act.107_夜の目覚め
インゴットを持ち帰れ、テニスは次の指令をいった。
うんうん頷きながら俺は考えを巡らせる。正直言ってそれがパーシュパネーにとって何の意味があるのかさっぱりわからない。なにやら先のことを見通せるような物言いをすることがあるから、おそらくは都合のいい未来に繋がっているのだろう。だがそれって、どんな未来なんだろうな?
ホシには不死者、つまりパーシュパネーの眷属なんて数えるほどしかいないのが実際のところらしい。そいつらで国を興すとかそんな考えはないだろう。じゃあ人族、亜人種を含めた住人たちを教化して、自分たちをあがめ奉る文明を打ち立てたいとか? それもなんかこいつらの物言いからは想像しがたい。
パーシュパネーやテニスの言動を見聞きしている限り、こいつらの狙いって、もっと物質的なもののような気がするね。
政治とか、宗教とか、それこそライフストリームといった、思想の問題じゃなさそうだ。
しかしだ、こと物質的な問題って、いわゆる神にとって必要なことかね? いらんでしょ、そんなの。
そんなわけでテニスの言うことにゃ俺には意図がわからない。くやしいっ。でも感じちゃう。こいつらろくでなしで、俺はその手先、てか鉄砲玉みたいな感じだ。
「……ちなみに、余談みたいな話だが、テニスは俺の他にも使徒を飼っているのか?」
「飼う? 家畜じゃないんですからそんなに卑下しなくてもいいですよ。それで答えですが、いまのところ、ノー、です。私が使役している使徒はあなただけ」
「ふむ。あー、他の不死者のことは知らないと言ったが、一般的にだ、一般的に、不死者って、必ず使徒を伴うものなのか?」
「そうですね、イエス。不死者も肉体を持つ存在です。個体でできることは限られています。いまの時代は、教会によって存在を特定され、いろいろとできないこともありますからね」
「じゃあ、兆行にも使徒がいるわけか。あいつが誰かに指示を出しているところなんて想像もできないが……」
「彼の使徒は討伐されたと聞きましたよ。あくまで私がこの世界で見聞きした情報にすぎませんが」
「なるほど……」
その後補充されていない、ってことかな。
俺だって、この世界に転生したのはつい先日といえる。それまでの間テニスは使徒なしで活動していたわけだ。つまり……
「テニスの使徒は、俺が来る以前にもいたんだろう? そいつは討伐されたのか?」
「……あなたには関係のないことです」
「あんまり秘密主義じゃあ信頼関係は築けないんだぜ?」
「あなたは指示通りに動けばいいのです。私と信頼関係にある必要はありません」
「え~、だけど、これからは一緒に行動するんだろう? そうすると背中を任せなければいけない状況だって発生するわけだ。やっぱり信頼関係って大事じゃない?」
「……私と一緒に行動したら、あなたが使命を達成するのは困難になるでしょう。よって、これからも新しい任務を伝達するとき以外は、別行動をとるのが望ましいと思っています」
テニスは少し考えてから答える。
俺の質問をうけたときに、わずかに眉間にしわを寄せて、苦しいような表情を浮かべた。それがなにを意味するのかはわからないが、別行動をとるというのは必ずしも望ましいカタチではないらしい。
まぁ、俺としては見とれるほどの美女であるテニスちゃんと一緒にいたいところだが、横に不死者を侍らして日常生活が送れるか疑問もある。ヨアンナ師もソーナちゃんも、そこら中にいるウィタ騎士もいい顔をしないだろう。
「確かにそのとおりですね。とはいえ、これでまた次に会うのが1年後とか2年後、ってんじゃあ、いかにも寂しいよ。どうにか連絡の取れる手段はないかな?」
「任務を達成したらすぐに現れます」
にっこりわらってテニスが言う。
「ええ~っと、そういう運任せの機会じゃなくてさ。なにか合図の花火とかで、会うことはできないかな?」
