act.4_自由を剥奪
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俺はいま、澄んだ空気の田舎道を歩きながら、余暇を満喫している。
道連れも多数いて、みなでわいわいがやがや、とはいかないが、それなりに、フレンドリー、でもないが、賑やかではある。
というか、俺の周りにいろんなやつが入れ替わり立ち替わりやってきて、怪訝そうに見たり、笑ったり、つばを吐いたり、様々な反応をして、去って行く。
あれから、オッスの背後に隊商らしき集団が現れ、そこには人間もいたが、けっきょく言葉は通じず仕舞いで、俺はオッスに縛られたまま、いろんなメンバーに引き合わされた。いや、引き合わされたといったら語弊があるかもしれない。そうだな、まるっきり見世物にされた。
隊商のメンツは人間が7割、犬人が3割といったところか。人間の人種は地球でいえば、いろいろ混じってる。肌の色でいえば、白色、黄色、褐色、より黒っぽい、つまり黒人らしき人物も混じっている。
この世界では、青っぽい髪のやつや、緑っぽい髪のやつがいる。肌の色と髪の色とは遺伝的に繋がりがありそうだ。どいつとどいつが血縁ありそうだとか、なんとなくだがわかる。
だいたい10家族ぐらいの集団じゃないかな。はぐれものっぽいやつもいる。
犬人の女性や子供ももちろんいる。
犬人は用心棒みたいなポジションかもしれない。
武器を持っていない人間はいたが、犬人はみな、ハチェットを持っていた。そして軽装の防具も着けている。
顔に古傷のある歴戦の犬もいて、目つきが尋常じゃない。俺みたいなか弱い子供に対して、一切興味のない顔しながらだるそうに警戒している。
現代の日本にいたら、極道以外の何者でもないやつな。
そんなやつはブルドッグみたいな顔だろうと思うかもしれないが、そいつもコリー犬だ。
犬族とは、コリー族なんだろう。
それはともかく、いろいろ話しかけたあげく、こいつはダメだと思われたのか、シャーリーとマントを取り上げられた俺は、荷車の一つに鎖でつながれた。じゃあ、その荷物満載の荷車を俺が引いて歩くのかとおもったが、そうじゃあなかった。
この世界の標準なのかはわからないが、馬に相当する生き物があとから現れた。俺はそいつを見て、さらにぶったまげる。
あのさぁ、某恐竜テーマパーク映画で、ラプトルっていう鳥とトカゲの中間みたいな生き物出てくるじゃん。あれをもっと筋肉質にして、羽を体中に生やした生き物、わかるかな。
そんなやつが、のこのこ出てきたのだ。
鳥トカゲっていうんですかね。まぁ鳥類なんだろうな。黒っぽいもふもふした羽が、首筋の辺りで極彩色になっていて、光を受けると虹色に反射する。クックッ、と鳩のようでいて鳩よりもずっと低い声で鳴く。甘えているのか警戒しているのか俄にはわからない。
退化した手があって、そこの骨に掛ける形でハーネスをつけてる。荷車一つ毎に2頭の鳥トカゲが繋がれる。
こいつらが疾走、したら、おれは引き回されて死亡だとおもうが、のろのろ歩く。全力で走ったら相当早いと思うが、これだけの荷物を引いていたら、すぐに体力がなくなるんだろう。
御者が荷車の先頭に立っていて、そこから手綱を操作して鳥トカゲを御す。
おれはその脇を縛られたままとぼとぼ歩く。
俺、いなくてよくね?
俺がここにいる意味ってなんですかね?
