act.37_床下の支配者
漆黒の肌、たらこ唇のプチアフロ、モウラ。
褐色肌、虹彩の大きい真っ赤な瞳、砂漠色短髪のジュリー様。
ニッポンならとんでもなく濃いキャラだが、この世界では美しさにつられて振り返るくらいはあっても、わりと馴染んでいる。
部屋着のジュリー様と、軽装鎧のモウラ。ふたりとも、どんな人生を送るんだろうな。将来のことをよく考えるんだろうか。
「しょうじき僕にはジュリー様が信用を寄せてくれる理由がわかりません。でも、そのお気持ちはいつも感じてきました。だから、僕はその恩に応えたい。ジュリー様がこの問題にこれ以上煩わされないように、できる限りのことをして、恩に報いたいのです。
そこにはもちろん、僕が自分の運命を切り開く、つまり奴隷としての立場から抜け出して、やりたいことをできる身分になるというのも、ずっとさきにはあるんだと思います。僕は自分の未来と、ジュリー様の心安らかなる日々が一直線に繋がっているいまを大切にしたい。だから、全力でぶつかりたいのです」
ジュリー様は表情豊かに俺の話を聞く。目を見開いて射貫くような視線を投げたかと思うと、下まぶたをくっとあげて、優しい笑いかたをする。難しげに顎を上げ視線を逸らし、つん、と、顎と首のラインを張らして、あらぬ方を見たりする。
モウラは微動だにせず俺のことを見ている。すこし俯き加減なので、俺を睨んでいるようにも見える。
まぁ、そう憎むなよ。
嘘は言ってない。ジュリー様のために働こうという気持ちに偽りはない。
「ゴッザムトの両王子はこの問題にかなりの関心を寄せている様子でした。おそらく簡単なことでは退かないでしょう。それはこの3日間では解決できない、両爵家の根深い問題なのかもしれません。僕にはそこまではわかりません。しかし、いま、お二人の身に危険が及びそうな状況で、ただ守り抜くというのは良い選択だとは思えません。
今夜襲撃があるとして、僕らが守り抜いたとしましょう。両王子はおそらく、明日の夜に、より策を練って襲撃をかけるのではないでしょうか?」
「む、それは考えないでもない」
と、モウラの態度が少しだけ軟化する。目つきの暗さが晴れて、俺のことを興味深げに見る。
「だが、それと、おまえが警護を抜けて単独行動するという案とは必ずしも一致しない。解決策として、最上のものだという気がしない」
「いまのメンバーの中で、脱落してもいいのは僕だけです」
「脱落……、殺されてもということか」
「最悪の場合はそうですね。言い換えましょうか、警護の初めの夜に殺されてしまっても問題がないのは、僕だけです。モウラ、ララ
、南門兵士の三人、交替で番をすることを考えれば、ぎりぎりのメンバーです。ソーナになにかあれば僕とララはジュリー様の状況にかかわらず公爵と戦います。となると、捨て駒になれるのは僕だけ。まぁ、攻勢というアイデアに拘ってるのお僕だけなんですがね」
「ガマィンのアジトを見つけるとして、何らかの方法で彼奴を戦闘不能にさせ、それでゴッザムトはあきらめるだろうか?」
「そこまでは望めないかもしれませんね。でも、ゴッザムトは考え直すでしょう。両王子に与えた最大戦力が、初めの数日に脱落するようでは、このまま2人に任せていていいのだろうか、と」
「それは一理あるな」
「ガマィンを逃したとしても、アジトを潰せば自動的にこの3日間の待機も安全がぐっと高まります。みつけて火をつけるだけでも状況が大きく変わるんです」
「ふむ……」
よし。モウラは説得された。実利的な人なんだな。リスクとメリットを説明すれば話が通じる。
「一つだけ条件があります」
と、黙って聞いていたジュリー様が言う。
「なんでしょうか?」
ジュリー様は俺の目を観察するようにためつすがめつ角度をかえてしげしげと見る。29才のおっさんなわけだが、なんだか俺は胸がどきどきしてしまうんだぜ。
世の中の酸いも甘いも知らない頃に、こんな子と恋愛したかったもんだ。なんとなく俺は自分の掌をグーパーしている。
「死んではいけません。必ず帰りなさい。これは雇い主としての命令です。四肢を失っても、目を潰されても……、必ずです」
チ、俺は調子を狂わされて、どんな表情を浮かべたら良いかわからない。あまり子供らしくない顔をしているかもしれない。とにかく、口元がゆがんで、2人を見ていられない。
「では、早速いってきますね。モウラ、命がけで護れよ」
「な、お前に命令されるまでもない!」
後ろから聞こえてくるモウラの鋭い声を聞きながら俺は背を向けてドアへ近づく。「待ちなさい」と、ジュリー様がそれを呼び止める。振り向くと、ジュリー様は昼間来ていた装束のほうへ向かい、荷物の中に手を突っ込んで何かを探っている。
ローブの下からつかみ出したのは50センチくらいの小剣だ。
