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act.19_王都の闘技場

だれにも見咎められることなく、俺たちは城壁を降りることができた。階段を降りきったところで、ちょうど、巡回の兵士たちが駐屯所から出てくるところだった。危ういところで通りすがりを装って、俺たちはその前を過ぎる。事前は見つからないという不思議な自信があふれていたが、事後はけっこう緊張する。

兵士の一人が、こいつらなんだ、と、一瞬鋭い視線を投げたが、俺たちが小走りに立ち去るので、それ以上はなにもない。


それから俺とソーナは、宿の街区とは違って、明るく賑やかな街区へ入っていった。

城壁の上から見たとき、その辺りは小高い土地になっていて、日当たりもよかった。人の活動も活発で、城門から街の中心まで、うらうらと馬車と人々の往来が続いていた。


あの街区ならこんな少年少女のデートにふさわしい雰囲気だろう。いったいなぜ、ララはあんな場所が好きなんだろうな……。


城壁から曲がって賑やかな街区へ入る。もう、遠目からその辺りは賑わっていて、朝市みたいな店もでている。馬車の荷台を固定して、満載した作物を指して、大声で呼び込みをしている。

売られているのは……


一番多いのは焼き上げたパンだな。買う人も多くて、店によっては行列になっている。次に多いのは魚だ。タンパク源は海産物なのだろう。たぶん、王城の裏辺り、しばらく進むと海がある。俺のソウルがそう呟いている。

それから、野菜類、果物類が続く。獣肉は一番少ない。ひょっとしたらそんな店はないかもしれないと思ったときに、ようやく1店、2店と見つけることができた。


牛や馬は労働力として貴重だし、豚も飼育されている数が少ないのかな。それらの店のメインの売り物は鳥の肉だ。しかし飼育しているのかどうかはわからない。王都の周囲はわりと森が多いから、そこで狩猟される獣の肉かもしれない。

いずれにせよ、獣肉は貴重品だということだ。


商隊で移動しているときはむしろ獣肉の乾燥させたものを中心に食べていた。穀物はかさばるから少ない。雑穀の粥をわずかに食べただけだ。パンなんて一切食べなかった。発酵させたり焼いたりなんてできないからな。

俺はうきうきしながらパンの屋台へ近づく。ソーナもわりと乗り気じゃないかな。引っ張る手に抵抗がない。


俺たちは良い匂いで重ねられた、ナンのような平たいパンを選んで値段を訊く。

パン1個で5シルトだという。シルトがこの国の通貨の単位だ。

糞女神の恩恵で、字も読めるようになっているから、俺はララから渡された小遣いが、いくらぐらいか計算する。袋の中には30枚の銅貨が入っていて、表面に『エウイリカ慈愛王』って人の肖像が浮き彫りになっている。裏面には10シルトとある。

1シルトはこの銅貨よりも小さい、中抜きの銅貨だ。まぁ1シルトで20円くらいと考えたら良いのかな? 主食がパンなんだから、そんなものだろう。

ていうか、ララ、けっこうお小遣いくれたな……。


俺たちはナンを買い、そのすぐ隣の店で、1シルト払ってマヨネーズを垂らしてもらった。本来は壺で買いに行くらしいが、そんなのもってないからね。んで、そのマヨネーズはニホンで食べていたものとは違って、何とも酸っぱい味で、それはそれでうまいが、ちょっと想像したのとは違った。

でも、俺たちは十分満足してそれを食べた。


整然と並んだ街路樹、といっても往来が激しくて根にダメージを受けていたが、その木陰にある岩に座った。足をぶらぶらさせて、ときどき通り過ぎる、不可思議な風采の者たちを指さしたりして、そのあいまにパンをほおばった。



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ソーナは王都アヴスの街を知っているとはいっても、通りの店々を利用したことがあるわけじゃない。王都のだいたいの町並み、入りこんでオーケーなところ、まずいところ、危険な場所、貴族たちの街区、などなど、配置を知っていると言ったところだ。だから、俺の希望で神殿や闘技場といったシンボリックな建築物へ案内してもらうと、中へ入ることができるのかどうか、どういった由来でいつ建てられたかなどは知らなかった。


代わりといってはなんだが、そういう建物にはたいてい小銭で案内をしてくれる人たちがいて、だいたい20シルトくらいで1時間付き合ってくれるとのことだった。20シルトはわりと高い気がしたが、闘技場のことは詳しく知りたくて、案内を頼んだ。


任せたのは中年の人族で、建物の案内は、べつに学芸員とかがやっているわけではなく、国の許可を得ているものの、民間の人間が担っているということだった。

まぁぶっちゃけ、ちょっとした利権だな。

案内所のスペースには幾人かのそうした案内人がチェスゲームなどをしながら屯っていた。元締めとか、いるんだろう。首を突っ込む気はないけどね。


で、その男はわりと親切なやつで、言葉は乱暴だが、観光地の客商売をそれなりに理解してた。

俺は遠慮なく質問し、王都の闘技場についてあらましを知ることができた。


この闘技場ができたのは150年前で、当時の王が南方の蛮国を制圧して属国化したときに、捕虜に殺し合いをさせるために建て始めたのだという。建設に30年かかり、その王の孫の代に完成した。当然、蛮国の捕虜は霧散していたが、建設途中から、いわゆる剣奴に試合をさせることが流行していて、それは王国の統治にも有効に働いていた。だから、以降も闘技場は国の重要施設として管理されている。


