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act.11_理を曲げる力

「魔術というのは、つまりは理をねじ曲げる力でおじゃる……」


いいながら、ヨアンナは尻の辺りで両手を組んで、聖堂内をゆっくりと歩く。

俺の方を見ないから、まるで独り言を言っているみたいだ。俺はふだん教徒たちの座る長いすにリラックスして座り、機嫌の良さそうな彼女を眺めている。


「かつて、この「ホシ」は魔素そのものでできていたという。それが星霜の月日を経て、魔素の枯渇した物質と、魔素の保たれたウィタとに別れた。ワレやナレもまた、魔素の保たれたウィタを宿しておる」


「ふむふむ、俺の身体もウィタであって、魔素をもっているということか。だから、魔法が使える……」


「ひらたくいえばそうじゃが、魔術の行使には特別な回路を体内につくらねばならぬからの。ナレは、10の歳を越えておるか? だとしたら、これから修行を重ねるには、すこし、薹が立っておるやもしれぬな」


ま、まじか……。

せっかく異世界に来たのに、魔法使えないのか?


「とはいえ、まったく使えないわけではない。ただ、魔素を身体に巡らせたときに、かなりの負担が生じるやもしれんということでおじゃる」


ヨアンナはどことなく楽しそうに言う。魔法の適正を失いつつあることに気付いた俺を、おもしろがっている?

いや、この人にそういう、人をいたぶるような属性はない。なにか思惑があるんだろうか。


「ナレはしらんじゃろうが、ナレの商隊にいるある幼子と、ワレは知り合いでの。実は昼間にいくらか言葉を交わしたのじゃ」


「それはひょっとして、ソーナのことですか?」


「おお、そうじゃ。まぁこの見た目で、なんとはなく気がつくでおじゃろうかの。ソーナの母親とワレとは同郷での。そのソーナが言っておったが、ナレは、人族の少年と喧嘩をして、相手の刃物での攻撃を避けきったそうじゃが、本当でおじゃるかな?」


「避けた、というか、ディナクの攻撃があまりに単調で直線的だったから、棍棒で防いだんです」


「じゃが、端から見ていて、ナレの防御は堂のいったものじゃったようじゃぞ? ソーナが感心しておった。ナレは『カルマが高い』と」


「カルマ?」


「ナレのこの「ホシ」での役割が、大きいかもしれないということでおじゃる」


「なぜそんなことが、ソーナやあなた様にわかるのです?」


俺は少し緊張して訊き返す。


「我らは妖精族の中でも、とくにウィタを多く保った種族での。予知の力があるともいわれておる。実際は、精細なイメージが頭に浮かび上がるといったものではないのじゃが、それでも、符合することがよくあるのじゃよ、気づきと、現実とがな。そういう能力を持ったソーナが、ナレの戦うところを見て何かを感じたのだから、ナレには可能性があるのじゃろ。それは必ずしも魔術の能力に限らんが、とはいえ、ナレがそれを強く望めば、道が開けるはずでおじゃる」


ふむ。

ヨアンナの話に俺は一応の納得をする。


転生するとき、糞女神は俺に何らかの力を授けるといった。おちょくったら、その内容を教えてくれないまま送り出されてしまったが、ひょっとするとそれはヨアンナのいうように、望めば育つといった、可能性の話なのかもしれない。

