act.18_王都の情景
翌朝、日が出た頃に俺はベッドから起き上がる。これ以上この寝具に包まれていたくない。
貫徹した疲労で目をこすりながら、夜の間気になっていたことをする。
ベッドの下をよく見ることだ。
ベッドの下は誰か掃除した形跡があって、むしろ周りの床よりも綺麗だ。あ、ここは綺麗なんだ、と、俺は安心するとともに損した気分になる。だったら、もうすこし安らかにいられたかもしれないのに。
起き上がろうとして、ベッドの裏面に何か見つける。中央にトゲみたいのがついている。
なんだありゃ? としげしげと見ていると、ちょうど朝日が室内に差し込んできて、そのトゲを照らす。
あ、血がつららになったやつだ。
そうすると、ガイシャは寝ているところをぐさりとやられて、流れた血が刃物の明けた穴から床にたまり、宿の人は床は掃除したけどベッドの裏面は気がつかなかった、ってことだね! まるっと解決したわ。
ヨカッタ~!
やがてララが起きてきて、俺の憔悴した様子に気がつく。
どうしたの? 眠れなかったの? と、心配してくれるが、俺はたぶん説明してもわかってもらえないと思ったので、街の賑やかさに興奮しちゃって、と、嘘をついた。
そう、この街の文化的な面にたいへん感銘を受けてね……。
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同じ木賃宿に商隊の人が何人か泊まっている。
まとめて連絡したいとのことで、この宿にソーナがやってきて、予定を告げた。
換金に思ったよりも時間がかかりそうなので、しばらく場所がわかるところに宿泊して欲しいという。カトーとソーナは商館が案内した宿に泊まるらしい。
その間の生活費などをララや他のメンバーが受け取った。
奴隷の俺のぶんは、ララに預ける形で支払われた。たぶん、本当に生きていけるぎりぎりの金額だろうが……。
「カナエは何かしたいことがある?」
ララは馴染みになった食堂で訊いてくる。説明を聞いたあとにそのまま来たから、他のメンバーやソーナと一緒だ。ソーナはしばらく所在なげにしていたが、結局、俺たちと同じテーブルに座った。
「う~ん、そうだな。この街に何があるのか見てみたいけど、ちょっと広すぎて、どこから見てみるか思いつかない。とりあえず、ライフストリーム教会と冒険者ギルドには行きたいんだけど」
「冒険者ギルド? 登録するの?」
「うん。自由になる時間がどのくらいあるかわからないんだけど、やっぱりこういう異世界……ゲフンゲフン、大きい街に来たら行ってみたいよね」
「なるほどね。でも、良い考えかもしれない。カナエがいつか1人で生きていけるようになるにはお金を稼げるようにならなくちゃ。剣術の訓練をしたいって言うくらいなら、冒険者としてやってみるのも1つの手ね」
「剣術の訓練?」
と、ソーナが口を挟む。
「うん、いつかカトーに認められるくらいになりたいんだよ」
「あら、そうなの」
ララも意外そうにいう。
あ、ララにもそういえば言ってなかったな。
「カトーは一流の戦士だし、商隊を運営するような才覚もある。そういう人に認められるようには、まずは戦う能力からかな、って思うんだ」
「この子は計算ができるのに、剣術にこだわっているの。でもその目標がカトーなのね。じゃあ、がんばって経験を積まないとね……」
「お父さんがオースン以外の戦士を認めるなんて、あるかな」
「そう、そうなんだよね。商隊にはオースンという猛者がいるから、認められようと思ったら、オースンに匹敵するくらいにならなきゃいけない。そこで、僕はオースンに模擬戦を申し込んだんだ」
「「オースンと模擬戦……」」
ララとソーナは声を合わせて考え込む。あれ、なにかまずい?
