act.3_現地人との遭遇
……って、超熟睡したな。
なに食って寝たっけ?
ん……?
あれ?
あれれ?
俺はけだるさを感じながら目を開けた。
草の匂いがする、それがこの世界で俺が初めに感じたことだった。
こんどはまえに目覚めたときと違って、体に痛みはない。それどころか、妙に体が軽くて、力も感じる。自分の体の頼もしさが、手足から伝わってくる。
生きている、と心から感じられた。
「これが俺の体……」
俺は細くしなやかになった腕を眺める。
子供の細い腕なんだが、拳に力を入れて腕を曲げると、ぎゅっと締まった筋肉が盛り上がる。
東南アジアとかで、子供のころから港で力仕事をしている青年、そんな感じの体格だ。
だが、10才相当の肉体というのは地球と同じ。俺の体はそういう姿形に変わっていた。
そして……、ここは、地球でない、異世界。
の、はず。
俺は脇に置かれていた茶色いローブを手にしながら、立ち上がる。目の粗い布地だが、上下とも服を着ている。股にはパンツでなく帯を巻いている。靴は、何かの革。
森の中の小高い丘だ。
森、といっても西日本のような藪椿とかアセビが生い茂る暗い森じゃない。
若木がまばらに生える、日が差し込む明るい森だ。冬になったら葉が落ちるんだろうな、と思いながら周囲を見渡す。
と、俺は予想外に視線が低いことに驚かされる。
身長が120か130センチくらいになっている。
「ってことは」
それから股についている、男性自身に目をやる。
そこにはたいへんお行儀のよい、かわいらしいやつがついていた。
ヘイ、ジュード……。おまえも若返ったんだな。一本のおけけすらない。なんてこった。まぁ、いいか。これから生えてくるんだろうし。
神に会って異世界に転生したというのに、ティン毛があるかないかで悩んでもな。
俺は手にしたローブを調べる。
何の変哲もない布のローブに見えるが、素材はなんだろう。綿にしては粗い繊維に思えるが、あるいは麻かなにかかな?
とりあえず、そいつを身に纏って、腰紐を結ぶ。現地人の一丁上がり。
そして、あー、いまは朝なのか昼なのか。わからないが、空には太陽が照っている。空は青いし、太陽がたくさんあったりしない。このあたりは地球と同じだな。じつは地球なんじゃないの。
あの性格の悪そうな女神のことだから、そのくらいのおイタはしてもおかしくない。だがまぁ、若返ってよみがえったのは確かだから、異世界なんだろうな。異世界だということにしよう。
たぶんそこらへんで勇者がドラゴンと戦っていて、魔王が暗躍してる最中だろう。
あー、空気がうまいね。
で、だ。あいつの言っていた伝令係だが……、いないな。どこにもいない。用事のあるときだけ現れる、とかか。そうすると、俺はこの状態でなにをすればいいわけ?
身長125センチの少年が、なんの武器もなく森の中に立っている。
まさに裸一貫。他に何にもない。
銅の剣はおろか、ヒノキの棒もない。
一杯のかけそばもない。
まぁそのへんの木の枝を折れば、武器にはなりそうだが。
だが野良犬がゾウのようなサイズで群れていたら、木の枝なんて無意味だ。
無意味だが……、人間の本能だろうか。武器を持たずに森の中を歩くなんてことが、気が進まない。
そう思って、俺はそこらをさがして、手頃な木の棒を手にする。
すばやく振り回してみると、思ったよりも鋭い音がする。
なにかいいね、この体。この健康でたくましい肉体が、女神の言っていた恩恵の一つなのかな。
だとしたら、なかなか気前のいいことだ。
俺は手にした木の棒で、そこらに立っている若木を打ち据えてみることにする。
わりと重い木の棒だ。棍棒、といってもいい。そいつを、おもいきり……
ドッ!
って、しびれる~!
