act.103_どちらかといえば同類
「は……、が……、え、えぇ?」
ソーナが声を詰まらせて立ちすくむ。
突然のことに誰も動けない。オッスでさえも虚を突かれた態で棒立ちになっている。
やばい。
ウィタ騎士2人と兆行が戦闘した結果、いまやつに一番近いのがララとソーナになっちまった。ララはどうにか気を静めているが、ソーナは動揺して動けないみたいだ。
がらっ、と、瓦礫を散らしながら兆行が立ち上がる。アイラインの攻撃で破損した防具をぞんざいに外して投げ捨てる。気味が悪いくらい黒く滑らかな肌着が、紫の風に靡く。
何か口をひらくでもなく、廃墟から歩みでて広場を一望する。
そこでやつはちょっと考える。あれは、たぶん、標的であったウィタ騎士を始末して、残りをどうするか考えているんだ。
不死者にとって、ウィタ騎士は積年の仇敵だろうが、通りがけのキャラバンなんて心底どうでもいいからだろうな。
これは、チャンス、かもしれん?
ララがソーナを後ろにして、さっき俺をオッスから守ろうとして取り出したハチェットを、いくぶん持ち上げる。兆行の細く死んだ目がそれを見る。
やばい。
「なにやってるんだっ! カナエ君!」
色男のオッシアンが傭兵たちの中から声をあげて、すぐに駆け寄る気配を見せる。
「まて! 動くな!」
おちつけ、おちつけ! こいつは、兆行は……。
「このままだと、ソーナが危ないぞ! 彼女を守るのは君の仕事だろう!」
「わかってる!」
「じゃあ、このまま……」
「いいから動くな! てか、っぐ……、キャラバンはさっさと出発しろ……」
腰に帯剣した柄に手を添えたまま、オッシアンが止まる。凄い顔で俺を見ている。臆病風に吹かれたんじゃないかと確かめようとしている。てかオッシアン、いいやつだな。もし俺が恐怖で動けないんだとしたら、あいつに攻撃するつもりなんだ。
「ララ! 武器を捨てて!」
俺はグワングワンと揺れる視界に耐えながら、何とか前に進み出る。
足下に転がっていたウーのロングソードを手に取る。うう、痛ぇ。ここにきてオッスにやられた右手や背中の怪我が激しく痛む。
ララはそんな俺を視界の端に捉えながら、ゆっくりとした動作で武器を地面に置く。さすが状況把握が早い。一流の傭兵だ。しゃがみ込んで、ハチェットを手放す。
よし、兆行はまだ足を進めていない。それはなんだか、ぎりぎりいい選択をした気がする。やつが歩き始める前に、武器を捨てるんだ。
だが……、ソーナがふところから短剣を抜く。
「だめだ、だめだ! 武器を捨てろ!」
兆行は目聡くそれに気がつく。関心を失いかけた2人に向かって、足を上げ……
「おう、こらぁ! こっちだ!」
血が溜まってぐちゃぐちゃいう靴音を感じながら、俺は前に進み出る。ロングソードを両手に持って、刃先を引きずりながら戦う意思をやつに見せる。地面をばしばし叩いたりする。
進み駆けた足を下ろして、兆行が振り向く。
視界に俺を捉えて、構えた武器を見る。
「カナエ、なにをするつもりでおじゃる……」
ヨアンナ師が離れたところから言う。少し声が震えている。怒り? 恐怖?