「オースンがそれを承知したの?」
ララはぐるりと首をひねる。てか、柔らかいな。
「ああ、このあいだ盗賊に襲われたとき、僕が少しだけ役に立てたでしょ? そのときに褒美じゃないけど、模擬戦に付き合ってくれって頼んだんだ。そうしたら、快諾してくれたよ」
「オースンがねぇ……。あの人に手加減とかできるのかしら。心配だわ」
「そうだね。オースンはたぶん、雑魚みたいにあしらってくるか、一撃で決めてくるかどちらかだと思う」
「そんなので訓練になるの?」
と、ソーナはさめた感じで訊く。
「ならない。問題はそういうことじゃないんだよね。男と男が武器を手に語り合うんだよ、そこをカトーに見てもらって、こう、どうにか見所をつくろうって、そういうことなんだよねぇ……」
「は~馬鹿みたい。あんた死ぬんじゃないの? オースンが子供相手に剣術教えている景色が、私には想像できないけど」
「授業とは違うんだよ。ソーナには難しすぎたかなぁ~?」
「はぁ? あんたが子供なんじゃない。頭割られて私に治療しろだなんて言いに来ないでね? 忙しいんだから」
「まぁ、そうならないようにがんばるよ」
「死んだら回復させられないからね~」
はいはい。
俺たちが言い合うのをララは微笑ましく見守る。
「今日は、あなたたちで街を歩いてきたら?」
と、静かに見守っていたかと思ったらいきなりそんなことを言い出す。
まぁ俺はぜんぜん問題ないし、いくらでもエスコートするけど、てか、知らない街だけど、適当にそのくらいのことする甲斐性あるし、お嬢様みたいにあつかって寝室までお供するけど、なにぶんソーナはお子様だからねぇ……。
「私とカナエで街を歩く? なんで? 意味わかんない」
「ソーナはこの街、よく知ってるでしょう? カナエはたぶん初めてだから、案内して欲しいのよ。私はコリー族の集まっている街区に行くから、しばらくつきあえないし、あなたたちは仲もよくて歳も近いから、ちょうど良いじゃない?」
「僕は問題ないよ。ぜひソーナに案内してもらいたいな!」
「な! ……な、なんでそんなこと……、まぁ、いいけど……」
「いいのね! では決まり! ほら、ここにカナエの分のお給金があるから、これをもって行ってらっしゃいな。暗くなる前には帰ってくるのよ。このあたりは暗くなると酔っ払いがたくさんいるからね」
ララはウインクして俺に財布を渡す。
うん、まぁ殺し屋とか、いっぱいいる感じだよね。夜になると。
「いいね。楽しくなってきた。さ、ソーナ行こうぜ!」
俺はさわやかにソーナに手を伸ばす。
「は? て、手を繋ぐの? なんで?」
ソーナは手を伸ばしかけて、俺に触れないままそれを振り払うようにする。それからなぜか自分の手をごしごしと服でこすったりして、挙動不審だ。
「行こうよ!」
と、俺は手を伸ばしたままもう一度促す。
ソーナは顔を赤くして、おずおずとその手を握る。
「わ、わけわかんない」
ソーナのそんなセリフを残して、俺たちは食堂を出る。
後ろで手を振るララに、俺もウインクで答える。
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午前のさわやかな日差しと、涼しい空気が満ちていた。
日に日に涼しくなるから、やっぱり秋なんだろうな。俺はソーナと手を繋ぎながら、とりあえずスラムからでようと歩き出す。
昨日はあれほど陰惨に感じたこの街区も、2人で歩いているとなんだか暖かみがある気がする。
俺は足下の水たまりを飛び越えようと視線を下げる。
あ、水たまりじゃなくて血だまりじゃん。
まぁ、いいよ。いまはそれでも。輝いてるぜ!