硬いな、思ったより。
これだけ思い切り殴っても、折れる感じがしない。この世界では枯れた木の枝なんか、わりといい武器なのかもしれない。
はらはらと頭上から落ちてくる枝葉を眺めながら、俺はそんなことを考える。
よし、この棍棒はシャーリーと名付けて大事にしよう。
俺はシャーリーをローブの中に収め、それから、さっと取り出す動作をしてみる。やはり、思ったより、すばやく攻撃モーションをとることができる。なんというか、やっていて楽しくなるぐらい、俊敏な肉体になっている。
それに、前世では、そんな棒きれをローブの下からすばやく取り出そうものなら、布の空気抵抗だとか、棒の長さを見誤ったりだとかで、まぬけな感じにおたおたするところが、この体、この世界の俺は、実にスムーズに動かすことができる。
やはりこれが女神の言っていた恩恵だろうな。こんなそこらで拾った棒きれを、使い込んだ武器みたいに扱えるのは、どう考えてもおかしい。それに、さっき木を打ち据えたときも、なんとなく殴ったのに、棍棒の芯に力がのっていた。相手が人間だったら、吹き飛んでいたんじゃないか。十歳の子供が棒きれを振り回して、そんな攻撃ができるはずがない。
ふむふむ、と俺はなんだか愉快な気分になった。
たぶん、この体はものすごく運動神経がいい。一流アスリートになるくらいの素質があるんだろう。この世界の人間がみんなそうなのかはわからんが。
俺は新しくなった自分の体をもう一度眺め回した。
それから、2度目の人生に希望を持って歩き出した。
とりあえず、森を出てみようじゃないか。ワトソン君!
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
1時間くらい歩いただろうか、新しいからだが快適すぎて、思わず駆け出したりしてしまう。
だが、ここは異世界、ケガをしたら、それでジ・エンドかもしれないから、慎重でなければならない。
あまり物音を立てて、現地人や野生動物の注意をひくのも嫌だしな。
誰か、や、何かに遭遇するなら、できるだけ、先に気がつきたい。それだけで生存確率がずっと高まるだろう。
そう、俺は、転生した直後の感覚から、異世界ライフをちょっと考え直している。
よく考えたら、森を抜けたら、超未来都市があったり、それか、村などどこにもない、とんでもない原始時代かもしれないわけだ。
そんな世界で、足を骨折とか考えられる? いや、即死亡でしょ、それ。
シャーリーが頼もしいとはいえ、現地人がレーザー光線銃を構えて襲ってきたら、どうするわけ? と、俺は自制心を働かせた。
レーザー光線避けられるわけ? このかわいいおにんにんの体で?
無理でしょ。いまでしょ。
そう思って、周囲に注意を払いながら凹凸のある地形を進んでいく。
なんとなく太陽を正面に配置して進むようにして、さらに歩くと、沢のような地形に出た。
弱い流れのわき水が落ち葉の間を流れている。魚は、いそうにないな。
だが、これをたどれば、より低地に行き着くだろう。
とはいえ、道に迷ったとき沢伝いに山を降ろうとしてはいけない。
これは遭難時の鉄則だからな。
俺は太陽に向かっていくのをやめて、小川を見失わないぎりぎりの距離から、それをたどっていく。
そうやってさらに1時間歩いたころ、森を抜けた。
平地、ではなく谷の地形が広がっている。川の流れが弱いからか、川沿いに道がひかれている。
街道、か。
丘の上から見る限り、石畳か何かだ。右から左まで見渡す限り、石畳になっている。よくもまぁこれだけ石を集めてきたものだ。石の数も大概だが、労働力もとてつもない。
それに、それだけの労働者を働かせるには、食糧の余剰が必要だ。食糧の余剰は生産地から工事現場まで運ばなければいけない。
運ぶには道が必要。
だが土の地面で無いという事は、この世界には、車か、馬車か、なにかしら車輪のついた乗り物があるということだ。そうやって輸送の効率化を図る。
ふむ……。
