act.15_トールゲート
皆が寝静まったころに俺は一人起き上がる。
今日はもうすこし考えをまとめたい気分だ。
寝息を立てるララたちを起こさないように気をつけながら慎重に馬車をでる。たき火はもう消えていて、遠くからフクロウのような鳴き声が聞こえている。虫たちも盛んに鳴いている。秋らしい雰囲気だ。
今夜は歩哨が3人いる。1番離れたところにオッス。他の傭兵が2人、三角形を作る形で、小高い地形に座っている。俺は彼らの邪魔をしないように野営地を少し離れる。
藪を分け入り、樹下の苔むした平地にたつ。そこでシャーリーを取り出し、目のまえに構えてみる。
かなりの重さだが、腕は震えたりしない。短い間にずいぶん筋肉がついたよな。このままこの商隊にとどまって、ララの訓練を受けたり、襲撃イベントに付き合っていたら、もっと強くなれるだろう。どうやら女神から授けられた、回避か何かのスキルを持っているみたいだし、油断しなければ生き延びられるだろう。
そして魔法。ララも尼僧のヨアンナも魔術と言うな。魔術の手ほどきを受けて、俺は爆発の魔術を使える。諸刃の剣で、俺も爆発に巻き込まれてしまうが、まぁそれは今後の課題だ。魔素を蓄えられるウィタの量は、生まれながらに決まっているようなことをヨアンナは言った。だから、あとは魔素を効率よくめぐらせる回路をつくることが重要なんだとか。
俺はその場に座り込んで、あぐらを組む。目をつぶり魔素を身体にめぐらせるイメージを浮かべる。しばらくすると、身体の中でリンパ液よりももっとエネルギーをもった何かが巡り出すのを感じる。流れに沿って身体の中が摩擦するように少しの痒みと熱を帯びるのがわかる。これが回路の効率を悪化させているのかもしれないな。電気が流れるのと一緒で、発熱する分、損失が生まれている。同時に身体にも負担になっている。
魔素を効率よく巡らせるには、この痒みが発生しないように繰り返し練習するのがよさそうだ。
よし、魔術の訓練はしばらく自分でやっていけそうだ。
あとは、女神の指令である「剣術をカトーに認めさせること」だ。
今日の盗賊イベントで、一応、武器を使ったりすることができると知られたはずだ。
そして、いつになるかはわからないが、オッスと模擬戦ができるようになれば、それをみたカトーは俺を認めるかもしれない。
模擬戦では一瞬で負けるようではいけないな。あの仁王像じみたオッスの攻撃をしのいで、それから俺の非力な身体では厳しいかもしれないが、攻撃をできるようでなくちゃいけない。
俺は立ち上がってシャーリーを構える。イメージ通りにしなやかに身体が動く。
静止し、振るう。
シュッ!
いい音がして、また静止する。
よし、ますます武器の扱いに磨きがかかっている気がする。俺にはシャーリーみたいな短めの打撃武器が合っているのかもしれない。重さは10キロ以下だろう。長さは、だいたい80センチといったところか。これ以上軽くても長くても、いまの俺の身体では武器に身体を泳がされそうだ。
いずれは金属の武器が欲しいが、たぶん、それなりに値が張るんだろう。奴隷の俺に手に入れる機会はしばらくなさそうだ。盗賊の持ち物も街に着いたら売却するみたいだしな。
俺はシャーリーを両手に持って、なんどか活躍してもらった痕跡を確かめる。
考えてみれば、かなり硬質な材木だよな。ディナクのやつのナイフを何度も受けたし、今日の戦闘でもかなり荒っぽく使ったが、折れそうな気配はない。もちろん表面には切り傷や樹皮の剥がれが目立つが……。毛羽だったところをその辺の石で慣らして、俺はもう一度シャーリーを振るう。こいつにはもう少しがんばってもらおうか。
それから俺はしばらく魔素を巡らせる練習を繰り返した。
翌朝、傭兵たちが総出で穴を掘って、盗賊の死体を埋めた。オオグチのようなモンスターを呼び寄せるから、街道近くでは焼くか埋めるのがルールなんだという。まぁそうだろうな。俺たちの野営地を遠目にみて立ち去っていく旅行者か商人もいるから、知らぬ顔をするのも難しいんだろう。
