act.31_貴族街
ユーリンデが俺に手を差し伸べる。俺はなんとなく映画とかで見た仕草で傅いて近づき、その手に口をつける。ユーリンデは頷いて俺の目をまっすぐに見る。射貫くような力のある目だ。虹彩が燃えるように揺らめいていて、何とも美しい。俺はニッポンでのくせで、堂々と令嬢を見返してしまう。ユーリンデも目を逸らしたりしないから、俺たちは謎の見つめ合いを初めて、にこにことお互いを眺めている。
「……ちょ、ちょっと、なにやってんのよ」
と、後ろからソーナにマントを引っ張られて、俺はよろめき目を逸らしてしまう。慌ててユーリンデの方へ向き直るが、目を伏せて笑ったままもう一度覗き込んでは来ない。ちぇ、負けたじゃんか。
「お初にお目にかかります。王都アヴスの冒険者、カナエ・オオラギと申します」
「カナエ? 素敵な名前ね、どうぞよろしく。それにしても、ずいぶんと若い冒険者ね。年はいくつ?」
「は。10歳だと自分では思っています。実は記憶を失っていまして、本当のところはわかりません」
「じゅ、10歳? ……そう、がんばったのね。ご両親はどうされたの?」
ユーリンデは遠慮がちに訊いてくる。
「親はいずこかしれません。過去のことばかり思い出せず、商隊に拾われ奴隷になりました。後ろの2人はその由縁のものたちです」
「あなたは奴隷なの!? 奴隷なのにリーダーをやっているの?」
ユーリンデが問うと、ララが素早く口を挟む。
「行きがかり上、商隊の長が身を引き受けております。奴隷とは申しましても、形式上のことで、カナエの生来の才能からいっても、商隊の皆は奴隷扱いはしておりません」
「なるほど……。どのような生まれなのか、みな興味津々といったところか。早くわかるといいわね」
「はい。ですが、いまの生活も気に入っていますので、記憶が戻っても元の生活に戻れるかどうかわかりません」
俺が言うとユーリンデはからからと顎を上げて笑う。
「それじゃ、ご両親がかわいそうよ。記憶が戻ったら、ぜひ、家に戻りなさい。商隊のことはそれから考えるのね……。それで、あなたたち3人と後ろの兵士さんが護衛をしてくれるのね?」
「はい。短い間ではありますがよろしくお願いいたします」
俺はララとソーナを前に押して、それぞれ自己紹介をしてもらう。そのあとに南門兵士の3人が傅いて名を名乗った。
「みなさん、よろしくお願いね。私がアスファ聖王国バルバステラ侯爵家が娘、ユーリンデ・バルバステラよ。ジュリーと呼んでね」
「では、ジュリー様と」
「ふふ、様はいらないけど、そうね、その方が呼びやすいなら、そう呼んで」
ジュリーはにっこりと微笑んで俺を覗き込む。意外と歳が近いのかもしれない。いまの俺に比べたらそりゃ年上だけど、それでも顔の肌の張りだとか、骨格には幼さが滲んでいる。ようやく世間のことに興味がでる年頃になって、貴族の地位の高さなどに気がつき始めている、そんな感じだ。それでも、俺を見る目には上から目線というよりも、年下の冒険者に対する興味の方が強いみたいだ。
まぁ、砂漠色の髪の毛に、赤い目、褐色の肌っていうのがもう、活動的な印象を受けるから、そういう印象を受けるのも、見た目の影響が大きいのかもしれない。
「この人は私の友人、モウラというの。モウラは武術もたしなんでいるから、護衛任務に関することなら、モウラにも相談してね」
机を挟んでやや簡素な椅子に座っている女、モウラが鋭い目つきで頷く。
このモウラは側付きだから、友人と紹介されたが侯爵家の使用人だろう。服装や体つきからして、貴族とは明らかに違う。ま、それ以前にモウラはいわゆる黒人だ。肌が黒く、髪は短いアフロ? みたいな髪型だ。ジュリー様は褐色の肌だが、モウラは完全に真っ黒だ。だが、厚い唇と下まぶた、彫りが深く大きい目が何とも魅力的だ。それになんていうか、頸筋から胸元へ伸びるぴんぴんに張った肌……。ジュリー様が85点、モウラが95点ってところだな!
モウラは俺たちを信用していないのか、厳しい視線で俺たちを見分する。優雅な仕草で立ち上がり、俺の周りを1周する。腕をとって、筋肉のつき具合を確かめたりする。
「見たところ、あまり訓練を受けていないね。あなたにお嬢様を護ることができるの?」
「南門の衛門督に能力を認めてもらってます」
「そう? 間違いのないようにしなさい」
「……ちょっと。カナエはこうみえて、南門の兵士との模擬戦にも勝ってるのよ? 失礼じゃない」
モウラの言いぐさにソーナが口を尖らせて文句を言う。
「兵士と模擬戦? 子供相手だから手を抜いたんじゃない? ブトゥーリン王国の兵士は優秀だと聞いているけど……、本気で戦ったんだとしたら、張り子の虎ということかしら」
ブトゥーリン王国……。あ、この国、ブトゥーリン王国っていうのね。ブトゥーリン王国の都、アヴス、か。なんともいまさら感があるな。
そんなこんなで自己紹介が済んで、俺たちはジュリー様の目的地であるウァセルフ大聖堂へと進み始めた。ジュリー様とモウラ以外は南門に待機を命じられているから、護衛は俺たちだけだ。自国の護衛すら同行を許されないって、いったい何の用事なんだろうな。まぁ、俺には関係ないといえばないが、ジュリー様モウラのお美しさを目の当たりにしてしまうと、彼女らの任務? に是非とも巻き込まれてしまいたくなる。あ、自分を買い受けて奴隷から解放されるっていうのは忘れてないけどさ!
