act.17_真夜中の暗殺者
ウィタ騎士の勧誘を断って、俺は商隊の馬車に追いつく。
商隊は目的の商館へたどり着き、そこでいったん休憩となる。
カトーとソーナ、オッスとが建物の中へ入っていく。
残ったものたちはそれを眺めながら、どこかうきうきとして、待つことにする。
この場ですぐに金と交換できるのかな……。
俺はカトーたちの入っていったドアから目を離して、8両の馬車を見る。このうち荷馬車は3両ですべてが香料というわけではない。珍しい鉱物や木材、貴重な宝石、うれのこった雑多な品々、などなどいろいろと放り込んである。奴隷の俺はそれらをじっくり見ることは許されていないが、荷物の出し入れにのぞき見ることが何度かあった。
香料は貴重なものだと聞く。この荷馬車のうち、どのくらいの容量が香料なんだろうな。
まぁ、20人の人々が(俺をいれたら21人だが)、それなりに生活できるだけの稼ぎにはなるんだろう。いや、小隊のメンバーはしきりと今回の商いについて、大きな見返りを期待しているようなことを言っていた。ということは今回は特別な貿易なんだろうか。同じ馬車で眠る女は、報酬を受け取ったら結婚して農地をもちたいと言っていた気がする……。
商館から出入りする人々の好奇の目に晒されながら、俺たちはなにもすることがなくて、ぼんやりとしている。
商館の建物は1階の基礎にあたる部分は煉瓦を使っている。2階からは木造で、建物としては3階建てだ。アメリカの開拓時代の学校って言ったら良いのかな。わりと立派だが、この異世界にあっては特別なものじゃない。
入り口に門番がいて、ワイン樽みたいな腰掛けに座り、リンゴの皮を剥いている。いかにもな門番だ。
王国の兵士に比べれば遙かに劣る装備だが、商隊の傭兵よりはましな防具を着けている。厚手のパーカーに金属板をところどころに縫い付けていて、腰にブロードソードを下げている。腰回りは汚れたレザーのベルトで、前掛けのように変則的な形だ。
そいつの装備している防具には軽量化の付与魔術が施されていないんじゃないか。門番の、リンゴを剥く作業に揺れる防具の質感を観察して、俺はそんなことを思う。
なんかめちゃめちゃ暇そうだが、強盗とか、いるんだろうか。一応王都だし、治安は保たれているんだろうが、ゼロとは思えない。武器を持った数人の強盗、ひょっとすると魔術を使う者もいるかもしれない。そんな奴らが押し込んできて、あの門番のおっさんに対応できるんだろうか。
いや、じつは話しに聞く、百傑百柱に記録されるくらいの使い手かもしれない。王都の奥まったところで営まれている商会で、正面の門番をしているくらいなんだから。
あの重そうなブロードソードを高速で振りながら、カトーみたいに空中ででんぐり返ししながら、相手を飛び越したり……。
ララに剣術の稽古でもしてもらおうかと思ったとき、カトーたちが商会の人を連れて、建物から出てきた。
商会の人はとても上機嫌に見えて、カトーの肩を叩いたりしながら荷馬車に近づく。そしてカトーと2人で中へ乗り込み、おそらくは品物の検分をする。
皆がそれを緊張して見守っている。ララも口を閉じて、きょとんとした顔をして見ている。隊の人にとってみれば、3ヶ月半の旅の成果がいま決まるんだから当然だろう。
俺もなんだかつられて緊張してじっと待った。
2人が荷馬車から降りてくる。カトーの表情はいつも通り油断なく、表情が読めない。2人で顔を寄せ合ってなにか打ち合わせる。カトーが首を振る。商会の男が大げさなジェスチャーで胸を開いて見せ、笑い声を上げる。それから、2人はおもむろに手を伸ばして、がっちりと握手をした。
商談、成立したみたいだな。
隊のみなのほっとしたため息が聞こえた気がした。
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オッスと2人の傭兵を除いて、俺たちは木賃宿へ向かった。商品の詳細な検分は明日行うとのことで、オッスたちは見張りに就く。他の人はまぁいってみれば自由時間で、奴隷の俺ですらどこかいってろとばかりに追い払われた。商館の前で屯させるわけにはいかないんだとか。
俺はララに誘われて、木賃宿の同じ部屋に宿泊することにする。
宿はひと言で言えば、ぼろい。これに尽きる。
さっきの商館からかなり離れて、城壁の温度を感じるくらい街の外縁にある。このあたりはひょっとしてスラムなんじゃないか?
