act.39_俺vs『レザーズ・エッジ』 其の1
建屋内が見えてくる。
ドアを視界に入れたカウンターに頬杖をついた男がいる。
驚いた顔で俺のことを見ている。
「なにもろいドア、据え付けてコラッ!」
俺は何となく恥ずかしくて、無理矢理怒鳴りつける。
「お、おお! すまん……? く、くせぇ!」
カウンターの男は驚愕してしどろもどろしている。
俺は遠慮なくどかどか歩いて近づき、そいつの薄い頭髪をつかむ。顔を近づけて、耳元に罵声を浴びせる。
「こんどドア鍵もつけねぇで、開くじゃねぇか! ソォイッ!」
いいながらカウンターにそいつのあたまをたたきつける。
男はもがきながらも、ぶつかった途端に飛び上がって、反動で後ろに倒れ込む。カウンターから何か破片が飛んで、壁にぽつぽつぶつかる。
あ、歯じゃん。
男は気絶したのか動かない。
怒り狂った10才の少年に顎砕かれて気絶する40ぐらいのおっさん。
この世界では入れ歯とかあるのかな。
入ってすぐの場所は、旅館のホールぐらいの広さで、家具なんかはなにもない。
他には誰もいない。
耳をすましてもしーんとして物音一つしない。ちょっとカビの匂いがするね。
それだけだ。
あれ?
奇襲成功か?
男のあたまをたたきつけた手がジーンとしている。指の間に頭髪がごそっと絡まっている。すまんな、すまん。
床の上で、男の身体が返事をするようにビクンビクンと痙攣する。
そのときようやく、そろーり、って感じで、上の階から衣擦れの音がする。同時に、それとは別にカウンターの奥にあるドアが開き、ゆっくりと無精髭の顔が伸びてくる。
見覚えのある顔だ。あ、今し方入っていったひょろのウーピンだ。怪訝そうに俺を見ているが、まだ誰だか思い当たってない。
よし、まずは一人。
俺はウーピンと目を合わせたまま、まっすぐにやつへ近づいていく。
「……あ! て、てめぇは! な、なんだっ、く、くせぇ! ヘドロまみれじゃねぇか」
ウーピン、ここで耐えきれずポンです。
俺はシャーリーを手に取り、駆け出す。
ウーピン、目をひん剥いて室内にあたまを引っ込める。武器を取る気だな!
ほとんど間髪をいれずに部屋の中へ飛び込むと、ウーピンは片足で飛び跳ねながらパンツをはこうとしている。全裸じゃん。
「ち、ちきしょう!」
ぴょんぴょんしながら、顔を真っ赤にしている。
きったねぇ裸だな。あ、かぶってる。もじゃもじゃの中から垣間見えちゃったぜ。バランスをとろうとして片足立ちしているから、恥ずかしがり屋さんもぶらんぶらんしてる。ははっ活きがいいな!
「てめぇ、こんなことをしてどうなるか……」
てか風呂桶とかないだろ、なにしようとしてたんだよ……。ナニか……。
俺はまたしても遠慮なくウーピンに近づく。ウーピンはパンツをはくのをあきらめて、素手で局部を隠している。
が、シャーリーの射程に入りかけると、手を離して格闘の構えを見せる。
エンジョイ&エキサイティングっってかんじで、俺も堂々と構えをとる。
「まさか、ガキ一人で乗り込んできやがるとはなっ! わざわざこなくてもすぐにあの世に送ってやったのに!」
お、言質が取れたな。やはり、『レザーズ・エッジ』は俺たちを襲うつもりだったわけだ。
いやぁ、じつはその確証の最後の一つがなくて、こうして乗り込んでおきながら、無関係だったらどうしようと思ってたんだよね。
ウーピン、いいやつじゃん。
「すでに国王にもしれているし、ここにもすぐに憲兵隊がやってくるぞ。おとなしく捕縛されろ。お前らの悪事はもう昨日生まれた赤子ですらみんな知っている」
俺は無表情を装ってウーピンを脅す。
「な、悪事? どの悪事だよ……」
よしよし、動揺してる。
何の悪事かよく考えてみろ。俺にはわからんが何か思いあたりがあるだろう。
「ともかく、てめぇは道連れだっ!」
そういって突っ込んでくるウーピン! おいおい、短絡的すぎだろ。人のことあまり言えないが……。
右目に突き入れられる手刀を紙一重で躱し、俺は身体をやつの股下に滑り込ませる。頬の辺りに何かがぶつかるが、なにかはわかんないんだぜ!