つまり、さまざまな道について、地力をもっている、ということだ。


魔術の訓練については年齢的に不利になりつつあるのだろう。それでも、望みさえすれば……。


俺はなんだか楽しくなってくる。糞女神の監視つきとはいえ、無双ルートもあるのかもしれない。その力でいっそ、糞女神の鎖を断ち切ることはできないだろうか。

それができれば、心底気ままに暮らすことができるのだが。


「ヨアンナ様、俺に魔術の修行を授けてくれませんか?」


と、俺は餌に飛びつく魚のように、直球の言葉を掛ける。なに、いつものことだぜ。


ふ、ははははは! と、ヨアンナは愉快そうに笑う。


「ナレにこのような話をすれば、当然、そのようにいうはずでおじゃるな! じゃが……」


ヨアンナは心底残念そうに続ける。


「ワレはこの村の発展に身を捧げるつもりでおる。しかし、ナレにはなにか大きな役割が待っておるように思う。ソーナが感じたことと同じものを、ワレも感じている気がする。不思議じゃな、いつもであれば、ワレはこれこれこう感じたと、はっきり言えるのじゃが、ナレに関しては、なにか不鮮明なのでおじゃる。ふむ、それだけ、なれのカルマが深いのかもしれぬ。

とまれ、ワレにはナレの教士となることはできぬ」


ヨアンナは俺の正面で立ち止まり、俺の両手を拾い上げるようにつかみ取る。その手は、青白く節制を重ねているのが一目でわかる手だが、意外に力強い。

そしてどこか暖かい。


「あるいは、我々教会の教士のうちのだれか、あるいは僧職のものがナレを導くことになるかもしれん。ワレは自分がそのような立場でなかったことが残念に思うが、それでも、こうしてナレの初めの手ほどきをできたことがうれしい」


そういいながら、俺の右手の先をヨアンナの両手で包み込む。


「なに、魔術というのは難しいことではござらぬ。だれでも力を持っておるのだから。ほれ、こうして、ワレの手の中に宿る、ライフストリームの奔流を感じ取るのじゃ」


俺は握られた手の感覚を集中させて、そこになにかの流れがないものかと探す。


風が、吹いている。

どこかの木枠は未だに気圧の変化に踊らされて、がたがた音を立てている。


ランプの日が揺らいでいる。

不純物の燃える黒い煙が、微かに漂っている。


俺はその臭いを嗅いだ気がした。


そして、ヨアンナの荒れた両手の皮膚が、なぜかしっとりと感じられ、その熱たるや、どこにこれだけのエネルギーが……

これか!

赫々たる熱の奔流じゃねーか!


これが、魔素の流れ……


俺がそれを感じ取ったことにヨアンナも気がついて、両手を動かさないまま、挑むような顔つきで俺の中を覗き込んでくる。


あ、堕ちる……

とか思いつつ、俺はうんむ、と、唇をつきだすが、さすがにそれには応じてくれない。応じてくれないっ!


「ナレは不純じゃのう。その歳で、このような痩身の尼僧に欲情するとは……」


あ、まった、いまのなし。ノーカンね。


「あ、すいませぬ。なぜかお母様を思い出してしまったのでおじゃる……」


チラッ、チラッ……


……


…………。


ヨアンナは若干、うさんくさげに目を細めていたが、次第にその目つきを変化させて、何かを観察するときの、薄く目を開けて焦点を定めようというものに変えた。


それからしばし考え込む様子で頬に手を添える。

顎を少し上げながら、話し始める。


「う~む。いま、なにか、ナレの中に、見た目とは違う、歳のいった男の姿が見えた気がする。ひょっとして、ナレの父親の姿かのう?」


そういいながらヨアンナは「ちょっと待て」と、俺を制して、執務室があるらしい、オブジェクトの背後へ設えられた戸の奥へ入っていく。


すぐに戻ってきた両手には、パピルスのような紙と筆とを持っている。


「見えた男の姿じゃが、このようなものでおじゃる……」


と、ヨアンナはさらさらとためらいなく線を引き、イメージしたものを紙に起こす。俺は欲情したのを躱された恥ずかしさで、無言でその作業を見守っていたが、ヨアンナの絵に次第に驚きを覚える。

彼女が描き出したのは、日本人の伝統的な衣服に身を包んだ、低身長の男だった。見覚えはないが、それはいわゆるサムライの姿をしている。


ヨアンナがサムライを知っているはずはない。

ということは、彼女が見ているのは、俺の……、背後霊?

糞女神に呪いでも掛けられたのか?


