act.33_鉄芯のロシャーナ
引率の大人はウィタ騎士でいう教士か、さらにその上の範士だな。もし範士だったとしたら、初めての遭遇だ。
俺たちは立ち止まって道を譲る。俯き加減に首を傾けているが、その実、通り過ぎる一団をちらちらと観察している。教士であるメリィラと同等か、それより上の実力を持った人物? すれ違うだけでも見逃す手はないでしょ?!
一人、二人と幼いローブ姿が過ぎる。こいつらは完全に生徒さんだな。ウィタ騎士としての素質を認められて、教会に引き取られた子供たち、といったところだろう。そして最後の成人人族……、女だ! 匂いでわかるっ!
おっと、ってかんじで、俺は廊下へ踊りでる。
「あ~なんだ? 躓いてしまったなぁ。おどろいたなぁ、なんだろう」
「む?」
後ろでソーナが凍り付いているのがわかる。小せぇ、小さいよ! こういうときは多少強引なのがいいんだよ。
「ああ、すいません。何かに躓いて、飛び出てしまいました。お怪我はありませんか?」
「お怪我であるか? いや、なにごともないである。ぶつかっておらぬであるからな。それにしても、無礼なやつである。飛び出てくるだけではなく、面と向かって話しかけてくるであるとは」
ローブの女はどこかヨアンナと似た訛りで答える。フードの中から僅かに視線を向けるだけだが、かぐわしい匂いが漂ってくる、気がする。いや、きっと漂っている。漂っていると信じる。
俺は大きく息を吸って、最高の笑顔で相手を見つめる。
「いや、まったく失礼しました。見たところ、名のあるウィタ騎士の方とお見受けしましたが……? あ、申し遅れました、私はこう見えて後ろの二人をパーティメンバーとして従え、王都アヴスで冒険者家業をしておりますカナエ・オオラギと申します。本日はアスファ聖王国バルバステラ侯爵家がご息女、ユーリンデ・バルバステラ様の護衛としてまかり越した次第でございます。ただいま、お嬢様はご担当の方と使者としてのお役目を果たしているところでありまして、私どもは田舎者でありますゆえ、こうして聖堂内を拝見しております。どうぞ、お見知りおきを」
と、一息に言って頭を深々と下げる。
向き直ると女はゆっくりとした動作でフードを脱いで顔を見せた。俺はその姿に釘付けになる。俺様の性的嗜好アンテナはさび付いちゃいなかった!
何とも精悍な女性である。
金色の髪をオールバックに固めて、肌は真っ白。形のいい鼻に鋭い眉と射貫くような一重の猫目、口が大きくて白い歯が漫画みたいに綺麗に並んでいる。そりゃあ、十人が十人美人だとは言わないかもしれないが、俺はこの手の顔が大好きだ。今すぐ結婚してもいい。求められるままに子種を差しだそう。
あ、だがちょっとまてよ、頬に髭みたいな……、猫の髭が生えてる? いや、ちょっと待て。あれは猫の髭を模した入れ墨だ。片側3本ずつ合計6本、綺麗に入れ墨されている。なんという……。だ、だが、個性的で魅力的、うん、魅力的だ。俺は踏みとどまって、相手を全面的に受け入れる。
「失礼ですが、あなた様は?」
「む、またしても無礼な。礼拝へ向かう我らを呼び止め、あまつさえ名を問うであるとは」
「まことにすみません。あまりにもお美しい姿に、思わず……。どうか哀れと思って、お名前を教えてくだされはしませんか? もしも、その僥倖に恵まれましたら、この後の一生は心の中で、あなた様のお美しい姿とお名前を思い浮かべ、それを頼りに生きていきたいと願っております」
「ちょっと、あんた黙って聞いてれば……」
うしろから雑音がしてきたので、俺はすばやくソーナの口を塞ぎ、また前の女性へほほえみかける。例によってソーナにつねられるが、俺の表情筋は微動だにしない。いや、肉がちぎれるくらいにひねるもんだから、痛いのは痛いんだが。
「ふぅむ。それほどの感動をしたであるか。致し方ないとはいえ、気の毒なことではある。いかに王都とはいえ、ボクの容姿は他の女性のなかに紛らわすのは難しいということであるのかもしれぬであるな。あるあるなことではあるが、見ればとしばもいかぬいたいけな少年ではないか。その年で、それほどの心の衝撃に耐えているのは、たしかに気の毒。ふぅむである」
なんというか、このギャップがいいんだよ。ハリウッドセレブみたいな容姿で、このしゃべり、しかも冗談じゃなくて、百パーセントまじめだからな。ニホンじゃこんなことはあり得なかったが、ここでは日常茶飯事だぜ!