ウーピンは俺を蹴り上げようと重心をずらすが、利き足を蹴り上げさせる前に、俺はもう背後に回り距離をとっている。
ウーピン、向き直りどんどん距離を詰めてくる。シャーリーをコンパクトに振って、膝辺りをねらうが、これはあっさりかわされる。
飛び退り、ふたたびすり足で距離を詰めてくるウーピン。
手刀が胸元から直線的に伸びてくるから、俺はそれをシャーリーで払いのけるのが難しい。
一発でも当たればおたがいに相当のダメージだ。すぐに二人とも汗だくになる。
「おう! 見張りがやられているぞ!」
と、カウンターの方から声が聞こえ、どうやら2階にいたやつが降りてきたらしい。
ウーピンの目に喜色がやどり、叫び声でもあげようとして息を吸う。
俺は電撃的に身体を飛び込ませる。
「ぜ!!」
ウーピンは吸った息を全部はいて、全身の筋肉に力を込める。飛び膝蹴りで迎え撃ってくる!
「破裂しろぉぉ!」
俺は光速で魔素を巡らせ、突き上げられてくるやつの膝に手を添え……、解放する!
バシィン!!
激しい衝撃に俺は空中でバランスを崩す。見当識を失って、身体が泳いでしまう。
そのまま床にたたきつけられて、肩の辺りに激しい痛みを感じる。
だが、視界の端では、爆発の魔術をくらって激しくつんのめるウーピンを捉えている。
もんどりうって床に倒れ、膝を押さえたまま呻いている。
押さえ込んだ指の間から、ぴぴっっと何かが飛び、目で追うと、床に血しぶきが散っている。
俺は一瞬我を失う。動脈を損傷したな……。
あたまが真っ白になり、冷や汗が出る。
やべーことしちまったってかんじで、罪の意識が強烈に精神に凭れ掛けてくる。ウーピン、2度と立てないんじゃないか?
それどころか致命傷かもしれない。
だが……、まだあと4人いる。
やり遂げないと……。
真っ赤な顔で膝を押さえ込み、叫び声すら上げられないでいる全裸の男から目を離して、俺はドアの脇へ身を寄せる。
「……なんだ、いまの音は?!」
そりゃあ聞かれるよな。ドスドスと足音をたてながら男が近づいてくる。
『レザーズ。エッジ』はリーダーのガイ、ひょろのウーピン、あとは……
名前は忘れたが、チビとデブのおっさんだ。この荒々しい歩き方からして、こいつは、デブの方だろっ!
そう結論づけながら、俺は廊下と部屋を仕切る壁面にシャーリーをたたき込む。
バカンッ! と、激しい破壊音を立てて板材が吹き飛ぶ。その先に、浅いが肉を打つ感触がある。
「ぎゅお!」
と、いいながらデブが重心を反らせながら後退する。
「デブのヨアヒムとかいったか」
俺はできるだけ冷酷に声を掛ける。
「ちょいポチャだろぉが!」
ヨアヒムは鬼の形相で俺をロックオンし、突撃してくる。やべぇ、これはやべぇ!
俺は慌てて室内に後退する。
ドゴォォン! バキャバキャッ!
埃と木片を巻き上げながらヨアヒムの巨体が室内に躍り込んでくる。
ドアが吹き飛んで、きりきり舞いをしながら廊下の床へ沈む。軽自動車が突っ込んだあとみたいな穴が、壁に空いている。
こういう相手は相性が悪いかもな……、あたまのどこかが冷静に働いて、俺は筋肉ダルマのヨアヒムを観察する。
やつは室内に飛び込んだあと、ハンマーみたいにごつごつと皮の厚い肩をそびやかして、室内に視線を渡らせる。
床に転がったウーピンを見つけるが、気の毒そうに眉をひそめるだけで近寄ったりしない。
「殺したのか。女ができたばっかりで喜んでたのに……」
などと言わなくていいことを呟く。死んでねぇし……。
情に厚いみたいだし、ちょっと会話してみるか。
「まだ死んでねぇよ? すぐに医者に診せれば十分助かる」
「てめぇ、そんなこと言って、しゃがみ込んだ俺を襲うつもりだろう?! 臭いでわかるぞ!」
「臭いは関係ないだろ! いや。俺だって、こいつに死なれたら後味悪いし。あんたがここを離脱して、ウーピンさんとやらも助かってくれたほうがいい」
「なにぃ……、本気か?」
お、わりとあっさり交渉成立か?
