act.102_黒い嵐
「引き分け……ですかね?」
俺は双方にとって利益になることを提案する。これ以上は、命の奪い合いでしかないものな。シャーリーを破壊された俺としては、屈辱的な譲歩だ。
ただ、ちょっと、身体のダメージがでかすぎるから、仕方がないっていうか、なんていうか。右手なんかもう、ついてるんだか千切れてるんだかわからないし、わかりたくもない。ジーンと麻痺していて、感覚もない。
それに、なんども吹っ飛ばされた衝撃で、頭がくらくらして考えがまとまらない。頭部もどっか切っていて、血が垂れてくるのね。鉄の味をかみしめながら致し方なく提案してるわけ。
こういうときって、相手は「なに? 休戦? ……貴様もどうやらダークサイドの魅力に気がついたか。やぶさかではないぞ?」とか言ってくると思うだろ? だよな。
だが現実は違った。
オッスの野郎はぜんぜん無視して、ロングソードをぶらつかせながら、殺る気満々で距離を詰めてくる。無視。それが現実。くるくると手首を回転させて武器をもてあそび、肩から斬ろうか脳天から斬ろうか考えちゃったりしてる感じだ。いいのか? 文化人類学で粉々にするぞ?
「引き分け? 引き分けじゃないよなぁ?」
「まぁ、気持ちはわかりますけどねぇ……」
「おーい、オースンよ。キャラバン内での殺しは御法度だぞ?」
サイネアとタービィが困惑しながら思いとどまるように声をかける。まったく観客を装ってるが、俺の爆破の魔術のせいで、2人とも化粧したみたいに顔が薄紫になっている。
アホ2人をみたときに、離れて立つ仲間たちが視界に映る。
ソーナはようやく土煙から立ち直って、顔を拭っている。いまにも飛び出してきて、傷の手当てを始めそうな勢いだ。俺はそれを目線と掌とで制止する。
ララは眉間にしわを寄せてオースンを見ている。ハチェットの柄に両手を添えて腰を低くしている。助太刀しようとしてくれているんだな。だがこれは一騎打ちなんだ。結果がどうでようとな……。
愛するコリーが駆け出す前に、俺はオッスの攻勢を受けるべく身体を揺すってみせる。
戦闘態勢をみせた俺に、ララの足が止まる。眉間にしわを寄せたまま、んあ? って感じで顎が開いて、複雑な表情になる。
「わかったわかった、決着をつけようか」
平静を装って、近づいてくるオースンになんちゃってカンフーの構えをとる。体中の神経にウィタの在庫を探してみるが、魔術を行使できるような量は残っていない。ぽたぽたと肘先から血が垂れる。
オッスがどんどん近づいてくる。
こいやー……。
その足がやや離れた場所で止まる。
ん? と俺は警戒と休戦の期待が入り交じった気持ちでそれを見守る。
オッスのやつはすっと上体を立ち上げて、すばやく周囲の気配を探り始める。いままでとは違って、だるさのようなものがない、張り詰めた表情を浮かべている。あれは……、緊張? 初めて見る顔だ。
同じく辺りを見渡して見るが、俺の超感覚は身体のダメージでぜんぜんまともに働いていない。視力も聴力もひどいもんだ。鼻に血が詰まってるから、嗅覚だってないも同然。なーんも感じられてこない。
だが、何かおかしい。
なぜか鳥肌が立っている。
アイラインとウーが、オッスと同じように胸を立ち上げてあらぬ方へ顔を向けている。2人同時にゆっくりとマントを払い、大剣とロングソードを鞘から抜く。武器を振り回せるように、お互いから少し離れる。
ヨアンナ師は? 彼女はどこか冷めた表情を浮かべて、ようやく固定されたオッスの視線の先、荒廃した神殿の奥深くを見ている。
誰かいるのか?