だって、しょうがないでしょ。
こうなりゃ、一世一代の大立ち回りだわ。ただではやられんぞ。
俺は周囲の空間に意識を伸ばしていく。
ヨアンナ師やララ、ソーナはもちろん、黒く巨大な穴みたいな兆行の存在。それだけでなく、傭兵の他のメンバーや、廃墟のそこかしこ、紫の砂塵、風、インミンスルの腐った材、空のうねり、地に淀む瘴気……。それらのすべてにウィタが宿っていた。
俺は、それを引き寄せていく。
ロングソードを兆行に向け、全身の肌から染みこんでくるようなウィタをそこに集める。
「む、ぐ……。ウィタスティールか……」
ヨアンナ師がすぐに気がついて、耐えるような声をあげる。
……上空の大気のうねりなんて、とんでもないエネルギーのように思うはずだ。だけどそこに宿っているウィタははるかに少ない。なにと比べて? そう、目のまえに対峙している男とだ。
兆行の纏う黒いウィタ。凝り固まった、結晶のような存在だ。
俺の周りにウィタが集まる。水色、紫色、黒、赤。混ざりあい、明滅し、輝きを増して、ウーの残したロングソードに巻き付いていく。
風が起こる。剣を中心にそよぎ、砂煙を上げ、刀身を揺らし始める。
兆行が駆け出す。
それがこの世界において何なのか、どういう存在なのか、そんな疑問を押し殺して、ただ、破壊することを脳裏でイメージする。
近づいてくるその塊。ウィタが俺のほうへ、地脈のように繋がっている。太く、ゆらぎ、拒むように蛇行する。
時間が遅くなったように感じた。
いや、間違いなく、俺の周囲で時間が歩みを遅くしている。
嵐の様相になる周りから離れて、ソーナが目を見開き、俺のほうへ手を伸ばそうとしている。ララがそのソーナに向けて、ゆっくりと手を伸ばし、とどめようとしている。優しい目が俺のことをじっと見ている。横を見ると、瓦礫の影からヨアンナ師が俺のほうへ駆けだしている。どうしようと言うんですかね。
だが、みんな遅すぎる。ビデオを低速で再生しているみたいだ。
俺はみなから目を離す。大丈夫、みんな間に合わない。落ち着いて、剣に宿ったウィタを眺める。
前方で兆行が跳躍する。振り上げられたやつのメイスから、アイラインとウーの血糊が背後へしぶきとなって消えていく。
痛みの消えた右手で剣の柄をぐっと握る。兆行は、メイスを両手で握り、脳天から俺をたたきつぶすつもりだ。
腰を下げ、剣を右下に構える。何の音も聞こえない。ただ渦巻くウィタだけが見えている。
トゲのついた黒い塊が、その領域に振り下ろされてくる。さすが、不死者の技、こればかりは目を離すと危ない。
兆行、メイスをたたき込んでくる。2人のウィタ騎士を殺した、必殺の一撃だ。
俺はもうほとんどプラズマの塊になった長剣を振り上げ、メイスを払いのける。
重い、な。
兆行はバランスを崩しながらも、謎の加速力で左手を伸ばしてくる。手刀、だ。
もう避けきれない。
ドッ!
減速した空間にあっても目に見えない速さで、そいつが胸に突き入れられる。なにか大事な神経が切断されて、俺の存在が半分になる。ずるずると、止まることなく、やつの腕が俺の胸の奥に入り込んでくる。
てか、その手、ぜったいばい菌だらけだろ。ったく……。
力が抜けていき、視界が暗くなる。
もう、身体が……
動くわ、ぼけぇ……
まだウィタのスパークを放ちながら輝いているロングソード。赤熱して刃先が溶解しつつある。これめちゃくちゃ火傷してるやつだ。
よいしょ、って感じでその剣を兆行の脇腹に突き刺す。何の抵抗も感じない。
兆行の目が見開かれて、反射的に腕を引き抜く。
俺は支えを失って前のめりになる。周囲が加速し始める、てか、減速していたのが同調を開始する。
その瞬間。ロングソードに集まっていたウィタが、意思を持ったかのようにたち上り、空中をのたうつ。
「カナエぇ!」
ソーナの声が聞こえる。
ドッと、衝撃を受けて、視界がぶれる。白いローブに包まれながら、倒れかけた身体が兆行の前から運ばれていく。師匠か……。俺はヨアンナの肩越しから、たち上ったウィタの輝きがこちらへ向かってくるのを目にする。
落雷のようなその光芒は目にも留まらぬ速さで、そりゃそうだ光だからな、ヨアンナの背を貫き、俺の胸に飛び込んでくる。
脳が真っ白になって……
