act.34_敵と味方
「これは、レドリアン様、ブルーム様。ごきげんようございます」
ジュリー様がかるく膝を曲げ、二人は鷹揚に頷いてみせる。
敵だな。うむ。見てすぐにわかる。
レドリアンは赤を基調にした服。いかにも高慢で、無駄に胸を張って俺とジュリー様を見下した目で見ている。ブルームもまったく同じだ。おそらく二人の間に上下関係はないのだろう。
「レッド、この黒髪のガキは何でこんなところにいるんだろうね? 下賤なものは入り込むことさえ許されない神聖な場所なのに」
「そうだねブルー、おそらく、ユーリンデの美しさに惹かれて、あつかましくも迷い込んだんだろうね。この服装、立ち居振る舞いからすぐにわかることだよ」
「なるほどね。言われてみればその通りだよ。さっき食べた子羊のテリーヌが、私の頭脳を少しだけ鈍らせているのかもしれないね。そのことにすぐに思い至らなかったんだから」
「レッド、あのテリーヌは選ばれた者しか口にできない最高級の食材を使ったものだから、それも仕方ないことさ。私たちのようなその資格を持つものが、その余韻に浸るのは義務と言ってもいい。そうだよ、余韻に浸らないなんて、むしろそれは罪だよ」
「そうだね、ブル-」
そうだね、さようなら。
「まえにお会いしたのは公爵様の主催されたパーティでしたか」
「うむ……、ユーリンデ。あのときの君は濁った水のような地味なドレスを着ていた。覚えているよ。王都では赤色の服をみなが好んでいたようだが、アスファ聖王国では、なかなかそういった情報は伝わらないものね。いや、かえって記憶に深く刻まれた」
「そうそう、シルクの白を肌にまとい、その上から濁水の青、よくあるイメージだけど、ユーリンデ、君が身に纏うと、ことさら似合っていた。よく覚えているよ」
「ご記憶いただき幸いです。今日はどのようなご用事で聖堂まで?」
ジュリー様は怯まずに笑顔を浮かべている。
「私たちくらいになると、日常の用事で聖堂まできたりはしないのさ。そうした些事は下々の物たちに指示を出すからね。私たちは城中の快適な執務室で、考えるべきことを考えて日を過ごす……、それがここまで足を運んだのには、それなりに訳がある。ねぇ? ブルー」
「そうそう。それは重大な要件だよ。そんな黒髪の貧民がうろつくところでは口に出せない。知らなくていいことを話してしまうと、わざわざ殺さないといけなくなるからね。そんな面倒なこと、私たちには全くの時間の無駄なんだからね。醜い死体を眺めるのも考えただけで気が重くなる」
うむ。時間の無駄だな。
俺とユーリンデ様はいつまでこいつらのご機嫌を伺っていなけりゃいけないんだろうか。
ユーリンデ様は隣国アスファ聖王国の侯爵家、こいつらはここブトゥーリン王国の公爵家らしいから、王国に連なると言うよりも公爵家に連なるものたちだ。それほど身分に違いがないように思えるが……。
「ときにユーリンデ・バルバステラ、おまえの家では下賤なものたちを囲うことに時間を費やしているらしいな」
「何のことでしょうか?」
「おや、バルバステラ家では家族にも重要な話しを伝えないと見えるね」
「なんとも味気のない一族だね、ブルー。しかし、第6息女が知らなかったとしても、バルバステラ侯爵の行いは家のすべての人間の行いと同じこと、言い逃れは出来まいよ」
「そうだねレッド。バルバステラでは身分の賤しいものに、青絹の取引免状を与えている。われわれゴッザムト公爵家が許しを与えた者たちとはべつの商会に、だったね。おかしなはなしだねぇ、まるで、隣国の公爵領に戦争をしかけたいかのようだよ」
「うんうん。私たちの財産にダメージを与えて、武器や兵士を整えたいかのようだよね」
「誤解です」
「誤解?! 誤解などないよ? 薄汚い食指を動かして、戦争の準備をしている。愚かなことだよね-、どうにか対処をしないといけないよね-?」
「だが、私は血なまぐさいやり方は嫌いなんだよね、ブルー」
「スマートじゃないよね。でも、間違いは正さないといけない。こまったね、レッド」
