act.42_俺vs腐食のガマィン
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どのくらいの時間ガイの側に突っ立っていたのかわからない。
気がつくと、宿屋の中から黒い煙と、赤い炎がちらちらと立ち上っている。戦闘の最中に壁に掛けられたランプが落ちたんだろう。どこかの部屋か廊下で、木片やなんやを焼いている。
パチパチという音を聞いているうちに、俺は周囲から人の騒ぎ声を聞き取る。さすがに近所の人たちが起きてきたらしい。ドアとか吹っ飛ばして、大声で乱闘したからあたりまえだ
俺はどうにかガイの身体をひっくり返して、ジュリー様の小剣を抜き取る。繊維の束を包丁で切ったような、忘れられそうもない感触が腕に残る。傷口から皮膚を僅かにひきずって刀身が抜ける。引っ張り上げられた皮膚が刃に当たって裂け、黄色い肉が見え、すぐに赤く染まる。もう、血は吹き出さない。
痛ぇだろうな、痛ぇだろうな、って感じで引っこ抜いたんだが、ガイの身体は何の反応もしない。
マントで全身を覆って、暗がりに後退する。まだ、ふらふらとする。怪我をした身体のあちこちにくわえて、目の奥がずんと痛い。脳内出血とか、してないだろうな……。
ふと視界の端に何かが映って、俺は宿屋の上階を見上げる。
破損してない窓が開けられて、そこから誰かが身を乗り出している。いつからそうしていたのか、俺のことを真っ正面からとらえて観察している。
『レザーズ・エッジ』の最後の一人か? チビのアー・キンとかいう……、いや、ちがう。あんな体格じゃなかった。細身ではあるが、チビではない。窓の枠から上半身だけ乗り出しているから、本当の体格はわからない。しかし、腕や胸のバランスから、かなりの長身だと思う。
「おどれ、なんぞなもし?!」
と、そいつが俺に向かって声を上げる。乾いた低い声だ。聞かれて自己紹介でもすると思ってるのか?
こいつがたぶん、3階でいびきをあげていたやつだろう。茶髪の、坊ちゃんカット。またもや逆光で見えるのはそのぐらいだ。
たぶん、ウィタ騎士腐食のガマィン。
あの窓枠から飛び降りて俺を追跡するだろうか? いまはできれば戦いたくない。ここで退場させる計画ではあったが、ランク外の連中と戦ってこれじゃあ、な。さすがに舐めすぎていたというところだ……。
俺はさらに後退する。そろそろガマィンからは見えないはずだ。宿屋の前には人だかりができて、消火に当たる人間もで始めている。集まった町人の中には窓から身を乗り出しているガマィンに声を掛けている人もいるが、やつは俺のことを目に捉えて離さない。
階下で炎が揺らめいて、人々の間に動揺が走る。その一瞬の炎の煌めきが、ガマィンの顔を照らす。
思ったよりも若い、塗り固めたかのような能面だ。
俺はその顔を記憶に焼き付ける。だいたいの背格好も、見える範囲で記憶にたたき込む。
「おどれ、オオラギな? 『レザーズ・エッジ』の奴らぁ言ってた。全員やっつけたんやかー、たいしたもんぞなもし」
やたらのんきな声が後ろから聞こえてくる。本気で感心している声音に聞こえる。
ガイの死と体中の痛みが俺の精神を敵対的なものにしていた。そののんきさが憎らしかった。ガイのやつは全力で襲ってきたのに、こいつはいびきかいて寝てやがった。それなのに、俺の知り合いみたいに気安く話しかけてきやがる。
殺すぞ
俺は魔素を練り、超感覚をガマィンへ伸ばす。悪意のウィタを波動にしてやつへとばす。それでなにができるというわけではないが、そのときはなにか、俺の敵意をガマィンにわからせることができると、そんな予感がした。
いぜん奴隷市場で見たウィタ騎士の纏っていたそれは緑色の穏やかな色をしていた。しかし、俺のからだから筋になって伸びていくそれは、目をこらさなければ見ることができない無色のゆがみだ。水に沈んだ液状のアクリルみたいだ。
