act.101_俺vsオースン 其の2
「瞬殺だと思ったけどなぁ」
背後でサイネアのやつがおもしろそうに口をはさむ。
「いや、カナエもあれで死線かいくぐってるから、けっこうやりますよ」
これまた映画見てるみたいな、タービィのお気楽な声が聞こえてくる。
「どっち勝つか賭けるか?」
「じゃあ、私はオースンさんで」
「俺もオースンで」
「……」
「……」
……そうかよそうかよ。お前らわりとお友達みたいな距離感あったけど、ぜんぜんだめだな。敵だわこいつら。
ぺっと、血を吐き出してから、俺は両目でオッスを見据えたままダメージを確かめる。
両手両脚、問題なし。意識もはっきりしていて、五感も確かだ。拳をつっこまれた胸元は火がついたみたいに痛みと熱とが盛っているが、まだ動ける。
よし、いける。
「僕は僕に賭けますよ?」
「え、まじで? そういうのってありでしたっけ?」
「まぁ、インチキじゃないんじゃないか?」
なにやらサイネアとタービィの話し合う声が小さくなっていく。
俺はシャーリーを水平に構えて、オッスの胴を真っ二つにして睨みつける。
「まさか、どうにかなると思ってるんじゃないだろうな?」
オッスがコリー犬に似合わない、低くかれた声できいてくる。ゆっくりと両腕を伸ばして頭上で交差させる。そのまま左右をぐるりと回して、胸を大きく張りながら両脇で力拳をつくってみせる。でかいラッパみたいな低い音を響かせて息を吐く。
「わりといい線いってるんじゃないですね?」
俺はそれとわかる虚勢を張ってオッスの覇気に抗う。ま、ここで怖じ気ついてたら男じゃない。
「そう思うか?」
「口から血が垂れてますよ?」
クッ、とオッスの唇があがり、噛み合わさった犬歯がむき出しになる。あ、ほら、血がでてんじゃん。な?
接近戦は悪くない選択だったが、このままではじり貧だ。何か他の札をだしてやる必要がある。
どんな技を使えるか。そりゃ、選択肢はいろいろあるが、なにしろウィタ騎士の2人にそれを禁じられている。だからいまのところ不死者の技を使っていない。やってやるか? ウィタスティールをつかって周りから力を集めれば、炸裂弾みたいにオッスの体中を爆破してやれるんだが……。
突進されないように細心の注意を払って周りに目を配ると、頭からマントをかぶった教士アイラインと錬士ウーが突っ立ってる。めっちゃ見てるな。見つからないように、って言うのは難しいかも知れん。
ってことは、いま身体に巡らしてるぶんだけのウィタが俺の隠し球ってことだ。
つま先からシャーリーの端部まで巡らせたウィタの量を、感触で確かめる。接近戦でいくらか消費したとはいえ、なんどか爆破の魔術を行使できるだろう。爆破は不死者だけの技じゃないから、あれなら問題ないはずだ。
何発打てるか。2発? いや、オースンの鋼の筋肉にダメージを与えてやろうとすれば、有効な攻撃は1度きりかも知れん。うむ。一撃必殺で行こう。
心に決めると気持ちが軽くなる。
なに、ちょっとした間違いで致命傷を受けても、しょせんアケネーに帰るだけ! 俺にはその真実があるから、びびることはない。つっこんで爆破するだけだわー。
やつはどう受けるかな?
てか、オッスって、剣と体術だけ? 前にオオグチに襲われたとき、やつは単独で1体倒してたはずだ。それって、いままで対峙してきたような、剣、斧、体術で達成できることか? アンサー、No。
ファイナルアンサー? Yes。鋼鉄の剣を振り回すだけで、オオグチを1対1で倒すのは無理というものだ。
つまり、なにか隠し球をもっている。てか、隠し球は1つじゃないかもしれん。いままでの舐め腐った態度からして、やつの年齢まで傭兵として生き抜いてきた事実からして、おなじく隠し球があるな。
「一族に伝わる技で、一撃で決めてやる」
あ、ですよね。すごいタイミングで、宣言来ました。
オッスは先ほどの格好のまま、全身に力を込めていく。
肩が、背が、もりもりと盛り上がり、なんだか一回り身体が大きくなったみたいに見える。
てか、身体でかくなってね? 毛が逆立ってるだけ?