試合には間に合わなかったが、建設には蛮国の奴隷が従事した。案内人は口を濁したが、おそらく相当な数の奴隷が過酷な労働で命を落としただろう。

俺は案内されて回廊を歩きながら、暗い天井の隅になにか名前らしき文章が書き付けられているのを見つけた。当時の奴隷が自分の名前を書いたものかもしれない。


驚くべきことに闘技場はコンクリートでできていた。これは北にある活火山、マウナス山の周辺に堆積した火山灰を固めてつくったものだという。木枠を使った緻密なもので、隙間はほとんどない。さすがに角部は風化による摩耗がみられたが、建設から150年たってもこれだけ形をとどめているのは驚異的だ。きけば造闘技場司という役職が残っていて、管理と拡張に従事しているのだとか。


俺たちは回廊から観客席へ移動した。

澄み渡った青空に中央の競技場が広がっている。ちょうど正面に貴賓席があり、そちらの客席は、イベントのない日といえども平民が入ってはいけないのだという。

そりゃあそうだろうな。

俺が奴隷だと知られたら、この観客席だって、いれてもらえたかどうかわからない。

客席は全部で6千席ある。石の台座の上に、硬質の板を載せただけだが、これだけの木材を並べるだけで圧巻だ。もちろん腐食して汚れた席もあるのだが、それでも朽ち果てていたりはしない。

どれほどの木が、これだけのために切り倒されているのか、俺は目眩すら覚える。


剣奴が入場するための門が東西にある。その奥は待合室という名の石牢だ。みせてもらったが、10歳の少年少女が見学するにはちょっと陰惨すぎた。腕輪足輪のたぐいを俺はわりかし興味深く見たが、ソーナが気分悪そうにし始めたので、早々に退散した。


闘技場を出てからは太陽神フアナをまつった神殿を見学した。

フアナは戦いと繁栄の神で、ライフストリーム教会とはまるで違う、統治のための神だと感じられてた。実際に神殿の中には、例の1シルト銅貨に刻まれたエルイリカ慈愛王の石像があったり、その妻や、子孫の面々、先代の王エルイリカ8世の像すら奉られている。

ソーナに訊いたところ、いまの王は12代目で、ブナンド・ルジャ・エルイリカ神聖王というらしい。


糞女神やテニスちゃんの存在を知っているというか、そこから送り出されている俺からすれば現地の封建体制なんて神聖でもなんでもないわけだが、統治能力には感嘆させられる。

この神殿でつくられた教義を学ぶだけで一生を過ごす人たちもいるわけだろう? 何とも罪深いな。神聖王はさぞかしカルマの深い人なんだろう。


俺がそう言うと、ソーナは微妙な顔をして、権力が分散されているから想像するほどではない、と教えてくれた。



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神殿を出た辺りからソーナちゃんの口数が減ってきて、腹が減ったのかとチーズを挟んだパンなどを二人で食したが、それでも快活にはならない。なにかを迷っている様子だったので、俺はあえてあれこれ訊かずに、庭園などの見晴らしの良い街区を選んで歩いた。

紅葉している木などもあり、しだいにソーナの気持ちが固まっていくのがわかった。


「私、行きたいところがあるんだけど」


ソーナはそう言って立ち止まった。どこか心を決めた雰囲気が伝わってくる。


「よし、行こう」


俺は簡単に答えて賛成する。


ソーナが案内したのは2つ西の街区で、目的地が近づくに連れて足取りが重くなっていく。

俺は何のことかはわからないが、ソーナの気持ちが負けないように、手を力強く握って先導したりする。

いつのまにか身体が冷えていて、手の先からはひんやりとした感触が伝わってくる。

俺はあえて言葉を途切れさせないようにしながら進んでいく。あの小さな橋を渡るんだね、とか、あの木のところを右だね、とか。


それからふとソーナが立ち止まって、おずおずと顔を上げる。


目のまえには煉瓦で囲われた敷地と、柵の上から覗く瀟洒な建物がある。柵にも建物にもツタが絡んで、すこし荒れた雰囲気もあるが、誰かが管理しているのだろう、荒廃はしていない。

門には鎖の封が掛けられていた。


「ここは?」


「ここは、昔、私たちが住んでいた家……」


「ここに? ソーナとカトーと、お母さんとが?」


「そう。母はここから連行されて、処刑された」


「……」


処刑、か。

如才ないカトーが危険なルートで貿易しているのには何かあると思ったが、そのあたりに関係しているな。

ソーナは妖精族と人族のハーフだというから、母親は純粋な妖精族のはずだ。そしてこの国は魔術を忌避する文化だから……


蒼白になっていくソーナを、街路樹の脇のベンチに座らせる。石のベンチがひんやりと尻を冷やすが、この際、しかたない。俺はマントを脱いでベンチの上に敷き、ソーナにはそこに座るように促した。素直に腰を下ろす姿に、なんだか悲しい気持ちになる。


「母と父は恋愛結婚だったの。当然、周囲は反対してさ。特にお祖父さんが最後まで受け入れてくれなかった。家は叔父が継ぐことになって、私たちはここを離れることにした。でもお祖父さんはそれも許さなくて、父から母を引き離そうとして、追っ手を出した。すぐに捕まって連れ戻されて、それでも両親が離れようとしなかったから、ある日、お城の兵士がやってきて、内通の疑いで母を連れていってしまった……。私が5歳の時だから、いまから7年前ね」


あ、ソーナちゃん、年上だったか。まぁいまはそれはいい。


「叔父が継いでからすぐに祖父が亡くなって、祖母も後を追うようになくなった。叔父には宮廷で出世する才覚や商売で成功する才能がなかったらしくて、すぐに家が衰退した。だから、この家が売りに出され、どこかの成り上がりの商人が買ってから、私たちには帰るところがなくなった。それからよ、私たちが香料を貿易する商隊をつくったのは」


「そうか、これまでずいぶん、がんばったんだね……」


ソーナははっとして俺を見る。



          to be continued !! ★★ →

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