act.14_進歩と退歩
盗賊騎兵を瞬く間に倒した俺たちは、健全な姿を丘の上にさらす。
離れた灌木辺りでは、隠れていた弓兵を倒したララとサイネアが、同じように武器を挙げて威勢を放つ。
近くの砦からやってきたという盗賊は、残り20人ほど。
……しかし、不意打ちが失敗して、たいしてダメージを与えられなかったことを見て取ると、背を向けて立ち去っていく。
「あれ、やらないの?」
やる気満々だった俺は、肩すかしを食らって所在なく立っている。
カトーとオッスはすぐに武器を降ろして、隊列に戻っていく。
俺の横を通り過ぎるときに、カトーは、こいつか、と値踏みしていく。
オッスは俺の前で立ち止まる。2人とも返り血を受けていない。避けたのか? すごいな。
上から下まで観察して、だいぶ痛んできたシャーリーをしばらく見る。
ララに比べてかなりオオカミっぽい。ハスキーとコリーが混ざったらこんな感じか。
男だからか顎の辺りの毛が長くて、汚れと癖とでドレッドヘアみたいになっている。近くで見ると、脱色した毛が縮れて固まり、肩の筋肉に沿ってはねているから、仁王像みたいにも見える。というか、そのぐらいのパワー感がある。
背の高さはララよりも低いかもしれないが、かえって重戦車みたいな迫力だ。人間で言うもみあげの毛が肩甲骨の辺りまで垂れていて、ガラスか鉱石のビーズを点けている。そいつがわずかに見えている犬歯の横で揺れている。
これまでに倒した相手の骨かもしれない。
この偉容でも百傑百柱に届かないのか。異世界恐るべしだな。
「なぜこっちから攻めてくると思った?」
一応、って感じで訊いてくる。
「なぜだろうな。俺が盗賊だったら、そうするって思ったからかな」
「ここに来る前の記憶がないと言ったな」
「うん。そうなんだ。日常のことはわかるけど、生い立ちや、世の中のことなんかは、ぜんぜん覚えていない」
「武器の扱いもか?」
オッスは目を光らせる。
なにか気になることでもあったか?
「たぶん……、どこまでが記憶に従っていて、どこからは最近の経験によっているのか、もう、俺にもわからないよ」
「おまえ、何か隠してるな」
え、なかなか鋭いね。
だが、ここでいろいろと話してしまうのはまずそうだ。糞女神やテニスちゃんの立ち位置は相変わらずわからないからね。
「いったろ、どこまでが過去の記憶かもう曖昧なんだ。このシャー……、棍棒だって、なにか手に馴染むけど、過去にメイスか何か使ってたかなんて、まるでわからない。戦士だったとか、そういう体格でもないからな」
オッスは胡散臭げに俺を睨む。
それからふと目の力を抜いて、ため息をつく。
「良い判断だった。覚えといてやる」
あ、褒めてくれるのね。
オッスは戦士だから、変に腹を探ったりとかしないのかもしれないね。たんに戦闘で役に立ったから、褒めた。そういうことだろう。こういう性格の方が付き合いやすいところもある。
前の仕事でも、研究一筋で生徒指導が適当なやつはいっぱいいた。そういう奴らは執行部の覚えが悪いから、その辺りをちょっと調整してやるとすぐに仲良くなれる。こっちも論文の査読を頼めたりして、ウィンウィンだ。
ひょっとするとオッスとはうまくやっていけるかもしれないな。
「ねぇ、オースン」
「なんだ」
「いま俺は剣術を鍛えたいと思っていて、ララに訓練をつけてもらっている」
フン、と、オッスはつまらなさそうに鼻息を吐く。そりゃあ、おまえから見たらお遊戯だろうが……。
「それで、オースンに訓練つけてくれとはいわないが、定期的に俺と勝負してくれないか?」
「なんだと!?」
オッスは目を剥いて、眼力を込める。舐められたとおもっただろうか。
だがここが正念場だ。俺は言葉を重ねる。
「ララは親切に教えてくれるが、1人にお願いしていると、俺はララの戦い方を超えることはできないし、他者の強さを身体で覚えることができない。癖もついてしまうだろう。だから、定期的に他の強いやつと剣を交えたいんだよ。その相手はカトーでは問題あるし、ディナホ……ディナクでは泥仕合になっちまう。だから頼めるならオースンが最適なんだ。強いし、たぶん、容赦しない。そう言う相手が欲しいんだ」
「……人族の子が俺と勝負を?」
「そうだ。頼めるか」
オッスはまたシャーリーを見る。なにかきになるのかと、俺はシャーリーを身体の前に立てて、反応をうかがう。