あと一押しだな。
「仲が良かったのか?」
「おお、無二の親友だ。死んだら、きさまを必ず殺す」
「無二の親友か。親友ってのは、得がたいものだよな。欲しいからって手に入るものじゃない。親友を得るというのは、男の人生の救いみたいなもんだ……。俺も少年の頃に失ったあいつがまだ生きていたら、今ごろまっとうな暮らしをしていたのかもな……」
などと供述しながら、俺はシャーリーを床に立てる。
「連れてけ。早く。まだ間に合う。そのかわり、もう俺たちにつきまとうな」
ヨアヒムの顔が怪訝そうに俺をうかがう。あ、ちがう。こいつ泣きそうになってる。男泣きだ。
「親友を失ったのか……。辛い人生だな。よし、そんなやつを疑うわけにはいかねぇ。信用するぞ」
いいながらヨアヒムはウーピンに走り寄って、意識を確認する。
まだ真っ赤な顔して耐えているのだとわかると、親友に声を掛けてから、ひょいと担いで俺から離れていく。
正面を向いたまま二歩三歩と後退し、廊下までくると、俺に小さく頭を下げてから、奥へと走り去っていく。
ドスドスいう足音はあっという間に聞こえなくなる。
急げよ~! きっと間に合うさ。楽勝楽勝。
しかし、ヨアヒムのやつ、冒険者ギルドかゴッザムト公爵家から受けた依頼かしらないが、こんな簡単に放棄してかまわないのか? それくらいウーピンのことが大事なのか。
まぁ、いい。
これで2名脱落。
あとは本命のガマィン、ガイ、恥部、じゃなくてチビの3人だ。
この期に及んでガマィンが出てこない以上、ここにはいないのかもしれない。
しかし、油断は禁物だ。
俺は身体の動きを停止させて、建物内部の気配を探る。
どうも3階建ての構造になっているみたいで、さっきヨアヒムが2階でたてていた物音よりももっと上の方から、低い断続的な音が響いている。
これはあれだ、いびきだな。下階でこれだけごたごたやっていても、まだ熟睡しているやつがいる。なかなか剛胆なやつだ。ドアとか吹っ飛ばして、建屋全体が揺れたような気がするが。
そういう豪傑に俺の細腕で挑戦するのは気が進まないが、ここに来たのは相手の戦力を削るためだ。放っておくわけにはいかん。
俺はシャーリーを握り直して慎重に廊下へ移動する。左右上下ABを確認するが、誰もいない。
ヨアヒムの奴らは裏口からでていったらしくて、侵入してきたのとは違う方向から蝶番のの軋む音がする。開けっ放しで出て行きやがったな。
俺はホールにもどりカウンターの下を覗きこむ。よしよし、まだそこでおねんねしているな。いい子だ。
階段へ視線を飛ばす。べつになんてこともない。だれの気配もしない。
踊り場にランプが一つすえられていて、その火が揺らめいている。ちょっと安物の油を使っているらしく、階段がつけられた吹き抜けの上の方へ煤が立ち上っている。なにかの植物の臭いもしている。それから俺の全身からドブみたいなすえた……、いや、そんな臭いはしない。気のせいだ。
俺は階段を上がり2階の踊り場に出る。
折り返して背後へ伸びる廊下に4つのドア並んでいるが、誰もいない、気がする。
なんていうか、すべてが静止している感じだ。微かにも動いている存在がない。それを俺は知覚して、はたしてなんの感覚器で感じ取っているのかしらんとか思いながら、3階に上がる。
折り返した階段から上を見上げると、ガイが仁王立ちしている。
目を見開いて俺を睨んでいる。
おお、ちょっとびびったぜ。
こいつの存在を感じ取れなかった。
to be continued !! ★★ →