「ウ、ヴン……、闘衣を練ることができるのか。これは驚いた」
アイラインがそれを見て感心した声で言う。
闘衣? あー、わかるよ。どんな技か。説明はしなくていい。
「少年、闘衣というのは、体内のわずかなウィタを全身の筋肉に集めて、短時間のうちに燃やしてエネルギーとするもの。自らの筋肉にダメージも残すが、そのパワー、瞬発力は、素の肉体の何倍にもなるという。ヒト族には身につけられぬ、亜人種の、それも限られたものだけが扱える技。私もこの目で見るのは久しぶりだ」
はいはい、だよね。
はやくて、パワフルになるのね。いや、わかってた。
オッスが両脚で地面を踏みしめて突撃の気配を見せる。まじで、トラックの突撃を受ける気分だ。
「あー、ちょっとまちたまえ」
アイラインがなおも言う。
「? なんですか?」
「このような辺境の商隊にも使い手とはいるものだな、と、ウーが言っている。すまんな、続けてくれ」
「はい……」
構え直す。
オースンがゴミ虫を見る目でこちらを見ている。こころなしかやつの怒らせた肩から、舞い散っていくウィタが見えるようだ。体内のウィタ、消費してるんだな。
やつの、右脚がわずかに後退し……
ドッ!
つっこんでくる! 速えぇ!
ドボッ!
ほとんど目で追えない拳が胸元を貫通していく。避けれたのは、偶然……
肘っ、こんどは額を切り裂きながら、すんでのところで回避する。ソニックブームみたいな風圧が発生して、俺の上体はバランスを崩す。
オッスには一呼吸置く余裕すらあった。
振りかぶった全力の殴り下ろし。俺は力の込められない姿勢のまま、どうにかシャーリーを構え直して、そいつを迎撃する。
ガッシュッ!
キーンン……、と、まるで音速機が耳元を過ぎたみたいな高音が鳴り響く。
よ、避けた? 死んだ?
よくわからないまま飛び退いて距離をとる。
妙な感触をたしかめて俺は利き腕のシャーリーを見る。が、そこに見慣れた木肌がない。ありゃ、取り落としたか? と、妙にふわつく掌を開く。そこにはちゃんと相棒である彼女の柄がある。
てか、柄しかない。
は? なにこれ?
……カラーン。
どこからか硬いものの落下する音が聞こえてくる。
思考が追いつかないままオッスが前進を始めるのを感知する。俺は握っていた柄を目許に寄せて、親指の先にある、なにやらの断面を凝視する。複雑な鋸歯をもった破断面がそこにある。
うむ、緻密な樹木であるな。椿とか樫とかそういう樹種に似た、硬くてゆっくり育つ……
は?
これシャーリー? 冗談きついぜ。
オッスが眼前に立って、珍しく慎重に拳を振り上げる。
「カナエ! なにをしているの?! 試合中よ!」
バグンッ!
つーん、っと、聴覚がおかしくなり、あっちゅうまに大量の砂が口に入る。
その衝撃に俺はむしろ正気を取り戻して、何回転か地面を転がって見せてからバク転する。向き直ったところを破城槌じみた問答無用の拳が飛んできて、避ける途中の肩に直撃する。
「うがっ!」
「フンヌゥッ!」
打ち込んだ腕を曲げて、オッスの肘撃が頬をかすめる。体重が乗っていて、刃物のように肌を切り裂いていく。ぱっと散った血に、ますます冷静になるのを感じて、俺の精神は研ぎ澄まされていく。
ちょっと待てというに……。
ドゴンッ!