俺たちは血だまりを軽快に飛び避けて、先へと進む。ソーナは相変わらず顔を赤くしているが、だんだんと身体の堅さが解けてきている。
「……どこへ行くのよ?」
「どこへでも、いいさ! 君となら!」
「っ! ……はぁ?」
俺はソーナをぐいぐいと引っ張って、城壁の下まで来る。この辺りもまぁなんだ、よく見ると死体みたいなのも転がってるし、なにかの骨みたいのも散らばっているが、今日はそれらもどこか生活に馴染んだ温かみが、いや、さすがにねーか。
でも俺はこの城壁の高いところから、一度、この街を眺めてみたいんだよね。どうにか、上がらせてもらえないかな。
そんなことを考えながらうろうろしていると、うまい具合に階段を見つけた。
城壁に埋め込まれる形で駐屯所があるが、奥から笑い声が聞こえるだけで、兵士の姿がない。ちょうど見回りにでているか、サボっているかしてるんだろうか。なんにしても都合がいい。俺はソーナを引っ張って、階段を駆け上がる。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの? みつかったら捕まるわよ?」
「そうだね。見つかったらまずい。でも、なぜか、いまはそういうことにならない気がするんだよ。俺のカルマが囁いてる!」
「カルマが囁くって、意味わかんないけど……」
俺はララばりの笑顔でにっこり笑って、さらに上へと導く。10メートルよりも少し高いな。巨石を精緻に切り分けたブロックでできている。
異世界の城塞都市! この巨石も鑿で切り出した感じじゃない。なんてオーバーテクナラジ!
そして、俺たちはてっぺんにたどり着く。
振り返り、街の全貌を目にする。
広大、だ。
人々の営みが、きらきらと日の光を照り返している。
星が瞬いているみたいだ。
竈の煙が延々と立ち上っている。
商いの声が聞こえる。
馬車の駆ける音が響く。
白亜の王城が中心にそびえている。
あの真白さ、どうやって維持してるんだろうな、と考えて、俺はこの世界に大気汚染などないことに思い至る。
王城の尖塔が天まで突きそうに伸びて、空に刺さっているみたいだ。
6つの棟。
何かの猛禽類がその周りを旋回している。
優雅、だな。科学技術など見当たらない世界なのに。
空に一機の飛行機も飛んでいない。
なにか岩山みたいのが浮いているだけだ……
なんだあの岩山?
「あ、えーと、ソーナ?」
「な、なによ」
ソーナはまじまじと俺を見る。
あ、いや、いまそういうんじゃない。
「あれさ、何か浮かんでね? 王城のずっと上、西の方に……」
「ん……、え? ああ……浮遊大陸ね、うん。そ、それがどーしたのよ?」
浮遊大陸……
「いや、べつにどーもしない!」
そうそう、別にどーもしない! 浮遊大陸ね! あーわかるわかる。そうだった、そうだった。
「俺はいつかあの浮遊大陸へ行ってみたい!」
「浮遊大陸へ? なにしに?」
「そこで生きている人がどんな生活しているのか、この目で見たいんだよ! 人が、そこで、どうやって命を繋いでいるのか!」
「ふ、ふーん」
ソーナは俺の勢いに圧されて、わかったように頷く。忘れているのか、手を繋いだまま離さないでいる。なんかしっとりと湿っちゃってるが、もちろん離さないんだぜ!
「ソーナも一緒に行こうな! 俺の夢に付き合ってよ!」
「ふえ? わ、わたし? あ、えと、……、まぁ、そうね、あんただけじゃ、すぐ死にそうだからな……」
「よし、約束な!」
俺はそういって、ソーナの頬に顔を寄せ、キスをする。
ソーナは俺の手をつよく握って再び硬直するが、しばらくして少し笑う。
「あんたって、馬鹿だよね……」
そうでもないさ、俺、お嬢様大学の准教授。異世界でフィールドワーク中なんだぜ?
俺はそんなことを内心で言って、もう一度町並みをみる。
女神のぱしりで、奴隷でもあるけど、異世界は輝いてるな!
to be continued !! ★★ →