「なにか悪さをするものでおじゃるか?」


「いや。そうではない。これは、そうじゃのう、ワレの予感するかぎり、ナレに力をもたらしておる。じゃが、それは、直接ウィタを与えるといったものではないな。なんというか、ナレの地力の、由来といったものじゃろう。ナレの先祖かもしれんな」


「先祖ね……」


よくわからないが、俺には直感の力意外にも、なにか授けられているということだろうか。


「まぁ、いまはそれはよかろう。それで、魔術のことでおじゃるが、魔術とは。身体を巡る魔素を消費して、世の理を変えることに他ならない」


「ふむふむ」


「理とはつまり、荒野に風が吹き、遙か頂に氷が積み重なり、地の底に熱がたぎる。人の世に疑いと喜びがあふれ、獣の世に血と牙とが交わされる。それらすべてが理でおじゃる」


「その理を、変える」


「で、おじゃる」


ヨアンナの双眸が妖しく光る。

聖堂に打ち付けられる風が勢いを増す。なにかが教会の石壁にぶつかり、鋭い音を響かせながら遠くへ去って行く。


「火のないところに、滅殺の揺らめきを熾す」


ヨアンナは両手を泳がせて、眼前で玉を転がすように泳がせる。


と、彼女の身体から、なにか蒸気のような揺らめきが立ち上るのを見る。


あれが、、、ウィタ!? 魔素の顕現か!


ヨアンナのウィタはしだいに手の先に集まり、そこで濃度を増していく。


いつの間にか煌めきを宿して、それは即座に紅蓮の炎になっている。いまやヨアンナの顔は、手元の中空に燃え上がる火の玉に照らされて、悪魔じみた昏さで浮かび上がっている!


し、信じられん。

なにが燃えてるんだ、あれは!


俺は正直言って、恐怖を覚えた。


魔術!


魔術! 魔術! 魔術!


そんなものが存在するのは、俺の知っている宇宙じゃない!

だが俺は、俺は、ここでそれを見ている!

俺の目のまえ、ヨアンナの懐で、現実がひび割れて、赤々と火の揺らめきを続ける。


「これが魔術でおじゃる。世の理を変える御技よ。ナレにどこまでたどり着けるか、のう」


ヨアンナが地の底から響くような、低い声で言う。



∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



教会を辞して、俺は商隊がテントを張っている場所へ向かう。

あいかわらず風が吹いていて、少し伸びてきた髪がうるさく靡く。


季節が変わろうとしているのだろうか。麦の穂が実っているくらいだから、いまは秋か。俺はそんなことも把握できていない。


これから雪が降るくらい寒くなるのだとしたら、奴隷の身分をどうこうしようと考えるのは、性急かもしれない。魔術、剣術、ライフストリーム……


この世界で、命はどんな様にして命を繋いでいるんだろうな……


そんなことを考えながら歩いていたら……


村の中央広場に、ディナクが仁王立ちしている。仁王立ちといってもディナクの股間の話ではない。ディナク自身がだ。


「デュクシ、てめぇ、俺のコップ使いやがって……」


は?


「おまえだろ! マグノラの馬車に掛けておいた俺のコップを使ったのは! 勝手なことしやがって! ミルクが飲めねぇじゃねーか!」


なに言ってんだこいつ……。何か変なものでも食べたのかな。

マグノラさんの馬車に掛けたコップなんて、俺はなんの心当たりもない。といって、ディナクの怒りも言葉だけのものではなさそうだ。


日中の小競り合いから、少しの冷却期間が作れるかと思ったが、夜になって早速これじゃあ、そうもいかないな。なにか1つうまくいかないことがあると、俺のせいだと思って突っかかってきやがる。