俺もそれにかり出されて必死で穴を掘った。持ち物をはぎ取られて汚れた肌着だけになった盗賊たちの死体を運ぶときも、俺は手伝わされる。なんていうか、若いやつばかりだ。盗賊やって生活するなんていう刹那的な生き方をできるのは若い人間だけなんだろう。
そして、戦闘で死んだ死体ってやつを、白日の中、初めて目のまえで見ることしなる。あ~これはちょっと、しばらく肉を食べたくない。ところどころ、チキュウで喰っていた肉を連想するような色合いをしている。しかし、人の肉ってのは……、いや、細かくはいうまい。これには早くなれるか、無視できるようにならないとな。しばらくは夢に見そうだが……
死体を埋めたあと、商隊はすぐに出発する。
だいぶ王都に近づいてきたからか、家畜小屋を併設したような農家がちらほらと増えてきた。盗賊に襲撃を受けた辺りが無人地帯の最後で、いまでは村人も見かけたりする。いや、もうこの辺りは都市の住人が住んでいるのかもしれない。小麦畑が広大に広がっていて、野党がたむろするような雰囲気は薄い。まぁその辺の小屋に少数で潜むくらいはいくらでもできるだろうが。
小隊のメンバーはなんだか浮き足立っている。
そろそろ都市に入るから、はるか砂漠から運んできたムースクを売って、利益を分配する日が近いからだろう。まぁ当然だよな。わりと命の危険のある仕事だし、見返りも大きいはずだ。奴隷の俺には報酬はないと聞いたが……。
相変わらず俺には金を稼ぐ手段がないから、商隊の賄いで食いつなぐしかない。そういう意味では奴隷とはいえこうして無事でいるのは、幸運以外の何物でもない。どんな貨幣・紙幣が流通しているのかも知らない10歳の子供なんだから。
俺は馬車を挟んで歩くララを見る。
ララも心なしか浮き足立っている。この辺りはモンスターもでないんだろう。
小麦畑に混ざって家畜小屋もある。それから製材所のような施設も見られる。ちゃんと金属のノコギリを使っている。刃がかなりの厚みだが、大男が2人でかけ声を掛けながら、挽いている。木材のほうもかなりの太さが合って、近くにそれだけの森林はなさそうだから、遠くから運ばれたんだろう。材木所の敷地にほかにもたくさんの木が横たえられている。これらを運ぶための運河が近くにあるのかもしれない。
すぐにその運河が俺たちの前に現れた。
運河を渡す橋には尖塔の守衛所があり、周りは木造の宿泊所が並んでいる。簡易的な柵もあり、そこそこの防衛力がありそうだ。まぁかなり年季の入った小屋ばかりで、あまり栄えないけどな。
俺たちが近づくと守衛の一人がきびきびとした動きでこちらへやってくる。
カトーが隊列に停止を命じて、俺たちは検分を受ける。いや、税らしきものも払うみたいだ。この守衛所は関所、いわゆるトールゲートだ。
どんな貨幣だか知らないが、布袋にずっしりと入れられたものをカトーが守衛に渡す。守衛は袋を開いて中を確かめる。よくきた、よくきた、って感じでカトーの背を叩いて、守衛所の中へ連れ立っていく。荷物を調べて、金の勘定をするんだろう。
都市周辺は貨幣経済だとわかった。それなりに王権が強いということだ。貨幣の価値がどのくらい安定しているかはわからないが、権力側にしたって、鉱山の経営や貨幣の鋳造などでかなりの人員を喰わしてるんだから、それを維持できる以上の統治能力がある。
かなり発展した社会だといえる。
運河だってなかなかの幅だし、貿易とかもしているのかもしれない。
カトーと守衛はすぐに戻ってきて、俺たちは橋を渡る許可を得た。
両脇に数人並んだ兵士たちにじろじろと見られながら、商隊は対岸へと歩く。兵士の装備はなかなかのもので、いわゆるプレートメイルだ。すそに鎖帷子を合わせたりしているやつもいて、ナイフ程度じゃ刺さらないかもしれない。ただ、かなり重そうだけどな。
並んだ兵士を順に見ていると、最後の一人は緑がかったプレートメイルを着ている。肩当てに装飾も施されていれ、機能的だ。俺がそいつを注視していると、ララがそっと教えてくれる。
