act.23_南門守衛府
俺は受付を離れて、待合に貼られた募集用紙を順に見ていった。
壁に打ち付けられた金釘にメモ用紙のように貼り付けられているのは、20枚ほどの紙である。
紙質は粗いがちゃんと漉いてつくっている。さっきの登録用紙もそうだったけど、植物の繊維を砕いて接着した感じだな。どんな材料で繊維のつなぎをしているのかわからないが、なかなかの品質だ。ボールペンで字を書いたらかすかに引っかかりを感じるかもしれない。
この紙を王都へ納めるだけで、金銭を得て食料に替えているような村があるのかもしれない。
そんな職人技を感じさせる品質だ。
それはともかく。
用紙には、溜め撥ねをしっかりとつけた万年筆状の筆記具で、以下のようなことが書いてある。
登録番号 6762 モンスター退治 対象はロングアームの群れ 雇い主 荘園主ドルザック 報酬10万シルト 期限あり 面接あり
登録番号 6780 モンスター退治 対象はキャタピラーの群れ 雇い主 荘園主カーネガー 報酬8万シルト 期限あり 面接あり
登録番号 6782 モンスター退治 対象はオオグチ 雇い主 西門衛門督 アダラト 報酬2万シルト 期限無し 面接あり
登録番号 7850 人捜し 対象は面接時に設営する 雇い主 鍛冶ギルド副ギルド長パリア 報酬
登録番号 8452 材料調達 対象はタラカの実 雇い主 作物所 長 報酬5千シルト 期限あり 面接無し
登録番号 8453 材料調達 対象はタラカの実 雇い主 院長官カスラブ 報酬4千800シルト 期限無し 面接無し
登録番号 8489 労働 引っ越し作業 雇い主18街区ヌキナの噴水右上ガル ドミトリ 報酬2千シルト 期限あり 面接なし
登録番号 8492 労働 見張り 雇い主7街区 南門衛門督 ダキシャラ 報酬2千シルト 期限あり 面接あり
……
……
ふむ……。
危険を伴うような仕事、予定が狂うと困るような仕事は面接をしてから依頼すると行ったところか。そしてなんていうか、思ったよりも報酬が安いな。
あのとんでもない化け物だったオオグチが、2万シルトか。ってことはだいたい40万円。命がけで戦って、40万。それもたぶん何人かのパーティで山分けになる。
微妙だな。ただ、オオグチの退治は城の兵士が依頼を出している。官の仕事だから安い、とかあるのかもしれない。
材料調達ってのが、山の中で採集するとかだったら、俺にはタラカの実がどんなのかわからないから、受けることは出来ない。この中で1人でやろうと思ったら、引っ越しバイトくらいだ。なかなか厳しい現実だね。チキュウの日雇いバイトと変わらない。
まぁ、きょう初めて登録したんだから、いきなりモンスター退治なんてそもそも危険すぎる。そうすこし状況を見極めてから受けるのが良いだろう。
とりあえず、って感じで、登録番号8492の「見張り」の依頼を抜き取る。
これなら異世界へ来てすばしっこくなった俺に合っている。雇い主も官の南門門番長だから、こじれたりしないだろう。
ちょっと急ぎ足だが、早速受けてしまおうか。
なにごとも思い立ったが吉日というからね。
俺はその依頼書をもってアンナ・マリアの受付へ戻る。
順番を2人まってから、カウンターに依頼書をだす。
「早速なんだけど、この依頼を受けてみたい」
アンナ・マリアは胡散臭そうにそれを受け取り、ちょっとだけ俺のことを睨む。邪険にしているというより、これが普段の仕事スタイルなのかな? なんにしても、いずれは笑顔で応対してもらえるようにしてほしいぜ!?