糞ワロス。
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そのまま、3時間ぐらい歩かされた。
隊商は町と町のあいだでも歩いてるのか、人気のない荒れ地を進んでいる。
俺が最初にこの世界に出現した森を横目に、低地から抜け出して、台地に出た。台地の上は丘陵地になっていて、ところどころ岩の露出した不毛の地だ。
カルスト台地なのかもしれない。
よく観察していると、露出した岩は白っぽくて、深くくぼんだ場所もある。地下が崩落しているのかもしれない。
俺がオッスと遭遇した辺りは、カルスト台地がおわり、平地が始まる場所だったのだ。その境となる、谷のあいまに麦畑がある、そんな感じだ。
で、いまはその麦畑を背にして、ずいずいと台地に進んでいるから、この先は牧地とかが広がっているのかもな。
牧草地なんていうのは、あまり大きな王権が生まれない土地だ。
富の蓄積が難しいから。
ここでいう富とは保存のきく食料だ。貨幣経済が浸透する前は保存できる食べ物が経済の基礎になっていた。四季のある土地では、乾燥させて冬を越せるもの、雨期のある土地では発酵させて腐食を防げるもの。
それらは人を動かすことができる。それらを多く持っている者は、社会に対して貸しがあるにひとしい。社会から労働力や生産物を取り出すことができる。
ひょっとしたら、馬車道を整備した王権とは違う統治機構なのかもしれない。この土地柄では、大規模な工事を行えるほどの労働力を維持することはできないだろう。
やはり、広大な土地で穀物を生産できないと、この、とぼとぼ歩いている道は舗装することができない。人間か犬族を集めて、工事をせよと命令することができない。
よって、俺が向かっているのはまずしい町だろう。
などと考えているときに、後ろから追いついてきた子供に声を掛けられる。
人間の少女だ。ちょっと入れ墨みたいな隈があるが……。
「***、****?」
その子は不思議そうに俺を観察しながら、話しかけてくる。
どこから来たの? とか、そんな感じだ。
「地球の日本って国だよ」
「****?」
「ああ、言葉がわかんないな。俺も君がなにをしゃべってるのかわからない」
「……」
「残念だな、この集団がどんな集団で、どんな世界があって、どうやって生きてるのか、知りたいんだが」
その子は薄汚れてはいるが、手入れのされた茶色いフードをかぶっていて、その中から緑色の虹彩のきらめいた目を向けてくる。
特徴的なのは目の周りの隈だが、入れ墨なのか生まれつきなのか、どっちだろう? そして、眉毛がない、か、あるいは、すごく薄い。
青みのある黒い髪を胸まで伸ばしていて、マントの合わせ目からこぼれだしている。くせっ毛だがつやつやしている。
たぶんいまの俺と同い年くらいなんだろう。
華奢な骨格をしていて、身長は140くらいか。
だが、現代の日本人みたいな、軟弱な感じがしない。
彫りのはっきりした眼孔から、やや垂れた、鋭い目つき。
正直素敵な思い出を一緒につくりたくなるね。あわよくば、成長したこの子の初めてをぜんぶいただいちゃいたいぜ!
まじで、どうやったら仲良くなれるんだろうな? この俺の有様から、そこにいきつくにはどうしたらいいのか?
「君と友達になりたいな!」
「……」
「俺、カナエ・オオラギ」
そういいながら、自分の胸に手を当てる。
「君は?」
と、野生パンサーちゃんに開いた手を向ける。
野生パンサーちゃんは表情を変えない。
じっと俺を観察している。
もう一度。
「カナエ・オオラギ」
君は?
「カナエ・オオラギ」
はい、お名前は?
野生パンサーちゃんは下唇を軽く咬み、アンニュイな顔になる。
たまらんね……。
「カナエ・オオラギ」
「ソーナ」
ソーナ!ソーナちゃんか!
すばらしい。
「カナエ、ソーナに会えて、うれしい」
俺は右手と左手を合わせて、お辞儀をする。どうだ、伝わるだろう。
カナエ、ソーナにフォーリンラブ。変な棒、かちんこちん。
ソーナは俺の仕草を見て、「フ」と笑った。
はい、素敵な笑顔いただきました。第一関門クリアです。
つぎはいよいよ子作りです、と意気込んだが、邪魔が入る。
「**っ!」
背後から警告じみた野太い声があがる。
人間の、おっさんだな。
ソーナと同じく、青みがかった黒髪を伸ばした、細マッチョの男だ。
オッスにくらべると、筋肉質で、それでも身長は185はあるだろう。パワーファイターだな。
モーニングスターとか振り回して暴れまくるんだろう。
鳥トカゲに騎乗して、俺とソーナの間に、勢いよく割り込んでくる。
「***、****」
細マッチョは俺を見下ろしながら、敵意のこもった何かをいう。
俺はなんの害意もないよ、と、両手を拡げて見せて、なおかつ、舐められないように、目を離さない。ひょっとしたら、将来のお義父さんかもしれないからな!