オッスは顎の毛を掻いてジョリジョリと音を鳴らせる。それからにやりと笑い、ヘッヘッ、と荒く声を出す。
「おもしろい、手柄を挙げた分だけは付き合ってやろう。今日の分は3回分だ。準備ができたらいつでもいってこい。そのかわり、骨の一つや二つは覚悟してくるんだな。俺は、手加減する剣術など知らない」
「望むところだ。ありがとう」
俺は握手を求めて手を出すが、オッスは再び鼻で笑う。そして無視して立ち去ってしまった。
だが俺は悪い気分ではない。オッスの所在に近づけた気がするからだ。やつがどういう人間、というかコリー族かも何となくわかった。
模擬戦に付き合ってもらうという約束は剣術をカトーに認めてもらうというミッションにも、足しになるというものだ。
去って行くオッスを見守っていると、ララがゆっくりとこちらへ近づいてくる。心配してきてくれたみたいだ。ララは素早く弓兵を制圧して、さすがだな。
そして俺は人が殺されるところを初めて見た。
あの親切で面倒見の良いコリー顔のララが、容赦なく盗賊にとどめを刺した。近づけばララの防具と衣服は返り血でいっぱいだろう。ララがそれを浴びるところは離れたところから見ていたからだ。
この世界はこれがスタンダードなんだ。俺は自分にそう言い聞かせてララを笑顔で迎える。
「ララ、俺は大丈夫だよ! それより、お腹空いた!」
ララは立ち止まり満面の笑顔を浮かべる。
胸元に浴びた血が、毛先からしたたり落ちている。
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矢を受けたカンナリスはたいした傷ではなかった。革の防具に勢いを殺されたやつが貫通して、すこし腕を傷つけたていどらしい。俺はそれをララから訊いて、どこか安心する。やはり、人の死に様を見たからと行って、見知った人の苦しむ様はみたくないものな。それがいつか避けられないとしても、今日はもうたくさんだ。
それよりもおもしろいのは、カンナリスの矢傷をソーナが癒やしたことだ。
いわゆる回復魔法だ。
俺はたまたまそこに居合わせて、その魔術をすべて見た。
基本的には炎を熾すのと同じだ。身体の回路に魔素を巡らせて、念じて発動する。ただ、傷を回復させるときは、負傷者のウィタにも干渉して、お互いの魔素を融和させ傷を塞ぐ。らしい。
ソーナが傷口に両手を添えて念じると、お互いの魔素がそこに集まって、まぶしく輝く。しばらくその状態で魔素を注ぎ込み、輝きが収まると傷が塞がっている。ソーナもカンナリスもかなり消耗するのか、魔素を巡らせながら呼吸を荒くしていたが、施術が終わると青白い顔に汗を流していた。
ちょっとエロいな!
俺もたいへんなところを怪我して、ソーナちゃんと汗をかきたい!
なんつってな!
夕方になって、商隊はうち捨てられた小屋の前に野営の準備を始めた。
いつも通りの奴隷仕事のあと、俺はかゆみたいなスープじゃなを食べて、枯れ木の上に腰掛ける。
寝床を同じくする、ララと他3人の人族女性に混ざって、俺もすっかり馴染んだ気がする。
4人は日焼けによるシミそばかすや、いずれ商隊を抜けて、どこかに農地をもつんだというようなことを話す。どの土地が肥えている、どの国が税が軽い、どの街でどんな男がいた、わりと明け透けだ。ララもそう言う話が大好きだ。
人族の女性の一人は傭兵のカンナリスと仲が良いらしく、矢傷の加減を訊きに行けと煽られている。
土地の名前を聞きながら、何となく知識を深めていると、離れたところからソーナがちらちらとこっちを見ているのに気がついた。あれ、あきらかに俺に用事あるっぽいな。この状況で、女の子のところに立ち去る? まったく問題ない。
「ちょっと用事だ」と、俺は堂々と宣言して立ち上がる。
4人はぴたりと話をやめて俺を見る。そして俺の歩く先を追って、ソーナの姿を見つける。
あらぁ~、とため息とも冷やかしとも言えない声を漏らして、頭を寄せる。俺の背後でひそひそ話が始まる。
皆に見られながら俺が近づいてくるのを見て、ソーナは挙動不審になる。無視をしようか、静止しようかまよって、たき火の前でオロオロし、それから考えがまとまらないながら立ち上がる。俺がにこにこしてほほえみかけると、マントのフードに顔を埋めて目を平たくする。
照れちゃって、かわいいな! もっと、どうどうとしようぜ!