「あれはこの関所の隊長で、貴族の子弟なの。いい防具を着けてるから、わかりやすいわね」
「緑がかってるように見えるけど、あれは鉄にメッキをしてるの?」
「あら、あれはミスリルよ。軽くて、強靭な金属なの」
ミ、ミスリル、か……。どんな物質なんだろうな。元素か、化合物か……。
「ウィタの濃い金属で、貴重なものよ」
「へぇ……。さすが貴族だね……」
俺はそのプレートメイルと貴族の顔を交互に見る。太って胡乱な目つきをしていたりはしない。精悍で、油断がなく、日に焼けている。見られていることにすぐに気がついて、鋭い目つきで俺を見返してくる。俺はトラブルはごめんなので、謙った笑顔で目を背ける。
橋を抜け運河を渡りきる。
再びカトーの指示が飛んで、通常の速度で進み始める。トールゲートが小さくなっていくが、それよりも、俺の目をひくのは対岸の景色だ。石造りの家々が並び、出店のようなものまである。道に人々が往来して、子供や女たちが買い物かごを下げて横断したりする。
食事処みたいな店もある。
そして道のずっと先には石壁の王都が見えた。
巨大な城壁に囲われた、城塞都市だ。
「あれが王都……」
俺は不覚にも感動してしまった。
かのコンスタンチノープルもかくやという、大都市だったのだ。
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門前町の人々は俺たちが側を通るとき、少しぎょっとした感じでこちらを見てくる。コリー族や妖精族が珍しいらしいが、ときどき俺のことを二度見して関心を示すやつもいる。やっぱり日に当たって茶色くなる髪というのが珍しいのか。
が、指さして噂話まではしない。たぶん、いろいろなやつがこの辺りを毎日通り過ぎるからだろう。
で、俺はあまり気にしないように胸を張って歩く。
あ、巨乳美人発見。
ん、深く記憶にとどめておこう。
町並みはだんだんと小綺麗になっていく。
出窓に鉢植えが載せられていたり、玄関までのアプローチが石畳になっていたり、簡単な柵で敷地が囲われていたりする。それから、このあたりはたまに兵士が3人で巡回をしている。王都の外とはいえ、怪しいものがいないか、喧嘩や騒乱が起こっていないかなどを見回っているらしい。
装備はトールゲートの連中と同じだが、武器が違う。トールゲートではポールアクスを装備していたが、巡回中の兵士は長槍と手に持ち、サーベルを下げている。重そうだな……。あれで自由自在に動けるんだとしたら、相当な筋力だ。商隊の傭兵たちがスクラップアーマーやレザーアーマーを装備してるから、いっそう、仰々しく見える。
「あれで兵士たちは十分に活動できるの?」
ララに訊くと、軽量化の付与魔法を掛けているのだという。
軽量化の魔法ね。それはぜひ習得したい。
しかし、物理法則はそうなっているんだろうか。物質の質量が減少してる? それって、スポンジ状になっているとかとかじゃなくて、質量が直接的に小さくなってるのか? それだとなんていうか、俺には理解不能な次元の話だ。しかし、スポンジ状になっているのだとしたら、物性もかなり違う。防具や武具としての性能が影響されてしまうだろう。まぁそれが微少な空隙をつくって、質量を1/2にするようなスポンジ形状なのだとしたら、あるいは硬度ぐらいは保てるのかもしれないが……。
なんにしても、なんというオーバーテクナラジッ、だ。ナンセンス。腹が減っても仕方ないね。
もし、軽量化の魔法を何度もかけ続けたら、いったいどうなるのだろうか? 空気よりも軽くなって、浮かんでしまうんだろうか。
そうならないのだとしたら、それはそれで不思議な法則があることになる。
興味は尽きないな。
俺は鋭い顔つきを浮かべたまま過ぎていく兵士たちを見送る。あの防具、1つ手に入らないかな……。
商隊が城門前についたのは夕方前だった。
to be continued !! ★★ →