肩口にハンマーで殴られたような衝撃が走る。膝がかくんと曲がって、片手を地面につける。衝撃で下を向いた顔に、ガードをつけた膝がみるみる迫ってくる。
「ちょっと待てというにっ!」
俺はウィタを込めていた拳で、それを思い切りぶん殴る。
バグッチュッ!
なんか嫌な音をたてながら、両者の手足が、逆方向へ跳ね上がる。ぱぁぁ、と、赤いしぶきが周囲に舞って霧のようになる。何か壊れたな!
「膝壊したろうかっ!」
頭に血が上って大声で叫ぶ。だがよく見ると、やつの膝は別にどうもなってない。あれ、っと、視線を落とすと、拳と腕の途中から、赤い液体がピューピューと出ている。腕の真ん中からは血だけでなくて、断裂した白い骨も突き出ている。あ、壊れたの、俺ですか。
「か、カナエ、それ……」
「あれ、痛くない? てか、おっさん、よくもやってくれたな……」
「いや、それどころじゃ……」
動揺するソーナの声を無視して、俺はオッスを睨みつける。
さっきの迎え撃ちで、体内のウィタは一段と減ってしまった。てか無駄遣いだったじゃねーか。こうなったら報復に、一撃いれないではいられないっていうのに。
「……カナエ、その怪我は重傷でおじゃるぞ?」
「まだ戦えます」
「あとに残るやもしれん傷であるが……」
シャーリーを破壊されて、黙って引き下がることなどできるはずもない。このオオラギ・カナエ、推定11才、いまが男の散り際かもしれんな。
残った左腕の掌で、俺はウィタを展開する。爆破の魔術だ。
クリアーなゆがみが円盤状に広がって、飛沫を上げながら眩しさを増していく。
オッスは真っ直ぐに俺を見ながら、とどめとばかりに無遠慮に近づいてくる。ぜんぜん警戒していない。てか、まったく俺のことを問題に思ってない。その慢心、一生後悔させてやるよ……。
「あー、くれぐれも言うでおじゃるが……相手を殺めるのは……」
なにやらヨアンナ師が言っているが、俺には聞こえない。
ウィタの光芒がオッスの顔を白く飛ばしていく。俺の指が真っ黒な影をつくって、背後へと乱れて飛んでいく。掌が吹き飛ばされそうな、乱れた不安定な力場が発生している。その暴れ馬みたいな光のリングを飛び散らないように押さえ込みながら、俺はやつに向かって駆けだしていく。同じくオッスも駆け出す。
突然、顔面に迫ったオッスが拳を振るう。
想定したよりもはるかに早く、吸った息を途中で止めてタイミングを修正し……
もう、遅すぎるとばかりに練り上げた魔術をやつのふところに……、まにあわ……
「せるわ、ボケェ!」
ドコォォォーンン!
何が何だかわからないが、魔術は炸裂して、俺は満足しながら背後に吹っ飛んでいく。
アイキャンフラーイィィ!
何度か経験した、バキバキと背中と頭にいろいろなものがあたる感触を懐かしみ、最後にドスンと、乱暴に胴体で着地する。もう、腕とか、千切れてるんじゃないの……。
利き手の様子を見るのが嫌だったから、左手をついて立ち上がる。気合いだ。気合いだけで立っている。
ぐわーん、と、視界が回転し、脳しんとうでも起こしたのか気持ちが悪くなる。目にも口にも鼻にも砂塵がくっついていて、吐きそうな気分になる。右手の指先に温かい液体がぽたぽたと流れてくる。大丈夫、致命傷だ。
オッスのやつはどうなった?
俺はやつの立っていた辺りに目をこらす。ひっくり返って八つ墓村みたいになってる? 胴の真ん中に穴を明けて、立ったまま絶命してる?
埃が晴れてきて、やつの姿が見えてくる。
立ってる。
生きてるよ。
闘気? 身体から煙が出てる。
ああ~、毛皮がちりちりと燃えてんな! 胸のど真ん中に、爆心地みたいな火傷を負ってる!
んで、凄い憎しみの目で俺を睨んでる。
終わった! 俺終わった!
to be continued !! ★★ →




