act.40_俺vs『レザーズ・エッジ』 其の2
ガイは冒険者ギルド前で初めて会ったときから印象は変わらない。
熊みたいな体格で、胸毛が肌着の隙間からわさわさはみ出ている。短足でO脚だ。階段の踊り場から見上げているからそんなこんながよく見える。十二神将みたいな感じだ。なかなか風格あるよ。
襲撃の指揮でもとるつもりだったんだろうか。慌てて部屋を飛び出てきた印象を受けない。
胸当てと篭手をつけていて、利き手、左手に幅広の針みたいな細長い剣、エストックを持っている。
……は? エストック?
ちょっとまて、まてよ? なんでこの巨体でエストック?
何かおかしい、理由があるはずだ。
なんだ、どういう理由で、バトルハンマーとかブロードアックスじゃなくて、細身の剣なんて持ってるんだ? こいつの筋肉なら鉄の塊みたいな武器をぶんぶん振り回せるだろ。その武器がまきちらすであろう建屋の破片だけでも、俺には脅威なんだが。
ウーピンの武器か? ウーピンとかなら体格からかんがえて相性が良さそうだ。しかし、この毛むくじゃらの熊が持ってると、おもちゃみたいに頼りなく見える。
「こいつが気になるか?」
と、ガイがエストックを眼前に掲げる。
「こいつはなかなかの歴史を持った名剣でな。グローリー・オブ・パヒュートってんだ」
それで? って感じで、俺は肩をすくめてみせる。正直聞いてみたい話題だ。これから俺がそのパヒュートの栄光とかいう剣で切り刻まれるんだとしても、だ。
「百聞は一見にしかずってな、まぁ見てみろ」
そういってガイはエストックをもった手に力を込める。
いや、そう感じられているだけで、実際は腕の筋肉に変化はないのかもしれない。
しかし、俺の第六感はそいつをクリアーに感じ取る。ガイの腕とエストックとがより強固に”繋が”って、鈍く光る。あ、魔素を練っているんだ、まえに尼僧のヨアンナや南門兵士のチェスが魔術を使ったときも、似たような現象を感じ取った。
ガイの練る魔素はエストックと腕と、肩までを厚く覆ってウィタの輝きを放つ。太陽のコロナみたいな、動きのある光だ。
なんだかやばそうだな。こいつが手強いだなんてのは予想外だった。考えてみれば、おかしな話しじゃないのだが……。
「この剣はな、遙か東の国、そこでは15の小国家が互いに牽制し合い戦争を繰り返してるんだが、かつてはホウシンという名の巨大な帝国だった、そこに残されたかつての栄光の残渣、地底宮殿の迷宮で見つけたのよ。おれたち『レザーズ・エッジ』がな」
ガイがエストックを振るう。
う、お……。いま、エストックの光跡が走った!
すげぇ。剣を振るうと、空間が輝く!
どうなってんだ、なにが光ってるの? 大気中のマグネシウム?
ガイは俺の反応を見て得意げに髭を絞る。
それから腰を深く下げて、剣技の構えをとる。準備運動のようにエストックを素早く振るう。
ピキピキピキッ!
俺の目に光跡が焼き付く。素早く振るうことで、より激しい光が放たれる。
むちゃくちゃはやい剣捌きだ。そりゃそうだ、この巨体で細いエストック。重さなんてほとんど感じてないかもしれない。
しかし……、細身といっても長さは120センチはある。俺の身長よりもちょっと短いくらいだ。
こいつは、脅威だ。
そして……、エストックの軌道にあった、階段の装飾がぬるりとずれ落ちる。床に落ち重い衝撃音を鳴らす。
切れ味も抜群。乾ききった木材を、抵抗もなく切断している。腕に衝撃すら感じてないかもしれない。
この筋肉ダルマ、危険である。
ここは交渉で何とか……
「なぁ、俺、じつはお前たちと話し合いたくてさ……」
「おめぇ、さっきウーピンの悲鳴と、ヨアヒムのやつのうなり声が聞こえたが、服に血しぶきを受けてるぞ?」
「あ、なんか鼻血がでたとかでさ、ティッシュをあげたんだよね」
「なぁんだ、そうなのか。それはありがてぇ。じゃあ、まぁ、とりあえず、死ね」
筋肉が素早く腕を交差させ、大ジャンプで飛び降りてくる!
