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act.44_グローリー・オブ・パヒュート

すぐに疲れが出てきて、俺はウーピンの追跡後なにが起きたのか説明する前に眠ることになる。

一応、教会からの返事がまだだからと警護は続けられるので、俺の世話は交替でしてくれた、らしい。

ジュリー様はさすがに手を煩わせることはできないということで、モウラが手伝ってくれた。モウラのやつ、何度も介護に加わってくれるが俺の大事なところ、見たのかな。


で、目が覚めたときには4日目の昼になってた。

考えてみたら、この世界にきてからよく寝込むな。俺は窓から見える澄み渡った空を見ながらそう思った。

威力偵察にいった夜はあんなに暑さを感じていたのに、今日はさわやかな涼しさだ。


宿屋の外は昼の炊事で至るところから薄い煙が上がっている。これまで気にしてこなかったけど、考えてみれば何とも壮観な眺めだ。

そうそう、しばらくの間、俺はこの世界を理解する仕事から遠ざかっていたかもしれない。

SAN値が下がっちゃったのもそのせいかもしれない。気をつけないと、な。


漂っている空気にパンの焼ける臭いが混ざっていて、俺は空腹に気がつく。

最後に何か食べたのはいつだっただろうか? たしか、3日前の夜? そりゃ、腹が減っていて当たり前だな……。


俺は寝かされていた部屋の中を改めて見渡す。ドアの横でソーナが壁に凭れながら寝ている。椅子に座っていて、いまにも崩れ落ちそうだ。

口角からよだれが垂れていて、外の光を浴びてきらきらと光っている。あ~唾液って、あんなに光るものだったんだな、って俺は畏敬の念に打たれる。ソーナもなんだかんだいって、看病だか見張りだかにずっとがんばっていてくれたわけだ。

うれしいよ、うん、うれしい。

ありがとう、野生パンサーちゃん。


ベッドから起き上がろうとすると、まだ脇腹がしくしくと痛む。顔をしかめて耐えながら身を起こし、両足を床に投げ出す。ふむ、痣や擦り傷はいっぱいあるが、これといって大きな怪我はない。

俺はちょっと自信がついて、シャーリーを支えに立ち上がる。

よし、昨日ジュリー様のベッドから移動したときよりも大分ましになっている。さすが若いからだに転生しただけはあるな。


ソーナに近づくが寝不足らしく眠ったままだ。

俺は顔を寄せてソーナの容貌をじっくりと観察する。よだれを垂らして、ちょっとだけ目やにがついているが、そういうことではない。


妖精族ってどんななんだろうな、って、前から思っていたのだ。ソーナは人族と妖精族のハーフだという。母親が妖精族で、わりと迫害があったとかないとか。

チキュウで見たホモサピエンスの骨格からいえば、たしかに特徴のある顔つきだ。眉毛がないというのはホモサピエンスでもまぁあるのかもしれない。だが、目の周りに色素が集まっていて、黒縁になっているのは、妖精族の特徴といえるだろう。

黒縁はパンダのそれよりは小さい。そうかといってアイシャドーほど薄くもなく、涙袋くらいまでがくっきりとパステルブラックになっている。これは、入れ墨じゃないよな。


肌の色彩くらいであれば、まだ妖精族などと名乗るほどではないかもしれない。それくらいなら人族の亜種でいい。そうは言えない特徴は眉骨の厚さもあげられる。いわゆるゴリラ的な盛り上がりじゃなくて、頭蓋からわりと平滑に眼孔まで続いている感じだ。平滑に降りてくるから、眼孔の淵が厚く感じられる、といったところか。彫りが深いといってしまってもいい。

あとはこれも色彩の話しだが青みのある黒髪。たぶんこれを黒髪といってしまったら、この世界では嫌がられるんだろうな。俺のまっ黒の髪は忌避されているんだから。

だからこれは青髪と呼ばれるべきだろう。現に、陽にすかさなくても、つまり室内の抑えられた照度の中でも、この髪は青く見える。チキュウで地毛が青いなんて聞いたことがない。だからこれは妖精族の特徴と言える、かもな。


ここでまたソーナが人族と妖精族のハーフだという事実が俺の中でクローズアップされる。じゃあ、人族と妖精族は遺伝子的にはほとんど一緒ってことだ。てか、まったく一緒といってもいい。パーセンテージでいえば、0.1%以下の差異しかないだろう。そうでなければ子供はできない。


