act.28_俺vs南門兵士 其の2
「デルトガルのやつ、まだまだ訓練が足りてないようだな。よし、それじゃあ、第2戦、始めるぞ!」
ダキシャラは俺を見つめたまま、闘技場の皆に向けて静粛を促す。
数十人の兵士たちがそれぞれの面持ちで俺たちを見守る。場が静かになり、視線の力だけが俺の周囲に満ちる。
いいね、この雰囲気。
「始め!」
大機シャラの手が振り下ろされた。
同時にエルムトは走り出す! スピード勝負か!
エルムトの左腕が一閃し、手にしていた木剣の一本を投げる。それは、予想してたぜ?
俺は高速で放たれたそいつをシャーリーで払い落とし、その間に接近したエルムトのほうへ駆ける。
「おお! 前に来やがるか!」
エルムトはうれしそうに叫び、逆手に持ったもう一本のダガーで突きを放つ。押し込むような突撃だ。
その攻撃をツバメ返しのように引き返させたシャーリーで受ける。
ガッ!
シャーリーの芯に伝わる衝撃音をだしながら、エルムトの攻撃が逸れる。
が、即座に強く握った左手の拳が、俺のほうへ振り向けられ……
ドンッ!
俺は思わず相手左手でそれを払ってしまう。身体の中に骨の軋む嫌な音が響き、殴られたあたりが燃えるように熱くなる。
くそ、思ったより痛ぇ……。
体術もかなりやってるとわかって、俺はすばやく距離をとろうとするが、エルムトはそれを許さない。即座に追撃を始めて、懐近くに潜り込んだまま獣のように食らいついてくる!
やつの蹴りが俺のローブを打ち抜く。ドボッ、と布の打ち抜かれる音が鳴り、舞い上がった隙間からまん丸に見開かれたエルムトの顔が覗く。こいつ、小型の猟犬みたいだ。
俺は地面の砂をつま先で巻き上げて、エルムトの進路を妨害する。エルムトは横へステップしてそれを躱し、足下のなにか、あれはさっき払い落とした木剣だ、を素早く拾う。
エルムトが木剣を拾い上げる隙に、俺はシャーリーを振り下ろす。が、やつはそれを地面を転がって避け、反動を使って懐へ飛び込んでくる。このままシャーリーの内側に入り込まれたら、俺に対応策は……、あった!
俺はデルトガルとの戦いで練った魔素を、左手の先に甦らせる。
空転していたものが噛み合わさったかのように、すばやく魔素が集まるのがわかる。瞬間的に左手が熱くなり、周囲の光が吸い込まれるように、左手の白熱した紋章の周囲が暗くなる。
こ、これは……
俺は集中して、その左手をエルムトの突き出してくる木剣の腹に合わせる……
木剣の固い質感を左手で感じ取るかという瞬間、両者の間がまばゆくスパークする!
バシィッ!!
光が弾けて俺は左手に衝撃を感じる。木剣はあらぬ方向へはじけ飛んでいく。
エルムトが驚いて動きを止める。
俺はその身体に回転の勢いをそのままにしてシャーリーを振り下ろす。狙いは、やつの肩あたりだ!
ボグンッ!
たたきつぶすかのような一撃が、エルムトの肩に決まる。やつは目をカッと見開いて、地面に沈み込む。肩甲骨、折れたな……。
「勝負ありだ!」
ダキシャラの鋭い声が上がり、勝敗が決する。
「うぉぉぉぉ!」と、途端に周囲から地響きのような歓声が上がる。
「ま、まじかよ……」
「エルムトのおっさんには、俺も勝ったことがないのに……」
「こぞうの魔術、みたことがないやつだな。爆発したように見えたが」
「エルムト、死んでるんじゃね?」
「デュクシのやつ、いつのまにあんな魔術を……」
最後のはソーナちゃんか? まーた、俺のことをフンコロガシ呼ばわりしちゃって……。
俺はエルムトに殴られた左手をさすりながら、コーナーに戻る。そのうごきと連動するかのように、回復要員が闘技場に入ってくる。砂泥の地面に横たわったまま動かないエルムトに駆け寄って、頬を叩いたりしている。
シャーリーをたたき込んだあたりは、レザーアーマーが凹んで、変形してしまっている。あれはもう使い物にならないかもな……。あ、エルムトは死んじゃいないよ? ちゃんと息してるし……
生きていることが確認されて、エルムトが運び出されていく。
そのかき分けられた人垣から、次の相手、チェスが進んでくる。すこしはモチベーションを下げられたかと思ったが、ぜんぜん効いていないらしく、平静な表情だ。1番歳の近い相手だが、場の経験が違うらしい。油断できんな。
チェスは前の2人と同じく、ローブの下にレザーアーマーを着込んでいる。得物はエルムトと同じくショートソードをもした木剣……、じゃない、笏だな。先が太ってまるくなった、木の板ってところだが、なにか文字が刻まれている。あれで魔術をサポートして戦うのかな? なんにしても、どういう戦いだか予想できない。これはすこし戦いにくそうだ。
「エルムトは少年と同じ戦闘スタイルだから、経験の差で勝つかとも思ったが……。少年の体裁き、ちょっと、尋常じゃねーな。おまけに魔術の発動速度がすごく早い。だが、少年自身の左手もダメージを受けてるみたいだな?」
