act.35_宿屋にて
俺たちは休憩所でいくらか警備の取り決めをして、聖堂から出る。
黙って成り行きを見守っていた南門兵士の3人、チェス、エルムト、デルトガルは、部屋を出る前に、これだけは、と、ひと言伝えてきた。
南門の衛門督ダキシャラはああいう性格でもめ事を好む傾向もあるが、王都を護る兵士としては、やはり教会と事を構えることはできないという。
公爵家が町中でジュリー様を襲ったならば、それを護るためには命を惜しまないが、逆に侯爵家から公爵家へなにか行動をとるという話しならば、協力できない。むしろ隣国の侯爵家に加勢するよりも、王家に連なる公爵家に協力しなければならない。
だから3人は攻勢には関われない。それが精一杯である。ジュリー様に危害を加えてくる者を防ぐだけ。
ただし、と、チェスが俺を見つめた。
「私たちは王家の兵士として、目のまえで起きたことを正確に証言することはできる。公爵家に買収されることもない。だからその点は信用して、利用できるなら利用してくれたらいい」
そういって、ウィンクする。
この申し出に俺たちは複雑な心境だ。
3人は決して敵対はしないだろうが、かといって十分に働いてもらうこともできない。
事情を知っていて、なおかつ、現時点ではジュリー様を護る立場だが、いつ敵対しなければならない状況になるとも限らない。
言われてみればその通りだからだ。
ダキシャラは俺たちを6人でひとチームだと言ったが、そうはうまくいかないな。
と、すると、教会から返事が届くまでの2日か3日間、血を流してでも戦うのは、俺、ソーナ、ララ、モウラの4人だ。
もちろん、ソーナに血を流させるようなまねはできないが……。
そして敵は腐食のガマィンと、おそらくその弟子たち。
弟子がどんな奴らかはあるていど見当がつくよな。
俺たちが聖堂を出て、行きに登ってきた細い隘路を下っていくと、立ち並んだオブジェの影に気配がする。巧妙に姿を隠しているが、俺の超感覚がそいつらを見るともなく捉えている。おそらく相手の方では俺に捕捉されていることに気がついていないだろう。これは大きなアドバンテージだ。
襲ってくる相手のことを、多少なりとも知っているのだから。
ときおり垣間見えるその姿は冒険者のものだ。
俺はそいつらの服装にすら見覚えがある。髭デブのガイの仲間だったやつだ。
結局、戦うことになるんだな。
冒険者ギルド前イベントでは、予想外にいいやつエンドだったが、そうはいかん崎だったか。
俺はだんだんダークになっていく考えを中断し夕暮れた空を眺める。
ウァセルフ大聖堂は広大な丘の上に造営されているから、この坂道を下るときは空と町と、その境界とがいっぺんに視界に入る。
うらうらと焼けている空に何かでかい鳥が3匹飛んでいる。身体よりも長いしっぽでバランスをとり、優雅に羽ばたいている。そのずっとした、地平線は遠方の農地と灌木林の連なりに消えている。ずっと遠くには高山があるようだが、それらは影にしか見えない。
足下には王都アヴス内郭の整った町、外郭とを仕切る城壁が見える。城下町は城壁に隠れている。
よくぞこれだけの町を造ったものだよな、と、俺は改めて感心する。
教会内で、詳しい人間にそうやって運営されているのか訊いてみたかったが、その機会はなかったな。
まぁ、生きていればいずれ知ることができる、かな。
それにしても血の気の多い文化というか、国というか。
青絹とやらの専売権がそれほど大事なものなのかは俺にはわからないが、塩や鉄みたいに、社会を維持するのに必要なものなのかね。
たぶん違うだろうに。
まぁ、貴族の振るまいとは結局のところ、既得権益の奪い合い、バルバステラもゴッザムトも本質的には変わらないのかもしれない。
それでも、と、俺はみなに囲まれて馬上をゆくユーリンデ・バルバステラとモウラを眺める。
関わったからには女の子を護らないとな。それが男というものだ。
何かがちくちくと俺の精神に警告を与えている。
俺はふと、妙なタイミングで転生したときのことを思い出す。
そういえば、糞女神にこの世界に堕とされるとき、俺は何かを見たな。
あの訳のわからない空間、天上の空間、次元など存在しないはずの空間で……
……
……
……
……
床に傷があった。
ああ、平滑なプラスチックの表面を、爪でひっかいたような。浅く、角度によっては見えない傷だ。
体中に激痛を与えられ、宇宙の発生を見せられ、なじられながらこの世界に堕とされたとき、俺はすでに超感覚を与えられていたのかもしれない。
たしかに、そこに傷があった。
無欠の世界ではなかった。
無次元の世界に、床が俺の思念が創り出したものだとして、そこに傷がある?