俺は丘を降り、山裾の藪を抜けて、街道へ降り立った。石畳は平滑で、均等なすきまに並べられている。凸凹はあるが、かなり高度な土木技術だといえる。
そして、街道にはところどころ、車輪によってえぐられた轍がある。
石畳が削られて、浅い溝ができている。道の脇には馬糞が落ちていた。
はい、馬車で決定。
この時代の移動手段は、せいぜい馬車か。だが、アメリカの開拓時代には、馬車で移動したものの、銃もあった。まだ、いろいろ知らなければいけないことがあるな。銃とシャーリーじゃあ、けんかにならないし。
俺は川の下流、街道の左へ向かって歩き始める。
どうせなら、山奥の閉鎖的な村よりも、旅人が行き交う町の方へたどり着きたい。
で、はたと気がついて、髪の毛を一本抜いてみる。
黒髪だ。目の色はわからないが、意外と日本人的な容姿なのかもしれない。肌の色は、前世よりももうすこし、南国的な褐色になっているが。
とぼとぼと歩いていると、前方に木造の建物が見えた。丸太を組んだ、ログハウスみたいなやつだ。水車が備え付けられているが、回転はしていない。
川の水面より高いところに水車があると言うことだ。
それはつまり、必要なときに水面をあげる必要がある。
川の水面をあげるには堰がなくてはならない。
堰があると言うことは、
この世界の文明は灌漑をして、水車で粉ひきか何かをしている。
初めに見つける建物は炭焼き小屋かな、と思っていたので、少し意外だ。水車があるということは、もう集落が近いのかもしれない。この辺りには山奥で暮らす、独り者的な存在はいないのかな。
さらに歩くと、こんどは畑が現れた。
俺は近寄って作物を確かめる。
植栽されているのは小麦に近い作物だ。だがなんというのか、麦穂が地球の麦と比べて、ずっと長い。これなら面積あたりかなりの収量を得られるだろう。品種改良でもされているのかもしれない。
とまれ、俺の知識はさらに補完される。
この土地の主食はパンだな。
そして栽培技術はかなり高い。なぜならこの農地の面積あたり収量は地球の現代よりも多い。
俺は麦穂の一つをほぐして、中身を調べる。みずみずしい胚乳のつまった麦がぼろぼろとこぼれ落ちてくる。めちゃめちゃ健康だな。病害虫の一つもない。
こうなるとかなり進んだ文明の可能性が出てきた。
周りを見渡す限り、進んだ科学文明を感じさせるものはないが、しかし、この麦穂のきれいさたるや自然の作物を感じさせない。農薬を散布しているのかね。てか、くいてぇ。なんてうまそうな作物だ。現代人の俺がこれだけ食欲をそそられるとなると、この麦の品種は相当な精鋭種だろう。そうすると、この世界は地球よりも進んでいる……
と、そこまで考えたとき、前方に何か動くモノを見つけた。
うお! ……あ、あれは……犬、い、いや、人だ、うん、たぶん人間。
そいつは人間だった。
見まちがいなく人間だ。
だがなんていうか、ちょっと、この農地を管理している人らっぽくない。
あまりにも、その、獣っぽい?
あ、しかし、耳ロ王闘士っぽい甲冑つけてるから、意外と文明人……。
そいつは数百メートル離れた曲がり角から、ゆっくりと全身を現す。腰に帯剣しているのが見える。レーザー銃でなくてよかったな、と思うのもつかの間、そいつは何か異変を感じ取ったらしく、とつぜん身をかがめて周囲を警戒し始める。
やべぇ、こっち風上じゃねぇか。
うかつだった。
俺はゆっくりと身をかがめて、麦畑のなかに体を隠す。
気がつくなよ、と念じながら、ゆっくり、ゆっくり……
ばれた。
ちくしょう、なんでばれたんだ!
耳口王闘士はまっすぐにこちらを見ている。
警戒は解いてない。
これは、やばいのか? どうする?どうする? 戦う?逃げる?防御?じゅもん?
このままゆっくりと麦畑の中に逃げ込むか。それがいいだろうな、状況がまったくわからんし。
「**!」
相手が声を掛けてきた。
俺はかまわずにさらに後ずさる。
「***!」
止まれといってるな、と思いつつ、さらに一歩……。
あ!
