act.12_ララの稽古
「デュクシめ!! 俺のコップを、ミルクがっ畜生!」
とかいいながらディナクはナイフをやたらに振り回す。
俺はいちいちそれをシャーリーで受けて、「メモリアルだったのに! ヨアンナのおっぱい、透視できるくらい、同じ空気吸ってたのに、おまえがっおまえがっ! 余韻をぶちこわした!!」
と、男らしく、正々堂々と立ち向かう。
「な、なにがおっぱいだ、このアホ!」
ディナクは卑怯にも、戦士にあるまじき惨めさで、足下の泥をつかんで投げつけてくる。
俺はわざとダンスするみたいに華麗に避けてみせて、やつを煽る。
ほーれほれ! あたらんよ! そんな攻撃は!!
んべしっ!!
畜生! 口に入ったじゃねーか! 病気になったらどうするんだ!
くそ、低レベルな争いに引き込みやがって……。
こんなアホに付き合わされるのは、神の使徒としてのアイデンティティにそぐわない。だが、俺は、だれに誓ったわけでなくても、心で決めたことは守る男だ。
今夜はこのアホに徹底的にわからせてやる!
やつは泥の塊みたいな腕を振るう。
俺はシャーリーで防ぐ。
反動でやつはうんざりした表情を浮かべながら、ナイフを持ち替えて、逆手で突き刺そうとする。
シャーリーで弾く。
ナイフを投げてくる。
シャーリーで打ち返す。
石ころを連続で投げてくる。
シャーリーで左中間に打ち込む。サードフライ。ピッチャーライナー。
石が顔にあたって、ディナクが憤怒の形相で着ていた上着を破く。
何で脱ぐんだよ?
泥だらけの上着をふりながらつかみかかってくる。
ちょこざいな!
古代ギリシャの闘士みたいにがっつり組み合う。
ぎりぎりとやつが体重をのせてきて、体格で負けている俺は不利になる。
泥の上に横倒しになり、上になったり下になったりしながら、ごろごろと回転する。
あ、これ別に楽しんでるわけじゃないんだぜ?
本当に、心底、うんざりしている。
やつもたぶんうんざりしている。
顔を見ればわかる。
俺をぶん殴ろうとしてくるが、なんだか腕の振りが適当になってる。
俺は本能的に首をひねって躱す。
ディナクがめんどくさそうに肘打ちをしかかる → 俺は巧みに身体を折り曲げて、やつをいなす。
ディナクはだるそうに頭突きをしてくる → 俺は屈んで衝撃を殺す。
ディナクはどうでも良さそうに俺の頬をはたこうとする → 俺は腕をぶつけて軌道を変える。
ディナクはよそみしながらやくざキックをしかける → 横ステップで躱す。
ディナクは……やめた。
「……おまえ、もういいよ」
よし、勝った。
「俺の勝ちだな」
一瞬、やつの目に炎が宿るが、すぐに消える。背を見せて、散らかった衣服をかき集める。
そのまま俺のことを見もしないで、自分のテントへ向かっていく。
「あ、おまえのコップ、俺は関係ないからな」
やつの背にいってやると、ディナクは力なく振り返り、亡霊のような視線を向けてきたが、なにもいわずに去って行った。
完全勝利だ。
やっぱ俺の方が強いんだな!
証明された!
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汚れた服はララが洗ってくれたが、泥の色は落ちなかった。
そして俺はこの世界に来て初めて風邪を引いた。鼻水がだらだらと流れて、少し熱っぽい。
ディナクのアホも風邪を引いたらしく、割り当てられた荷台に乗って、姿を見せない。
ディナホのやつ、このままアケネーに帰ればいいのに……
俺はこのムンド村にいるあいだに、ヨアンナに師事して魔術の手ほどきを受けたかったのに、台無しになった。ヨアンナの操るウィタの流れはしかと目に焼き付けたのに、その先を教えてもらえないでいる。
すごく、もどかしい。
ララと共有している簡素なベットから、俺は気怠い頭を外へ出す。外では商隊のメンツがムンド村を出発する準備を進めている。
傭兵の武器防具は手入れがされて、錆も落としている。マグノラおばさんは調味料を手に入れて明るい顔をしている。
カトーとソーナはあまり見かけないが、たぶん、村の連中と親睦でも深めてるんだろう。
オッスも見かけない。
俺を見に来てくれるのはララだけだ。
「剣術の訓練はしばらくお預けね」
と、優しくいってくれるが……
くそつまらんな。
それに俺がやるべきはずだった掃除や洗濯をララがやってくれているから、すごく申し訳ない。
ディナホのやつ……
俺がようやく回復したのは、商隊がムンド村を出る前日だった。
てか、なにやってんだ、俺は。
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3日伏せって筋肉の衰えた身体を、俺は朝日に晒して伸びをする。
異世界の朝。
一見すると元いた世界と変わらないが、空がすこしだけ緑がかっている。そして月が三つある。