妙だな。おかしいよな、糞女神、テニスちゃん。
何か隠してるんじゃね?
夕焼けと、沈む陽のほうへ進んでいくかのような一行の姿は変わらない。
だが俺はその景色が紛いもののように感じられてくる。
本当に、存在しているのか?
これは?
……いかん、いかん。
いまは目のまえのことに集中だ。
俺の超感覚は、僅かに距離を詰めてくる冒険者の一人を感じ取る。
まるで考えを中断させたいかのようだ。
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陽が落ちた頃にバルバステラ家が契約した宿屋に着いた。
結局、冒険者は襲ってこなかった。
俺たちは警戒をしたままくたくたになって到着した。
南門の兵士とララは平静な顔をしているが、あとの三人、俺とソーナとモウラはお疲れだ。
二人は単純に緊張感からだろうが、俺はいろいろと考えが絡まって、気疲れしたみたいだ。
こんなんで夜を通して護れるものかと気合いを入れるが、集中力の低下は否定できない。徹夜で科学誌に寄稿するコラムを書いてるときみたいな心境だ。やるしかねーか、っていう。
ジュリー様とモウラは二階の奥まった部屋に泊まる。窓はあるが、隣家を向いていて隙間は僅か。飛び道具で危害を加えるのは難しい。侵入者があるかもしれないので、窓際にはモウラが警備につく。明日の晩はチェスと交替だ。
その部屋が角部屋なので、隣室は一つしか無い。俺たち冒険者が泊まり、残りの南門兵士は階段のとなりにある部屋で警戒する。
みなが隣接して泊まっていたら、催眠ガスとかで一網打尽だからな。
あ、そうそう、そういう術式が存在しているのだと兵士たち、モウラ・ララが口をそろえた。
不眠症のやつがいたらなかなか便利だと思うが、呪文を唱えているところを見てみたいものだ。
というわけで、俺はソーナ、ララと一緒に、ジュリー様の隣室で夜を明かす。
階段の脇にエルムトが立ち、宿屋の前にはデルトガルが寝ずの番をするから、今夜は休むのが仕事だ。
とはいえ、俺には、逆に攻勢に出るという思惑がある。なんとかして、この状況をジュリー様に危害が加えられることがないように帰ることはできないか。そのための積極的な行動だ。
「可能性があるとしたら、襲ってきた者を捕らえることね」
と、ララは俺の話を聞いて答える。
「いまから両家の事情を調べて、青絹の取扱業者の話を聞いて、というのはとてもできないわ。この2日間に得られる最大の結果は、ジュリー様が無事に聖王国に帰還して、公爵家とも事を構えないと言うこと。カナエはあの2人の王子に反感を持ったかもしれないけど、貴族はみなああしたものだわ。ジュリー様を護りたい気持ちはわかるけど、それは最終的にはご本人が戦って勝つしかない」
「2日間護って、はいさよなら、って、俺にはできないよ」
ララは優しく頷くが、どちらかというと諭したいようだ。
ソーナが身を乗り出して、俺を指さしてくる。鼻先に人差し指を突き出して、トンボを捕まえるみたいに横に揺らす。
「かっこつけたところで、あんたは自分で食べ物も手に入れられない奴隷じゃない。見下すわけじゃないけど、侯爵家のお嬢様を助けるなんて、無理があるんじゃないの? お嬢様の方でもそこまで期待してないでしょ。だいたい、私たちにそこまでする義理はないのよ。ギルドから請け負っているのは王都滞在中の警護なんだから」
そりゃあソーナちゃんはそう言うだろう、自分も貴族に連なる出身で、その後、没落して苦労をしてきたんだからな。
所有している奴隷の俺が、なんでその貴族様を助けるなんて言うのか。きにいらないだろうな。
「ソーナには申し訳ないと思ってる。たしかにそんな義理はないものね。だけどさ、これは俺たち『マッスル・マーチャンターズ』の初仕事でもある。引き受けたからにはきっちり始末をつけないと、仕事を出す側の信頼は得られない」
「公爵家と剣をぶつけ合うなんて、どうかんがえても冒険者ギルドが扱う範囲を超えてるわよ」
「それはそうでもないわ」
ソーナの反論を制したのはララだ。
「貴族間の問題に冒険者が助力することはよくあるわよ。代理の決闘をしたりもする。逆に、そういう戦いで決着をつけることは伝統としてもあるのよ」
「代理決闘の文化か」
俺はちょっと感心して言葉を挟む。
「わりと歴史のある伝統よ。カトーもオースンもそういう仕事を請け負ったことがある」