俺は考えをまとめて、この問題をどうするかを決める。


なにやら、耳元でヨアンナが囁いているような気分になる。


俺にもし何かの力が宿っていて、それが日中にディナクの攻撃を避け続けたことと関係があるのなら、いまこの状況でもそれは発揮できるはずだ。


結局のところ、糞女神が俺に教えてくれなかった恩恵については、俺が経験の中で見いだすしかないのだ。


だから俺は決める。ディナクがあきらめるまで、こいつの攻撃を受けきってやろう。

よし、やってやる。


俺は薄笑いを浮かべてシャーリーを構える。


「ちょうどいい。俺もなんだか暴れたい気分なんだ」


ディナクはそれを聞いて覚悟を決めたらしく、ふたたびナイフを取り出す。


「こそくな嫌がらせをしてきやがって……。せっかく昼間は見逃してやったのに、覚悟は良いんだろうな!」


などと供述しながら距離を詰めるてくる。


第2ラウンドの開始だ!


ディナクは問答無用とばかりに駆け寄ってくる。至近距離で得物を振り回す? それか、俺をつかみながら胸にドスンとくるか!?

俺はまっすぐに寄ってくるディナクのベクトルから、自分の位置を逸らせる。わずかな横移動だが、またしてもブーツがぬかるみに滑りそうになる。


ディナクのやつ、よくこのコンディションで走ったりできるな!


確かな足下をさがして少し視線をそらせたが、つぎに向き直ると、もはやよそ見ができない距離にまで詰め寄られていた。

ディナクは懐からまっすぐに突き出す感じで俺の胴を狙ってくる!


その攻撃をマントで払いのけ……、ツ! 畜生、かすった、甘かったか!

手応えの感触に、さらにディナクは勇猛に腕を振る。


横凪ぎ!? 俺は逆手に持ったシャーリーで攻撃の軌道を逸らす、、、あぶねぇ、ぎりぎりだ!


勢いのまま身体を一回転させると、ディナクは身を屈めて体当たりを狙ってくる。マントの裾を相手の腕に絡めるように翻して、やつの上を飛び越える。

着地の衝撃はなかなかのもので、俺は一瞬行動の自由を失うが、ディナクの方も予想外の避けられ方に姿勢を崩して滑り退る。


中腰になって片手を地面につきながら、獣のような目で俺を睨みつける異世界の少年。


なんなんだろうな、この状況は。俺はふと、つまらなさを感じる。

この戦闘に何の意味があるんだか。


先ほどディナクの攻撃がかすった辺りが、じりじりと熱を帯びている。

どうやら血が流れているらしい。

だが、と気持ちを強くもって、とにかくこいつが疲れて立てなくなるまで避けきってやると、気合いを入れ直す。


やつが上半身を上げて、ふたたび距離を詰めてくる……


よし。魔術だ。


どうやるのかは知らんが、俺のソウルがそう呟いてくる。


俺はシャーリーを眼前でまっすぐに立てる。

回転させて、地面にドスンと降ろす。


「?」


ディナクが困惑して足を止める。


「おまえは俺の、今夜のメモリアルな気分をぶちこわしにした。正直、いままではどうでも良いくらいに思っていたが、おまえの糞コップのことなんて、ほんとに、真実、正真正銘、腹の底からなんの関わりもないが、おまえはレッドラインを越えちまった。風俗街の赤線じゃねーぞ? 怒りのレッドラインだ……」


俺は腕からしたたる血を、舌先で舐めとる。ディナクがびびってる。そうだろう、そうだろう。

そして……ヨアンナと同じ動きで、体内のウィタに呼びかける。


炎よ、俺の怒りの炎よ、聞いていますか? 俺です、大良木鼎です。

いまあなたに呼びかけています。

ウィタよ……

もしもし……もしもし……?


ディナクが俺を睨みつけている。

俺は薄笑いでやつを見返す。


……


…………


………………


「む」


俺は陶芸の要領で、集まったはずのウィタをこねくり回す。

どうだ、現実に亀裂が……あれ? おかしいな……


「気持ち悪いまねしやがって、デュクシめ、このやろう……」


ディナクは待ちかねて近づいてくる。


「あ、ちょっとまて」


この夜は始まったばかりじゃねーか。焦るなよ、ディナク?



          to be continued !! ★★ →

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