隊列は南門兵士の3人が先導し、乗馬したジュリー様とモウラ、後ろは俺たち3人だ。馬になんか乗ったらますます目立つような気がするが、歩いて行くという選択肢はないらしい。貴族が平民に混じって土の上を歩くっていうのは問題あるんだという。狙われているのかどうか知らないが、命よりも大事なのかね……。
といって、易々と襲撃される訳にもいかないから、俺は周囲に十分目をこらす。事情はともかく、無傷で帰りの門まで送り届けるのが俺の仕事だからな……。
ソーナとララも普段よりも緊張した面持ちで往来を見張っている。表情のないララの顔、久しぶりに見たが、やはりなかなかの迫力だ。ララとモウラがいれば襲撃してくる奴らなんて、軽く蹴散らせるような気もする。
俺たちは南門からまっすぐに北上し、お城の膝元、貴族街へと入っていく。平民街と貴族街との間には内城郭があり、外郭の城壁に比べても遜色のない防衛施設になっている。このあたりで防衛に当たっている兵士は装備もきらびやかで、いくぶん見栄を張った装飾まで施されている。あるいは貴族の子弟が勤めているのかもしれない。
南門の兵士であるチェスが応対し、俺たちは内郭内へ入る許可を得る。ウァセルフ大聖堂は城に隣接した岩塊の上に建っているという。ギリシャのパルテノン神殿みたいなものかね? 内郭へ入った途端、往来の人々の服装が替わり、いくぶん危険な空気も和らいだのを感じながら、俺は初めての景色に胸をときめかしている。
っていうか、これだけの貴族たちを養える国力が、この国にはあるんだな。だって、これだけ無数の屋敷を構えている貴族、彼らは生産活動をしていないわけだろ。農民や職工が生み出した生産物の余剰分を受け取って生きているわけだから、そこには莫大な生産能力が潜んでいるわけだ。
それにこの貴族街の悪趣味なまでに施された装飾の数々。これらは建築物に対して、機能を超えて時間と技術を費やしている。これはいっしゅの娯楽だ。
装飾は娯楽であって、装飾のための職人技術、その伝承というのは、その文明が安定して繁栄していないとはぐくまれない。戦乱が続いていると、それらの技術は容易に失われていくし、だれしも日々の暮らしに精一杯になり、職種そのものが消えていく。
それがこの街ときたら、おそろしく贅を尽くしている。通り過ぎる馬車、といってもここでは商隊で使ってるような鳥トカゲもちらほら走っているのだが、その荷台は装飾が凝らされている。窓にはガラスが嵌められて、中には輝かしい衣装をまとった貴族さんたちが寝てたりぼんやりしていたりする。ガラスといってもさすがに透明度は低いが、それでも平民街を見たあとにこの景色を見ると、なんともギャップが激しい。
俺が思うに、ここの貴族たちはそれぞれ荘園を抱えているな。自分の領地と収入源を別の土地に持っていて、主だけがこの城下町に住んでいる。そういう形態なんだろう。
と、そんなことを考えているとき、神より授かった超感覚に引っかかりを覚える。
何者かに気付かれないように自然を振る舞いながら周囲の様子を確かめるが、これといって不審な人物は視界に入らない。だが……、誰かに見られている気がする。
俺は平静を装いながらララに話しかける。
「……誰かに見られている気がするけど?」
「……そう、ね」
ララは振り返りもせずに返事をする。
会話を聞いて、ソーナとジュリー様が少しだけ身体を硬くする。モウラはさすがに無反応だ。
「貴族の邸宅を見張っているだけかもしれない。動きがなければ、このまま行きましょう」
貴族の邸宅はそれぞれ鉄柵で囲われいて、出入りする門には武装した家来が詰めている。あるいはそいつらの視線を感じ取っただけか……。
いや、やはりどこからか俺たちに焦点を合わせる、黒い二つの点があるようだ。どこかの景色に紛れて、こちらの様子をうかがっている。果たして害意があるのか、それともただの好奇心か、そこまではわからない。
しかし、護衛任務中に知らない相手から注目されるのはいい気分ではないな。
「……どこから見てるのよ? 見つけた?」
ソーナが不安げに訊いてくる。
「わからないが、まだ見ている感じだな」
「気持ち悪いわね……」
まったくだな。
俺たちはぎこちなく歩みを早めて、邸宅街を抜けていく。歩みに従って違和感も追従してくるが、やがて小高い丘とその上に建つ壮麗な神殿が見えてきた頃に、それは消えていった。
to be continued !! ★★ →