チキュウの月と同じサイズのものが一つ。ずっと小さいものが二つ。
この3つの月にも伝承と物語とがいろいろとあるんだろうな。
チキュウでは月は死と再生の象徴として扱われることがある。月の蝕による満ち欠けが、命の隆盛と衰退を現している、というやつだ。
この世界の月は、いま1/8くらい欠けているだろうか。
俺は思いを馳せる。
そこへ視界の端、カトーのテントからソーナちゃんが現れる。ソーナちゃんはめざとく俺に気がつくが、なにともなく視線を逸らして、顔を洗いに川の方へ歩いて行く。
とぼとぼと歩く様が何ともかわいい。
俺は誘われたような気になって後についていく。
前を歩いていたソーナに追いつくと、顔も振り返らずに話しかけてきた。
「ディナクとずいぶん揉めたらしいね……」
ソーナはあくびをしてついでのように言う。
「いや、向こうが騒いでいるだけだよ。うっとうしいから、ずっと避けてたんだけど、あいつ、つかみかかってくるんだもの」
「あまり馬鹿にしないほうが良いよ。カナエは奴隷なんだから、ディナクと喧嘩しても、ララしか味方になってくれない」
ああ、そうだろうな。どれでも、舐められるのは性に合わないからな。
「……気をつけるよ」
と、俺は無難に答えておく。
「ソーナはなんで早く王都へ行きたいの?」
訊かれてソーナはようやく気怠げに視線を向けてくる。
「あんたには関係ないでしょ」
と、とりつく島もない。高貴な野生パンサーちゃん。
二日酔いみたいに目の周りを黒くして、ていうか普段からそん感じだが、朝はとりわけ気怠げだ、日向で毛繕いでも始めそうだ。
「気になるんだよ。同じ商隊の仲間じゃん。だれが、どんな夢を持っているとか、境遇だとか、俺にできることがあれば手伝いたいしね」
はぁ? と、ソーナは目を開いて、俺の意図を確かめようとする。なんだかちょっと、俺に対する態度が変わってきたな。こないだから……
ソーナの美しい緑色の光彩が朝日を照り返す。黒髪は陰になったところからまぶしく輝くほうへ、青く色を映らせている。
チキュウにいたら芸能プロダクションが飛びつくだろうな。
そのまま無言で歩き出すのを、俺は2歩うしろから鼻歌を歌いながらついて行く。河原の澄んだ澱みで、ソーナは顔を洗い、手で雫をぬぐい、ブルぶるっ、と、身震いで水気を飛ばす。あ、なんかこういうの、文化が違うね。
「俺、記憶はぜんぜんないんだけどさ、ライフストリーム教会の尼僧さんが、なにか果たすべき役割をもっているようだって、いってくれたんだよね。そして、そのきっかけは君だった」
「ヨアンナと話したの?」
「うん。ヨアンナに俺のことを話してくれたんだろ?」
ヨアンナの名前を出すと、ソーナはまじまじと見つめてきて、焦点を合わせようとするかのような、下まぶたをぐっと上げる、よくわからない表情を浮かべる。
「カナエは目立つんだよ。私たち妖精族から見ると、見慣れた人族と何か小さなところが違っているような気がして、おもわず見返してしまう……。でもよく見てみても、普通の人族。ヨアンナがどうしてあなたに関心を寄せたか、わかんない」
「ヨアンナは魔術の手ほどきをしてくれた」
俺がそう言うと、ソーナは不意に顔つきを変えて、目に力を宿らせる。
「あんたに、魔術をみせたの? ヨアンナが?」
「え? そうだよ」
「適当なことを言ってるんじゃなくて?」
「もちろん。火の魔術だったな。神秘的で、美しかった。ソーナも使えるの?」
「……しんじらんない」
ソーナは機嫌を悪くして、すたすたと歩き始める。
あれ? なにかまずいこと言った?
「ねぇねぇ、俺、何かまずいこと言った? もしそうなら、教えて欲しい。ソーナに嫌な思いをさせるつもりはないんだ」
「あんたがヨアンナとなれなれしくするのが、もう、嫌なの」
ソーナはぬかるんだ道をずかずかと進んでいく。乱暴に歩くから、草むらの虫が声をひそめて、灌木から鳥が逃げていく。
鍛冶屋がハンマーを打つ音が初めの一撃を響かせる。
「この国では、かつて魔法使いが徹底的に殺されたことがある。それを軽々しくデュクシに見せるなんて、ヨアンナはどうかしてる。たとえそれがカルマの高い者だからって、弾圧する側かもしれないのに……」
「え」
俺は意外な事実に驚いて、一瞬足を止める。ソーナは立ち去るかと思ったら、同じく歩みを止めて、ディナクとおなじように憎しみの目を向ける。
「あなたは信用できない。初めは、不思議なカルマの抱え方をしているから興味を持ったけど、いまはあなたに関わるのは危険な気がしている。あなたのカルマはウィタの安定を乱す……」
「そういわれても、俺はどうしたら良いんだよ」
「かかわらないで」
「できないよ。ソーナが好きだから」
「つ! は、か、はか! 馬鹿! ついてくんな!」
ソーナは顔を真っ赤にして走り去る。ごめんな、直球で。
あ、でもこれで俺の味方はララだけになっちゃったのかな?