だが、このお義父さんは生半可なお義父さんじゃねぇな。怒らせた瞬間に、首を吹っ飛ばされる、そんな迫力がある。ひょっとしたら、隊商の隊長かもしれない。
まぁ、なおさら舐められるわけにはいかないが。
隊長がソーナに何か声を掛けて、たぶん叱られて、ソーナは立ち止まる。たちまち視界からソーナと隊長が後退していく。
まぁ初めはこんなもんだろ。
悪くない、悪くない……
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それからさらに2時間ぐらい歩いただろうか。
ようやく隊商は野営の準備を始めた。
カルストの荒れ地はまだまだ続いてるから、適当に料理を作ってから、荷台か、地面で寝る、そんなかんじらしい。俺は放置されて、荷車に繋がれたままだ。鳥トカゲですら、荷車から解かれて、自由を与えられているというのに……。
辺りが暗くなり、食事が始まる。
俺のところには犬族の女性がやってきて、なにやらはいったお椀を置いていく。なんですかね、ポトフ? 麦のフスマに、若干の野菜、塩とゆで汁、かな。
ありがてぇありがてぇって感じでがつがつ食べる。
いや、上品に食べてみせる。
犬族の女性が、つぶらで、かつ、鋭い目で俺を見張っているからだ。その目がもう、痛いくらい純粋で、下品に食い散らかす気になれない。
まぁ、そうでなくても、ここで下品にがつがつやる理由はない。
俺は文明人であることをアピールする。そうすると、犬族の女性、たぶん年上で帯剣してる、が、興味深そうにそれを眺める。
よくみると、流線のようにしなやかなボディラインをしていて、バストも控えめ。わかい女性なんだろうな。若手のリーダーって感じだ。まぁ、メッスさんと呼ぼう。オッスとは家族ではないかもしれないが、便宜上。
そしておそらく、剣の達人でもあるだろう。所作の一つ一つに、緊張と余裕が漂っている。指の形状が人間と違うから、剣だこがあるのかないのかはわからない。
俺の新しい体で、体格に合った武器を持って、模擬戦でもしてみたい。剣を合わせてみたら、もっといろいろなことがわかるだろう。もちろん、会話できたらもっといいのだが。そして、勝負のあとに、この均整なボディともう一勝負してみたい。
顔はコリー犬だけど。
食べ終わると、俺はメッスさんのまえに食器を揃えて、頭を下げ、礼を言った。メッスさんは、ちょっと考えてから、俺の頭をぐしゃぐしゃ、と、撫でた。
そして立ち去る。
やさしい、な。
そしてこれは異文化交流の第一歩だな。捕縛されてるが……。
しかし、心が通じたのはヒトと犬の女性で、警戒しているのは男。
こっちはいたいけな少年なのにね。
その後、だんだんうんこしたくなった俺は、誰かを呼ぼうとするも、便意を伝える自信がない。
というか、ジェスチャーで伝えられるだろうが、あれだ、メッスさんにそんな恥ずかしい姿を見せたくない。
そこで革靴で、硬く締まった地面を掘り返す。ちょっとばかし穴を掘って、そこにひりだそうという、そんなアイデアだ!
が、地面は礫混じりでなかなか掘れない。
便意はレベル2になる。
俺は夢中になって穴を掘った。
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夜のことだ。
うんこのことはまぁ、いい。
食事のあと、隊商のメンツはみなが適当に寝支度をして、見張りらしき数名が、周囲の小高い場所に立った。俺のところにはメッスさんが毛布を持ってきてくれた。
それにくるまって、いっこうに寝付けないまま横たわっている、そのときだった。
俺の新しい体は、感覚が優れている。それはあの糞女神もいっていた。他にも何か与えられたようだが、俺がおちょくったから、時間がなくなって教えてもらえなかった。
それと、もうひとつ、俺が神の指令を達成するために、伝令係がつけられるといった。
しかし、転生してからこれまで、伝令係は姿を見せなかった。そいつはひょっとしたら、この隊商に紛れ込んでいるのかとも思ったが、合図を送ってくるようなものはいなかった。
とすると、どこかで行き違いがあり、このまま伝令係とは会えないのだろうか、そいつはあの森の中で、いまだに俺を探しているのだろうか。
固い地面に横たわりながら、そんなことを考えていると、誰かが近づいてくる気配がした。気配は、隊商がおのおの寝ている方向ではなく、見張りが散っていった、背後から感じられる。その方向には風化した巨石が転がっていて、すきまが狭隘な道のようになっている。
そいつはそこから姿を現した。
陶器のような美麗さ。
俺が初めに感じたことだ。
そいつは白く短い髪を、後ろだけ伸ばして、風になびかせている。白いのは髪だけでなく、覗いている肌も、服の基調も白い。この隊商、この土地の雰囲気から逸脱して、目に痛いほど白い。
レザーのジャケットのような服を着ていて、顎先で尖ったハイネックになっている。
瞳は青くて、目尻が、こめかみへ鋭く伸びている。
そしてそこに宿る冷徹な精神。
人は誰でも、目を合わせたときに、相手の所在のようなものを感じ取るが、こいつの所在は、深くて空虚だ。そんなことを直感する。
だがなんていうか、ダブルクリックしたくなる鳩胸だ!
ぴったしレザーに鳩胸! よくわかってらっしゃる。
腰から下は無骨な防具を着けてるから、レザーの下は鎖帷子かなんかかな……。まぁ、だとしたら、こいつの衣装はとんでもなく高級なものだろう。後ろ髪がなびいて、首元で束ねているのが見える。
小豆色の帯を締めていて、そこだけなにか泥臭いものを感じる。思い出とか、いわくつきのものなんだろうね。
to be continued !! ★★ →