「雇い主は南門のダキシャラだよ。馬鹿でも場所はわかるね? 期限は今日の11の刻だから、もうすぐだね。あんた、足は速いかい?」
「自信あるよ」
「じゃ、すぐにいきな。この仕事は守衛に欠員がでたときにいつももらっている仕事なんだから、居眠りするんじゃないよ!」
「はいよ! 行ってくる!」
南門の位置を頭に思い描きながら、俺は冒険者ギルドを飛び出す。
南へ続く大通りを駆け抜け、すぐに城壁の見えるところまで移動する。
南門の守衛が駐屯しているのは、たぶん、1番高い城塔のあるあたりだろう。俺は予測をつけてさらに走る。
俺の泊まっているのは王都の西側で、スラムになっている。土質が悪いから、理由は建物の土台がすぐ腐るからかもしれない。ニホンの平城京でもそういう傾向が生まれたらしいしな。
分類するなら、王都アヴスの南側は内陸との交易の窓口だろう。西とはぜんぜん違った明るさがあって、高級そうな馬車もちらほら走っている。そういえばカトーたちの泊まっている商館も、こっちの方角だ。上級市民の居住区といったところか。
俺はあっという間に南門の守衛府につく。やはり一番高い城塔の下にある。かなりの数の兵士を収納できる、でかい石造りの建物だ。あたりにテントがいくつも設置されているから全体の形状はわからないが、木製の天蓋をもった強固な姿をしている。
衛門督は、どこだろうな。
見回すが、お立ち台に立って指示を出している金色の鎧みたいなやつはいない。
さすがにそこまでわかりやすくないか……。
その辺を歩いている兵士に挨拶しながら近づく。兵士は俺の髪や格好をじろじろと見て調べる。怪しいものじゃ、ないよ。
「冒険者ギルドの依頼書を見てきたんですが、衛門督のダキシャラさんはいますか?」
「……冒険者ギルドから?」
いかにも「おまえが?」って感じで、疑っている。まぁ、背格好からして、ストリートチルドレンの掏摸みたいにしか見えないかな。
俺は懐から冒険者登録カードを出して、兵士に見せる。兵士はそれを矯めつ眇めつ詳細に眺めてから返してくれる。
「見たことのない冒険者だな? 新人か?」
「そうなんだよ。実は今日冒険者になったばかりでね」
「今日って、おまえ……。まぁいいか。目は良いか? 目が良くないとこの仕事は受けられないぞ?」
「ばっちりだよ」
俺はそう言って手先で眼鏡みたいなポーズをとる。
「遊びじゃないんだぞ……。衛門督は入って一番奥の執務室にいらっしゃる。失礼のないようにな」
そう言って兵士は俺を南門守衛府の中へ入るように促す。いいやつじゃん。
執務室は年季のいった木製の扉で仕切られてている。つやつやと黒く変色した戸をノックして、名乗ると、中から「入れ」と、返事があった。
意外と若い声だな、と思いつつ、中に入る。
執務室はわりと殺風景で、壁面こそタペストリーで覆われているが、床の四方はタイルがむき出しだ。部屋の中央に簡素な机、コンテナが脇にあり、私物らしきものが袋に入って治まっている。兜と槍、細々とした武具が、スタンドに立てかけられて、その男の後ろに収まっている。
座っているのは南門衛門督、ダキシャラにちがいなかった。
癖のある灰色い毛をしてて、眉が困ったように眉間で上がっている。目が細く、目尻には皺が浮かんでいる。俺を見て意外そうに開いた口が、すぐに楽しそうにゆがむ。肩幅が広く、頸筋が張っている。兵士としての体格は申し分ない。肌が褐色で、傷跡が白く刻まれている。
「おまえが冒険者か? ずいぶん若いな? いくつだ?」
「10歳らしいです」
「らしい、って、おまえ、捨て子かなんかか?」
「捨て子ってそんな。親のことは知っていますが、この世にはいません」
「そうか……、そいつはすまなかった。ま、カードを見せてくれ」
ダキシャラは申し訳なさそうに手を伸ばす。嘘は言ってないし、いいよな。
