act.20_剣奴vsウィタ騎士
眉を寄せて口元がゆがみ、涙をこぼす。
ハグしてやると、耳の辺りでぐずぐずと泣いた。
魔術があって浮遊大陸が飛んでいる世界でも、人が生きている中で悲しみをなくすことはできない。
それはチキュウのニホンでも、俺が調査に入ったどんな村でも同じことだった。
そして悲しみは癒えることはない。そのかわり時間が過ぎることでその記憶は浄化される。
この子の悲しみが浄化されるために、俺に何かできれば良いんだが。
「何かできることはある?」
ソーナは俺の肩に頭を預けながら首を振る。
もう終わったことなのかもな。ソーナの母親がどこへなんの理由で内通したかとか、いろいろ気になる部分はあるが、7年たって復讐だのなんだのと調べ始めるべきなのかどうか。
少なくとも、ソーナがそれを望むかどうかが、すべてを決める。
そう思って俺はいまは肩を貸すだけにする。
「ごめん」
ソーナはすぐに泣き止んで謝ってきた。
いや、べつにいいよ。俺は笑ってやって、さぁ、いこう、と観光の続きを促す。
ソーナの旧家は貴族街の端にあったようで、その場所を少し離れると、町並みががらっと変わる。その辺りは人が多く、荷馬車もよく通るが、物資は運んでない。運んでいるのは人、すなわち奴隷だ。
牧場のように各建物の前には広場があって、そこに設けられたお立ち台に奴隷たちが並べられている。いわゆる競りの形で客を募って、売っているらしい。
ピエロじみたディーラーの横には、表情の死んだ男女が並べられて、衆人の好奇の目にさらされている。人族を専門に扱う競りや、他の人種を扱う競り、女たちばかりを扱う競りもある。
ついさっきかつての家を見て涙を流したソーナにこの景色は辛いかとも思ったが、わりと平然としている。
たまにあれやこれやと指さしして、珍しい種族、出身の奴隷を俺に説明してくれたりした。
「奴隷の競りは平気なの?」
と、むしろ俺の方が気圧されていて、ついつい訊いてしまう。
「だって、ここで競りにかけられている奴隷は幸運な人たちだよ。このあと鉱山とかに連れて行かれることはまずないんだもの。せいぜい、戦争のときに兵士と連れて行かれるとか、金持ち貴族の慰み者になるくらい。ほとんどの人は用心棒とか執事、農奴として商家の使用人になる。そういうのに耐えるような、選ばれた奴隷ばかりなんだよ。地方の街に行くと、もっとひどい感じになる」
「な、なるほど……」
そういわれてみると、わりと容姿が整った人が多く、なかには教養のありそうな落ち着いた目つきをしている奴隷もいる。
かつてはどこかの商家で若旦那でもやっていたのかもしれない。この世界では金は社会に対する約束手形だ。金があればそれが流通している街において、誰かに何かをしてもらうことができる。働けば、その分の約束手形=金を手に入れられる。その代わりに、大きな損失が発生して金を払えなくなると、払えるのは自分の身1つだ。
チキュウのように破産宣告してゼロから始めますっ、なんてことはない。自分の身で払わなけりゃならない。
暴力の応酬でも、最終的には身1つで払うことにもなるだろう。すなわち、どこぞの領主のあいだで紛争が起こったとして、負けた側が支払えるものがなければ、その領主は自信を奴隷にして負債を払うだろう。懲役とか禁固とか、なまぬるい制裁はないのだ。
なにか胃の辺りがむかつくが、客たちの喧噪はエネルギッシュでもある。奴隷となった人たちの暗さに比べて、時代を動かしていく力が確かにある。この世界における負債とは深刻すぎるものだ。
俺は奴隷たちの幸運を祈らずにはいられなかった。
何とか気を取り直そうとしているときに、俺は嫌なものをみてしまった。
コリー族だけを扱う奴隷市だ。コリー族はオッスのような無愛想なやつもいるが、基本はララみたいにフレンドリーでお節介で、ラブパワーにあふれている。その彼らが、一列に並べられて、状況がわかっているのかわかってないのか、どこか楽しそうに競りにかけられている。身体能力が高く武器の扱いに長けているから傭兵として買うのだろう、客の層は身体のたくましい、兵士然としたやつが多い。
そりゃあ、コリー族だけがこの制度の犠牲になっているわけではないが、ララみたいな性格のコリー族が、こんなふうにして売られていくのは何とも心苦しい……。
しばらく競りの流れを見守って、彼らが7万5千シルトぐらいで落札されているのを確認した。
だいたい150万円くらいかな? 安すぎる、よな……。
落札された男のコリー族を見る。
首輪につけられた鎖にひかれて、それこそ飼い犬みたいに連れ出されるが、ヘッヘッヘッと口を開けて、うきうきしているようにも見える。彼と話してみりゃあ悲しいのかもしれないが、見ているとやはりもの悲しい。
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俺たちはいたたまれなくなってその場を離れる。
そのときだった。
人族の競り会場が騒がしくなり、客たちがどよめきながら離れていく。競りの中心では緊張した警告の声が何度か聞こえ、それから悲鳴があがる。トラブル発生らしいな。
俺はソーナの手を引いて、騒ぎの中心から離れる。武装した兵士とすれ違い、彼らは槍を手に持ち突入していく。
競り市の警備といえども、チキュウの駐車場警備みたいな年寄りはいない。どいつもこいつも歴戦の勇者みたいに一癖も二癖もありそうな猛者だ。
たぶん、奴隷落ちしようとしているやつが最後の抵抗をしている。あるいは仲間の奴隷を何人か解放したのかもしれない。
だが、あの完全武装した兵士たちにかかれば……
俺は立ち止まって騒ぎを見届けることにする。戦闘に巻き込まれたら、最悪でもソーナだけは逃がそう、そう決めて、兵士の向かった先を見る。
やがて動揺した客たちが逃げ切って、状況が見えてくる。
人族の奴隷が5人、先ほどの兵士たちが手にしていた武器を手に、声を掛け合っている。警備の兵士はもう2人しか立っていない。完全に及び腰だ。逃げ道を探ったりしている。ほかの者は……、地面に倒れ込んでいて動かない。
てか、あの兵士を倒したのかよ!
