act.29_俺vs南門兵士 其の3
「準備はいいか? それじゃあ、第3戦、開始だ!」
ダキシャラの手が振り下ろされる。てか、この門番長さん、のりのりである。うれしそうにしているところを見ると、どうやら俺に賭けたらしい。俺に賭けておきながらチェスに助言したのか。いや、まてよ。3戦目だけはチェスに賭けたのかもしれん。
ここは、がんばって鼻を明かしてやらないとな。
開始と同時に魔素を練り始めたチェスを見ながら、俺は距離を詰めていく。相手は魔術師だから、俺が選ぶのは接近戦だ。
一歩距離を詰めると、チェスは四角い闘技場を半歩、時計方向に位置をずらす。10メートル4方ほどの広さの中で、可能な限りの距離を保とうということらしい。
俺は闘技場の中心までいっきに歩を進めて、そこからじりじりとチェスを追い詰める。チェスの髪が風に靡き、笏に添えた手のあたりが輝き始める……。なかなかのウィタを保っているらしい。わずかに風圧すら感じられる。
魔術師と戦うのも初めてだったな……。
チェスの微妙な位置取りを先手先手で塞いで距離を詰めていく。
だが、そうこうしているうちにチェスの腕先には複雑な紋章が輝きとともに浮き上がっている。魔術については尼僧ヨアンナに聞いたぐらいしか知らないわけだが、いわゆる系統みたいなものがあるんだろうか? それとも術者1人1人の個性みたいなものなのか? それすらもわかっていない。わかっていないが……、じつは無茶くちゃわくわくしている。若くて超感覚を備えた身体がそうさせるのか?
俺はチェスの腕先の紋章に意識を集中させる。
見たことのない言葉と、見覚えのないデザインの絵が複雑に組み合わさって、それが読経のように流れ、変化していく。
チェスのアルトの声が奇妙なまでに耳に届く。
声によって空間そのものがわずかに振動している。
むき出しになった肌が、その振動を感じて、不安をかき立ててゆく。
幻惑、といったらいいだろうか。術式の中に吸い込まれていくような、目眩にも似た……。
「……サドトゥフファに天座するガホイ、グブボイの両神の名において禍つこと祓い給え、其は雷土、霹靂神、天空に光ひろめき、邪なもの討ち滅ぼす者なり……」
あ、なんかやばい。
チェスの両腕は、いまやスパークする雷光の衣を纏ったようだ。
俺はそれを見て本能的に悟る。
地球の常識に囚われていては、この世界の物事をうまく理解することはできないんだと。
「おお! チェスのやつ、子供相手に全力で行く気だな!」
「あいつが両手に雷まとってるのは久しぶりに見たぜ!」
「こぞう死んだな!」
まじかよ、おとなげない。
俺は外野の声を聞きながら苦笑する。チェスは雷をまとったまま武術使いのように両手を前後に構えて、上半身を低くする。
くるか。
右手にステップしながらも、雷の流れから目を離すことができない。雷光はまさに瞬きだ。軌道を読むことなどほとんどできない。
躱した身体にどこまで追撃してくるか……。
次の瞬間、チェスが跳躍し、接近してくる。
前方、斜め上から、笏をたたきつけるかのように打ち下ろしてくる。
この距離だと、笏で殴るわけではない!
俺はとっさに後方に下がろうとするが……。
チェスが腕を振り下ろす方が早い。
腕先がひか……っ!
「ぐっ!」
い、意識が、とびそうに……。
落雷のように伸びてきた雷が俺を捕らえる。
思わず声が漏れるのと、チェスが着地するのが同時だった。
相手は間髪おかずに振り返り、強烈なショックで停止した俺を笏で殴りつけてくる。
う、腕よ、うごけ……動け!
笏の風圧を感じられる距離で、ぎりぎりシャーリーを振るう。ぎりぎり笏にぶつかり、打撃が逸れる。
チェスは俺が動けたことに驚愕するが、その表情を残像にして、1回転しながら弾かれた笏をもう一度たたき込んでくる。
「うぉぉぉお!」
硬直した筋肉を叫び声とともに無理矢理動かす!
両足が軋みながら曲がり、上半身を反らして笏を避ける。
再びチェスの驚いた顔。
あ、ちょっといらだちが混ざったな。
俺は身体を停止させずにさらに後方へ逃がし、兵士たちの人垣で停止させる。
電撃を食らった衝撃で口から飛んだ唾液を、ぬぐう。
ま、まだ、めのまえに星が飛んでるぜ……。
「私の電撃を食らって意識を失わないなんて……」
チェスは憎々しげに呟く。
相当自信があったみたいだな。
「どういう攻撃かわかったからかな……。だが、めちゃめちゃ痛いね……」
本当にめん玉がとびでるかっていう衝撃だ。
「そうかい、それじゃあ、もういちど食らわせてあげるよ」
チェスの両腕に再び紋章が浮かび上がっていく。ん? こんどは呪文はないのね……。てか、させるかっての!
俺はチェスの懐に飛び込んでいく。
下からシャーリーを振るい、跳ね上げるように半回転させる。
身長が低いから、チェスは避けづらそうにするが、紋章の流れは止まらない。俺はさらに飛び込んで、でことチェスの胸が接するぐらいに……
「な、こいつ!」
接する。
体当たりに驚いて、チェスの紋章が霧散する。とたんに相手の身体から魔素の抜け出ていくのがわかる。
へぇ、術の途中で不意に中断すると、魔素が身体に帰らないのか!