それが筋になってガマィンへ伸びていく。
くびり殺してやろうとおもった。俺はそれが何かなんて考えずに、とにかくマヌケな敵を黙らせようと考えた。
暗い目でガマィンとウィタの流れをにらみつけ、その先端がやつに到達するのをいまかと見守る。
と、やつは何かに気がつく。俺から目を離し暗闇のそこかしこに目をこらす。
透明な筋がやつに届く寸前、それに気がついて、無造作に開いた掌を向ける。やつの掌が緑色に鈍くひかり……、衝突する。
俺にはそれが見えている。
じりじりと退けられていく透明な波動。ときおり押されながらも、ついには優性になり輝きを増すやつのウィタ。
やがて俺のからだから伸びるウィタのゆがみは途切れて霧散する。だめか……
うぐ、は……、急速に疲労感が増して、俺は思わず膝をつく。手放しそうになる意識を必死で呼び止めながら、ガマィンを睨む。
「……こいと……、呪いやかー。しょうに重ちゃ、危険な感じがするぞなもし。おどれ、すんぐにいかーよ、待っとけぞなもし」
待つわけねぇだろ。ちくしょう。
俺は無理矢理立ち上がって、ゆっくりと駆け出す。
足跡をできるだけ残さないように、と、妙に冷静な計算も働いている。のこったカロリーを脳に全部おくって、繊細な計算だけに集中しているみたいだ。
途中で民家の三和土に乗ったりして、あるかないかの足跡も残さないように気をつける。
それでもまだ、あの奇妙な方言に訳されているやつの言葉が、いつまでも後ろから追ってきているような気分から逃げられない。
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でたらめに路地を進んで、1時間はそうしていたかもしれない。追われている気配など、すっかり考えられなくなっていた。
振り返って周囲をうかがうが、深夜の町中に人の気配はない。草木の一本まで夢を見ているばかりだ。
俺は安心したとたんに、また視界が暗くなるのを感じる。身体に力が入らなくなり、跪き、顔面から石畳に沈み込む。
まぶたを閉じる気力もない。
摩耗しすり減った石畳の上には、小さい窪みが無数に空いていて、それらに隙間なく塵埃がつまっている。
石と石との継ぎ目には名前も知らない草が、細い葉を伸ばしている。
どこからかガタゴトと雨戸を動かす音がする。
パン屋か何かだろうか。街が起き出している。不思議なほど冷静にそれを理解して、手をついて起き上がる。
斜め向かいの家の2階で、雨戸が外されて住人の寝ぼけ眼が窓から覗く。路上の俺には気付かずに、すぐに引っ込んで消える。
奥の方でランプをつけたらしく、ぼんやりと暖色の明かりが漏れてくる。
まだ、まだ、ここで意識を手放すわけにはいかない。こんな場所で意識を失ったら、目を覚ましたときどうなってるかわかったもんじゃない。
民家から視線を離し、斬られた脇腹を押さえながら路地を引き返していく。
……あしが、重い。あたまが、痛ぇ。
気がつくと見覚えのある場所にたどり着いている。
バルバステラ侯爵家御用達の宿屋だ。
俺はシャーリーを杖の代わりに、最後の力を振り絞って正面へ進む。
もう、目のまえがチカチカして、ものの輪郭がよくわからん。今日は、実に仕事したな……と、混乱した思いが錯綜する。
集中が途切れて、シャーリーが路上の小石に躓く。
……あ、もうあかん。
最後の景色の中で、宿屋のドアが開いたように見えた。
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「あ、いま寝てました」
俺は素早く身を起こして、隣に座る人に申告する。