「無理ですね。何か勘違いをされているのでは? あなたの便利のいい女ではないのです」
たはは……。なかなか手厳しい。
「では、そろそろ……」
言いながらテニスちゃんは正面を向いたままゆっくりと後ずさる。俺と一緒にいるのが名残惜しいわけでもあるまいに、なぜか目を離さないままでいる。なんなんだろうね。やっぱり俺のことが好き? いやいや、いままでの展開でそんな要素はない。俺の見た目が子供だから、かわいそうに思ってるとか? う~ん。
「ああっと、なんだか、なにもかも聞き忘れているような気がするよ。テニスがどういう人なのか、わからずじまいだしさ。これは正直な気持ちだぜ? あなたともっと話していたいというのは」
「とてもうれしいですね。でも、あなたも、いまでこそ転生して新しい世界で意気揚々としていますが、すぐに死ぬか、生き延びてもあっという間に老いていきます。すこし、可哀想なんですよ。そのような命のあなたが。……さて、だれか魔術に対する抵抗をもった人間が近づいてきたようです。……期待してますよ、地球の大良木鼎」
また例の闇に溶けていくやつで、テニスの姿がドザの街に消えていく。真っ白だったウィタがグレーになり、灰ネズになり、墨色になっていく。
気がつくとさっきまで感じていたテニスの気配は、もうどこにも見つけられない。
ドザの街に旗を揺らめかせる程度のかすかな風が吹いているばかりだった。
「誰か来ていたでおじゃるか?」
やや眠気を引きずったヨアンナ師が物陰から姿を現す。
俺はまだテニスの消えていった一隅を見つめている。なんていうか、いろいろとまだ謎が多いよな。それらが一度にわかってしまうと言うのも興ざめかもしれん。1枚1枚ヴェールを脱がしていくようなのもまた興奮するシチュエーションだ。そうはおもわんかね?
「いえ……、ドザの夜の景色を楽しんでいたところです」
「ほう? ナレにそのような趣向があったとは。気づかなんだ。なにやら、妙な気配がしたものでな、もしやするとナレもその気配に引かれて起きていたものかと思ったぞ」
「いいえ、野良犬一匹現れませんでしたよ?」
「ほう、そうか?」
全部わかってるよ、って感じでヨアンナ師が目を光らせて、口元をつり上げる。
「師匠」
「なんじゃ?」
「この交易行は成功させましょう」
「ん、なんじゃ、いまさら」
くっと眉を上げて、俺に説明を促してくる。昼間の教会で纏ったものだろうか、お香の匂いが漂ってきて、俺は腹の辺りに熱が籠もるのを感じる。あ、あああ! この感じは……。
俺はひさしく忘れていた、紳士の滾りを思い出す。なんてこった、この感覚を忘れていただなんて……。あー、でも、今夜に、ヨアンナ師の匂いで復活を遂げたって、なんだか幸先いいな!
ぎらぎらした目で師匠を見ると、戸惑ったように片目を見開くヨアンナ師。「な、なんじゃ?」と、ちょっとローブの裾を引き寄せたりもする。
かわいい、まじでかわいい。
考えてみれば師匠とはいえ、チキュウで言えばストレートで修士課程を修了したぐらいの年齢だ。准教授の俺からして見れば、花園からでたばかりのおぼこみたいなもんだ。いままでなんで苦しみもせずに身近で安穏としていられたのだろう。
これからの時間がたのしみで、ちょっと不安でもあるな。
「いま、強くそう思ったんですよ。交易を成功させて、ほかのことも、いい方向に向くように、ぜんぶがんばっていこうって」
「ほ、ほう。それは殊勝じゃのう……?」
じゃあ、ってかんじで俺は師匠を見てにっこり笑う。それから、レオナのマントにくるまって、そうそうに眠りにつく。
近くでなにやら戸惑っている師匠の気配がするが、いまはもうそれで十分だった。
俺はくんかくんかとレオナの匂いを探しながら、穏やかな気分で意識を薄れさせていく。今度、サイネアが詳しいっていう、夜の店にも行ってみようかとか考えながら……
to be continued !! ★★ →