ダキシャラが俺の左手を、顎で指す。
確かにその通りだ。この魔術は初めて使ったときから諸刃の剣。つかったら術者の俺もダメージを受ける。
俺は掌の上で火薬の爆発したような衝撃に、いまだしびれのとれない左手をみる。皮が衝撃で破れて、血が滲んでいる。火傷のような損傷もある。正直言って、かなり痛い。
「そっちのお嬢ちゃんに回復してもらえよ? 別に回復無しで戦う必要はねーからな」
俺は頷いてソーナのほうへ視線を送る。その視線を捉えて、ソーナが人垣から進んでくる。
ソーナは俺の左腕を引き寄せて、傷の程度を見る。
「たいした傷じゃないわね……」
いいながら魔素を練って、傷口に魔術を展開していく……。あ、俺、回復の魔術を受けるのって、初めてだったな。これってたしか、お互いの魔素をつかって、傷口の細胞を高速再生するような、そんな感じだったな……。
俺は慌てて左手に魔素を注ぎ込むが、あつまった光は湯水のように傷の修復に使われていく。暗い穴に墜落していくような、喪失感が俺を捕らえる。
う、ぐ、ぐ、ぐ……、回復の魔術って、受けるほうもこんなに消耗するんだな。掌の火傷を治してるだけなんだが……。
ようやく光が収まって、左手の状態が見えてくる。
傷の痕跡は全くなくなり、高熱に縮れた肌着だけが、跡を残している。これはすごいな……、しかし、勢が削がれたというか、脱力感もかなりものだ。俺は傷の治った左手を、感覚を確かめながらグーパーする。
「ありがとう、ソーナ」
「むちゃするんじゃないよ。3対1なんだから」
そもそもの状況に不満らしいソーナが言ってくる。まぁ、そうだな。それも本職の兵士3人に対して、昨日冒険者になったばかりの俺が1人。さすがにおかしいよな! とはいえ、これは俺が望んだことでもあるし、年が若いからって、仕事を逃していたら、金を稼ぐのはままならないだろう。浮き世はままならないね!
「大丈夫だ。問題ない」
俺は強がってソーナの二の腕あたりをぽんぽんと叩く。少し睨まれたが、嫌がらずにされるがままになってくれた。ふふふ、どさくさに紛れて1次接触だぜ。スキンシップを重ねて距離を詰めていくって、重要だ。こんなときでもな。
ソーナが人垣に戻るのを見届ける。側に立っているララと目を合わせると、「がんばって!」と声を上げる。なんの心配もないらしい。てか、すごく楽しそうだ。俺、殴られたり、自爆だけど火傷したりしてるけど……。こういう感覚もコリー族特有のものなのかね。親しい相手が戦闘で傷つくのを気にしないっていうような。名誉のほうが大事、みたいな。いやいや、そうでもないだろうけど。
俺は頷きを帰してから、ダキシャラに視線を戻す。
ダキシャラの脇にチェスが立っていて、なにやら耳打ちされている。あ、きたねぇ。なにか作戦を練ってやがる。こんなか弱い少年相手に、大人がないなぁ。
「ダキシャラ! 準備はいいよ?!」
相手の会話を中断させようと、俺は2人に声をかける。ダキシャラはにやにやと笑いながら、口を話して、チェスがなにか訊きたそうにしているのを、背中をはたいて先へ促す。
チェスが闘技場の中心近くへと移動してくる。
「……」
無言で笏を構えて、鋭い視線を向けてくる。ショートボブって感じの髪型で、顔が小さく整っている。目つきはきつめだが、鼻と口が小さいから、ニホンにいたらアイドルみたいに見えるかもしれない。髪が青みがかっているのは、この世界の人族の共通事項だな。あ、ダキシャラは灰色だけど。
そんなチェスちゃんに睨まれると、俺はなんだかぞくぞくしてしまう。ニホンでは29歳だったから、いまの俺はチェスちゃんより少し年上くらいか。職場にいたら頼れる先輩ってところだ。そんな子に、こんな真剣な目つきで挑まれたら、だいちゅきホールドで拘束したくなるよね。
はっ、いかんいかん。ちょっと、おっさんとばかりつばぜり合いをしていたから、集中力が落ちていたぜ。
俺は気を取り直して、チェスを見る。ショートボブって感じの、、、じゃなかった、それはもういいんだった。
「なにか、邪悪な気配を感じます。あなたは本当に見た目通りの少年なのかしら?」
「……それ以外なんだって言うんですか?」
「王都北方のマウナス山を越えて、海を渡った地に、長命の種族が住まう伝説の街があると聞いたわ。あるいはその地から、なにか人心を乱す為に送られた、工作員? じゃないの?」
「そんなたいそうなものじゃないですよ。僕はこの世界に住む人がどうやって命を繋いでいるか、見て回って、文章にまとめたいってだけで、何の害もない……」
「見て回る? それって工作員そのもののような気がするけど?」
「そういえば、そうですね」
俺は子供っぽく笑ってみせる。チェスの目つきにさらなる鋭さが加わる。
「準備はいいか? それじゃあ、第3戦、開始だ!」
to be continued !! ★★ →