やべえ、相手が剣を抜いた。
遠目に刃物がきらめくのが見える。
この世界が、地球の現代と同じ文明レベルだとしたら、あいつは完全にやばいやつ決定だな。
まぁだけど、突然突進してきて剣を振り回さないということは、それなりに理性があるのかもしれないね。
賭けるか……。
賭に負けてもアケネーに帰るだけだしな。
斬られるのはいやだが……。
「怪しいものじゃない」
俺はそう言いながら麦畑からゆっくりと出る。
もちろん両手を挙げて。
全身が見えるところまででていくと、相手は少し警戒を緩めたようだった。
「*****?」
「なに言ってるかわからんよ」
「***? *****?」
「あ~、おれ、人間の子供。異世界から来た。言葉わからないアル」
耳口王闘士は抜き身のまま自然体になり、何か考える。
「……@@@、@@@@@?」
うむ、イントネーションがさっきと違うな。たぶん別の言語で話しかけてきている。
あんな鎧、というかたぶんレザーアーマーだが、鎧を着て刃物を振り回す男がバイリンガルということは、ここは紛争地帯かもしれんな。
とはいえ、会話は不成立だ。
こんなときにどうするか?
指を角にしてタタンカ? カンガルー?
よく考えたら、詰んでないか? これ。
言葉がわからない世界で、職業経験もなく、食い物も確保できない。
赤子ならともかく、小学高学年くらい。
やってらんねーな。奴隷しかないじゃん。
まぁ死に戻ってもどうせアケネーだし。
と、俺は再び思考放棄して強気になることにする。
これ大事。
困ったときは思考放棄だな。
俺はとくになにも考えずに、相手に近づいていく。
だんだんはっきりしていく耳口王闘士は、まぁ、なんだ、犬人? みたいな?
いわゆるホモサピエンスじゃ、ない。
理性の宿ったコニー犬の頭がついた、毛深い人間だ。
どうやって進化したんだろうな~、わかんないな~。
んで、食われちゃうんですかね、これ。
「ハロウ!ハワユー?」
返事はない。
睨めつけてこちらを観察している。
強いていえばつまらなさそうに見えるが……。
「俺、孤児ね。ここがどこだかわからない。さらわれて、気がついたらここにいた。わかる? はらへった、メシくれないかな? メシ、スグ。無理でも、どこかに町ないか教えてもらえない?」
返事はない。
もう相手の様子がよくわかる距離まで来ている。
しかし、かっけぇおいぬ様だな。
頭部はふっさふっさなんだけど、コリー犬。
マジコリー犬。ラッシーとしか言いようがない。
目は人間的だな。
で、顔の毛がちじくれたりしていて、細マッチョのヴァイキングってところか。
背は高いな。たぶん190くらいだろう。
脚の形も、若干、犬を感じさせるな。関節の曲がり具合とかが。
走ったら速そう。
しかし、ヒトか犬かといわれたら、まぁヒトかな。
そいつが革の鎧を着て、ハチェットみたいな剣をもって、なんとなく俺を観察してる。
ありえね~。
なんの革使った鎧だよっていう。
そいつは「フ」みたいなため息をついて、歩き始める。
てか近づいてくる。
10メートル、8メートル、5メートル……。
「死ね」といって剣を振られたら、終わりだな。
そいつは俺の周りを一周して、顔をのぞき込んでくる。もちろん、俺はバンザイしたままだ。
あ、むかし飼ってた犬の匂いがする。オッスって名前の柴犬だ。
「オッス、オッス」っていいながら近づくと大喜びして、はしゃぎ回る、去勢した雄犬……。
こいつのことは仮にオッスと名付けよう。
「*****、*****……。***?」
「なにいってるかわからない」
「@@@?」
「その言葉もわからない」
「……$$$、$$、$$……?」
「わるいな、その言葉もわからん」
オッスは言葉が通じないとわかったらしく、盛大にため息をつく。
それから、腰の袋に手を突っ込んで、荒縄を出した。
あかんか。
to be continued !! ★★ →