逃げていく魔素を俺は何となく感じる。
2人一緒になって倒れ込みながら、俺は片手を伸ばして散っていく魔素をつかみ取るようにする。魔素が腕に引き寄せられ……
そして……、魔術だ!
地面に衝突するダメージを……何とか耐える!
倒れながらいくらか残ったチェスの魔素を練って、あえて相手の防具の厚いところに手を当てる。
「弾けろ!!」
バカン!
俺の手は衝撃で後方へ弾かれる。
いきなり腕を引っ張られたかのように、身体もそれにつられて飛ばされる。
が、めまぐるしく変わる景色の中、どうにか地面を感じて着地に成功する。
エクスプロージョンを放った手が、しびれて上がらん……が、身体は動く!
チェスは……、あ、ぶっ倒れたまま動かない。
勝負、あったか?
しばらく身構えていたけど、チェスは起き上がれないようだ。
これ、どうなんだ? ってかんじでしばらく構えていたが、だれもうごかないし、ダキシャラの合図もない。
俺は構えを解いて棒立ちになる。周りを見ると、皆が俺のほうを見ている。疑いの目? いや、なにか不気味なものを見ているかのような……。
「少年、いまなにやった?」
と、ダキシャラの声が響く。
「なに、とは?」
「俺には少年が瞬間的に魔術を使ったように見えたが……」
「ああ、あれは、チェスの魔素を捕らえたからな」
答えると、周りからざわざわとささやきあうのが聞こえてくる。
「捕らえたって、魔素を奪ったってことか?」
「そう聞こえたな……」
「人の魔素を奪うなんてのは、人族にはできないはずだ……」
「人族ではないのか……?」
「おい、声をもっと小さく、聞こえちまうぞ」
うん、聞こえている。まずったか? なんとなく不穏な空気だ。
「ふむ。ま、それはあとだな。とりあえず……、勝負あり、だ」
ダキシャラは試合の終了を合図する。
それを聞いて、「やったわね!」と、ララが喜色満面に近づいてくる。俺を抱きしめて頬ずりする。おおう、ひさしぶりにお日様の匂い。
ソーナが遅れて近づいてくる。うれしそうではあるが、ちょっとひき気味だ。どういうことか知らんが、どこか非常識だったわけか。
そして俺は南門兵士との3連チャンに勝利した。
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「まったく、少年の個性っていうの? 特殊な戦闘スタイルにはおそれいったぜ?」
そういいながらダキシャラは俺の肩をぽんぽん叩く。俺たちは模擬戦を終えて、ダキシャラの執務室に戻っている。
あのあと、気を失ったチェスが運ばれてき、たいした怪我ではないのがわかると兵士たちの不穏さもいくらか解消した。それでも、散っていく相手の魔素をかき集めて攻撃したのは人族にはできないことだったらしくて、怪しがって親しげに接してはくれなかった。ていうか、ソーナちゃんにも距離を措かれている。
「それで、少年は人族と悪魔との混血だったりするの?」
「なにを言うの? そんなわけがないじゃない」
ララがいつになく怒った口調で俺の前に出る。
「しっかしなぁ? 魔術が失敗して、散っていくチェスの魔素をかき集めて自分の魔術を加速させたのは、みんなが見ちまった。ああいう邪法ができるのは悪魔と決まってる。それはそちらさんもご存じだろう? 俺はこうしていろいろ話したから、少年が邪悪な魂を持っているとは思わないけど、兵士たちが見ちまったからなぁ。生まれが森の中っていうのも、あいつらに伝わってるし……」
「カナエには神の恩恵が授けられているのよ」
「神の恩恵? そんなの聞いたことがないぜ……。少年は何かいいわけとか、ないの?」
俺は首をひねってみせる。
「なんていうか、電撃を食らったあとにとっさにやったことだから、正直言って覚えてないんですよ……」
「ほんとかぁ?」
ぜんぜん信じてないな。
「自分でも覚えていないから、信じてくれとも言いがたいし、困りましたね」
「少年にそう言われてもなぁ……。模擬戦には勝ったが、おまえさんたちを護衛に選んでいいのかどうか、ちょっと悩んじまうな」
「さっきは私たちに決定したって、いったじゃない。南門の衛門督さんは、ついさっき自分でいったことにも責任がとれないの?」
と、ソーナが反論する。
「は、は。それをいわれちまうと、俺も辛いね。ま、しかたがないか」
「当然よ。模擬戦だって、勝って実力を示したんだから。商隊の護衛はそこらの冒険者とは基礎からして違うのよ」
あ、なんかうれしい。ソーナが俺を誇ってくれるなんてね。
「そういうことにしておきますかね。じゃあ、始めにいったとおり、おまえさんたちに任せることにする。チェス、エルムト、デルトガルの3人には良くいっておくから、明日の朝になってもうまく接してやってくれよ? 模擬戦じゃ不覚をとったが、兵士として連携して戦ったら、なかなかのもんだ。そういう点ではおまえさんたちよりも信頼できるかもしれんのだから。あいつら含めて、今回は6人で1チームだ。それを忘れるなよ?」
「あんたたちもね」
ソーナが憎まれ口を叩くと、ダキシャラはウィンクして答えてみせた。
「だが、護衛対象になってるアスファ聖王国のお客さんの前では、あれは無しな? 我が国の様子に間違った印象を持たれては困るからな……」
「それは約束しますよ」
と、俺は神妙に答えた。
to be continued !! ★★ →