「ジュリー様、まさか……、なりません!」
と、モウラが静止するが、ジュリー様は無視して俺に近づいてくる。
目のまえに立ち、横にした小剣を俺のほうへ差し出す。
「これは……?」
「護身用の小剣です。どうせ私には扱えないので、もってゆきなさい。君は、棍棒しか持ってないんでしょ? そんなのでどうやって身を守るの」
「これはこれで業物なんですが……、お気持ち、ありがたくいただきます。必ず戻り、お返しいたします」
俺は赤い鞘に入ったその小剣を受け取る。手に持つとずしりと重い。しっとりと肌に馴染み、つかんだ手に吸い付くような握りをしている。いずれ名匠がつくった名剣だろう。一介の傭兵にこれを預けるとはね。
「ジュリー様、あのような者に預けて良いものではありません! 片時も身を離さずようにと大奥様よりお預かりしていたものですよ?!」
「おばあさまも許してくださるでしょう。あのような少年が、私などのために身を張って苦難を乗り越えようといってくれているのです。それに応えずしてなにが貴族でしょうか……」
俺はそれ以上聞いているのは良くないと感じて、部屋を出る。右手に持った小剣がえらく重い。不思議だな、シャーリーが重いだなんて感じたことはないのに、この預かった小剣はそれよりも小さいくせにえらく重い。
俺は隣の部屋に入ろうとして、ドアの前で思いとどまる。
部屋には行って経緯を説明するよりも、いつ襲撃を受けてもおかしくないこの時間に、一刻も早く行動を起こすべきじゃないか?
俺が役目を果たすまで戻らないことはララとソーナも承知しているはずだ。
俺はノックしようとしてあげた手を下ろして、廊下を進む。古い木材とカーペットとで足音はぜんぜん響かない。階段手前の部屋をノックして名乗ると、エルムトのおっさんの声が帰ってくる。
ドアを開け半身を部屋の中に入れると、ベッドに寝っ転がって仮眠をとっているおっさんがいる。俺は眠そうなその姿に「ジュリー様の支持でしばらく単独で動く。子細はララに訊いてくれ」と、申し伝える。
エルムトは少しだけ身を起こして俺を見て、「そうか、気をつけろよ」と、声をかけてくれた。
部屋を出ようとして、壁面のフックにかけてあるサーコートが目に入る。
俺は考えがあってそれを借りることにする。
1階に降りる。このまま正面に行けば、デルトガルが見張りに立っている。炊事場にある裏口にはチェスが立っている。どちらの入り口も、そとに敵の冒険者がいることだろう。わざわざ近づいていって、警戒心を高めるようなことはしたくない。
で、どうするか?
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俺は1階の客室へ向かう。ちょうどジュリー様が宿泊している部屋の下は二つ部屋があり、ここは貸し切って無人にしている。俺たち冒険者が巡回する場所だ。ただ、外から見てもわかるとおり、隣家が近すぎて人の入る隙間がほとんどない。よって、誰かが寝ずの番をするほどの注意ポイントではない。
隣家が近いから、床を這いつくばればどうにか隣家へいけないか。
俺はそう思って床の継ぎ目なんぞを探す。
かっこいいことを言って皆と別れたわりに、この姿は何ともかっこわるいが、まぁしかたない。いきなりドアを開けてでていくわけにはいかないんだからな。
しばらくそうやっているうちに、クローゼットの床面に取り外しのできる箇所があることに気がつく。床下のメンテナンス口だな。
やや狭い開口部だが、子供の身体はするりと階下に潜り込める。
中は真っ暗で、腐った匂いがする。
腐食のガマィン、敵の名前が脳裏にちらつく。
やれやれ、土の腐った匂いを嗅ぐだけで、これか。あんがい俺はびびってるのかもしれない。
しかたないだろ、実際に、ちょっとずつナーバスになっている。
この世界で個人の戦闘能力が95番目にすごいやつと対峙するかもしれないんだから。
かりにさ、人型の生物が1億人くらいいるとしよーや。いや、1億というのはそれほど適当な数じゃない。
西暦元年の世界人口は2~4億だったって統計がある。
この世界はもう少し文明が進んでいるから、実際はもっと多いだろう。でもまぁ、仮に、だ。
それで、その1億人のなかで、100人のすげぇ強いやつが名を刻まれている。
0.0001%だぞ。
とんでもないやつらだ。まともにかかってはいけない。目が合っただけで殺されるだろう。
そんなのをどうにかするんだ。
ナーバスになって当たり前なんだぜ。
とか言っているうちに、俺は宿屋の基礎から、隣家の基礎を眺めている。
体中泥だらけだが、かけてあったサーコートを身に纏っていたから、それを脱ぐだけで言い。
すまんな、エルムト。
だが泥だらけのままで、夜の町をうろうろするわけにはいかないだろ?