俺のチキュウでのアカデミックな知識からいえば、この異世界の人族と妖精族は同一の種だ。

そう思ってうんうん納得していたところ、もうひとつ大きな特徴を見つけた。

豊かな青髪に隠れてわかりづらかったのだが、垣間見える白い耳がずいぶんと尖っている。なんというか、マンデミラというキョウチクトウ科の園芸植物があるんだが、その花のつぼみを園芸好きの教授に見せられたことがある。

大人の人差し指くらいの円柱状をしたつぼみで、ほころぶという言葉がよく的を射たほどけかたをして開花にいたる。ソーナの耳はその花のほころんだ様を連想させる。


造形からいえば、これは主観的な話しになるが、ホモサピエンスよりも繊細で美しい。

神秘的、といってもいい。


触ってみたくなって手を伸ばしたところ、ソーナが僅かに身じろぎをする。あ、すまんな、起こしちゃったかね……。

もうちょっとがまんしてね、と、遠慮なく耳たぶをつまんでみる。


「……カナエ?」


ソーナの焦点が徐々に合って、瞳孔が大きくなる。

ああ、この燦めく緑色の虹彩は、間違いなく美しい。大陸から離れた小島で進化した熱帯の鳥とかが、特徴的に備えている美的な進化だ。人族と妖精族は同一の祖先を持っていたが、長いこと地理的に離れて世代を重ねたんだな。

俺はそう理解して満足する。たぶん、事実を言い当てているだろう。


「な、に、を、してんのよっ!」


ソーナは素早く俺の手を振り払い、胸に両手を当てて部屋の隅にすっ飛んで逃げる。


え、あれ? あ、何か心外だな。俺って紳士、だよ?


「誤解だよ。僕が見たかったのは、君の耳の形に遺伝的な特徴が……」


「ず、ずっと耳触ってたの? あ、あほっ! 勝手に触るなぁ!」


音速の右フックが繰り出されるが、俺の超感覚がそれを回避させる。ソーナの攻撃は空を切ったが、追撃はない。避けた瞬間に身体の筋に痛みが走ったから、連続技でこられたらまずかった。


「ソーナ、寝ている間、介護してくれてたの?」


俺は感謝を込めて問いかける。ソーナは目覚めの衝撃からしばらく答えない。しだいに自分を取り戻すと、こんどは照れくさくなったらしい。よそを向いて口をとがらせ。目尻が微かに赤くなる。


「しょうがないからお世話したわよ。いいたいことはいっぱいあったけど、死なれても困るしね。あんたが死んだら私がカトーに怒られる、っていったわよね」


「うん。聞いた。でも、ありがとう。世話してくれなくても死ななかったと思うけど、それでもうれ……」


ぐ、ふ、おぉ……


眉間にグーパンチをくらった。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



俺たちの声が聞こえたからか、ララがすぐに上階に上がってきた。

元気に漫才しているのをみると、再び俺に駆け寄って強く抱きしめてくれた。


落ち着いてから、俺は2人に宿屋を出てからの経緯を話した。

見張りはひょろのウーピンだったこと。ウーピンをつけたら『レザーズ・エッジ』のアジトに着いたこと。そのあとの戦闘のあらまし、ガイをたぶん死なせたこと。やつの最後について話すと、ララは優しく俺の背をさすってくれた。

最後に垣間見た腐食のガマィンについて話した。

ガマィンと俺とのつばぜり合いについては、俺自身消化し切れていないから、にらみ合いくらいに説明した。まぁ、見た目にはまさしくにらみ合いだったんだから、間違ってはいない。

そして、負傷してその場を立ち去った。


「なんて危険なことを」


と、ララは少し厳しい目で俺を見た。そんなことでは、長生きできない、と、目で語りかけてくる。


「あのガイの強さは、やつのいっていたグローリー・オブ・パヒュートが、それまでにない力を発揮したからじゃないか」


と、俺は思わず言葉をこぼす。だって、あの強さで個人戦闘力の百傑百柱にかすりもしないなんて、ちょっと信じられない。

なにか共鳴というか、使徒としての俺の存在に反応して本来の力を発揮した、とか。


「なにに反応してそうなったというの? ガイが本気で戦うつもりになったとか? そんな武器があるなんて聞いたことがないけど」


「まぁ、そうだよね」


俺は言葉を引っ込めて、情けなさそうにあたまをかいたりする。おかしなことを口走ったな、と。

だが、傍らのララを見ると、心配して俺を見守りつつ、心ここにあらずで口をつぐんでいる。


「魔術を付与された武器はたくさんあるものよ。でも、特定の相手に性能を変化させるというのは聞いたことがないわね」


「魔法を付与された武器!」


俺は違うことに反応してしまう。

魔法を付与された武器。それはつまりどういうこと? 普通につくった鉄の武器に、魔素を込めて、ウィタの働きを固定するとか、そういうこと?