「え? 2人は行商人みたいなものでしょ? 冒険者みたいな仕事をうけたりするの?」
「商隊を率いて商売をしていても、いろんな村でトラブルに巻き込まれるし、村の行政は貴族がとってるのよ。宿泊や補給を許可する代わりに、代理決闘を依頼されることがあるの」
「なるほど……」
「でも、そこまでする義理がある状況じゃないじゃない。だいいち、百傑百柱の戦士と、だれが戦うっていうの? 南門の兵士はそこまで介入できないって言うじゃない。モウラ? 彼女は侯爵家の人間だから、それじゃあ直接的な戦いになってしまう。まさかララにやらせるんじゃないでしょうね?」
「そりゃあ、僕がやるよ。もし、そういうことになったら」
「あんたがぁ?」
ソーナはますます怒りをヒートアップさせて目をつり上げる。
本気で怒ってるみたいだ。
「南門の兵士とちょっといい戦いができたからって、調子に乗ってるんじゃない? まえの模擬戦は殺し合いとは違うのよ? こんどの相手はチャンスがあればジュリー様だけでなく、護衛も兵士も狙ってくるはずよ。ジュリー様の気持ちを挫けさせるためだとかさ。決闘に限らず、なんでもやってくる可能性がある。そういう緊張の中で、あんたが有名な戦士と戦えるの?」
「まぁやるだけだよ。自分の決めたことだから、自分で運命を切り開くしかないさ」
「は、はぁ? なにかっこつけてんのよ……。負けたら死ぬのよ……」
「カナエが危なかったら私が助けるわよ。危険な任務だから大丈夫とは言えないけれど、でもね、ソーナ、冒険者や傭兵の生活とはそういうものなの。商隊の護衛だって、盗賊に襲われたら、死んでしまう仲間だってでてくるし、その人たちに戦うなとはいえない。さっきカナエがいったことだけど、自分の運命は自分で切り開くしかない。子供のあなたたちには厳しすぎることだけど、そういう世の中だということを否定することはできない。生きていこうと思ったら、戦わなきゃいけないときが、何度もあるのよ」
「ララは腐食のガマィンとかいうやつとカナエを戦わせたいの?!」
ソーナは俺のことをビシバシ指さして言う。
いわれてララは、数秒ソーナをしげしげと見て、ゆっくり目を閉じて頭を傾げる。うなじから胸元までを覆う豊かな獣毛が模様を変化させる。
「そうね、戦って欲しくないけど、戦っているのを見てみたい気もする」
へぇ……。
「……本気なの?」
「カナエは戦士としての経験は全くないけど、なにか秘めているように思うの。素質があるというだけではない、予感ね。それを確かめたいというのは、私も戦士だからかもしれない。保護者としては失格ね」
「負けたら死ぬのよ」
「カナエは奴隷だから、力を証明して見せなきゃいけないときが、これからもなんどもやってくる。逃げてはだめなの。逃げてしまったら、ますます苦しい一生になる。自分を信じたり、尊敬したりすることができない一生よ」
「……」
ソーナは黙り込む。
俺はちょっと感動している。さすがは傭兵として運命を切り開いてきた人だ。ララはまるっきりコリー犬だから、どこか愛玩動物みたいな優しい印象があるんだが、中身は鍛え上げられた傭兵そのものだ。精悍な戦士の魂が、コリー犬の身体に宿っている。
そして俺が感動したのはもう一つ理由がある。それはララが俺の可能性を見守ってくれていること。転生してからいままで、たいした修行をしてないが、俺はこの肉体に可能性を感じてはいる。それはまだぜんぜん武術のなんたるか剣術のなんたるかを学んでいないわけだが、一流の戦士であるララは可能性を見てくれた。
前に、外の世界で盗賊に襲われたとき、オースンもまた俺の中になにがしかの可能性を見てくれた。俺はそのことに喜びを感じる。
ニッポンで大学准教授としてネイチャーに名前が載ったときに近い、自己肯定の深い喜びだ。ニッポンでは知能。
だが、この世界では、俺の戦士としての可能性が認められている。戦いの海を牙で漕げる才能。
さすが俺。
異世界でも選ばれた存在だ。
「あー、ソーナ。君のことは僕がきっと護る」
「あんたが護るのはジュリー様でしょ」
「ジュリー様も護るが、ソーナのことも護る」
「ば、ばかぁ? 2人同時に襲われていたらどっちを護るのよ!」
「ソーナを護る」
ソーナは口をぱくぱくさせて、赤面している。
to be continued !! ★★ →