う、うぉぉぉ! 落石だよ!
俺は慌てて手すりをまたいで階下へ飛び降りる、が、背後ですさまじい衝突音が響いて、飛び散った木片が背中にばしばし当たる!
必死で踏ん張って床に降り立つが、片足が滑り膝をついてしまう。
バランスを崩したまま振り返ると、舞い上がった埃の中から筋肉が飛び出してくる! やべぇ! やべぇ!
筋肉がエストックで木片を凪ぐ、光が瞬き、空気が両断される。その隙間から熊の無感情な顔がこっちに突進してくる。
「うぉぉぅ!」
俺は身体を無理矢理方向転換させて、カウンターの上に飛び乗り、片手で身を翻す。
そのすぐ下をエストックが光の速さで走っていく!
も、もう1回転ンンンッッ! と、カウンターについた腕を無理矢理突き伸ばして身体を後方へ踊らせる。曲げた脚のすぐ下を、またもやエストックが一閃、二閃! うぅ! ふくらはぎをかすった! 脚が吹っ飛んだんじゃ……
俺は蹴破ったドアの辺りに着地するが、無意識にきられた脚をかばっている。てか、脚、ついてるか?
あ、大丈夫、大丈夫だ。落ち着け。まだあわ、慌てる時間じゃなぬ。
右足のふくらはぎからは血が垂れているが、ぬるりと切断されたりしない。感覚も、ある。
ガイはまたもやまとわりつく埃や破片をエストックで切り払いながら前に進み出てくる。目をひん剥いた熊だ、話が通じる感じがぜんぜんしない。周りの安全なんて一顧だにしない。獲物である俺を一心に睨みつけて、ゆっくりと近づいてくる。
これ以上は後ろへ逃げられない、と俺は気付く。外に出たら何の遮蔽物もない。
ガイは遮蔽物をがんがん破壊して前進してくるが、それだってなにもないよりは遙かにましだ。外に出たら間断なく光速の攻撃を避け続けなければならない。
「なぁ? エストックって刺突する武器なんじゃないのか? そんなんで、壊れないの?」
話しかけるとガイは瞬きをして、理性を僅かに甦らせる……、が、にっこりと笑ってからまた元の無表情に戻る。
利き手の指を狙おう、と、俺はその間に狙いを決める。てか、拳を完全に破壊しよう。ワンチャンスだが、方法も、ある。
俺はシャーリーを構え、ガイに相対する。
ガイはピュンピュンとエストックを振りながら、隙をうかがって立ち位置を変える。
ランプの暖色の明かりが、そのたびに蛍光の輝きに切断され、熊の無表情を浮かび上がらせる。
気をつけろよ、俺。ガイは間違いなく体術も化けモンだからな……。
俺は慎重にすり足で距離を詰める。あまり離れていると、てか、ガイはそれを狙っているが、また大ジャンプで強襲されちまう。平面の空間であれをやられたら、防ぎようがない。
俺はその距離を殺して、さらに反撃できる位置取りを探す。
全身に汗が噴き出す。
こんなに暑い夜だったっけ……。
そのとき、ガイがふと動きを止める。一瞬だけ、足下へ視線を向ける。
そうだ、そこにカウンターにいたハゲが倒れてんだよっ!
俺はすでに駆けだしている。
空気が、重い!
膝をあげ、一歩、進む、ガイは目を起こし、俺を視線で捕まえる。
やつの棍棒みたいな腕が筋肉を巡らせて、エストックを振るう動作が始まる。
俺はさらに一歩、足を踏みこま、、、エストックがもう走り出している!
「うぉぉぉぉ!」
おもわず叫び声を上げていた。
俺はグローリー・オブ・パヒュートを打ち上げるようにシャーリーを突き上げる。
あたれぇぇ! エストックが俺の懐に、はい、は、捉えた!
ガッ!
鈍い音を立ててシャーリーがエストックを跳ね上げる。
よし! 切断されない!
