act.105_監視所ドザ
ウーナンダ義寧国とハザード連合国の国境にあるドザ監視所は、両国間を隔てると言うよりも、廃都パラポネアから魔獣などが侵入してこないよう監視するために設置されている。
また、この辺りの土地はいくつかの国が境を接しているから、難民が住み着いたり、移住を希望して流れてきたりもする。そうした変事にたいして即応するのが駐屯軍の役目だ。
監視対象である廃都パラポネアからでてきた俺たちに対して、衛兵たちの検分はなかなか時間のかかるものだった。
ま、そうはいっても怪しい物品や危険な思想などもちあわせてないし、なにしろ尼僧であるヨアンナ師までついている。最終的には「いってよし」の通行証をもらうことができたらしい。それなりに心付けを渡したというのは想像に難くないが。
カトーのキャラバンは隊商ではあるが、ウーナンダやハザールで商売したいわけではない。その先のワーヌ南海王国で大々的に商売がしたいわけでもない。あくまで目的地は、都市国家カイアクマリであって、欲しいのはミスリル塊だ。そいつをたくさん手に入れて、ブトゥーリン王国の政争だかなんだかに乗じて一儲けしたい、ってのがカトーの思惑だ。
そのあたりの野心や欲望というのは措いておいて、キャラバンの原動力はそこにある。
だから、ドザ監視所に隊商として入りこむのは建前であって、そんなに商売するつもりはないわけだ。
検分の間、俺はソーナからそんな話を聞いた。
もっとも、キャラバンが交易品として運んでいるもののうち、いくつかは内地で売りさばいた方が利益が大きく、それらは旅の消耗品、補給のための資金にするという。
俺たちはいくつかのゲートを抜けて、街の基礎になっているテーブルマウンテンを登る。
胡散臭そうに観察してくる目に囲まれながら、しずしずと衛兵や住民たちの間を抜ける。イバラの絡んだ逆茂木の柵を抜け、空堀を通り過ぎる。
やや劣化の見られる、板状の石を積み上げた城壁が見えてきて、みるみる近づく。二層になった正門を抜ける。
ドザの街。
まさに城塞都市だ。
こんな特殊な都市に舞い込むと、俺の中の学者魂が甦ってくる。この街で、人はどんな暮らしをしているんだろうね?
城塞の周辺にはわずかばかりの畑地があったが、食料は輸入に頼っているだろう。つまり、内地からの供給によって成り立っているに違いない。正門から続くメインストリートには、麻袋につまった穀物を運ぶ荷車が何台か見られる。ああ、イモとかもあるかもな。
通り沿いの家々もすべて石造りだが、それらは高級な建築技術は見られない。低層で、ちょっと地震とかのときには怖そうな乱雑な構造だ。補強らしい木材が所々飛び出ていて、洗濯物干しにつかわれていたりする。概していえることは、ちょっと不潔だってことだな……。
商人の出入りはそれなりにある様子だ。小規模の商店がみえて、野菜なんかも山積みになっている。テーブルマウンテンの上の街だから、それらの商店にバックヤードなんてない。仕入れた商品はすべて店先に並んでいるんだろう。たぶん、新鮮な野菜はかなりの高級品だ。
兵士とその家族を中心とした街の住民は、主食としては輸入された穀物、それをつかったパンとかだな。で、ビタミンは周辺の畑地でとれるもの。まぁ、伐採地を隔てて隣接している森には、タンパク源となる肉がとれるかも知れない。住んでいる奴らはそれなりに腕のたつやつが多いだろうから、狩りぐらいはするだろう。
俺は街の雰囲気や、見て取ったことを紙に書き付けていく。荷車で身体を休めていたときにはパラポネアで得られた知識を書き込んでいったから、鉛筆も紙もかなり消費した。できるだけ小さく、読みやすく書いていても、限界はあるものな。
どこかで補給したいところだ。
久し振りの人間の居住地に、キャラバンのみなも興奮気味だ。ヨアンナ師でさえ「はやく教会へ行きたい」と、気もそぞろになっている。てか、この城塞都市にライフストリーム教会なんてあるのかね。
傭兵の皆は武器の手入れや酒場、遊郭などがお望みらしい。パラポネア近辺辺りから、レオナに向けられる男どもの目がけっこうやばかったもんな。だけどまぁ、遊郭はないかも知れん。この街の雰囲気を見れば何となくそう思う。