用心棒とか闘技用の剣奴なのかな、あの人族たちは。ともかく……、ちょっと状況が悪い。立ち止まって彼らを見ているのは俺たちだけだ。顔も、見ちゃったな。
「ちょ、ちょっと……。どうするのよ。やばくない?」
「そうだな……」
ソーナちゃんは早くも逃げ腰だが、果たして放っといてもらえるかどうか。まぁおれたち10歳の子供だから、あるいは……
奴隷のリーダーらしきやつが俺に気がつく。それから背後に護るソーナに目をやる。仲間の男がリーダーに近づき、判断をうかがう。
リーダーは顔をしかめて辛そうにするが……。
「かわいそうだが、顔を見られたからには始末するしかない。捕まるにしても、逃げ切るにしても、目撃した人間は少ない方がいい」
あ、だめ? そうなっちゃうか。
生き残っていた兵士たちが無言で立ち去る。いいのかよ、あいつらも目撃者じゃんよ?
部下の剣奴がひとり、ブロードソードをもって俺たちのところへ近づく。すこし躊躇もあるみたいだが、気持ちを落ち着けている感じだ。
俺はシャーリーをとって、ソーナをさらに下がらせる。
「隙を見て逃げてくれ」
「……あんたはどうするの?」
「もちろん逃げるよ」
「逃がしてくれるかしらね」
といいつつソーナちゃんは後ろへ下がっていく。剣奴がそれに気がつき、早足になる。俺は2人の中間に立って、剣奴の視線を遮る。
剣奴の腰が低くなり、駆け出す。
一撃で決めるつもりだな!
俺は低い身長をさらに低く溜めて、シャーリーを握った手に力を込める。
剣奴は地面すれすれになった俺の体幹に向けて、ブロードソードの構えを調整する。
やつがさらに近づき、力をみなぎらせる!
フヒュッ!
必殺の剣圧が俺の頬をかすめた。
あ、危ねぇ。肩をかすったんじゃないか。
剣奴は悔しそうにしながら、すぐに2撃目を振るう。
フォン! フゥオン!
俺はやつの微妙な筋肉の動きから、軌道を予想して避ける。だが、こいつかなりの使い手だ。距離を詰めて、猛獣が獲物にむしゃぶりつくみたいに迫ってくる。
このままだとっ、こいつのっ、筋肉の動きがっ、って、見えなくなっちまうな!?
隙を見てやつの腰あたりに蹴りをいれて、一気に距離をとる。
いまのはやばかった……。
「なんだこいつ、避けやがる」
剣奴が慎重になる。
まずい。ソーナは?
徐々に後退しているが、一気に走り去るには、他の剣奴の警戒から逃れ切れていない。
「いつまでやっている! ガキだぞ!?」
リーダーが槍を携えてこちらへ向かってくる。
非常にまずいな……。
が、そのリーダーの足が止まる。
俺の背後、ソーナの方を見ている。リーダーの顔がゆがんで、あれは、絶望?
俺もつられて後ろを見てしまう。
ソーナの後ろ、まだ逃げていった客たちのたてた砂埃が舞っている中から、影が立ち現れる。
2人、目深にかぶったフード、立ち上る魔素の揺らぎ、水色の光……
前を歩く男がフードを剥いて顔をだす。
ウィタ騎士、だ。
「あなたがたが隙を突いて武器を取り、兵士たちを倒したのが運命であれば、こうして我々が居合わせたのもまた、運命。さすれば、剣を合わせてお互いの運命の先を図るのもまた、ウィタの導きというものです」
後ろのウィタ騎士もフードをとる。思ったより若い。
「ウィタ騎士、メリィラ。参る」
「ウィタ騎士、ザキチュナ。同じく参る」
1人目、2人目が同質の声で名乗る。
剣奴は、怯んでいたが、口を強く結んで覚悟を決める。
「……ウーナンダ義寧国が戦士、ジューダス。お相手つかまつる」
剣奴リーダーは眼前でブロードソードを横に静止させ、目を瞑り、脇へ素早く払う。
ウィタ騎士が礼をとる。
そして……、錬士ザキチュナが4人の部下たちへ、教士メリィラがリーダーへ向かう。
ザキチュナ。
ミスリル、なのか? 水色のロングソードを抜く。
1人の目剣奴が剣で受けようとするのを、もろともになぎ払う。噴水のように血しぶきが上がる。
2人目の剣奴はその間に横凪の攻撃を放つが、ザキチュナは腕あたりに展開した硬質の何かでそれを逸らし、袈裟斬りにたたき伏せる。一瞬だけ立ち上がろうとするが、筋の重要なところを断ち切られていて、起き上がれない。血を吐いて……、倒れ込む。
3人目、居合いの構えをとり、受けから一気に反撃するつもりだ。ザキチュナは右手に剣、左手を高く掲げ、魔素を練る。男の顔に焦りが浮かび、構えが崩れる。パンチの正拳突きの動きから、ザキチュナの魔術が発動し、粘性があるように見える炎が男を襲う。男はそれをなぎ払うが……、同じ速度で近づいていたザキチュナに貫かれる。
ぐっと、剣を押し上げたザキチュナは、男の死を確かめて、地面に捨てる。
あと1人……。
to be continued !! ★★ →