ガイが驚愕の表情を浮かべながら、腕に力を込め直そうとする、が、俺の狙いは、そのやらしい拳だ。
ブチッと、鈍い音を立て、シャーリーがガイの腕を打つ。
俺は成果を確かめようとしないで、ガイの背後に回り込む。もういちどカウンターの上で片腕をついて、回転、背後へ飛び降りる。
ガイはエストックを落とさないが、握った拳を確かめるように動作の途中で停止している。
やつの拳は……、バキバキだ。
折れた骨にはさまってエストックが落ちないだけだ。見ている目のまえで、重心を捉え損なってエストックがこぼれ落ちる。
ププッと血が噴き出し、床から鈍い音が響く。
ガイはあのエストックの切れ味になれすぎていたんだ。
だから、シャーリーが切断されなかったとき、その手応えに僅かでもバランスを崩した。まさか、シャーリーが切断されないだなんて思いもしなかったんだろう。
まぁ、俺としても賭でしかなかったが……。シャーリーが切断されないという、根拠のない予想にベットした、賭け。
ガイはぐちゃぐちゃになった左拳から目を離して、俺を見る。
「『マッスル・マーチャンターズ』の、カナエっていったか。やるなぁ。まさか、こいつで切断できない棍棒なんてな。なにでできてるんだ、それ? そいつも古代につくられた業物か? そうは見えねぇが……」
半笑いだが、ときおりやつは顔をしかめる。あたりまえだ、むちゃくちゃ痛いはずだ。骨も神経もぐちゃぐちゃだ。
「なぁ、おっさん。俺は別に、あんたを死なせたいわけじゃない。しばらく戦闘不能だって、あんたが自分自身でそう判断してくれたら、それで十分なんだが」
「俺はお前を殺さないと気が済まないよ。なにやらそんな使命みたいなものを感じる」
「使命?」
俺はきになって動きを止める。使命? ひょっとしてこいつも何か紐付いて行動してるとか? いや、まさかな?
「昔、昔っていっても600年は前だ、ホウシンに、エン・ズーハオという刀匠がいてな、いや、いまもどこかにいるらしいんだが、時代的に、ちょっと信じられねぇ話しなんだが。とにかく、そのズーハオがな、このエストックをつくったんだが、そいつがこう言ったんだ。ホシの声を聞いて剣をつくる、ってな。ホシに囁かれながら、1本1本の恐ろしい武器を作り上げていったんだ。だから、業モンができあがるのはホシの意思だって、そういったらしい」
興味深い話しだ。
俺は黙って聞く。
「俺はそれをよく考える。とくに、このグローリー・オブ・パヒュートを手に入れてからは、なんども、なんども。それが、今夜は、何か気持ちがこう、浮き足立つんだよ。うれしいような、憎いような、急くような気分だ。なんていうか、てめぇを見たときに、こいつだ、って感じたんだ。てめぇを殺すためにこのエストックはつくられたんじゃないかって、そんな気がする」
ガイは床に落ちたエストックを右手で拾い上げる。
「それで、1階でおまえらがもみ合ってるときにこのエストックをつかんでな、そこでちょっと固まっちまった。ウーピンとヨアヒムが戦ってるのにな。不思議なもんだ。だが、そうやってじっとしていたら、やがてお前が階段を上がってきた。で、おまえを見たときに、いま言ったことを感じたのさ、ああ、こいつだってな」
「お前は俺を殺す気はねぇっていう。俺も実は、お前のことはちょっと気に入っていた。ギルド前であったときからだ。あの嬢ちゃんは元気か? 妖精族のハーフなんだってな。回復魔法が使える妖精族と人族のハーフ、なかなか珍しい娘っこだ。
ゴッザムトの王子から仕事を受けたときもな、お前らが護衛だと知って、まぁ、教訓ぐらいは与えてやるが、どこか見逃せる状況の時点で、逃がしてやろうと思ってたのさ。……ところが、だ。教訓を与えられるような隙がねぇ。そりゃあ、コリー族の女やあの騎士もなかなかのもんだが、もうひとり、異常に勘の鋭いガキがいやがる。
そいつはつい先日冒険者登録したばかりで、全くの無名、黒髪ってのは珍しいが、調子のいいだけのガキだったはずだ。遭遇してみると、俺の武器とそいつに慣れ親しんだ身体が、喜びと憎しみで震えるんだ。おかしな話しだ。おまえはいったい何なんだ?」
「奴隷だよ。孤児らしいな」
ガイはやめろとばかりに、にやにやと口を半開きにして首を振る。
気に入らない答えだったか? だがこれは事実なんだぜ? すくなくとも、お前の住む世界の理で考える限りは。
to be continued !! ★★ →