通りは狭く、うねうねと曲がりくねって高低差すらある。1枚岩の高台につくられているから土地が狭く、テーブル状ではあるが平地というわけでもない。わずかでも形成されている斜面を、削って均すのも難しいだろう。防衛上は好ましかろうが、住むうえでは不便も多いだろう。
察するに、監視所がつくられた当初は、ほんとうに防衛上の砦だったんだろうな。それが長年つかわれているうちに、長である貴族とか騎士の家族が住み着くようになり、また、その小間使いが結婚したりして過程を築いた。そいつらがまた子供を生んで、住居や、子育て用の細々としたものを必要とするようになり、商人が出入りするところから、ちょっとした身の回りのものを売る店ができる。
その繰り返しで、台地の上に小さな城塞都市ができたというわけだ。
街の規模に合わせて城壁を拡張している辺り、ウーナンダ義寧国としてもこの場所の重要性を認めているのだろう。
街の唯一の広場は守衛府の前にある中央広場だ。
そこに鎧竜、鳥トカゲ、荷車を駐めて、カトーとソーナ、ハスドルバルが守衛府へはいっていく。領主に挨拶に行くんだろう。
俺たち傭兵と奴隷、雑役は彼らを見送ったあとにちょっとした自由時間になる。とはいえ、旅の疲れで今日ばかりはたいして動けそうにもないんだが……。
……
……
補給や滞留の準備を始める雑役から離れて、俺はヨアンナ師に同行し守衛の兵士に質問をしに行く。あ、もちろん後事を任されているララたちに声をかけてからだ。「きをつけてね」と、ララは快く許可してくれた。兆行と戦っていらい、キャラバンにおける俺の地位はちょっと向上してるんだぜ。
守衛に教えられた場所にライフストリーム教会はあった。
長屋になった住宅街の一隅にこぢんまりとしたレリーフが掲げられている。石造りの戸口の、頭上あたりだ。そのレリーフはかつてムンド村で見た、そういや言及しなかったがカレ村の教会でも見たもので、例のスプラッシュ像を簡易化したものだ。水を連想する力強い「流れ」を俺の頭ぐらいの大きさをした彫刻でつくってある。
通りに向けてそのようなレリーフを見せることができると言うことは、教会はこの地においてもそれなりに市民権を得ているのだろう。
王都アヴスにおいて、蜂起したウーナンダ義寧国の戦闘奴隷がウィタ騎士に鎮圧される事件を目撃したが、そのあたりの両者の関係はどうなってるんだろうね。
駐在しているのは年老いた神父で、中央の動静などとは無縁の人の良い人物だった。ドザに来て17年になるというその人は、ここを終の住処と決めている様子だった。
いくらかの情報交換と祈りの時間が欲しいというヨアンナ師を残して、俺は教会の門前に1人残る
。
通りへ開いた窓に古い木製のベンチがあって、そこに腰を下ろす。あとにしてきた中央広場からなにやらかけ声が聞こえる。トゥオンとヴーイが騎獣、駄獣の餌やりでもしているのかもしれなかった。
しばらくそうやって時間を潰した。
過ぎていくのは商人の一行と兵士、わずかな住民の姿で、活気というのはあまり感じられない。ここはあくまで防衛上の街であって、特産品とかで賑わう場所ではないのだ。
それに防衛上重視されていると言うことは、小規模の戦闘も絶えないに違いなかった。過ぎていく姿の中には、まだ血の滲んだ包帯を巻いて、足を引いて歩くものもあった。
サイネアやタービィは相当溜まってるのかもしれないけど、やはり、ここで遊郭は期待できないな。そんな浮いた雰囲気はみられない。せいぜい、街角に立っているお姉さんぐらいだろう。
1時間くらいして、ヨアンナは俺の許へ戻ってきた。
「2人の騎士のことは後事を託してきたでおじゃる」
「ああ、アイラインとウーのことですか……」
「うむ。派遣した騎士の消息について、教会は把握しておきたいじゃろうからのう」
「あの神父さんがどこかへ伝えに行くのでしょうか?」
「まさか」
ヨアンナはにっこりと笑う。
「伝令のための鳥トカゲを走らせることができるのじゃ。いかに僻地とはいえ、人を送り込んだだけでその後に何の連絡もとらないというわけにはいかんからな」
「その早馬は僕たちの移動よりも早くアヴスに到達するのですか?」