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ソーナとララのために身を挺した、ってことになるんだろうか。我ながら意外なことではある。かつての、お嬢様学校で准教授をしていた頃ならば、たとえ美麗なJDであっても、トラックにひかれようとしているところを身代わりにはならなかった気がする。それはそいつの、あれだ、カルマなんだろ。そこで死んでしまうのはそいつのカルマであって、俺の運命ではない。
しかーしだ。よく考えたら、その場に誰か居合わすことだって、カルマのなせる技である。
もしも、そのJDが可憐で、潤んだ目で俺を見ていて、つんと尖ったお胸で、ボンキュバンの逸材であったなら、そいつを助けるのもまた俺のカルマだ。
いまならそう思う。
べつにララもソーナも薄幸だけど豊満なJDではないが、そこはいろいろなパティーンがあるというものだ。人間の趣向って千差万別だからな。その日の気分というのもある。
だから、そうやって死んでしまったというのも、まぁ、それほど悪くない。あ、だが、あの後、兆行がみんなをたたきつぶして回ったんだとしたら……。そうだとしたらあの野郎、絶対に許さんぞ……。
……
……
ふつふつと怒りを煮え立たせながら俺は目を覚ます。
何だかがらがら揺られて、体中が痛い。
寝転がっていて、ばたばた揺れる帆布が見える。なんだな。馬車の荷車に寝てる。
つまり、俺の個体としての生物活動は継続していて、維持されている。つまり、いいかえれば生きてる。
ここはいったい? いや、死にかけた俺は荷車に運び込まれて、さっさとパラポネアを出発したってところだろう。わかるよ。困るくらい頭いいんで。で、兆行はどうなった? ウーは、ひょっとしたら生きていたかも? 俺を抱きとめて兆行から逃したヨアンナ師は? オッスは兆行に挑んだのかしらん?
だるい頭部を固定したまま、目だけで周囲を確認してみる。雑貨、いくらかの交易品、寝具、食べ物に調理品。がしゃがしゃと賑やかに音を立てている。
荷車の中にはソーナとヨアンナ師がいる。ソーナは木製の背もたれに寄りかかって、たぶん、寝ている。
ヨアンナは、たぶん、俺が気がつくすこし前から、俺のことを見ている。
「ふ、」
と、声を漏らす。
やわらかく美しい笑顔を浮かべて、手を差し伸べる。額に暖かいものを感じて俺も笑う。
「パラポネアを出立して、15日経っておるぞ」
「15日ですか……」
「ひょっとしたら死ぬかと思ったが、やはり、ナレのカルマはそうさせなんだな」
俺を見下ろす目に宿っているのは何だろう。憐憫、ではないかな。好奇心、そんなにきらきらしているわけでもない。
「……他のみなは?」
「無事じゃ。ウィタ騎士以外はな」
「そう、ですか……」
俺は複雑な思いで息をつく。ウーもだめだったか。まぁ、メイスで殴られた後、ウィタの輝きが身体から放出されてたからな。あれはたぶん、回路を巡っていたウィタが、魔素として自然に還る瞬間なんだろう。
「兆行は?」
「あやつは、なにやらカナエの匂いをしきりと嗅いでな。それからナレをそのままに、真っ直ぐに立ち去ったでおじゃる。ああ、みな、武器を捨てていたからやもしれぬが。じゃが、ナレのことを静かに横たえたぞ? 地面にな」
「はぁ」
「あれはなにか、妙な瞬間じゃった。ナレの集めたウィタは、ナレを癒やすように胸の傷口へ飛び込んでいった。ナレはもう意識を失っていたが、ひょっとすると、宿主の意識がなくても自然と回復させるような魔術、の、いっしゅであったのかもしれぬな。そのナレを放ったまま、兆行は立ち去った。回復していくナレの邪魔をしないように、気をつけたようにも見えた」
ふむ。まぁ、推測はできる。俺は、不死者テニスの使徒だから。たぶん、メイビー、パーハップスだけど。
その通りだとしたら、兆行は、仲間って言ってもいいわけだ。たまたま不幸な出会いかたをしただけで。
「それを、みなが見ていた?」
「いや、見届けたのはワレと、ソーナとララじゃろうな。後のみなは平伏して、動けなんだでおじゃる」
オッスもかよ。糞ワロス。
「ああ、いや。オースンだけは、飛びかかったところを殴られて、気を失っていたでおじゃる」
マジかよ……。あれ見てまだ飛びかかっていったの? 尊敬を禁じ得ない。もう脊髄反射だな……。
to be continued !! ★★ →