俺は冒険者登録カードを再び取り出して渡す。
ダキシャラは外にいた兵士と同じく、何か探すみたいに両面とも調べてから俺に返す。
「本物みたいだな。それにしても生まれがジャスランの森って、森の中で生まれたのかよ。産婆小屋でもあるのか……」
産婆小屋ね……。わりと無理矢理な想像だな。
「薬草採集の途中で急に産気づいて1人で産んだと聞いてます。それよりも、僕の冒険者資格はわかってもらえましたかね」
「うむ。ま、なにも問題ないな。それでおまえ、視力は良いか?」
「ばっちりですよ。5.0くらいあるんじゃないですかね」
「5.0ってなんだよ……」
ダキシャラはいいながら執務室の入り口に立つように促す。自分は窓際まで移動して、そこで懐から出したコインを出す。
「これはいくらだ?」
ダキシャラの掲げているのは銀貨だ。まだ見たことがないし、いまは表面になっていて、エルイリカ慈愛王の后か誰かの肖像が象られている。
「銀貨ですね。裏面をみせてもらえますかね? 貧しいもので、銀貨を見たことがないんです」
「銀貨を見たことがない? 信じがたいな……。ま、問題はないか」
ダキシャラがコインを裏返す。あ、なんていうか、数字が書いてない。これはつまり、銀でつくった貨幣ってことでしかない。
何かの花が象られ、下に小さく文字が書かれている。
「流通している銀貨は2種類ある。だれの肖像かわからなくても、花の名前はわかるだろう。ジャスランの森にも自生している植物だ」
「んん……、ジャスミノの花だな。まちがいない」
「おお、正解。こいつにはジャスミノの花が象ってある。もうひとつは矛と盾だ。良くこの距離でわかるな」
ま、実際は花の名前を知らないから、下に書いてある字を読んだんだがな。
「ま、いいだろう。合格だ。みたところすばしっこそうだし、子供の体格だ。城塔の内部でも素早く降りられるだろう。仕事の内容は、ギルドで聞いているか?」
俺が首を振ると、ダキシャラは苦笑する。
「手を抜きやがったな。ま、いい。この仕事は普段から俺たちと冒険者ギルドの交流のためにやっているようなもんで、みんな気が抜けてんのさ。俺が説明してやろう。平たくいえば物見なんだ。危険は全くない。城塔の上で、他の2人と一緒に城の外側を見張ってもらう。時間はこのあとすぐから、15の刻までだ。昼飯の差し入れはしてやるが、内容は期待するな」
「わかった。問題ない。もし異変を見つけたときはどうする?」
「異変? ああ、そうだな。ま、そのときは、他の2人にいえ。そいつらは城壁詰めの兵士だから、相応の対応をするだろう」
「了解だ。すぐに、かかったほうがいいか?」
「そうだな。もう、見張りの交替は始まっているし、いまはおそらく人が足りずに2人で担当していることだろう。すぐいってくれると助かる」
ダキシャラはそう言いながら机の上に地図を広げる。おおう、城壁の見取り図じゃねぇか。こんなの一介の冒険者にみせていいのか?
「普段は見せねぇんだけど、おまえは城壁の構造をぜんぜん知らない感じだからな。みろ、ここが今いるところだ。そして、おまえが担当する城塔はここだ……」
俺は見当をつけて頷く。
「刻限が来たら銅鑼が鳴る。交替の兵士が来てから降りてこい。俺はこの部屋にいるから、そのときに証紙をくれてやる。……じゃ、頼んだぞ」
「おう、任された」
「任されたって……く、シャシャシャッ!」
俺が自信満々に答えると、ダキシャラは相好を崩して笑う。てかこいつ、変な笑い声出すな。
その笑い声を後ろに、俺は執務室を出る。守衛府の兵士に礼を言うと、そいつも笑顔で頷く。
南門の守衛府の兵士たち、いいやつらだな!
そして俺は冒険者としての初めての仕事を受け持った!
to be continued !! ★★ →