レドリアンとブルームは腰に手を当ててジュリー様を見下ろす。ジュリー様は平然と見返しているが、無礼な視線に耐えられないのは俺のほうだ。こいつら、ジュリー様が方策を訊くのを待っていやがる。それも、あきらかにジュリー様を妾か何かに仕立て上げる気だ。俺のジュリー様に手を出そうとするなんて、愚かなまねを企てたものだ。
俺はここで何となく理解する。
バルバステラ侯爵家がライフストリーム教会に仲裁を頼んでいるんじゃないかと。
つまり、バルバステラとゴッザムトの間に起きた、青絹とやらの専売権についての紛争についてだ。
ゴッザムトの方は教会に仲裁に入って欲しくない。自分たちでいい結果を得られるような、そんな解決方法を思い描いている。それはこのピエロ2人のうちのどちらかの元へジュリー様が側室として入るということだ。それによって……、それによってなんだろうな。バルバステラの第6息女がゴッザムト公爵家に入る、それにともなって、青絹の紛争も解決する何かがあるんだろう。
ジュリー様は当然そんなことになりたくない。おそらくバルバステラも嫌がっている。青絹交易で損をするからなのか、メンツがつぶれるからなのか、ユーリンデ・バルバステラが両親に愛されているからなのか。
俺は何となく、最後の理由であって欲しいと思う。この健気なジュリー様が両親に愛されて、優秀なモウラと一緒に、自分の運命を切り開きに教会へと派遣されている。
そこに俺という運命の相手が、まったく偶然、運命の導きとしかいいようのない奇跡で、護衛として付き従っている。
イイネ!これ。
俺は肩入れすることを決定する。
冒険者ギルドからの依頼は王都に滞在している間の護衛だが、可能ならその間にこの問題を解決できないだろうか?
こいつらアホ2人をそれこそ問題から排除するかたちで。
いや、それじゃあゴッザムトの他の王子が出てくるだけなのか?
不自然に王子2人が失脚とかしたら、バルバステラの立場が悪くなるとか、あるのかもしれないな。
うむ、まずは情報収集だ。
俺は床に向けていた殺意の視線を和らげて、王子2人を伏し目がちに観察する。
見れば見るほど不快な感じの顔をしているな。
「どうした、ユーリンデ・バルバステラ? なにも思いつかないのかな?」
「ユーリンデ・バルバステラは思ったよりも多くのことを考えていないのかもしれないね、ブル-」
「そんなはずはないさ、レッド。まだあどけないなりをしているが、バルバステラの家では家政の一端を任されているんだぞ」
「よく知ってるな、ブルー。さすがは君の情報網だ。ということで、筒抜けだぞ、ユーリンデ? さぁ、どうするつもりだい?」
ジュリー様はにっこりと微笑む。覚悟を決めたようだ。
「わがバルバステラの家はこの青絹に関わる専売権の問題について、ライフストリーム教会を通じて、王家に仲裁を申し込みます」
「ほ、ほう」
「これはこれは、おおきくでたね」
承知顔で2人の王子は眉を上げる。臭い芝居だ。
「だが、教会はその申し出を受け入れるかなぁ~、どうかなぁ~?」
「教会にも正義を知っている人間がたくさんいるからね、ブルー。姑息なまねをして隣国の利益を奪い取ろうとする企みに、その人たちが黙っているかな? ほら、ウィタ騎士の中にも私たちゴッザムト公爵家と縁のある強い人が何人もいるよね」
「うんうん、こういうときに、正義について語り合える人たちがいるね」
「たとえば、百傑百柱95位の?」
「そうそう、彼ならばきっと正義を貫くね。虫たちを一瞬でなぎ払うし、むしろ、問題が起こる前に解決してしまう」
「そういう流派だからね。あー、君たち無名の護衛たちも名前だけは聞いたことがあるだろう? 腐食のガマィンのことは?」
ガ、マイ、マア、マン、マイ、発音できねーよ。もちろん知らねーし。
「それに、彼の弟子たちは冒険者の中にいっぱいいるからね。ひょっとして、君の後ろに控えている者の中にも、ガマィンの手の者がいるかもね? ユーリンデ」