聞いてみると、だいたいそれであってるという。

ふーむ。

と、すると魔術を付与したペティナイフとか、馬の鞍とか、肌着とか、あかすり棒とか、なんでもつくれるのかしらん。

しかし、この世界にきてこのかた、それほど雑多な魔法機器を見た覚えはない。ここはブトゥーリン王国の王都アヴスということだから、王都でそんな道具が見られないとなると、やはりそんなものはない、のか?


「魔法のあかすり棒……」


ソーナはあきれた目で見ている。

だって、しょうがないだろ、物理的にそれができてしまうことになるじゃんか。


「ウィタをとどめていられるのは、生命体と、特殊な鉱物だけよ。あとの存在はむしろ、魔素を放出している、といわれているのよ。そして、長い年月を経て、魔素の枯渇したものと、温存しているウィタとに別れた」


「ああ、まえにムンド村の尼僧がそのことを教えてくれた。それをそのまま理解すると、魔法のあかすり棒がつくれてしまうんじゃないか?」


「そうね、まず、魔素に働きを持たせる、つまり魔術としての流れを持たせるのは、人の意思の力だといわれている」


「ふむ……」


「意思の力でもってウィタに働きを持たせる術は、どこかの王国の知恵の泉か、それこそ学園都市ブルラーイにしか残っていない」


「ほほう」


「だから、魔法のあかすり棒というのは、古代の遺跡からそれが出てきて、なおかつまだ魔素を失っていないウィタ、特殊な鉱物でつくられていて、発動の仕方がわかるものであれば、そういうこともあるかもしれないわね」


「つまり、そんなものはないわけか」


俺は納得して頷く。


「ないとは言えないわね。世界は広いもの」


そういってララは笑う。


「あるわけないでしょ。どんな魔術を発動するっていうのよ」


「そりゃあ、火が出るとか、湯を凍らすとか、いろいろ……」


「な、い、わ、よ! そんなものは」


はいはい、夢がないね。


「……ともかく、魔法の武器はある。あるけど、俺を見つけて威力が増すってのは考えられないって訳か」


「あたりまえでしょ? なんであんたを狙って、モノが敵意を燃やすのよ。あたまを殴られた後遺症があるんじゃない?」


「じゃあ、あのガイの強さは、普段からあんなんだったって訳か」


「そんなに強かったの?」


と、ララは関心をひかれたのか訊いてくる。


「そうだな……、広い場所で戦ったとして、あの剣風の中にオースンやカトーが近づけたかどうか……」


ララは腕を組んで指を口のあたりに当てる。

あの2人が近づけないとなると、それはつまりララでも厳しいということだ。それがわかったからか、ララは俺のいっていることを真剣に捉えたようだった。


「『レザーズ・エッジ』という冒険者パーティはまったく無名で、私も今回初めて知った。ガイという冒険者がそれほどの腕を持っていたとして、そうね、あるいは王都では有名だったかもしれない。商隊として旅をしている私たちには知る機会がなかったというだけで。

 それでも、百傑百柱に名前が刻まれていない戦士に、商隊の傭兵として日々戦いの経験を積んでいる私たちに刃が立たないとは思えないわね……」


「あんたが弱いだけなんじゃないの?」


「うーん、それはあるんだけど……」


「せめてそのエストックがここにあれば、もう少し調べられたかもしれないけど……」


「なんで持って帰らなかったのよ? 売ったらかなりのお金になったはずなのに。あんたが所有権を主張して売却したら、自分を買い上げられたかもしれないのよ?」


「あのな、そんな余裕のある状況じゃなかったんだよ」


それに俺は、あのエストックには触りたくない。ホウシンという古代王国がどういう位置づけか知らないが、エン・ズーハオとかいう刀匠はまだ生きている可能性があるようなことをガイはいっていた。武器に魔術を付与した刀匠は、どこかで謎の怨念から使徒を狙っているとも限らない。

そんなやつがつくった武器には近づきたくない。


「なーんか、いずれまたその武器を持った敵に襲われるんじゃない? あんた」


ソーナはそんな憎まれ口を叩くが、正直言って、俺もそんな気がする。

だよな、ってかんじで両手のひらをひろげてみせる。



          to be continued !! ★★ →

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