暗く紫にうねる空のせいで遠くまでは見通せない。砂塵が舞い、真っ黒に腐った木材が、荒廃した墓地のように眼前に広がっている。風の向きに従って、塵埃が当てもなく舞い上がっている。遠くに細い竜巻が見えている。
……
……
そいつは、その竜巻の影から現れる。
ぼさぼさの黒い髪を後頭部で束ね、黒い肌着、拾い集めたかのような雑多な防具、背が高く、細く、引き締まった筋肉で覆われている。はっきりとした意思を感じさせる歩みで、無造作に、真っ直ぐにこちらへ進んでくる。
とんでもない悪路のはずだが、足下に注意なんか払ってる雰囲気はない。それでいて小走りに近い速さで前へ前へ進む。
もうそれだけで、そいつが尋常じゃあないとわかってしまう。
びりびりと肌がひりついてくる。
あいつは、なんていうか、ウィタの塊のような……?
「これだけ騒げば、おのずと遭遇するというものだ」
アイラインが言う。
「テマカ、省ケマシタ」
ウーが同意し、俄にウィタのオーラを激しくたち上らせる。見えてくる前から戦闘態勢だ。
つまり、そういうことだ。
俺たちは不死者兆行に遭遇した。
豆粒だった姿が見る見ると形をなして、顔の作りまで見えてくる。細く鋭い目、なぜか涙の跡に砂埃が張り付いている。間違いなく悲しいんじゃない、ただ単純に、この砂嵐の中を長い時間歩き回っているからだ。
眉毛がなく、妖精族のように眉骨が高い。鼻、何度か骨折したのかも知れない、ふとく、ゆがんでいる。口元は雑に包帯を巻いていて、あれがマスクの代わりらしい。その布は乾いた血の色でまだらになっている、縮れた長い髪が乱雑に貼りついている。
「カトー殿、キャラバンを出立させよ」
ヨアンナ師がスタッフを掲げながら言う。
ポゥ、と、石のついた端部から光球を発生させて、頭上高くに昇らせる。
「尼僧殿はどうなさるので?」
カトーが訊くと、ヨアンナは険しい笑顔を浮かべる。
「不肖の弟子が走れそうもないのでな」
俺のために、残って、戦う? それはいかん。
「師匠もお逃げください」
「なに、もともと捨てた命。ナレから目を離すいとまは無意味でおじゃる」
い、イケメン過ぎるだろ……。俺が女だったらだいちゅきホールドで明るい家族無計画だわぁ。
ヨアンナ師匠のはなった光球のおかげで、兆行が手にした得物がみえてくる。
太く長い棒だ。剣じゃない。
あれは、メイスだな。邪悪だ……。遠目に赤黒い色に見える。血糊と、錆かも知れない。握った手を、同じく汚れた包帯で縛っている。徹底的に邪悪な雰囲気だ。
兆行はもはや声の届くところまで近づいている。
俺はぼろぼろだし、どうせアケネーだしでたいして緊張なんかしていない。なるようになるだけだ。
だが、ソーナとララ、師匠や何人かのメンバーには死んで欲しくないと思ってる。その一心で気を失わないように気合いを入れている。何かできるとも思えないが、命を代償に逃がしてもらえるとか、交渉できるかも知れない。
アイラインが前進する。数歩遅れてウーも続く。
交渉なんてする気、まったくない。見かけたら即、殺しあいだ。
もうウィタ騎士の存在に気がついているはずだが、兆行は歩みを緩めない。俺の眼前をアイラインとウーが過ぎていく。まったく目に入ってない様子で、ウーが歯をむき出しにして駆け抜ける。
兆行は俺たちと自分とを遮る、最後の瓦礫を飛び越える。手をついて身体を横に、流れるような身軽さだ。
着地の瞬間にアイラインが大剣を構えて加速する!
グバッ!
真っ黒な旋風をおこしながら兆行がメイスを振って、アイラインの大剣を殴りつける。
おっさんは刀身に手をそえて迎え撃つが、砲弾に当たったみたいに身体ごと横へ飛ばされる。てか、剣が、曲がってる?
