ないやつだと思ったが、こいつはわりかし理性的だった。気をつけなきゃあならないが、ここで目の敵にするのは、やめておくか……。
「ここに控えている教士メリィラを覚えているであるか? ナレと奴隷市場で会ったとか。メリィラがいうには、そのときにナレの身体から得も言えぬ強いカルマを感じたというであるぞ。実はな、ボクもまたおそらくは同じものを感じたである。脅威とは言えぬが、なにか心が騒がしくなる普通でない気配である。こやつの学生である錬士ザキチュナは排除すべきだと、範士会議で発言した。ナレの気配は魔族のものだと」
「魔族」
「いわゆる、不死者であるな。8番目の不死者が現れたんじゃないかと、会議ではそのことが問題になったである。何しろナレが使った魔術は魔族の使うそれであるからな」
室内の空気が張り詰める。
俺だけ何のことかいまいちぴんとこない。
to be continued !! ★★ →