だれだっけ? 髪がくすんだ茶色で、瞳が赤い。瞳が赤い? カラコンか? いや、ちがう、カラコンでこんな澄んだ透明感のある瞳にはできまい。
あ、まてよ、こいつは、ジュリー様じゃないか。
急速に脳が働き出して、俺は正気付く。
部屋の中をうかがい、入り口近くのドアに黒人アフロがたっているのがわかる。
ってことはまだ宿屋にいる。
いや、まだ、じゃない。俺は宿屋にたどり着いたんだな。よくもまぁ、あれだけの混乱の中で……、さすが俺。
俺はベッドに半身を埋め、シーツをかぶっている。覆われたなかから両手を素早く出して、何となく確かめる。
よし、打ち身や切り傷はあるが、別に何ともない。無事だ。
生きてる。生きてるな……。
目を強くつぶり、起きたことを思い起こすようにして身を丸める。
あ、人を、殺したんだったな……。
思い当たった途端に、じりじりと胸の中心が不快になり、全身がつよく脈打つ。
遠い記憶がゆっくりと呼び起こされていくようにして、俺はなにか背中のあたりに暖かいものが触れて、ゆっくりと上下に動いていることに気がつく。
この感じは、だれか女の手だな……、と、俺は不思議と気が落ち着いて目を開ける。
「もう大丈夫です」
力のこもった赤い瞳が俺をまっすぐに見ている。
「そうですか。とりあえず任務は成功でした」
俺は蕩々と成果を報告しようと試みる。
「ゴッザムトに雇われていた冒険者たちは当分戦えないはずです。これでしばらくは時間が稼げたでしょう。多少、街の施設にも損害が出ましたが、侯爵家の名前が出るようなことはしていません。アジトを見つけて相手の勢力を削ってくるという、当初の目的は成功じゃないかな。僕は二人に状況を説明しますので、これでいったん失礼しますね」
よいしょ、と、ベッドから降りようとして、脇腹に電撃が走る。
「う、ごえぇぇぇぇ! いってぇぇ! なんなんこれ!」
衝撃で力が抜けて、俺はベッドから転げ落ち……、褐色の腕が素早く伸びて、俺の胸あたりを支える。
「あ、すまんね。ありがとう」
「もう、大丈夫ですから。ここは安全です」
ジュリー様は俺の身体をゆっくりと起こして、もう一度ベッドに座らせる。
「脇腹の傷はかなりの深手でした。その、頬と顎のあたりの傷も。ですが、大丈夫です。きちんとした回復魔術師に治療させ、医者にも診せてあります。心配はいりませんよ」
「そう、ですか?」
「まだ実感が湧かないみたいですね。あなたがここに運ばれてから今日で2日目です」
は? 2日目? ってことは……
「ゴッザムトからはいったん交渉しようと使者がきました」
ジュリー様は俺から片時も目を離さない。
何かを負ったような、感謝の目だ。
「交渉、ですか? でも、ガマィンには……」
「ウィタ騎士のガマィンがそうするよう勧めたようです。青絹にかんする紛争はライフストリーム教会預かりにて、調停の課程に入る予定です。さきほど、実家のほうへもその旨を伝える使者を出したのです。カナエは私たちの恩人です。返しきれない借りができましたね……、ありがとう」
ジュリー様は俺のほうへ身を乗り出す。いちど、怖れるように身をとめ、それから迷いなく俺の身体を強く抱く。
ドアの方から微かな物音がする。そうだよな、モウラはこんなの気に入らないよな。は、は……。
そうか。ガマィンのやつ、日和ったか。
思った通りだ。
ってことは……、俺の勝ちだな! はははは!
いや~やっぱ、俺すごいわ。こうなると思ったもんなぁ! いやいや、おごれるものは久しからずというけど、無理でしょ!
勝ちすぎて! 驕っちゃうわ、しかたないよね~! 驕らないようにするのが難しい、うん。
はぁ~そっか。ゴッザムトは退いたか。
疲れたな。
人間と武器もって戦ったりすると、めちゃくちゃ疲れる。
to be continued !! ★★ →