すかさずウーがアイラインの背後から襲いかかる。両手のロングソードを交差させ、ハサミのようにして首を刈る? 刀身にはまばゆいばかりのウィタを纏わせている。
ガッ!
兆行は重ねたロングソードの真ん中に、目にも止まらぬ速さでメイスを打ち込む。ウィタの飛沫が盛大にあがり、漆黒と水色とが踊るように跳ね散っていく。
ウーの両手が衝撃で跳ね上がり、どうにかそれに耐える。
ゴッ!
ほとんど瞬間的に2撃目が打ち込まれる。ウーの片膝が曲がり、地を踏んだ足がめり込んで沈み込む。
ドゴッ!
下から高速で打ち込まれたメイスに、今度は受けきれずに、流すようにロングソードを逸らせる。
あ、あ……
目で追いきれない速さで打ち込まれた4撃目、ウーの肩口から胸の辺りまでを粉砕し、兆行の足下へ抜けていく……。
糸が切れたようにウーのからだが跳ね上がる。
力なく前屈みになり、地面に倒れ込む。血が盛大に吹き上がり、一瞬で止む……。
蒸気のように美しい水色の粒子がたち上って、周囲に溶け込んでいく。
とどめを刺そうとするかのようにメイスをたたき込もうとする兆行に、大きな塊がぶつかっていく。
アイラインの体当たりに半身になりながらも、兆行は逆打ちでメイスを打ち込んでいく。
ドゴンッ!
アイラインの大剣が曲げ砕けながらあらぬ方へ吹き飛ぶ。
やばい……、思った瞬間に、おっさんは腕の付け根から激しく光る水色の輝きを展開する。
「鉄槌!」
両手を前に突きだして後ろへ反り返りながら、アイラインの手から光の柱が撃ち出される!
スパークする円柱状の塊が目を見開いた兆行の胸元へ吸い込まれ……
バギンッ!
黒い姿を瓦礫の彼方へ吹き飛ばす。手足をばたつかせながら地面へ激突する。
「鉄槌っ!」
間を置かずしておっさんの二撃目が放たれて、兆行の墜落した辺りに打ち込まれる。
バギギギギィ!
土煙と放電とが合わさった、見たことのない爆風が吹き荒れる。
効いてる、のか?
息をついた瞬間に、砂塵とスパークの中から黒い影が跳躍する。ジェットでも付いてるみたいな加速力で真っ直ぐにアイラインを襲い、まだ、両手をかざしていた身体に膝を食い込ませる。
鈍い音を立てながらアイラインの身体がうしろへ転がる。
すぐに立ち上がるが、また膝から飛び込んでくる兆行に防御の構えになる。
ドゴッ!
手甲を吹き飛ばして、兆行は回転しながらアイラインの背後へ着地する。おっさんは素早く振り返り、さっきの技を繰り出すべく手を伸ばす……が、兆行のほうが立ち直りが早い……。
風切り音とともに打ち込まれるメイスがアイラインの片腕を打ち、血の花を咲かせる。片腕が霧のように消失する。
兆行はメイスを勢いのまま回転させ、再度振りかぶる。黒い塊が、首許へ……
「鉄槌ィィ!」
前のものよりも一回り大きいウィタの塊がアイラインの手から射出されて、両者のあいだで閃光と衝撃波を放った。
兆行の身体がはじけ飛んで、再び後方へ飛ばされる。
ほとんど土煙のない瞬間的な発光に、血しぶきだけが視界を遮っている。
「……ウィタ騎士アイライン、見事な最後」
ヨアンナが呟く。
最後? 俺はおっさんの方を見る。アイラインは傾いた頭で兆行の方を向いたまま、ゆっくりと膝を突く。その身体から水色のオーラが散っていく。暗い周囲に溶け込み、消滅し、尽きていく。
最後の瞬きが消え失せたとき、そこには骸になった身体が倒れ伏している。
死んだ。
to be continued !! ★★ →