「よかろう。名を与える。ボクはウィタ騎士ロシャーナ・ウィンディア、この世に12人しかいない範士のうちの一人、鉄芯のロシャーナとはボクのことだ。かしこまるがよいである」
「ロシャーナ様……。ありがたや~」
俺はかしこまって平伏する。こういう徹底的に謙った姿がこの手のお方には心地いいんだよな。
「鉄芯のロシャーナと言えば、百傑百柱で十位にいたような……」
「うむ。よくぞ記憶しているであるな。百傑百柱、個人の武において、ボクは十位というなんともきりのいい、すがすがしい、ボクにぴったりの順位に刻まれているである。なに、上を目指そうと思えばできるのであるが、ライフストリームに身を委ねる者であるからには謙虚でなくてはならぬであるからな」
「はぁ」
ソーナは微妙な返事をする。
すげぇな、ロシャーナ様。百傑百柱に名を刻まれているとは。しかも、オッスやカトーでさえ百位にいかないのに、十位。あほみたいに上位にいる。これまで何だったの、ってくらいに間をすっ飛ばしてるな。
ウィタ騎士の強さは別次元だと思っていたが、こんな人が聖堂内にうじゃうじゃいるのか? ひょっとして。モウラが言うように、たしかに聖堂内でジュリー様が襲われるなんてあり得ない。うん、いや、ウィタ騎士自体が敵でない限り。
ウィタ騎士自体がジュリー様の敵だとしたら、俺には守り切れない。おそらくここから全力で逃げたとしても、逃げ切れないだろう。その可能性は考えても仕方がないな。
それにしても、百傑百柱10位とは、どのように強いのだろうか? べつにロシャーナ様は筋肉むきむきでマグロ庖丁みたいな鉄の塊をぶら下げているわけではない。さっき、鉄芯のロシャーナとかいっていたから、棒状の何かで戦うんだろうな。それはわかるが、体中のポケットにそういう棒をストックしている様子はない。戦場でそういう棒状の武器で戦うとか? でもそんな筋肉を纏った身体じゃない。長く戦場を離れていたって、骨の太さくらいは名残があるはずだ。目のまえのロシャーナ様は、引き締まっているのはわかるが、骨太ってわけでもない。
それなのにこの世界で個人の武で言えば10番目に強いんだという。すると、魔術か……。
わからんね。まぁ百傑百柱というオーバーテクナラジィ自体、どんなシステムなのかさっぱり見当もつかないけどな!
とにかく、ロシャーナ様は強い。そしてウィタ騎士で、ウァセルフ大聖堂内に住んでいる。うむ。
そしてどこかに個人的な部屋を持っていて、薄いシーツに身を包み俺が夜に忍んでくるのを待っている。
あ、いまなにかカマキリの雄の心境になった。
「よくみれば、冒険者カナエは奇妙なウィタを纏っているな。すこし、胸騒ぎのする……」
お、前に会ったウィタ騎士と同じことを言いやがる。
「はぁ、私にはよくわかりませんが、前にお会いした騎士様にも同じことを言われました」
「その騎士は何と名乗ったであるか?」
「錬士ザキチュナ様とお名乗り遊ばされました」
「ザキチュナであるか。あやつはまっとうな騎士ではある。すると、ボクと同じ印象を抱いたということであるか。なにかあるであるな」
「私には見当もつきませんが……」
「冒険者カナエは排除した方がいいのかもしれないであるな」
「は?」
ロシャーナが俺に近づいてくる。
奇妙な足取りだ。予備動作みたいなものが感じられない。超、自然的とでもいったらいいのか。
俺はロシャーナの動きを予測することができない。
すぐに目のまえまで近づく。
手を伸ばして俺の顎をつかむ。顔を引き寄せて、ロシャーナの金色の虹彩が俺の魂の底まで覗き込んでくる。
あ、れ……? このまま殺されるような? なんで?