29歳パワーでやりすぎたか……。
そんなこんなで、、、
昼過ぎに商隊はムンド村を出発した。ヨアンナは見送りに来てくれなかった。
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俺たちは朝露に濡れた悪路を進んでいく。日が昇ると少し厚いくらいの陽気だ。ララにいまが収穫の季節にあたるのかと訊くと、いまは残暑の季節だそうだ。
「王都アヴスは季候の良いところだから、夏でも冬でもそれなりに過ごせるわよ」
と、ララはウィンクをして俺に心配無用だとアッピールする。それはいいけど、つまりは、それなりに過ごせない土地がたくさんあるってことだな。よくおぼえておこうか……。
あっというまに日が暮れてきて、俺は日常の奴隷仕事をこなす。
料理するマグノラさんに顎で使われ、商隊の人族にあれやこれやのお使いイベントを言いつけられ、オッスとディナクに冷たい目で見られ、ララに励まされる。
そして日が落ちて一日が終わ……らずに、ララに訓練をつけてもらう。
シャーリーを正中に構えて素振りをする。今日は身体の動きも加える。
ララに向かってすり足で進み、シャーリーを振る。通り抜け、振り返り、静止。切り返すときの身体のぶれなどを修正される。そしてまたララへすり足で向かい、足の動きなどを修正。
腕の振りを修正。
頭のぶれを修正。
重心を……。
しばらくするとじっとりと汗をかいている。シャーリーを構えながらこれやると、背中から腕の先まで、疲労がすごい。
「明日からは、水くみのときは走った方が良いわね」
と、ララは俺の体力のなさを心配して、助言をくれる。
俺はこの世界に来たとき、この身体の俊敏さに有頂天になったが、実は運動能力の平均値より劣ってるのかもしれない。いや、コリー族が異常なのに違いない。構えの型を手本してみせるララは、静止から動までがなめらかでぶれがない。
人間ってさ、信号待ちで棒立ちになったところから、青になって歩き始めるときでさえ、よいしょ、と、勢いつけて歩き出すじゃん?
コリー族にはそれがない。
すべての動きがなめらかで、何かの動作の途中から始められたみたいに、スムーズで、早い。
優秀な戦士のはずだ。
俺はそれをまねしてみようとがんばるが、なんていうか筋肉の付き方が違うんじゃないのかな?
と、おもいつつ何度も繰り返し訓練した。
それから……、ララに礼を言って別れる。
「まだ起きてるの?」と、心配されるが、ちょっと考えたいことがあるだけだから、と、安心させる。同じ馬車のリヤカーで寝てるもんだから、一人の時間を作るのにもなかなか気を遣う。
そうまでしてやりたかったのは魔術の練習だ。はっきり言って、もう、かなり眠い。
だが、ちゃんと道筋をつけないと、いつになってもうまくなんぞならない。俺はそういうことを、研究者としての実績作りで学んだ。
実績をつくるには論文を書いて出さないといけない。論文を書くにはフィールドワークをしてデーターを集めなければいけない。フィールドワークへ行くには予算をぶんどらないといけない。
予算をぶんどるには、実績がなけりゃ……、と、これらのシステムは、小さなところから動き出さざるを得ないのだ。
だれにも知られていないところで、だれにだってできるようなことを積み重ねて、そして、いつか、大きなシステムに成長させる。
たぶん、人間がやるべきことはこの世界でも同じだろう。
そうおもって、俺は体内のウィタを、ヨアンナのやっていた姿をイメージして、練ってみる。
ヨアンナは身体の回路を整える必要があると言っていた。
むりに魔素を巡らせれば、身体に強い負担がかかるらしい。それが死に繋がるほどのものなのか、どうか。ヨアンナも多くは教えてくれなかったよな。
だが、ソーナちゃんの言うとおり、魔法使いが迫害されている国なのだとしたら、手ほどきでも教えたのはヨアンナにとって危険な橋を渡る行為だ。しかも相手が俺みたいな謎な人間なんだからな。
よし、この先はやはり自分で進めなきゃならん。
俺は魔素を練る。身体のウィタがどこにあるか知らんが、全身から絞り出すように、手先へ神経を集中させる。
炎、炎よ
熾れ、熾れ、熾れ……
理よ、ひび割れよ
現実よ、ねじ曲がれ
物質よ、運命を変えよ……
to be continued !! ★★ →