プレデターと戦うシュワちゃんじゃないんだから。
どうにか身体をひねったり丸めたりして、隣家との隙間に這い出る。
隣家は宿屋でもないし、造りがかなり雑だ。基礎の材料も腐ったり破損したりで隙間だらけになっている。
大丈夫か、これ? 近いうちに倒壊するんじゃないのか?
わりとハイグレードな人たちが住んでいる地区なのに、子細に眺めたらこんなものなのか。
俺はちょっと意外に思いながらも、いまはそれに助けられたわけだから、ママよパパよと這い進み、今度は隣家の床下に潜り込む。
くせぇ、どこかでネズミでも死んでるんじゃないのかな。まったく。
エルムトのサーコートを借りてきて良かったぜ。あとで礼を言わないとな。
ちゃんと、返すからな。このコート……。
俺はくらい中を何とか進んでいき、隣家の基礎の下から宿屋の正面を視界に入れる。格子に組まれた基礎の通気口からは、宿の明かりと馬用の水桶やなんや、暗い通りと影になった向かいの建物が見えている。
心を落ち着かせて、臭気を脳から遮断して、神経を集中する。
なにか、聞こえてこないだろうか?
……何にも感じないな。
建屋のそこかしこから人の気配がするが、息をひそめて何かを観察するような気配はない。
いや、たぶんだけど。俺の超感覚がそう嘯いている。
しゃーねぇ、とふたたび床下を這いずり回って、今度は宿屋の裏口を視界に入れるところまで進む。
マジで気持ち悪いんだぜ、ここを這い進むのは。
地面をつかむ手で、ないかわからないグニャグニャした固まりとかをつかむし、足が滑って、なかなか進まないし、顔に何かのしぶきがかかったりするし……。
本当に最悪だから、靴もサーコートの中に入れて、俺は身体を袋にすっぽり包まれたようにして這いずる。
すまんな、エルムト。
この状態だとサーコートを泥の上に滑らせて、腕の力だけで滑るように進むことができる。
ぬるぬるだからわりとスムーズに進める。
ちょっと楽しいかもしれない。
いや、むしろ楽しいと思い込もう。何事もそのくらいじゃないと良い結果は得られない。
たしかに地面をつかむときに感触が気持ち悪いが、それはもう考えない。
なにをつかんでいるとか、握りつぶしてるとか、考えちゃなにもできん。
んで、固定されたものをぐっとつかんで、引き寄せるようにして身体を滑らす。
つるんつるんだ! お空の上を飛んでいるみたい!
な、ちょっと楽しそうだろ?
そんなこんなで、裏口を視界に入れる。
宿屋の方はすこし通りから凹んだ場所に建っていて、この家からは裏口の辺りがよく見える。
炊事場のある辺りで、ドアの脇、板壁の背後にチェスが見張っているはずだ。
ドアの奥、室内のランプの加減で、ちょっとだけチェスの軽装鎧の影が映り込んでいるように見える。だれかがそこにいると知らなければ家具の影だと思うかもしれないが、用心深いやつはそれを見て何か気付くかもしれない。
いまは無理だが、機会があれば注意してやらないとな。
俺はふたたび神経を集中させて、臭気を遮断する……。
床上でだれかが寝返りをする気配がする。
遠くで犬の吠える声がやたら響く。
近くの建屋で恋人たちが励んでる音がする!
だいぶクライマックスに近いな! がんばれ!
……赤ん坊がどっかで泣いてる。
鳥の鳴き声。
虫の鳴き声。
風が隙間を通る……。
……
……
……
……
離れた通りで、ドアが乱暴に閉められる。
何軒か先で、夫婦かなにかが顔を寄せて相談している声……。
もっとふかく、もっととおく……。
……
……
……
……
息づかいだ。
規則的で、深く、力がこもっている。
眠った人間とは違う、意思のある、呼吸音。
ビンゴ!
to be continued !! ★★ →