「この者たちは私の信用する友人です。そのようなことに惑わされることはありません」
「へぇ。まぁ、黒髪のガキなんて、ガマィンの弟子になれるわけがないか。まぁ、どちらにしろ、気をつけてくれよ? ユーリンデ。私たちは君の身を案じているんだ。公爵と侯爵、二つの家のあいだで、君のような細腕の少女が怪我をしたりしないかとね。なにかと制御できない、乱暴な男たちがよからぬことを起こすなんてことがよくあるからね」
「お二人のご無事を祈っておりますわ」
ジュリー様は間髪いれずに皮肉を言って、礼をとる。俺たちを振り返り「さ、いきましょう」と促してくる。
かっこいいぜ、ジュリー様。
背後ではアホ2人が気色ばんで目をひん剥いている。
「後悔するぞ? ユーリンデ・バルバステラ! おとなしく私たちの側室に収まれよ? なに、悪いようにはしない」
「むしろ幸せを感じさせてやるぞ?」
そういって下品に笑う。
ソーナが軽蔑した視線を背後に向け、すぐに従って歩く。
俺たちはしばらくとどまった回廊を戻り、休憩室へと向かう。拝殿を見ることはできなかったが、あいつらを抜けて奥へいくのは無理そうだ。しかたがないな。
休憩室に入ると、出窓の桟からモウラが飛び降りて近づいてくる。すぐには言葉をかけることなく、ジュリー様の表情を心配げに窺う。この2人の信頼関係は疑いようがない。
俺はゴッザムトとの対決にモウラを戦力として加えることを決める。もしろん彼女もそのつもりだろう。
「首尾はいかがでしたか?」
と、モウラは低く小さな声で主人に声をかける。
ジュリー様は頷いて何か話そうとするが、口ごもって途切れさせる。大きく息をつく。
「教会の取り次ぎへ仲裁を頼むことはできました。でも、その帰りにゴッザムトのレドリアン王子、ブルーム王子と出くわした」
「よりにもよって……、こんな場所まで出向いて我々を邪魔するとは。カナエ、おまえはお嬢様を護るため出ていたのではないのか?!」
「すまんね。ジュリー様に会うなり、すぐ後ろから近づいてきたんだ」
「カナエにはなんの責任もないわ。彼らは私をつけてきたのよ」
「教会内でなにかよからぬことを計画していたのかもしれません。そのくらい常識の通じない相手です。そういう意味ではカナエがお嬢様を追ったのはいい選択だったか」
「そうそう。たまたまですがね」
モウラは頷いて俺に礼を示す。よっしゃ、これでモウラの信頼をいくらか得ることができた。このモウラちゃんも、生粋のネグロイドみたいに黒い肌をしているが、こうして見ると……、美しい。さすが侯爵家のお嬢様に付き従う護衛だ。選び抜かれているな。それに、モウラちゃんには確かな胸の膨らみがある! 見てみたい!
まぁ、いまは措いておこうか。
男には任務がある。
「教会からの返事をいただくまで、何事もなく過ごすのは難しそうに感じましたね」
「必ずないかをたくらんでいますね。2人の王子は、もう手を打っているような話しぶりでした。ウィタ騎士の、腐食のガマィンというものに声をかけている」
「腐食のガマィン?!」
モウラは驚いて声を上げる。
「百傑百柱に載ってるらしいね。だいぶ下位みたいだけど。95位? たいしたことないんじゃないのか?」
「たいしたことない、だと? おまえはものを知らないな。駆け出しの冒険者そのままだ。そんな人間にお嬢様を守れるのか?!」
モウラはさっきまでの表情を一変させて俺にくってかかる。
「カナエ、百傑百柱に名を刻まれる人物は、この確かなもののなにもない世界で、生きながらえて、武を誇っているものたちよ。もちろん高位の強さは想像もできないほどだけど、たとえ最低の百位であっても、城の兵士や、町中の道場主ぐらいが戦える相手ではない。それはオースンやカトーの戦いぶりを見たことのあるあなたにならわかるんじゃない?」
それまで静かに従っていたララが俺に教える。
うむ……、そうだな。舐めすぎていたか?
腐食のガマィン。どんなやつだろうか。
to be continued !! ★★ →