「な、なんのようなの!」
「え、用って、ソーナが俺に何かあるんじゃないの?」
「は!? 呼んでないでしょ?」
「まぁ、ね」
こっちを見てたじゃん、とは言わない。追い詰めちゃ、だめなんだぜ。
ソーナと同じたき火を囲んで、カトーと会計のおっさんが座っているが、俺たちには冷たい視線を向けるだけだ。
会計のおっさんはそうでもないけど、カトーは無関心を装っている。
ほんとは無茶くちゃ気になってるはずだろ! おまえw
「じゃあ、いいや」
と、俺が帰ろうとすると、ソーナは失望したように睨みつけてくる。
「あ、あの、昼間は活躍したみたいじゃない」
「え?」
俺は内心したり顔で足を止める。
「盗賊と戦ったとき、騎兵を倒したりしたんでしょ」
「ああ、運がよかったんだ。たまたま、相手が攻撃してくるところをみたから。大丈夫、怪我はしなかったよ。ソーナも大丈夫だった?」
「私は……、戦ってないから、なんともない。あんたも大丈夫なの?」
「うん、平気。ありがとう。奴隷なのに気にしてくれて」
「あ……」
俺は再び立ち去ろうとする。このくらいがカトーの忍耐の限界じゃないかと思ったりするからだ。
そうすると、ソーナはまだ言いたいことがあるらしく、ちょっと、と、少し追い、肩に触れて呼び止める。
「あのさ、鳥トカゲのフンなんだけど……」
はぁ?
「虫がよくいるよね、黒いやつ。あれ、光が当たると茶色く見えるんだよ。それで、みんなあの虫をデュクシって呼んでいるから、ディナクは……」
あの野郎……! フンコロガシじゃねーか!!
「ありがとう。ありがとう。大丈夫だよ。ディナクはすぐアケネーに帰るからね」
「アケネー?」
ソーナちゃんはきょとんとしてこっちを見る。俺はその様子を今日の報酬に帰ろうとする。
そして、ソーナの背後のたき火のあたりで、カトーが目を見開いて俺を見ているのに気がつく。
あ、やばいな。アケネーって、まずかったか……。
カトーはゆっくりと平静の顔、細く鋭い目つきに戻り、俺から目を離す。
絶対になにか考えがあるな。迂闊だった。
とはいえ俺は手を振ってソーナちゃんと別れる。
カトーのやつアケネーって言葉に反応するとは。
俺は暗い草地を歩いて、ララたちのもとへゆっくり戻る。俺が足を踏むと虫の音が止む。月明かりが見慣れない草を照らしている。夜の湿った臭いが嗅覚をくすぐる。
アケネーを知っていると言うことは、そういう知識がこの世界に伝わっているか、あるいは、カトーが糞女神の存在を知っているということだ。前者ならたいした問題ではないが、それでも、カトーはライフストリーム教会を超えた知識があると言うことだ。後者なら……、カトーはこの世界の住人じゃない可能性すらある。
さて、どっちだろうな。いきなり襲ってきたりはしないだろうが……。
俺が戻ると、同室? の4人が姦しく話を訊いてくる。俺はきゅるりんこと照れたりしながら、別のことを考える。
本当に、なにが迂闊なことになるか、わからないもんだね。
次からは気をつけよう。
カトーに殺されたりしなければ……。
to be continued !! ★★ →