ぬかるみや動物の糞がたまったような不潔なところがあるし、建物も何軒かに1軒は屋根の抜けた廃屋だ。
よくもまぁこんな惨状を王家は放置してるもんだ。すごくでかい城塞都市だから、目の届かないところはおる程度あるんだろうが……。
木賃宿の周辺もなんとも治安が悪い。
廃屋の前にたき火をしながら無言で座ってる男たち。フードを目深にかぶり、それでもウィタ騎士とはまるでちがう、不穏な雰囲気を漂わせている。
痩せた子供が軒先で指をしゃぶって佇んでいる。派手な服装をした中年の女が、にやにやと笑いながら手招きしている。いかにも不審な小柄の何者かが、足早に通り過ぎる。
てか、こんなところでよく宿屋なんて営業できるなw
毎日たいまつ投げ込まれそうな、そんな区画だ。
ともかく、ララがいつもつかってる、といって俺を連れ込んだのは、そんな宿だ。
ララは盗賊の返り血を浴びたときも、しばらく毛先に固まった血糊をぶら下げて気にしないような女性だからな。ノミや南京虫だって、きにせずすやすや眠るんだろう。しかし、さすがにこれはどうなんだ……。
コリー族って毛が汚れるの好きなのかな。気にしないにもほどがあるんだぜ。
俺は案内された部屋を調べる。
簡素なベッドが両脇の壁に据えられ、ドアと窓とが向かい合って中央にある。ベッドの上にこれまた簡素な板棚があって、荷物はそこにすべて置け、ってことだろう。ベッドの下にもそれなりに置けるが……。このベッド、板の上に毛布が敷いてあるだけだな……。めちゃめちゃ筋肉痛になりそう。それにこの毛布、なんだか血しぶきみたいな汚れが、散ってるんだけど……。
俺は今晩、ここで寝るの? 外で寝た方がましじゃね?
とりあえず何から手をつけたら良いのかわからないまま、俺は敷かれた毛布をめくってみる。
板の上にも、ここで誰か死にました、って感じのシミがあって、シミの中央に刃物が刺さったような窪みがある。
もろにここが現場ですって伝わってくるんだが……。
それにこの痕、新しくない? 俺の前の人とかそんな気がするんだけど、ちゃんと拭いた? いや、それいぜんにちゃんと犯人捕まえた? いや、まぁ、ここが殺人現場だと決まったわけじゃないけどさ。
俺がそんなこんなでベットを調べまくってると、ララが近づいてきて、「?」って顔して俺が見ている辺りを覗き込んでくる。それからにっこり笑って「お腹空いたでしょ? ごはんを食べに行きましょう!」と誘ってくれる。
お、おう、ありがとう……。
外に出ると雨が降っていた。
灰色くよどんだ空から、陰惨な感じでしとしとと降っている。道がますますぬかるんでいて、木造の家々は邪悪な感じで黒く染まっている。
と、宿屋の3軒ぐらいとなりから板の割れる激しい物音とともに、鋭く言い争う声があがって、それから「ぎゃぁぁぁぁ!!!」と、断末魔の声? が響いた。
ララは雨の降る道へ躍り出て、そこで少女のように1回転する。
「雨って大好きなの!」
とか言いながら、濡れた毛を垂らして、両手を広げたりする。
あー、いま、すぐ近くで、だれか死んだ気がするんだけど……。
てか、隣の家の裏手とか、そんな距離だけど、聞こえなかったかな?
「いつもここに来ると落ち着くわ……。襲ってくるモンスターもいないし……」
トスッ!
音がして俺が足下をみると、短い矢が刺さっている。
俺たちはたぶん跳んできたのであろう方向を見るが、灰色くよどんだ街に人影はいない。
「流れ矢ね、大丈夫。わたしね、いつか傭兵を止めるときがきたら、この町に住みたいの。そのときはカナエも一緒にきてもいいのよ!?」
「ああ、うん……。うれしいよ、うれしい。ありがとう」
ララはブルブルッっと身震いして、すべての水気を飛ばす。
「さぁ、いきましょう? お金は私が出すから大丈夫よ!」
そういいながら、雨の中へ来るように俺を促す。
あー、もう、いいや。雨サイコーだよ。行くしかないでしょ。いまでしょ。ナーウ!イリュージョン!
俺はあきらめて往来へ躍り出る。足が重いのは気のせいなんだぜ。
10分ほど歩いてたどり着いたのはそれなりに賑わった食堂で、料理もまずまずだった。何よりも座ってるだけで食べ物が運ばれてくるんだ、王族みたいな気分になるね。
他の客も筋肉だるまや暗殺者みたいなやつはいなくて、俺たちによく似た旅の者が利用する店らしい。ララの感性でよくこの店が見つけられたな、と思いつつ、俺はいっぱい奢ってもらった。
この世界に来て初めて腹一杯ごはんを食べた気がする。
「ララ、いつもありがとう」
俺は食事を終えた頃に礼を言うが、ララはにこやかに俺を眺めるだけでなにも言わない。コリー族、大好きだよ!
宿に戻り、おやすみなさいして寝静まった頃……、俺は物音に目を覚ます。
ガタッ……
ミシ……ミシシ……
誰かがこの部屋に近づいてくる。一気に目が覚めて、俺は静かに手を伸ばす。ベッドに立てかけてあったシャーリーを指先で見つけて、音を立てないように引き寄せる。
ミシシ……ミシシ……
足音はさらに近づく。
そして……ドアの隙間からランプの明かりが漏れる。
来るか!? と、俺は動悸が速まるのを感じながら、湿った毛布の隙間から薄目でドアを見る。
すえた臭いが鼻腔を刺激する……。
ノブがゆっくりと回り……、わずかに開く!
「あ、間違えた」
ドアが閉まる。
それから朝まで隣の部屋からギシアンが聞こえた。
隣のやつ、呼びやがったな……。
俺はほとんど眠れずに一夜を過ごした。
to be continued !! ★★ →