「おそらくな。伝令は港町ピリクカカンから、船便で北上する。無事につけば、だいぶ早かろう」
そうはいっても3,40日はかかる目算だ。はたして無事に到達できるかってのもあるしな。この世界において、情報の伝達ってなかなか難しい。
もしも伝令が途中で不慮の出来事に遭遇したら、パラポネアで2人のウィタ騎士が不死者に殺されたって事実は、もはや中央に伝わらないのだろうか。うん、その可能性もあるんだろう。
ってことは、少しでも関わって、剣術の教えを受けた身としては、いずれ王都アヴスに帰って、2人のことをロシャーナ様に直接伝えないといかんな。
それが俺の2人に対する義務というか、手向けだ。
そのことをヨアンナに言うと、やつらも喜ぶであろうの、と、優しくつぶやいた。
……
……
日が暮れた。
ムンドと同じく大きな旅館というものはなくて、キャラバンのみなは分散して宿泊することになる。俺を含めた雑役と傭兵は荷物番だ。村の中で野宿。わかっていたが大概だな。
ソーナが申し訳なさそうに、自分も付き合おうかと言ってきたが、そんな理由もとくにないから断った。ララとヨアンナ師は荷車で眠るという。
レオナの匂いがすっかりなくなってしまったマントにくるまって、俺は夜空を見上げる。例によって交易品を詰めこんだ荷車の下辺りだ。本当は女性陣の眠る荷車の下がいいが、なかなか思い通りにならぬ。一度追い払われたことがあって、それ以来チャンスがない。
どうだろうか、と、星々に問いかけたりする。どうって、なにがというと、剣術の腕をカトーに認められたかどうかという点だ。
それは糞女神から与えられた、初めのミッションだった。なんだかたいして重要でない気がしていた昨今だが、指令を無視したら討伐されるって、テニスが言っていたからな。
で、それが達成されたかどうかだが、実は曖昧だ。
荷車で傷を癒やしている間、ソーナはこうも言っていた。「お父さんはあなたの働きを認めている」ってなことだ。
この認めているって部分に、剣術っていう条件がはいっているのなら、ミッションは意図していないうちにクリアーしたことになる。
だが、ここに来るまで、それを認めたときにもう一度来るといっていた、伝令係であるテニスが現れない。あれからずいぶん経つ気がするから、忘れられてしまったかな? ま、それはそれでいい気もするが……。
神からの恩恵である鋭敏な感覚は特になにもつかんでいない。予感は俺になにも語りかけてこない。この野営地にいきなりテニスが現れたら、どうやって会話をするかっていう問題もある。とはいえ、そのくらいは向こうで解決してやってくるだろう。
そう、あんな感じに装って。
俺は曲がり角から姿を現した人影に目を遣る。
小柄で細身、黄土色のマントを目深にかぶって、石畳の階段を下ってくる。いかにも夜中にふと荷物の確認にでもでてきた商人風だ。ちょっと怪しさもあるが、まぁ、この街では行き交う人間ってあんあもんだろう。
何の用事かな。
見守っていると、そいつは階段の手すりに手を滑らせたりしながらどんどん近づいてくる。レオナ? いや、荷車に入っていったのを見届けた。ヨアンナ師? も同じくだし、それにしては背が低いかな。
守衛府に入っていったソーナが、俺のことが好きすぎて抜け出してきたか。
む。
俺は強いウィタの接近を感知する。かつてはそんなやり方で脅威に気付くことはなかったが、いまはそれができる。
鳥肌が立ち、なにか強烈な質量をもった塊が近づくのがわかる。
ウィタ騎士のそれは水色だった。
不死者兆行のそれは黒かった。
ああ、そっか、と俺はようやく理解する。
当然だよな。把握しているに決まってる。俺の動向のことなんて、しょせん、彼らの掌の中だ。
やってくる姿が、ふと立ち止まってフードを剥ぐ。
白いウィタのオーラが、溢れるように零れていく。それは輝きでなく、色素のようだった。夜の闇に補正された白さだった。
白い髪、透き通った白磁の肌。あと、ハイネックのぴったりレザー。
目尻の高い、大きな目が俺を見据える。この距離でもわかる、そいつが澄んだ青色であることを。いつ以来だ?
女神の伝令係である、テニスだ。
to be continued !! ★★ →