と、恐怖を感じた瞬間に、ロシャーナは俺を解放する。
「冒険者カナエの瞳はボクを惑わせる力がある。なぜか、いまはまだ放って置くべしと、ボクのウィタが囁いてきた。では、生徒の諸君、余計な寄り道をしたな。礼拝堂へいくである」
そういいながらロシャーナは俺たちを放って、目的の場所へ進み始める。
俺とソーナ、ララはぽかんとして後ろ姿を見守る。ほんとに、なんだったんだろうか。
ロシャーナの引き締まったぷりぷりとした尻を目に焼き付けて、俺はじっと立つ。プリ尻が遠ざかり石壁の影に消えていく。振り向きもしないで去って行く。
「なんだか怖い人ね」
ソーナが言う。
「鉄芯のロシャーナと言えば、先の戦争で名を馳せた戦士よ。教義に忠実な、信仰に厚い人物だと聞いたけど」
と、ララ。
俺は精悍なララの容姿を改めてみて、それからロシャーナの体つきを思い浮かべる。このララよりもロシャーナのほうがずっと強いというのがぴんとこない。だが、それは動かせない事実なのだ。強いって何だろうな。ガチで戦ったときに、最後まで立っている確率? 拳銃を手に持っていたら、その間は上位にいられるというのか?
異世界って何とも不合理なところがある。俺はそれを見極めたく思うが、それにはまだ、時間が必要だ。
俺は気持ちを切り替えて、目のまえのことに力を注ごうと気合いを入れる。
「ソーナ、ちょっと俺の頬をひっぱたいてよ」
「え、いいわよ?」
パーン! と、間を置かずに全力ではたかれる。
星が飛んで、いっしゅん、視界が暗くなるが、何とか持ち直す。
よろめく俺のことをソーナとララが何でもないように見ている。
「もう一回?」
「い、いや。もういい。大丈夫だ」
気合いが入った、気がする。
「ジュリー様はどこだろうな?」
「石壁を見てたり、ロシャーナ様と話してたりして、ぜんぜん探してないじゃない。それで護衛は大丈夫なの?」
「いま話してみてもわかったけど、大聖堂内でジュリー様が襲われるなんて、あり得ないな」
「だからモウラもそう言ったでしょう? それをあなたが『命を捨てて誰かを殺そうと思えば、たいていのことはできてしまう。ふっ』みたいに言って格好つけたんじゃない」
「ふ、なんていってないだろ! いや、まぁ、そうなんだけど。だって、百傑百柱の十位みたいな人が、内部をうろうろしているなんて誰も言わなかったじゃん」
「常識よ。ウィタ騎士の範士だけで12人いるんだから、半分ぐらいの人はこの聖堂内のどこかにいるはずでしょ」
「まぁ、そうか……」
と、俺が若干しょげていると、後ろから声をかけられる。
「カナエ? どうしてこんな場所にいるの?」
ジュリー様の声だ。
振り向くと砂漠色の髪、褐色の肌が俺のほうへ親愛の情を向けている、気がする。
ともかく、ジュリー様と会えたのは幸いだ。これで、探しに行ったという名目が立つ。よかったよかった。
「すいません。ジュリー様とあまり離れているのは護衛としてどうかと思い直し、こうして探しに来た次第です」
「そうだったの。悪いわね、ここはとても広いから、探し回ったんじゃない?」
「いえ、任務ですから」
ジュリー様は満足そうに頷く。ああ、この健全な笑顔。実はこの世界ではこういうストレートなのは少ない。それになんていうか、ジュリー様って砂漠の民みたいに薄着なんだよな。健全なお胸の先っちょが、自己主張している。俺は紳士だからじろじろ見たりしないけどね。
ま、みんな一癖二癖あるからな。それはそれで魅力的ではあるが……うん、大切に付き合おう。
「お役目は無事に済んだのでしょうか?」
「ええ、無事に話すべき人に会えました」
「それは何よりです。では、これで王都での仕事も終わりでしょうか?」
「ごめんなさいね。そうはならなくて、お話ししたのはあくまでお取り次ぎの方なのです。これからお伝えしたことが範士の会議にかけられて、お答えをいただくことになる。それまではここにとどまらなくてはならないの。ここというのは王都のことですが」
「では、その間の警護も必要と言うことですね。たしかに、警護の期間は3日と聞いていますから、お答えをもらえるのが2日か3日後と言うことですか」
「ええ。その間、しっかりお願いしますね」
そういってジュリー様はこぼれるような笑顔を浮かべる。
これがニッポンの中学生だったら、すぐに芸能界デビューだな。悪い大人が寄ってきて、片時も安まらないだろう。
だがここは理不尽な異世界。ジュリー様の笑顔を味わっているのは俺とお付きの二人だけ。
「これはこれは、ユーリンデ様ではありませんか」
そう言いながら近づいてくる野郎が一人。二人。
ジュリーは一瞬で真顔になり背後を振り向く。ジュリーの背後からきたのは二十半ばくらいの着飾った貴族だ。赤を基調にした服のやつと、青を基調にした服のやつ。
見た目完全にピエロだな。
to be continued !! ★★ →




